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第48話「懐柔しようと思ったらされてた話」

 翌朝、胸の上にヴァリスタが乗っていて若干の苦しさに目覚めた。

 何て所で寝ているんだ。

 そっと下ろすとむにゃむにゃとして睡眠を継続している、可愛い。


 さて、今日から少しの間、街で金稼ぎをしつつオルガの調教に費やす。

 そんなオルガを見てみると、床に寝転がったまま昨晩渡した布の下でもぞもぞと動いていた。

 まさか朝からそんな、いやレベルから見てお盛んな年頃なのか。


 これが噂に聞く息子の部屋を覗いてしまった親の心境なのだろうか。


「貴様、何をしている」


 俺は冷静に努めて問いかけると、オルガは白緑の髪を揺らしてこちらに向き直った。

 頬が紅潮気味だ、朝から嫌なものを見てしまった。


「お前次ヴァリーの居る所でそんな真似をしたら――」

「ト、トイレ……漏れ……」

「――うん?」


 トイレ、漏れ。


「小便か?」


 聞くと、オルガは頬を真っ赤に染めて、その頭を激しく縦に振った。

 何故だ、どうして……。

 いや、まさかそんな、俺が座っていろだとか、寝ていろだとか言ったから、トイレにも行かずにそこに居たというのか。


「そ、そうか。行っていいぞ、すぐ行け、今行け。後これからは自分の判断で行っていいからな」

「動けない……」

「え?」

「漏れちゃう……」


 んああああ。

 その深緑の瞳は淡く濡れ――何が悲しくてイケメンエルフのそんな台詞を聞かなきゃならないのか。


「我慢しろよ」


 寝転がったまま動く事が出来ないアホなイケメンエルフの下へ行くと、その首と膝とに腕を回して抱き上げる。

 軽い。

 しかしまさかイケメンをお姫様抱っこする日が来るとは思わなかった、人生の汚点になりそうだ。


 オルガもオルガだ。

 その赤い顔で俺を見ないでほしい。

 そういう趣味は無いから、マジ勘弁。


 トイレに入ってゆっくりと下ろすと、オルガはどうにか着地する。

 便器はいわゆる洋式で、俺はオルガを便器の真ん前に立たせた。

 変に前かがみとなり膝に力が入っていないオルガの肩を支えてやると、どうにも前進しようとする。


 これ以上進めば飛ばした小水は便器から大きく外れてしまう。

 座って用を足すスタイルは清潔であり男でもメジャーではあるが、しかし今は緊急事態だ。

 もし座ろうと腰を曲げて暴発すれば目も当てられない事態になる。

 ぶちまける気だろうか、はたまた大きい方か。


「す、すわ……」

「大きい方なのか」

「ち、ちが……!」

「馬鹿、ならさっさと出しちまえよ」


 正直俺はトイレから出たいが、オルガがここで便器から外して大洪水を起こしたら主人の俺の責任になってしまうので支えるしかない。

 イケメン放尿なぞ見たくもないので横を向いて目を逸らし、ただただ肩を支える。

 オルガはついに意を決したのか、微かに貫頭衣をたくし上げた音がした。




 カラーレスか、ビタミンか、今そこには一筋の軌跡が描き出されているのだろう。


 長く長く、俺の頭はその音から出来るだけ綺麗な連想をする.mp3


 滝の飛沫と川のせせらぎが脳内を木霊する。




 ついに終息した所で、俺は一足先にトイレから出た。

 恐ろしい体験をしてしまった。

 これは、ついてない。




 それから朝食は全員で済ませる。

 また冷めた飯をやる予定だったが、昨晩は尿意を我慢させてしまったのがあんまりだったので心ばかりのお詫びだ。


 軽く食休みを挟んで仕事の支度をする。

 支度と言ってもパーティ編成銀貨五枚の看板をヴァリスタに持たせるだけだが。


 俺は右手に鞭、左手に鎖を持って、頬が赤いオルガを引き連れる。

 こいつもしかして男色趣味だったのだろうか、ヴァリスタの心配をしていたが、俺の貞操が危うい。

 俺は尻をキュッと締めて歩き出す。




「安くて早くて安心! 銀貨五枚で請け負いますよ!」


 塔近辺の開いていた場所でパーティ編成の仕事を始めた。

 俺のあぐらの中には看板を持ったヴァリスタがおり、俺は右手に鞭、左手に鎖のご主人様スタイルである。

 左では鎖の繋がった首輪を付けたオルガが正座しており、ピクピクと長い耳を動かして賑わいを聞いているようだ。


 安定のパーティ編成の仕事だが、しかし客が来ないまま二時間が過ぎていた。

 いや、正確には遠巻きに見ている者は居るのだが、どうにも此処まで寄って来ない。

 おかしい、以前なら編成を受けずとも「もっと安くしてくれ」だとか値切りに来る者も居たのだが、そういった手合いも来ない。


 おかしい。


 そう思い始めた頃、常連であった三人組が来た。

 いつもは生意気で高圧的なザ・冒険者といった感じなのだが、何だか挙動不審だ。


「ど、どうも」

「お久しぶりです。パーティ編成ですか?」

「おう……いや、はい。その、もしかして何処かのお貴族様だったんで?」

「は?」


 俺は首を傾げた。

 ヴァリスタも首を傾げた。

 ついでにオルガも首を傾げた。


「い、いや。だってそんな、エルフなんて連れてるもんだから。それに王様と謁見したのって黒い兄ちゃ……坊ちゃんだって聞いたし」

「あ? ああ、このエルフは色々とありまして安く譲って貰えたんですよ。王様と謁見したのも冒険者としての活躍にお言葉を頂いただけで。何より俺はただの冒険者ですよ」

「な、なんだ。ビビらせんじゃねえよ! 馬鹿!」

「ハッハッハ、すみません。もしかして人が全然寄り付かないのもそのせいですかね」

「当たりめえだろ! エルフの奴隷なんざ連れてんのは道楽貴族って相場が決まってんだよ! 変なパーティ編成といいおどかすのも大概にしろよな」


 それからは俺達のやり取りを聞いたからか、いつも通りに客足が増えた。

 といっても久々の開店なので既に他でパーティ編成を受けていた者も多かったのだろう、俺の下へは十組が受けに来たので、銀貨五十枚が売り上げだ。

 昼になったので切り上げて、今日は装備の購入に向かう。


 俺にはハードジレにコンバットブーツという軽くてそれなりに優秀な装備があるから良いが、思えばヴァリスタは普通の服、それも男物ばかりだ。

 まぁ男物ばかりというのはまだ小さいし良いだろう。

 今日は防具と、オルガの服だ。


 防具屋へ向かう道すがら、詳細表示を出して色々な店を眺めていて、ふと見つけたものがあった。



砥石 素材

武器の研磨に使用可能。



 素材表記だ……。

 もしかすれば、研磨だけでなく武装刻印にも使えるのかもしれない。

 だとしてどのような効果があるのだろう、気になる。


 店は武器屋だが、俺は武器を見ずに真っ直ぐ店主の下へと向かった。


「すみません、砥石をひとつ頂けませんか」

「ほう、武器の研磨か? 請け負うが」

「いえ、いざという時に自分でも使えるよう持っておこうかなと」

「感心だな、ひとつ銅貨二十枚だ」


 ひとつだけ購入して、ポーチへと仕舞う素振りで謎空間へ放り込んだ。

 少し出費がかさむが、実験をしよう。

 砥石の追加効果が見てみたい。


 ぐるりと見渡し、追加効果のスロットがあるロングソードを発見した。

 価格は銀貨三十枚、やはり城下町のロングソードは大量に余っていて値引きされていたようだ。

 まだ何かないかと見渡していると、カウンターに無造作に置かれていた鉱石が目に留まった。



鉄鉱石 素材

武器の錬成に使用可能。



 これも素材か、面白いな。


「その鉱石も頂けませんか」

「これか? 砥石じゃねえんだぞ」

「駄目でしょうか?」

「いや、駄目ってこたないが……。何に使うか知らんが銀貨十枚ってとこか」


 少々迷ったが購入し、少し大きいがこれまた仕舞う動作で謎空間へ入れる。

 ついでにスロットありのロングソードも購入だ。

 それから店を出て、服屋へ向かうといくつか男物の服を購入し、路地に入って謎空間へ放り込む。

 するとオルガが話しかけて来た。


「す、凄い。今のキミの力なの?」

「ん? そうだが」

「へえ、魔法か何かなの?」

「どうだかな、それより――」

「はい、ご主人様!」


 条件反射……ではないな、笑みを浮かべて返事をしている。

 何だか物凄くからかわれている気分になった。


 それにしてもこの謎空間への収納は、魔法というか、何というか、自分でも説明出来ない。

 なので適当にはぐらかして次の店へ行く。

 防具屋だが、しかしヴァリスタは小柄だ。


「うーん、合いそうなのがないよなあ」

「もっと私、大きくならないと……」

「まぁ身軽で素早い方が良い場面も多いし、気にするな」


 一通り見て周って、ひとつ良い物を見つけた。



鉢金 頭

追加効果 -



 黒い鉢巻に鉄板を付けただけの簡素な防具だ。

 鉄板は黒い鉢巻に包まれており、表面的には頑強そうには見えないが、頭部を狙った即死を回避する程度の防御性能はあるのではないだろうか。

 これなら頭に巻くだけだから、ヴァリスタも付けられる。

 追加効果のスロットがあるから、これに今日購入した素材で武装刻印をしてみよう。




 高級宿へと戻ると、今日分の料金を支払い部屋に入る。

 ロングソードと鉢金を机に置いて、その横にはそれぞれ砥石と鉄鉱石だ。

 砥石は何となく武器に合いそうな気がしたので、そちらに付与する事にした。


 バタフライエッジアグリアスを左手に持ってMP自動回復の恩恵を受けつつ、右手をかざして武装刻印を開始する。

 まずは砥石、素材の魂を抽出して、光として纏め上げる。

 ロングソードへと移植して、一層に輝きを増した所で完成だ。



鋭いロングソード 剣

追加効果 裂傷



 裂傷か、何だか強そうだが、その効果はいかに。



裂傷 血が出やすくなる。



 ううん……。

 まぁ、貧血がキツいというのは俺も経験済みだし、直接的なダメージではないが悪くはないか。

 土の迷宮のレベル1ゴブリンの攻撃がそうであったように、ダメージが低すぎると切り傷すらつかないし。


 効果を見ていてふと顔を上げると、オルガがその深緑の瞳を俺に向けていた。

 武装刻印に興味があるのだろうか。

 どうしたと聞こうとした所で、オルガが先に声を上げた。


「凄い! どうして使えるの!? キミって人族なんだよね!?」

「ああ、そうだが」

「じゃあどうして使えるの! ボクはハーフのせいもあるのか、全然使えないんだよ! エルフの技なのに! 凄いなあ!」


 凄い凄いと褒められると嫌な気分はしないが、武装刻印ってエルフのスキルだったのか。

 もしかすれば以前ゾンヴィーフの腐肉の武装刻印を断られたのも、エルフが付与を担当しているからなのかもしれない。

 森林地帯に住んでいるという事は、自然が好きで、臭いのは嫌いそうだし。


「まぁ、色々あって使えるようになったんだよ」

「へえ! ボクにも教えて!」

「あのなあ――」

「はい、ご主人様!」

「――何でもない」




 俺はオルガから目を逸らし、次の武装刻印に入る。

 こちらは鉄鉱石を鉢金へと付与する。

 先程と同様の行程を経て無事に成功すると、早速その詳細を確認する。



硬質の鉢金 頭

追加効果 硬質化



 硬質化か。

 効果は特定部位が硬くなる、つまりその部位に対して物理ダメージが入りにくくなるというものだ。

 鉢金の場合は前部の鉄が埋め込まれた部分だろう。


「よし、ヴァリーにプレゼント」

「ありがとう」


 頭に巻いてやると、なかなかどうしてその紺藍の髪に黒い鉢金がよく似合う。

 結び目から余った布が長く垂れているが、この程度なら動きは阻害されないだろう。

 その光景を見ていたオルガがぼそりと呟く。


「ボクも欲しいなあ」


 やっぱりだ、オルガは何か盛大な勘違いをしている。


「……お前さ」

「はい、ご主人様!」

「いや、もうそれはいい」

「ええ!? 何か気に障る事しちゃったかな」

「そうじゃなくて、お前奴隷ってわかってないだろ」

「一年間一緒に戦えばいいんだよね」

「間違っちゃいないんだけど。立場上、金を払って買った俺が主人で、お前が手下なんだよ」

「そうみたいだね」


 多分エルフという種族、もしくはオルガという人物が特別に奴隷文化に馴染みがないのだろう。

 いや、恐らく知識としてはある。

 だからこそ奴隷におとされた事を辛辣に語った訳だ。

 だが、それに準ずる対応というか、そういったものがないのだ。


 レオパルドが徹底的に自尊心を砕けと言ったのは、オルガがこういった性格だという事を認識していたからなのだろう。

 さすがは奴隷商人である。




 だが同時にオルガというイケメンエルフが俺の命令に変に忠実である事がわかった。

 それは夜通し尿意を我慢し続けたという何とも冴えないものであったが、それを限界まで耐えたのは評価に値する。

 いや、人体的には最悪だが。


 それにからかわれているようだが、事あるごとに「はい、ご主人様」を連呼するようになった。

 処世術というか、それで俺の理不尽な態度に対応しようとしているのだ。

 つまりオルガには、俺に対して協調しようという意思がある。


 初日から、何故だかわからないがオルガは俺に反抗しない。

 奴隷としての意識も曖昧なのに、だ。

 何より邪気がない、やたら純粋なのだ。


 俺はヴァリスタという特殊な境遇の奴隷しか知らなかったから、それが普通なのかはわからない。




 そして俺が奴隷をこき使うというある種主人として当然であろう対応が出来ないという事も思い知った。

 口汚く罵ってみても、何でか俺自身にダメージが返って来てしまう訳で――信頼とまではいかずとも、ここらが落としどころなのかもしれない。

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