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第35話「清掃員と暗黒勇者」

 謁見の間から退出し、いざエニュオに城外への案内をされようという所で鈍い金属音が近づいて来た。

 振り返ると暗黒甲冑、暗黒勇者が居た。

 相変わらず暗黒ヘルムにくぐもった声で話しかけて来る。


「清掃員さん、何処か行ってしまうので?」

「え? あ、ああ。やる事があるから」


 いかんな、距離感がわからない。


 だいたい何者なんだ。

 学校の者というのは確かだろうが、学生なのか、教師陣なのか。

 あいにく人の名前を覚えるのは得意ではないし、清掃員として特別教師と接触があった訳でもなし。


「あの、あなたは……」

「ああ、そうですね。失礼、名乗るのを忘れていました。冷泉神流子れいぜいかんなこです」

「ああ、うん……」


 いや、名前はメニューから覗き見て知っているのだが。

 しかしあの名前かんなこと読むんだな。


「俺はライね」

「あの、フルネームは……?」


 暗黒勇者こと冷泉との会話だが、気を抜いて話すと即勇者認定される事ばかりなんだよな。


「ああ、その、俺は勇者ではないので」

「あ、ああ! そういう事ですか。そうですね、では何処か宿で話しましょう」


 有事には暗黒ヘルムで耳が遠いが、結構察しが良いらしい。

 暗黒勇者も伴って城内を歩いて行くと、結局城門前まで武器の返却はなされなかった。

 衛兵が三人現れて、ようやくバタフライエッジアグリアスとブラッドソードが手元に戻る。


 もう一人の衛兵は、何か包みを持っているようだ。

 ヴァリスタが腰にしがみついて顔を横に振り回しているが、何かまずい事でもあるのだろうか。


「こちらは、その、今回討伐された魔族の品です」


 ドロップアイテムか。

 てっきり塔のような迷宮でのみ取得出来るものかと思ったが、こうして手に入るらしい。

 しかし衛兵の嫌な顔が気になる。


 衛兵が包みを開くと、その表情の訳を体感するはめになった。


「くっさ」

「っわあああ」


 テロか何かか。

 臭いのだ、臭い。

 鼻が曲がるとはこういう事を言うのか。


 ヴァリスタなどは獣人であるためか嗅覚が鋭いようで、包みが開かれた瞬間錯乱して走り去ってしまった。

 恐ろしいが詳細を見てみる事にする。

 見た目はただの白い塊なのだが……。



ゾンヴィーフの腐肉 素材

魔族の肉。腐っている。



 あの死霊使い、最後にとんでもない物を残していきやがった。

 通常はドロップ品、それも魔族のものであれば欲しがるものなのだろうし、レアな素材であれば取得した者が他の者に対価を払ったりするのだろうが、これは誰も欲しがらなかったのだろう。

 いや、本来なら俺も御免被るが。


 しかしこいつはきっと凄い武器の素材になったりするのだ、間違いない。

 だから俺は貰っておく。

 何の素材になるかは見当もつかないが。


「ありがたく頂戴します」

「は、はい。お気を付けて」


 そのお気を付けてはどういった意味なのか。

 俺は包みごとゾンヴィーフの腐肉を受け取り、城から立ち去った。

 城門の下で、此処まで案内してくれたエニュオとも別れる。


「それではライ殿、また!」

「機会があれば、エニュオさんもお元気で」


 エニュオが謎の良い笑顔で送り出してくれた。

 もう会う事はないだろうがな。

 いや、征伐戦では会う事もあるかもしれない。




 城下町は広大で何だか地上に戻って来た気分になるが、しかしやはり空は暗黒。

 今でこそ街灯で照らされているから街の中で苦労する事はないが、空を塞がれた当初は大変だったのかもしれない。


 宿へ向かう暗黒勇者の後に続く俺、その遥か後方でヴァリスタは尾行するようについて来ている。

 ゾンヴィーフ臭がよほど堪えたのか。


 しばし歩き辿り着いた宿にひと部屋借り、嫌々するヴァリスタを胸元から抱き上げて室内に引きずり込む。

 俺の手元にあるゾンヴィーフの肉でヴァリスタが失神しそうになっているので、暗黒勇者に見えないようにそれを謎空間に放り込んだ。


 力を失ったヴァリスタをベッドに寝かせて、レイゼイと机を挟んで椅子へ座り込み、ようやく会話だ。

 ここでなら勇者だ何だの面倒事は関係ない。




 レイゼイはベッドで脱力しているヴァリスタを見て、おずおずと話し出した。


「あの、以前から気になっていたのですが、その子は一体……ま、まさか現地妻」

「変な事考えないでくれよ。あの子はヴァリスタといって、俺の仲間だ」

「ロリコンではないのか……であれば……ううむ」


 レイゼイが金属音を擦り鳴らして腕を組んで唸り始めたので、話を進める。


「さて、暗黒……レイゼイさん。俺の本名は霧咲未来というが、こっちではライで通す事にしたんだ。日本名は浮くだろ」

「なるほど、それはそうか。私もレイとかにした方が良いのかもしれないですね」

「いや、レイゼイさんはもう勇者として扱われているんだし良いんじゃないか」

「でも清掃員さんはどうして異世界人と認めなかったんですか?」

「厄介だろ、しがらみやら何やら。それに目的もあるし」


 暗黒ヘルムを揺れ動かし、レイゼイは頷く。

 いい加減その暗黒ヘルム引っぺがしてやりたいのだが。


「ところで、そろそろそのヘルムを取って貰えないか。顔もわからないままというのは少し……」

「え!? あ、そうか。これは失礼」


 どれほど暗黒ヘルムに馴染んでいるのか。


 そうしてついに持ち上がる暗黒ヘルムの隙間からは長い黒髪がばさりと宙を舞い、俺は何だか得も言われぬ安心感を得た。

 パーティ編成職人であった俺だが、暇な時に辺りを見渡しても黒目どころか黒髪すら見当たらなかったのだ。

 ヴァリスタのような紺藍の髪や、灰色っぽい髪は見かけたが、黒髪は全くだ。


 そういった点で、黒髪碧眼のシュウという存在は希少だったのかもしれない。

 なるほど、こういった安心感を与える目的でナナティンは俺にシュウをあてがったのだろう。

 今になってようやくと理解した、末恐ろしい。




 ようやくとその素顔を曝け出した暗黒勇者レイゼイは、すらりと整った顔付きに、意志の強そうな目、その整った美形は反して近寄り難い雰囲気を醸し出していた。

 ナナティンのせいか美人というのはどうにも警戒心を引き立てられるが、レイゼイに関しては察しが良くとも脳筋が入っているのは確定しているので、そこまで距離は感じなかった。

 クラス侍とかがあれば最高に似合っただろうなと思える外見だ。


 背丈は恐らく俺より少し低い程度か。

 凛とした佇まいは、少しばかり暗黒勇者とは思えない。

 大和撫子とはこういった人物を言うのだろうか、脳筋でなければ。




「それでは改めて、初めましてレイゼイさん」

「ええ!? もしかして覚えていない?」


 参ったな、全く覚えていない。


「ほら、思い出して、最後にも挨拶しました!」

「ん? あ、ああ! あの子か! そうだ、確か――」


 思い出したぞ、俺が便所掃除に向かう際によく遭遇した少女だ。

 便所の詰まりを直しに行ったあの日も、丁寧に挨拶してくれた。

 あの清楚なお嬢様的な印象とは随分違うが、あれが暗黒勇者の正体だったのか。

 しかしあの時間は授業中であるからして――。


「――サボり魔じゃないか。そうか、サボり魔ちゃんも巻き込まれたか、大変だったな」

「そうなんで……って、違います! 生まれつき身体が弱くて、いつもあのくらいの時間になると保健室で診てもらっていただけなんです!」

「今は元気に勇者をやっているようだが……清掃員としてはそういった汚れた考えは感心しないな」


 年中ゲームをやっていた俺の言える台詞ではないが、病弱少女が脳筋勇者になるわけがない。


「だから、違いますって! こちらの世界に来てからは走ったくらいでは息も上がらなくなったんです!」

「そういう事もあるのかね」

「本当なんですって!」


 だとすれば勇者補正でステータスがぶっ飛んだおかげで体が丈夫になったのかもしれない。

 不幸中の幸いというやつか。

 事実であるなら、あまり悪く言うものでもないだろう。


「早とちりで悪く言ってしまったな、ごめん。元気になって良かったな」

「ええ!」


 その屈託の無い笑みは、心の底から嬉しそうだ。

 俺としては複雑な気分だが。


 レイゼイにとってはこの世界での生活は夢の様な時間なのかもしれない。

 けれどもそれはチートじみた卑怯な能力で手に入れた仮初であるし、何より俺達はこの世界に居るべきではない。

 この世界はあまりに命が軽すぎる。


 それでもレイゼイに残りたいという意思があるのであれば否定はしないが。


「レイゼイさんは、元の世界に戻る気はあるのか?」

「戻れる……んで?」

「塔を登った先で、願いが叶うらしい」

「何だか、お伽話みたい」

「だな、しかしこんな世界だしな。そして戻るには恐らくそれに縋るしかない。城で聞かされなかったのか?」

「私が城に来た頃には魔族の事でごたごたですよ」

「なるほど」


 少し前から予兆というのが出ていたのかもしれない。

 それをどうやって知るのかは定かではないが、今回のゾンヴィーフに関しては、開拓地に居た監視などが逃げ延びて知らせたという事も十分にありえる。




 しばし悩んでいたレイゼイは、手を握り込むと真っ直ぐに俺を見た。


「清掃員さんは、帰りたいので?」

「そうだな、俺はこの世界が嫌いだ」

「そう……ですか。わかりました、私も協力します! 一緒に帰りましょう!」

「それはありがたいが……」


 どうしたものか。

 いや、この脳筋が入った少女であれば裏切る心配はないだろうが、果たしてボレアスが許すかどうか。


「王に許可を取る必要があるんじゃないのか」

「大丈夫! すぐに取り付けて来るので、この宿で待っていてください!」


 そうしてレイゼイは暗黒ヘルムを被って飛び出していった。

 なんというか、思い立ったら即行動な辺り、一番勇者っぽい気がする。

 この世界に来て体が自由に動かせるようになって、そうしてレイゼイは活力に満ち溢れているのかもしれない。


 しかしボレアスらはこの地下を守る為に戦っているから、勇者レイゼイという存在を易々と手放すとは考えにくい。

 とはいえ俺に出来る事も無い。


 ひとまず今日はこの宿で休み、結果を待とう。

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