第55話「精霊魔法の使い方」
さて、一通り必要な物資を購入して買い物は済んだ訳だが金が無い。
今日の稼ぎ次第では明日からはパーティ編成の仕事と迷宮攻略の二足のわらじとなりそうだ。
とはいえいつ魔族が現れるとも知れない状況で迷宮でのレベル上げを怠る訳にはいかないから、こればかりは割り切るしかない。
魔族と言えば、オルガの精霊魔法はどれほどの力なのだろうか。
現在の時間を知れるというし、精霊ネットワークの様なもので天蓋の外も覗き見れるのではないだろうか。
それはつまり――。
「オルガ、もしかして精霊魔法で地上の様子を知る事とか出来るのか?」
「地上?」
「ああ、この暗い空の上――あそこら辺だったかな」
俺は塔の街の中で暗く見えない街の外――南のあの場所に目を凝らして、上へと辿った地点を指差した。
そこは俺が落ちた地点からずっと上へと見上げた位置。
暗黒で先は見えないが、恐らくこの指差す先に地上のミクトラン王家の城があるだろう。
「ああ、沢山人が居るみたいだね」
「わかるのか!?」
「う、うん。突然どうしたの?」
「い、いや。そうだ、そこに三十人ばかりの集団は居ないか」
勇者達は、今何をしているのだろうか。
あわよくば未だ城で燻っていてほしいと、そう微かに願ってしまうのだ。
「人は沢山居るけれども……そこまで大規模な集団はないみたいだね」
「他の場所はどうだ、塔の中とか」
「ごめん、塔は探れないよ。遮断されているみたいなんだ」
「そうか……そうだ! じゃあ――」
「ま、待って、待ってよ。ボクこんな遠くを精霊に教えて貰ったのは初めてで……少し、魔力の消費が激しいんだ……」
「――わ、悪い……」
俺が暗黒の空を見上げてただただ嘆くうちに、いつの間にかオルガは胸を押さえて無理に笑顔を作っていた。
見ればMPがかなり削られている。
魔力枯渇が酷い副作用をもたらすというのはギ・グウで目撃しているから、これ以上は無理をさせられない。
しかし、しかしだ。
俺はどうしても気になってしまうのだ、あの暗い空の上でたった一週間であるが共に過ごし、戦った仲間達。
同郷の、本来ならやりたくもない勉学に勤しみ、開いた時間で馬鹿をしているはずの学生達。
九蘇は、ゴリくんは、皆は生きているだろうかと――。
俺は悩んで、しかしこの右手は迷わず武器を取り出していた。
バタフライエッジアグリアス――
――この世界に持ち込んだ便所棒。
まさに俺の相棒にして、龍を撃滅せしめた最高の剣。
MP自動回復効果を持つこの剣で、俺はオルガを酷使しようとしていた。
それがもはや、まさに奴隷と主人の関係の縮図であり、どうしようもなく愚かで、馬鹿な選択であると理解しつつ。
理性がこれ以上はいけないと自制を掛けようとして、しかし俺は頭を左右へと振っていた。
そんな静かな狂乱の中でバタフライエッジアグリアスを持つ俺の右手がオルガの白い両手に包み込まれて、俺ははっとした。
「だ、大丈夫。ボクなら大丈夫。もう少し持つよ」
「でもお前……」
「よくわからないけど……知りたいんでしょ、ご主人様」
その白緑の髪の下、深緑の瞳を細めて苦しげな笑みを浮かべたのを見て、俺は胸が詰まった。
「ありがとう……」
「死ぬ訳じゃないんだから、そんな、顔しないでよ。それに、この剣……何か特殊な効果が、あるんでしょ」
「どうしてそれを」
「だって武装刻印の時も……わざわざ持っていたじゃない。大丈夫……任せてよ」
オルガはどうしようもない変態だが、どうしようもなく良い女であった。
俺はバタフライエッジアグリアスをオルガに手渡すと、思わず乱暴にその白緑の髪を撫で回してから願い出る。
「誰か連行されている者は居ないか」
「連行……連行……。数人に囲まれて歩いている人は……居るみたいだね」
それだ。
もしやと思ったが、隷属から逃れられた者だっているんじゃないだろうか。
例えばあれから塔で戦闘を行わされてレベルが上がって行くうちに精神値が異常に上昇して隷属を突破しただとか、そういった者が居たっておかしくはない。
何せ勇者は達人スキルによってぶっ飛んだ能力値を手に入れられるのだ。
勇者達を支配した隷属がどういったものかはわからないが、確実に操っていた。
であれば操る者が居たはずである。
もしかすれば、微かな確率でもそういった抜け道を手繰り寄せた者が居たとしたら――。
「そいつら何処に向かっている? 地下か?」
「う、ううん……確かに、何処かを降っているみたい……だね」
降っている……城を降って行けば、そこは地下。
それは、もしや、まさか。
あの時の様に、誰かを――。
「行かないと……!」
「え?」
「ヴァリー、オルガを頼むぞ!」
「ライ!?」
俺は全力で走り出した。
「ちょ、ちょっと待っ……!」
微かに聞こえた高い声を無視して、人混みを突っ切って、検問を突破して、周囲には目もくれずただただ“その地点”へと駆けた。




