第40話「魔剣」
六時間ほど歩き詰め塔の街へと辿り着き、問題なく検問を通っていつもの宿へと入ると、この日はすぐに眠りについた。
徹夜明けでの移動であったから、知らず疲労も大きかったのだろう。
翌日、ヴァリスタにロングソード、俺がブラッドソードを装備し、準備を完了する。
手持ちの金でもあと数日は持つから、まずは冒険者ギルドに行って仕事を受けよう。
思えばパーティ編成の仕事ばかりでまともに冒険者らしい仕事もした事がなかった。
宿から出ると周囲を見渡し、フローラら二名の追跡者が居ないかを確認してから冒険者ギルドへと向かった。
冒険者ギルドの開けっ放しの扉から入ると、視線が浴びせられすぐに外れる。
いつかと同様の展開に、そういえばとギルドの隅に目をやると未だ僧侶エティア姿は無かった。
パーティ編成以外の仕事でも見つけたのかもしれない。
受付へと向かい、依頼の受注を行う。
「すみません、初めて依頼を受けるのですが……」
「ギルドカードを提示して頂けますか?」
見えないよう謎空間からギルドカードを取り出して手渡すと、受付嬢はカードを見てあっと声を上げた。
見ると受付嬢の隣に、金髪赤目の受付嬢の特注制服を着た少女が居た。
いや、ロリババアグレイディアだ。
「お前、魔族征伐戦の報酬を受け取っていないだろう」
「ああ、そうでした」
「征伐戦に参加されたのですか?」
「ええ、グレイディアさんと共に」
「前線に居た人は酷い戦いだったって話していましたよ。よく生きて戻れましたねえ」
そもそも前線を囮にボスに闇討ち掛ける算段だったしな。
「運が良かったんですよ」
「どの口が言う。親玉の首を取ったのはお前だろうが」
「えええ!? 今回の魔族は異常な強さだと知らされていましたよ!?」
「ハッハッハ」
「それでお前が倒れた後、騎士団の連中も私も、報酬は全てお前に譲ると話し合いで決めたのだ。総取りだ、素直に喜んでおけ」
「それはありがたい」
驚愕の受付嬢はグレイディアに急かされて、金貨十二枚を持ってきて、予想外の収入を得る事になった。
内訳は、征伐戦参加報酬の金貨一枚。
ゾンヴィーフ討伐の金貨十枚。
もう一枚は何だろう、ボーナスとでも思っておこうか。
これでそれなりの奴隷を買う事が出来るだろうか。
それでもひとまず今日は依頼を受けて、冒険者として慣らしておいた方がいいだろう。
「それで、どういった依頼があるのでしょうか」
「普通の方ですと薬草採取だったりモンスターの討伐ですが……」
地下は自然の光源が無いから、薬草採取はハードモードだな。
モンスターの討伐が良さげだが、地下に落とされた当初も、こちらに戻って来る間にも襲われなかった事から、遭遇する確率は低そうだ。
意外と地味な仕事となりそうだ。
「報酬はそれぞれどれくらいになるのでしょうか?」
「薬草採取は一束につき銅貨十枚。モンスターは低級の魔石でしたら質に寄りますが銅貨五十枚から銀貨一枚といった所でしょうか」
魔石は売れたのか。
だとすれば征伐戦報酬の上乗せは、ゾンヴィーフの魔石が売却された事で金貨一枚となっていたのだろう。
ゾンヴィーフ高いな。
あれ、ちょっと待て、俺がこれまで泊まっていた宿は一泊銀貨三枚だ。
低級のモンスターでも少なくとも三体は倒す必要がある。
質が悪ければ六体、これを毎日となると、なかなかの数だ。
もしかすると、俺はかなり良い宿に泊まっていたのではないだろうか。
ギ・グウが平然と案内してくれた宿だが、なかなか豪気な男だ。
「それではモンスター討伐の依頼を……」
「こちらは常設型の依頼ですので、魔石を持ってきていただければ結構ですよ」
「おお、なるほど」
だとすれば今日は街の外をぶらついてエンカウント待ちでもしてみようか。
そう考えていると、グレイディアが横に立っていた、相変わらず素早い。
「お前なら迷宮だろう。征伐戦の直後だし、空いていてお勧めだぞ」
「ほう、それは何処にあるのでしょうか」
「……知らんのか」
「先日死にかけて記憶が混濁しているのかもしれませんね」
訝しげに見上げて来るグレイディアに適当な返しをしつつ、考える。
迷宮と言えば、塔の逆バージョン、つまり下に潜って行くスタイル。
塔と同様のモンスター出現率ならば、荒稼ぎとレベル上げも容易か。
その時、どしゃりと生々しく重い音が聞こえ、ギルド内の視線が入口へと集中した。
「ハーッ! ハーッ! 報酬……!」
ズタボロの冒険者だ。
血みどろで槍を支えに歩いて来たその者は、左手にはそれなりの大きさの魔石を握っている。
「征伐戦の残党狩りか」
「ドブ攫いめ」
魔族征伐戦での残党を狩っていたようだ。
酷い姿で気付かなかったが、どうやらかなり若い女の様だ。
もしかすれば、うだつの上がらない冒険者が手負いの魔族を仕留めて一攫千金を狙ったのかもしれない。
それでドブ攫いか、言い得て妙だが、こういった者がいなければ魔族の取りこぼしが成長してしまうだろう。
上手い事回っているもんだなと思いつつグレイディアに視線を戻すと、グレイディアは奥へと歩き去ろうとしており、俺を手招いた。
「続きは奥で」
グレイディアはそれだけ言うと、そそくさと立ち去った。
ついて行くと、小さな机と椅子、ティーセットががあるだけの小部屋だった。
受付嬢の休憩室だろうか。
「全く、出血したままギルドに来るなど言語道断だな」
「ああ、吸血スキル……。大変ですね、グレイディアさんも」
「戦乱の時代であれば役立ったが、今では邪魔にしかならんな」
「ハハハ……」
戦乱って、人同士の戦争時代もあったのか。
斬り合いの最中に吸血スキル持ちが降臨とか、阿鼻叫喚の地獄絵図だな。
「それで、迷宮というのは」
「ああ、お前が何処から来て、この世界で何をしようとしているのかは聞かないでおくが、腕試しに土の迷宮にでも行ったらどうだ」
にっこりと笑みを浮かべるグレイディア。
「……その、土の迷宮というのは?」
「此処からずっと南下すればある。周囲は仕切られているし検問もあるから、お前でも行けばわかると思うぞ」
「そうですか、では行ってみようと思います」
「もう十年近く迷宮は突破されていないからな、久々に迷宮攻略の話に湧きそうだ」
「いやだなあ、新人いびりですか。変な期待掛けないでくださいよ」
「ふふふ」
「ハハハ」
グレイディアの中では俺の評価は馬鹿高いようだ。
いつの間にか小僧呼ばわりされなくなっているし、相変わらず怖い人だな。
さて、今回はグレイディアへ再三どころか四度目となるお願いをしなければならない。
「それでですね、グレイディアさん」
「また何かあるのか」
ピクッとグレイディアが頬をひくつかせたのを見てしまった。
お怒りだろうか、四度目だからな、わからなくもない。
「実はまたスキルを……」
「またか、それで今度は何を」
今回グレイディア経由で取得するのはこれだ。
武装刻印 5SP
スキルを盗み見た鍛冶屋のドワーフには鎚術や鍛冶といったスキルもあったが、武装刻印は無かった。
鎚術はいわずもがな、鍛冶は武器の製作補助スキルだった。
別の従業員が武装刻印を行うのだろう。
聞いていなければ勘違いして鍛冶スキルを取っていただろう。
俺には武器製作なんて大仕事は出来ないしやる場所もないので、鍛冶スキルは宝の持ち腐れとなってしまう。
5SPというのは中々大きいが、何せ魔族の素材による追加効果が付与された武器が作り出せるのだ。
「武装刻印と言いまして」
「ほう、珍しいものを選んだな」
珍しいものを選んだな……って、何かを即席で取得しているのはバレているようだ、怖い。
戦々恐々としつつも、平然を装って武装刻印を譲渡してもらった。
グレイディアは10SPを保有していたが、遂にこれで5SPにまで減ってしまった。
77SPからここまで使用したとなると、俺はギ・グウと同じくらい恩を受けてしまっているのだろう。
「ううむ、先程一瞬理解した武装刻印が、わからなくなった。気持ち悪いな」
「毎度ありがとうございます」
武装刻印を譲渡されると、なるほど武装刻印。
この取得した瞬間のわかってしまう感じは確かに気持ち悪い。
「では、ありがとうございました」
「ああ……」
俺は宿の部屋へと戻ると、ロングソードとゾンヴィーフの腐肉を机に出す。
「見てろよヴァリー」
ロングソードを机へ置き、その隣にはゾンヴィーフの腐肉、武装刻印だ。
勿論ヴァリスタはゾンヴィーフの腐肉が出た時点で跳ぶ様に部屋の隅へと逃げ去った訳だが。
正直俺もあまり間近で嗅いでいられる臭いではない。
何だか物悲しい気分になりつつ、初の武装刻印へと着手する。
右手をかざして、うむむと力を籠める。
MPがゆっくりとだがスリップで減って行く。
魔法を使う時はこういった感覚なのだろうか。
保険としてバタフライエッジアグリアスを取り出して、左手に持っておく。
今の俺のMP最大値は300だから、バタフライエッジアグリアスのMP自動回復効果で5秒毎に3ずつ回復していく。
微々たるものだが、1ずつ削られていくスリップに対しては有効だ。
ゾンヴィーフの腐肉から淡い光が漏れ出すと、ついにゾンヴィーフの腐肉全てが光の玉と化した。
それ自体がある種素材の魂として変換されているのだ。
その素材の魂をロングソードへと移植していく。
ゾンヴィーフの魂というと途端に要らない気分になるから不思議だ。
光を徐々にロングソードに同調させてやり、素材の魂を武器へと融合させれば完成だ。
一層の光が発せられ、仄かに光が弱まると、そこには黒い柄に黒い鍔、紫色の刀身を持つ、何とも禍々しい剣が生まれていた。
これは凄そうだ。
「出来た! これが……!」
魔剣ゾンヴィーフ 剣
追加効果 ゾンビ
「なんだこれ」
ロングソードの開きスロットには確かに追加効果が付与されていた。
追加効果ゾンビとは一体。
何だかとんでもない失敗作の気がしなくもないのだが、落ち着いて詳細を表示してみる。
ゾンビ 一時的にゾンビ状態にする
何だろう、パッとしない。
もっとこう、即死効果とか、俺はそういうのを求めていたのかもしれない。
「ヴァリーこの剣、どう思う?」
「汚い剣?」
魔剣ゾンヴィーフは変色の他、外見的特徴は見当たらなかった。
強いて言うならば、ゾンヴィーフの腐肉の臭いが無くなったのは良かったか。
ゾンビというよくわからない追加効果は不安要素でしかなく、念のためロングソードをもう一本購入しておいたのは幸いだった。
ものは試しというし、土の迷宮で試してみよう。




