第4話「塔」
俺は正眼に構えた木剣を踏み込みと同時に振り下ろした。
目前のイケメンへの一撃。
イケメンは俺の剣筋を見切っていた。
俺の剣に合わせて半歩横にずれると同時に剣を上部から叩き、瞬間に間合いを詰めて俺の頭部に木剣を振りおろし、寸止めした。
打ち落としと呼ばれる技術だ。
「参った。完敗だ」
「ありがとうございました。僕、何か掴めた気がします」
一週間の戦闘訓練の結果、イケメンは剣術スキルを会得していた。
池綿聡 人間 Lv.16
クラス 勇者
HP 660/660
MP 160/160
SP 6
筋力 660
体力 660
魔力 160
精神 660
敏捷 160
幸運 660
スキル 達人 剣術 盾術 光魔法 全属性耐性 HP自動回復
ご覧の通り、剣で戦い、盾で守り、魔法も使え、自動回復で継戦能力も高い。
完全無欠のイケメンが完成してしまった。
たいして俺のステータスなど見るまでも無い。
アーレス指導の下、必死こいて木剣を振り回したがスキルなぞひとつも発現しなかった。
一応剣の振りはマシになったが、それだけだ。
剣術や盾術といった戦闘スキルというのは、所有しているだけでその技術を補正し、底上げしてくれるらしい。
だから召喚されたばかりの勇者でも、こうしてスキルを習得しさえすれば即戦力になるのだという。
そんな中でスキル皆無の俺である。
ナナティンや城の者達に下手に勇者様などと持ち上げられていたために、学生達からはからかうどころか憐みの視線を向けられる始末。
「キリサキさんなら大丈夫」
そう言って理由無き励ましをくれたのはクソミネだ。
とぼとぼと自室へ戻ると、椅子に座り待機していたシュウが俺に気付いて挨拶を交わす。
「ところでシュウさんのその首のやつってなんですか?」
「ああ、これですか? 隷属の首輪という物ですね」
「その、大変失礼な質問なのですが、シュウさんって奴隷なんですか?」
「いいえ、違いますよ」
良かった。
これで奴隷ですだなんて言われたら、俺は圧倒的な勇者パワーでこの国を潰していたところだった。村人だけどな。
「スカウトされた際にこれを付ける事が条件だったんですよね」
「え、でも隷属っていうと……」
「私もてっきり奴隷みたいにされてしまうのかと思ったのですが、これまで何か制限が掛かったことはありませんね」
隷属状態とは、あらかじめ決められた行動をフラグとして効果を発揮させる事が出来る、いわば行動を制限させる状態らしい。
例えば主人を傷付ける行為をしようとすれば首が締まるだとか、もっと魔法的に抑制させる物もあるのだというが、非人道的なため滅多に使われないらしい。
今回の場合はもしもの場合の安全確保みたいなものだろうか。
例えばアーレスのような正式な騎士であれば、国への忠誠心やら名誉やらが重要であるから、そんな騎士に隷属の首輪をはめるなど、忠誠に泥を塗るようなものだ。
逆に村から雇ったメイドの場合は、結局は金で雇われているはずだし、雇用期間が過ぎれば村に戻るのだろう。
そこのところの、信用の差だろう。
「ちなみにその首輪は外して貰えるんですか?」
「毎日仕事が終わると外していただいてますよ」
「なら良かったです」
「ライ様は優しい方ですね」
少しだけ笑んだ表情がまた可愛い。
最近の俺の癒しだ。
「ライ様は明日からは塔を登るのですよね?」
「そうですね、やれるだけやりますよ。結局スキルは発現しませんでしたが」
「本当に大丈夫でしょうか……、くれぐれもお気を付けて」
「一応俺にはこいつがありますから」
腰に帯剣したバタフライエッジアグリアスをぽんと叩く。
バタフライエッジアグリアスは、アーレスの部下が購入して来た細身の大剣用の剣鞘を詰めて、緩くならないように収納してある。
また脇に帯びるには長すぎるので、腰の背側に納剣している。
この剣鞘というのが特注品ではないにしても俺にとっては特殊で、どうやらモンスターの皮を使って作られた頑丈な物らしい。
こちらに来てより一週間、王城から出ていないため実感が無いが、此処は剣と魔法と、モンスターが存在する世界なのだ。
そして遂にその日が来た。
俺達勇者一行が、塔へと踏み入る日だ。
まずは謁見の間の玉座に座す国王――の前に立つナナティンに出立の挨拶だ。
よくもまぁ一週間でこれほどの人間を集められたなという感じで、周囲にはキノコ頭やロン毛の貴族諸侯がおり、俺達を見やる。
何故だか俺が中心になって、その後ろに三十人の勇者。
剣を携えて現れたというのは、それだけインパクトが強かったという事なのだろうか。
今では俺だけでなく、勇者達もしっかりとした装備を身に纏っている。
特に紺藍の俺と対照的な、白銀の鎧を纏ったイケメンなんかはかなり勇者っぽい。
というか誰が、どんな剣を携えて来たかなんて捏造し放題なんだし、イケメンが主役で良いんじゃないかなと思う。
「我ら三十一の勇士、塔よりの凱旋を誓います」
「勇者キリサキ様、そして戦士の方々。どうか無事、ご帰還ください」
「この剣に懸けて」
何回かナナティンと二人で練習した台詞を吐いて、バタフライエッジアグリアスを腰から引き抜き眼前で構えると、割れんばかりの喝采が鳴り響いた。
ちなみにナナティンのステータスはこんな感じだ。
ナナティン・ミクトラン 人族(--) Lv.15
クラス 王族
HP 300/300
MP 300/300
SP 15
筋力 225
体力 225
魔力 300
精神 300
敏捷 225
幸運 300
スキル 風魔法 光魔法 闇魔法 魔の法
種族がアレだが、もしかしたら混血とかなのかもしれない。
といってももし魔王の手下にありがちな魔族なんてものがいたのだとしても、古くに倒され今は存在しないだろうから、混ざっているとしてもかなり古い血筋なのだろう。
触れない方がいいだろうという判断で俺はスルーしている。
このステータスは俺しか見えないのだから、下手につついてお家のごたごたに巻き込まれるなんて馬鹿らしいしな。
それにしても、伝説の勇者呼ばわりされる俺よりお姫様の方が圧倒的に強いんだよな。
その後早足で移動し城門前で馬車に乗ると、身だしなみを整える。
時間は視界の隅に表示させているのだが、未だに抜けない癖でスマホを取り出して見ると、時刻は10時を回ったところだった。
「キリサキさん、スマホ持ってるの!?」
「え? ああ、うん」
「いいなー」
聞いてみると、学生服以外は持ちこめていなかったらしい。
といってもこのスマホもじきに電源が切れてしまうだろうが。
ラバーカップがキュッポンソードことバタフライエッジアグリアスに変貌したのは、巻き込まれた事で持ち込めないはずの物を持ち込んでしまった影響なのかもしれない。
準備が完了すると、いよいよと馬車が動き出す。
一歩城門から出ると、怒号と錯覚してしまうような歓声と黄色い声が辺りから反響する。
指示通りに手を振ると、声は更に大きく強くなり、自分がこういう立場になると有名人って苦労していたんだなあとか、そんなくだらない事を考えてしまう。
騒めき立つ中で少し笑ってしまうと、隣に座っていたクソミネが首を傾げて声を掛けて来た。
「キリサキさん、余裕あるね」
「そうでもないよ。ただ馬鹿らしいなと」
「馬鹿らしい?」
「考えてもみなよ。召喚だ勇者だなんて言うけど、その実拉致されて死地に送り出されてるんだぜ?」
「あはは、同感」
この雰囲気に当てられているのだろう。
初日に泣いていた者や嫌々と訓練して来た者も、今では興奮の坩堝に飲まれていた。
この音の嵐の中で辛うじて聞こえていたのか、俺とクソミネの会話にイケメンも混ざって来る。
「でもキリサキさん。僕らが勇者としてこの国の平和に役立てるのなら、それはとても素敵な事じゃないですか?」
「まあ、そこら辺は俺も同意だけどさ」
「私もー」
それを聞いたゴリくんが茶化すように首を突っ込む。
「それにこの調子で行けば俺達女にモテまくりじゃん! あそこにいる巨乳ちゃんも! ほら、あそこの美人さんも! この世界にケモ耳娘が居ないのが残念だけど、皆俺達に期待してるんすよ! より取り見取りでこの世界に骨埋める覚悟出来ましたわ! 俺はハーレム勇者になる!」
「それも激しく同意ではあるが」
「えー」
へっへっへとイケメン以外の男性陣が嫌らしい笑みを浮かべ、女性陣が引くという一幕もありつつ、塔まで続く人の道を潜り抜けた。
塔の周辺には厳重な検問が存在して、俺達も検められた。
ここから先は国からの許可を得た者しか入れないらしい。
危険だから一般人が入れないようにしているのか、はたまた……。
「とんでもない大きさだな」
そして今、俺達は塔の真下に居る。
見上げればそこには摩天楼。
目前には重厚な扉。
先程までの空気はどこへやら、静寂の中で各々が決意を固める。
編成は三十一人という大規模の為、圧殺仕様だ。
これは一組最大六名で組む事が可能なパーティを複数纏め上げる必要がある。
実はパーティ編成は俺のメニュー画面からでも行えるようなのだが、結局メニューの存在を打ち明けないままこの日になった為、神官ちゃんの手によって組まれた。
パーティーを組めば俺以外もHPMPだけは見えるようで、神官ちゃんいわく普通はパーティーを組んでもそんなものは見えないとの事で、もしかしたら俺のオプションが一時的に全員に作用しているのかもしれない。
そんなこんなでゲーム経験の豊富な俺とゴリくんと、妙にやる気のイケメンを中心に話し合い、編成した。
・第一パーティ 12(6+6)名 タンク10 ヒーラー2
イケメン浮沈艦を中心として受け性能重視で組まれた、タンク五人を前後に並べた二重の壁。
基本はイケメン率いる一陣が攻撃を受け、受け切れなくなれば二陣と交替、回復を待ちつつチクチクする。
仲間の攻撃を安定させるのが役割。
両翼中央、一歩引いた地点に防御力のあるヒーラーを一名ずつ配置。
・第二パーティ 6名 アタッカー6
クソミネを中心として組まれた超火力特化部隊。
第一パーティの後方に陣取り、攻撃の切れ間を縫って突っ込む。
近接アタッカーでありながら攻撃を避け損なうと致命傷を負う脳筋集団なので、ケツから俺が指示を出す。
・第三パーティ 5名 アタッカー4 村人1
俺を中心として盾を持たせたアタッカーで十字型の防衛陣を組み、漏れた攻撃を受けたり切り込まれた際に押し出す遊撃隊。
ぶっちゃけると俺を守る為だけのパーティ、インペリアルクロス。
俺だけレベル1である事を考慮して組まれたが、正直ここまで攻撃が及んだら壊滅だと思う。泣ける。
・第四パーティ 8(4+4)名 アタッカー4 ヒーラー2 バッファー2
ゴリくんを中心として遠隔攻撃や回復、支援妨害を行う魔法使い組。
レイドパーティ全体のライフラインで、一番大変な役どころ。
混乱するので指揮は完全にゴリくん任せ。
物理攻撃を受けると即死する紙装甲集団。
クラス勇者はイケメン以外尖った性能の持ち主しかいないので、第一が崩れると瓦解する。
というかゲームではないので、一人も死なずに攻略しなければならない。
その為第一を厚くし、第四の魔法攻撃で削りつつ、少しでも隙が出来れば第二の超火力で一気に殲滅するという方針だ。
特化され過ぎた構成上、戦闘を長引かせるほどジリ貧になっていくので、隙あらば第二、第三のアタッカー総出で突っ込んで敵のアタッカーを袋叩きにするのが基本となるだろう。
ぶっちゃけると俺が邪魔。なんだよ村人って。
しかしこの最強だらけの勇者パーティで力の誇示による軋轢が生まれなかったのは、俺という緩衝材がいたからだろうと今更になって思う。
そういった意味で、役に立てたのなら召喚に巻き込まれたのも悪くなかったのではないかと思ってしまうのが極限状態の怖い所だ。
今、俺達はいつ命を落としてもおかしくない死地に立っているのだから。