第37話「戦闘考察」
レイゼイには、聞かなければならない事がある。
それに、話すべきかどうか悩んでいる事も。
「そういえばレイゼイさん、イケメンについてはどう思っているんだ」
「え? イケメン……? 私は別に清掃員さんがイケメンだからとかそういった理由でメールアドレスを頂いた訳では――」
「いや、そうではなく」
おかしいな、もしかしたら九蘇美値のように読み方を間違えていたのかもしれない。
「レイゼイさんのクラスに池に綿……ええと、水貯まりの池と、繊維の綿って漢字の奴、居ただろ」
「ああ、池綿さんですか? ぷっイケメンって……クッ……クックック……」
何だその悪の科学者みたいな堪え笑い、ヘルムにくぐもって様になっているな。
笑いを堪えて暗黒甲冑の腹を抑えているが、あのヘルムの内にいる大和撫子が今どんな表情をしているのか気になって仕方ない。
「あまり名前を笑うのは良くないぞ」
「は、はい。そうですね。失礼しました」
間違えまくっていた俺が言えた義理ではないのだが、俺も未来という女っぽい名前で馬鹿にされた事があるから、つい言ってしまった。
しかしイケメンに関してはイケメンと覚えてしまっているからして――。
「もうイケメンでいいよな。イケメンの事、レイゼイさんはどう思っている?」
「どう? ううん、私染色している人苦手なので、それに何か香水臭かった記憶が……。小さい頃から体調に気を使っていたから臭いには敏感なんですよね。その点清掃員さんはナチュラルな香りで良いですよね。あ、イケメンがチラチラ見ていたのは覚えていますよ」
「お、おう……」
突然饒舌になったな。
ともあれイケメンに脈無しと、これなら地上での出来事を話してもショックは小さくて済むか。
「レイゼイさん、実は――」
それから地上での出来事をかいつまんで話した。
城に召喚された事、最初は全員で協力して戦っていた事。
恐らく王族が学生らを隷属状態にした事、イケメンが裏切った事。
「――そして、イケメンはレイゼイさんに捻じ曲がった感じの好意を抱いていた」
「そ、そうなんですか」
「それで、俺は皆を解放し元の世界へ戻る為に戦力を整えている」
「それが清掃員さんの地下での目的、だったんですね」
俺は頷いて、大きく息を吸って、今回絶対に伝えなければならない言葉を吐き出した。
「その為に、もしかすれば俺は、イケメンを殺すかもしれない」
「そう、ですか……」
「だから、確認しておきたかったんだ」
俺はレイゼイの暗黒ヘルムに、しかと目線を合わせた。
これは、恐らくここで決めておかなければならない。
確定させて、一瞬でも躊躇わぬよう、確実に殺し切れるよう、覚悟しなければならない。
俺は決して強い人間ではないから、もし思い悩むのであれば、それは全てが終わってからだ。
「私は、大丈夫ですよ。塔を登る時は言ってください、絶対に私も行きます。確かにクラスメイトの命を絶つというのは……辛いですが。それでも、そうしなければ……」
震えるレイゼイの暗黒ガントレットを包み込んでやる。
この世界を嫌う俺とは違い、レイゼイは留まる事も出来るのだ。
それでもついて来るというこの戦力を、少女の覚悟を、俺は無碍には出来ない。
「大丈夫だ。全部、俺がやる」
だから同郷の者の殺人は、俺が引き受ける。
落ち着いた所で、レイゼイは征伐戦の為の戦闘訓練があるとの事で、城へと帰還する頃合いらしい。
確かに戦闘訓練は必要だ。
しかしいつかグレイディアが言っていた通りであれば、この地下では明確な役割分担を決めた戦闘スタイルはメジャーではない。
もしかすればそれは、能力値という絶対のものが視認出来るがために起きた現象かもしれない。
例えば筋力1000のものが、HP1000、体力500のものを倒すのに必要な物理攻撃回数は二回だ。
そう、どこだろうが二回攻撃を当てればノックダウンだ。
これがまずい。
実際は二回攻撃するうちに反撃のひとつも貰うだろう。
手負いとなれば、次の攻撃は耐えられないかもしれない。
そこからの考えが恐らく抜けていて、もしも明確な回復役が居ればダメージを負った時点でHPを回復し、常に万全の状態で戦えるのだ。
しかし攻撃も防御も回復も出来る騎士というクラスが厄介で、いわゆる何でも出来る勇者様タイプというのが蔓延っていると見える。
これは例えばイケメンの様な能力値の持ち主であれば万能となるのだが、騎士で全てをまかなおうとすればそれは器用貧乏となり、必ずどこかに綻びが生まれる。
恐らく冒険者も似たようなもので、パーティ編成をしている際に見たメンバーは近接職に大きく偏っている。
回復薬をがぶ飲みしながら突撃しているのだろう。
であるからして、根本の部分を変えなければ恐らく地下は終わる。
「レイゼイさん、また明日来て貰えますか」
「ええ、勿論です!」
明日の約束を取り付け、城へと帰還するレイゼイを見送って街へと繰り出した。
手持ちの金は今、銀貨百枚程度だ。
紙を買いに向かったが、どうにもボロいというか、ガサついているというか、果たしてこれに書けるのかは知れないが大量に買った。
あとは墨と羽ペン、何だか突然異世界気分。
健康的に暮らして来たが、この日ばかりは徹夜になるかもしれない。
宿の部屋に戻ると椅子に腰かけ、それからペンを走らせた。
夕食は部屋に運んでもらい、肉は俺の分も半分ほどヴァリスタに食べさせてやり、執筆を続けた。
この地下では明確な夜は来ない。
それは時間的な意味ではなく、陽の光が射さない世界だからこその事態。
例えば今も、夜中の二時。
カーテンから微かに射し込む光源は街灯。
街中は明るさを保ったままであっても、それは魔法的な光によるものだ。
五時間も前に眠りに落ちたヴァリスタは八時半辺りまでは何とか意識を保っていたが、うつらうつらと遂に潰れベッドに運ぶ羽目になった。
横になった猫耳娘はその小さな口を緩く開閉して、桃色の唇が少し水気に滴る。
美味しいご飯の夢でも見ているのだろう。
唇に掛かりそうな紺藍の髪を退けて視線を落とすと、城で貰った女の子らしい白ワンピース。
スカート状な服装のおかげで無防備になってしまった腹は、微かに肉付きも良くなっただろうか。
薄手の布を掛けてやると、小さく呟きが漏れて来た。
「ライィ……」
可愛い奴めなどとのたまいながら、適当に身体を解して机へと向かう。
俺はカンテラの光を頼りに延々と筆を進めていった。




