第5話「剣が本体、体は媒体」
扉を潜ると、重厚で厳かな雰囲気が漂っていた。
円形の広大な広間は、ぴんと張り詰めた空気の塔の内部だが、まるで神殿のようなその雰囲気は此処が戦場である事を思わせない。
此処には魔法的な処理が施されており、モンスターが侵入出来ないという。
広間の左右にはそれぞれ上と下への階段があった。
塔とはいうが、迷宮とも呼ばれているらしい此処は、上へ上へと登るに従い強力なモンスターが現れるそうだ。
通常この広間のようなぶち抜かれた空間ではなく、迷路のようになっているのだという。
俺達を先導していた騎士は立ち止まり、右手側にある馬鹿でかい登り階段を指す。
十人は横に並んで登れそうだ。
「あちらから突入してください。まずは小手調べですので、実力が伴っていないようであれば速やかに退却を」
「わかりました。陣形を整えよう」
「はい!」
「おう!」
「おー!」
緊張感はあれど、悲壮感はあまりない。
モンスターを倒す事への関心が強すぎるのかもしれない。
確かに俺も異世界でモンスターと戦うなんていう展開はたまらないが、しかし実戦となれば話は別だ。
そんな弱気は顔に出さないよう、俺とゴリくんが指示を飛ばし、速やかに隊列を組ませる。
最前列のタンク部隊を盾に歩き出す。
螺旋状の階段を一階層登るだけで十分以上。
ガチャリガチャリと鎧の音だけをBGMに、次第に薄暗くなる階段に緊張が高まる。
「ここが、最初の階層か」
「何だか気味がわりぃな」
ぱっと明るさを取り戻して見えた先には、長大な一本道が続いていた。
その脇にはいくつかの路地もあるようだ。
そこはもう石造りの塔の内部とは思えない、まるで土をくり抜いたような風貌へと様変わりしていた。
訳がわからないが、魔法のある世界でどうこういっても仕方ない。
「ここは真っ直ぐ進むだけでいいみたいですね。行きましょう!」
地図を確認したイケメンは、振り向いてイケメンスマイルを炸裂させると、鈍足に進み始める。
此処でするのは、まず実力の確認だ。
もしも脱落するとしても俺だけだと思うが。
左右の路地に何もいない事を確認しつつ、じりじりと前進する。
「あそこ、何かいませんか」
「一体だけみたいだ」
「釣るぜ」
ゴリくんが火魔法を撃ち出して、路地の壁に着弾した。
その音で奥にいた緑色の小人が警戒し始め、俺達に気付くと遂に出て来た。
手には剣を持っているが、動きはそこまで早くない。
体格だって俺達以下だ。
「来たぞ! 第一、防御態勢取れ!」
「はい!」
第一パーティは大盾の下方にある突起を床――というより地面に突き入れ、防衛を盤石なものとする。
腰を落とし衝撃に備える第一パーティの防壁を赤錆びた剣でもって襲ってきたのは緑の子鬼――ゴブリンだった。
ゴブリン 悪霊 Lv.61
クラス ゴブリンファイター
HP 4270/4270
MP 0/0
筋力 915
体力 305
魔力 0
精神 0
敏捷 244
幸運 61
スキル 剣術 重撃
「化け物じゃねえか!」
「確かに恐ろしげな見た目ですが、僕は余裕で受けられますよ」
「お、おう」
ゴブリンってレベルじゃねえぞ。
ステータスが見えているのは俺だけだが、その俺が完全に場違いだ。
スキルもふたつ持っているし、俺とか殴られた瞬間に爆散するんじゃないだろうか。
左上に出しておいたHPバーを見てみると、攻撃を盾で受けたイケメンは僅かに削れただけだった。
メニューから数値を見ると削れた値は170で、HPが660でHP自動回復持ちのイケメンなら余裕で耐えられる。
「一人でもやれそうです」
そう言ってイケメンは盾を地面から引き抜き、ゴブリンを押し返した。
仰け反ったゴブリンに剣を斬り下ろし、斬り上げ、反撃を盾で防ぐ。
再び盾をガツンと叩き付け、ノックバックしたゴブリンに斬り下ろし、斬り上げ、突きと流れる様に決めてゴブリンは倒れた。
完璧だ、さすがイケメン。
「どうにかなりましたね。何か力が漲るようです」
盾で上手い事防いだためか、返り血は浴びていない。
ゴブリンの血は青く、何だか現実味を感じない初戦だった。
しばらくイケメンへ「レベル上がったか」とか「感触はどうだった」だとか質問タイムが始まっていた。
ゴブリンが地面に吸い込まれるように消滅した事でその問答は終わる。
「消えるんだな」
「変な所でゲームっぽいすね」
俺とゴリくんの感想が虚しく残った。
殺す事への忌避感というものが無くなりそうでこわい。
「あれ、剣と玉が残っているな」
「ドロップアイテムじゃないすか」
「神官ちゃんが言ってたじゃない、あれが魔石でしょ。モンスターの核」
俺とゴリくんは騎士さんと神官ちゃんの漫才をまともに聞いていなかったので、知らなかった。
「俺が荷物持ちになろう」
このメンバーの中で一番戦闘貢献出来ないのは俺だし、何よりメニューが使えるのも俺だけだろう、ならばここは俺が拾っておくべきだろう。
後で分配すればいいし。
腰のポーチにしまう動作をしつつ、頭の中でメニューを操作して魔石を謎空間に収納する。
「その剣は要らないんじゃないでしょうか」
「あー、近接で誰かゴブリンの剣欲しい人い……ないよな」
皆高そうな装備を国から支給されているしな。
一応確認しておこうとして、俺は吹き出す。
ブラッドソード
追加効果 HP吸収
「どうしたんすか」
「ああ、ブラッ……いや。これは俺が初戦闘の記念に貰っておくよ」
この追加効果付きに誰も反応を見せないという事は、詳細表示出来るのも俺だけなんだろう。
後で街に降りて鑑定してきたとか適当に言って、タンクのイケメンにでも渡そう。
俺には勇者の剣ことバタフライエッジアグリアスがあるからな。村人だけど。
ぼちぼち先に進み始めると、今度は三体が路地にたむろっていたので、タンクを配置して出られなくする。
「第一、防御態勢! ゴリくん任せたぞ!」
「うっす!」
ゴリくん率いるメイジ部隊がぽんぽん魔法を飛ばして、ゴブリンが一体だけになると放火終了。
今度はクソミネが攻撃だ。
「ゴブリンが押し返されたら突っ込んで」
「はーい」
イケメンがノックバックさせると、クソミネはタンクの間を突き抜けた。
すれ違いざまにゴブリンを斬りつけると、イケメンが盾受けのみで無抵抗であったためヘイトが一気にクソミネへ振り切ったのか、ターゲットされる。
ゴブリンの剣をさっと避け、カウンター気味に斬りつけると剣が衝突した部分が一瞬発光し、凄まじい音がした。
ブッシャアアアみたいな音だ。
ゴブリンは即死した。
スキルの必殺効果だろうか、魔法で多少削れていたとはいえ怖ろしい。
「凄いな、クリティカルかな」
「すかね」
「えへへ」
褒められたクソミネは顔を綻ばせている。
ちなみに獲物はただの直剣で抜刀攻撃が出来ないので、抜刀術とやらは発動されていないはずだ。
超火力特化は怖ろしい。
「ゴリくん達の火力も良いし、戦力的には十分だよな」
「俺らの所まで攻撃が来たら終わりすから、注意するのは第一パーティっすね」
今回はドロップアイテムは無しだ。
ブラッドソードはレアだったのかもしれない。
楽勝ムードに感化されて余裕が出て来たのか、雑談を始めたり、少し陣形が崩れはじめていた。
もっと血みどろで死屍累々の戦場を予想していたのだろうし仕方ないかもしれないが、少し気を抜き過ぎだ。
そして魔石を回収し終わると、路地の奥の通路からこちらに気付いて向かって来るゴブリンが見えた。
「危ない!」
「えっ!?」
自分でも驚く速度で動いた俺は、ぼうっと突っ立っていたクソミネの下に一足で辿り着き、バタフライエッジアグリアスを引き抜いてゴブリンの剣を受けた。
すげえ怖い、何これ、こんな奴の攻撃受けてたとかイケメンすごい。
ゴブリンは唾を飛ばしてグギャグギャと訳の分からない事を言いながら、剣を振り下ろしてくる。
俺は半歩横にずれて剣を叩き落とすと、そのままの勢いで手首を回し、踏み込みながらゴブリンの頭を叩き斬った。
盛大に青い血を吹き出して、ゴブリンは倒れた。
「あ、ありがとう」
「無事で何より」
青い顔をしたイケメンが走り寄って来る。
「危なかったですね」
「モンスターがいる以上、常に陣形を崩さないように動かないと」
「……少し調子に乗っていたかもしれません」
「何が起こるかわからないし、気を付けていこう」
叩き落としが決まらなければ、俺が頭を割られていただろう。
俺は思いっきり息を吐き出して、ようやく落ち着いた。
しかし、もしかすれば頭部や心臓などの急所は能力値からの計算を越えたダメージを与えられるのかもしれない。
俺の筋力ステータスは10しかないので、バタフライエッジアグリアスの貫通効果が防御無視であったとしても、そのダメージはゴブリンの致死には届かない。
いや、もしかしてもう俺のレベル20くらいいっちゃってんじゃないかなと思い、ステータスを確認する。
霧咲未来 人族 Lv.1
クラス 村人
HP 10/10
MP 0/0
SP 0
筋力 10
体力 10
魔力 10
精神 10
敏捷 10
幸運 10
スキル スキル?
うっそだろお前。
いやいや、もしかしたらゴブリンは経験値が入らないのかもしれない。
イケメンを見てみよう。
池綿聡 人間 Lv.31
クラス 勇者
HP 1810/1810
MP 310/310
SP 1
筋力 1810
体力 1810
魔力 310
精神 1810
敏捷 310
幸運 1810
スキル 達人 剣術 盾術 光魔法 全属性耐性 HP自動回復
「うっわ」
「どうしました、敵ですか」
「……あんまりイケメンで驚いてしまったんだ」
「なにを言い出すんですか突然」
少し目を離した隙に恐ろしい値になっているんだが、何なのだこれは。
単純に考えてみると、レベル10毎にSPが消費されて得意な能力値にボーナスが入っている……という事だろうか。
勇者怖ろしい。
そしてレベルが上がっていないのは俺だけだったようだ。
その事実に絶望を覚えながら先へ進んだ。
そういえば一番最初に戦ったゴブリンはどうやら他より若干強い存在だったようで、此処の平均レベルは60だ。
これだけの相手をしてレベルが上がらないとは、どうしたものか。
そんな事を考えていると、巨大な扉の前に到着した。
「ボス部屋か?」
「滅茶苦茶ゲームっぽいすね」
「本当に二人とも神官ちゃんの話を聞いてなかったのね……」
どうやらこの最初の階層には守護者の部屋があり、討伐すると先の階へ進めるらしい。
これは五階層ごとに存在するとの事だが、まさか一階層にあるとは。
塔を登る前に騎士が「ヤバそうだったら逃げろ」みたいな事を言っていたのは、この階層のモブに苦戦するようではボスには勝てないからなのだろう。
「タンクは余裕そうっすよね。火力も過剰なくらいだし」
「そうだな。強いて言うならモブが瞬殺だったからヒーラーが全く経験積めてないのと、後衛が被弾しても耐えられるかってのが心配か」
「っすねえ」
俺とゴリくんが話し合っていると、イケメンが来た。
「良い感じに乗って来ていますし戦力的に問題が無ければ、このまま突入した方が良いんじゃないですか?」
「そうは言うけどなあ」
「ボス部屋なら出られなくなるのが怖いっすよね」
「それも神官ちゃんが言っていたじゃない。侵入後十分程度で扉は開くって」
親切設計だな。
勇者補正でタンク連中はクソ硬いし、ここまで出て来たモブを基準として考えるならこちらの攻撃が通らなくても十分耐え抜いて逃走も可能だろうが、後衛が耐えきれるかが心配だ。
「皆大丈夫だろう?」
イケメンがそう問いかけると、元気に返事が聞こえた。
剣を振りあげて雄叫びに近い声を上げている者もいる、バーサーカーかな。
レベル問題で深刻な俺と違ってエンジョイしている。
俺はレベルアップ経験が無いからアレだが、昂揚感があるのかもしれない。
あのイケメンがそうだったように、調子に乗ってしまうというか、テンションが上がっているというか、躁状態になっている気がしなくもない。
もしこれがモンスターを殺した事による忌避感からの反発衝動なのであれば、精神的に参ってしまうかもしれない。
これを見ていると、召喚自体に疑問が湧いて来る。
例えばもっと、戦争が盛んな国から召喚すれば、ヒャッハーとノリノリでモンスターを狩ってくれるかもしれない。
肉体的には成熟していても精神が未成熟な、平和な国の青少年が召喚されたのは意味があるのだろうか。
「では、勝ちましょう!」
イケメンが宣言し、扉に手を触れると軋みを上げながら内側へと自動で開きだした。