第33話「地下の謁見」
「ハッハッハ。勇者ですか、それは面白い」
「勇者ではない、と?」
「聞いた事くらいはありますがね」
俺は適当に受け流した。
カマを掛けられている可能性だってあるのだ、正面から当たる必要は無い。
「そうですか。それではライ殿、これより謁見の場にお連れしたいと思うのですが……」
「ええ、私もお礼をしなくてはなりませんからね」
謁見という事は、やはりお偉いさんなのだろう。
騎士が居るくらいだし、やはり地下にも王が居るのか。
厄介な事になったが、ついていくしかない。
俺は机に置かれていた勇者服に袖を通し、身支度を整えた。
「そういえば、私達の剣は……」
「ああ、それならこちらで丁重に預からせて頂いている」
「ライの物だから渡したくなかったけど……ごめんなさい」
「気にするな」
ヴァリスタは気落ちしているようだ。
健気だ。
「城を出立する際には返却するので、安心してほしい。それにつけても私は芸術というものには疎いが、あの剣は刃先に掛けての目の覚めるような美しい赤紫といい、鍔の造形といい素晴らしい物だと思えた。さすがは勇者」
「ハッハッハ、勇者は知りませんが、私もあの剣は気に入っております」
勇者推しが怖い、絶対何か企んでいる。
そういえばブラッドソードは暗黒勇者に貸したままだし、バタフライエッジアグリアスも預からせているようだし、いざ武器が手元に無くなると落ち着かないな。
幸い俺の場合は謎空間に放り込んでおけばいいし、此処を出たら何かしら予備の武器を見繕う必要がありそうだ。
紺藍のマントを羽織り準備を完了すると、エニュオに続いて部屋から出た。
部屋と同様の白を基調とした廊下には等間隔で槍を携え剣を帯びた衛兵がおり、そのほとんどがちらと俺を見る。
やはり黒髪黒目は勇者という定説で反応してしまうのだろうか。
しばらく進み、巨大な扉が見えてきた。
ううむ、地上を思い出して嫌な気分になってきた。
「ライ殿をお連れしました」
それだけ言って、エニュオはずかずかと入って行った。
えらく適当だが、謁見の間はこれまた白い部屋で赤い絨毯が敷かれており雰囲気は満点だ。
ヴァリスタと共にエニュオについて行き、エニュオが片膝をついた所で俺達も立ち止まる。
ヴァリスタに関しては俺の見様見真似で緊張しているようだが、残念だったな、俺もエニュオの見様見真似だ。
エニュオを真似て適当に立膝をつくと、前方から張りのある声が轟いた。
「勇者よ、よく来たな! 面を上げよ!」
地上の黙して座していたスケルトン風髭親父と違って、王様っぽい台詞だな。
頭を上げると、そこには馬鹿でかい椅子に座した顎鬚を生やした中肉中背のおっさんが居た。
金髪碧眼に服は赤で、その外見はいかにも王様だ。
ステータスを見てみよう。
ボレアス・ミクトラン 人族 Lv.30
クラス 魔術師
HP 150/150
MP 600/600
SP 30
筋力 150
体力 150
魔力 600
精神 600
敏捷 150
幸運 300
スキル 風魔法 光魔法
ミクトラン王家じゃねえか。
これはまずいぞ。
いや、何か理由がありそうなトラロック家のエニュオの事もあるし、もしかすれば地上のそれとは別離したミクトラン家が地下を納めているだけかもしれない。
だが俺の中でのミクトランの印象は最悪だ。
とにかくミクトランという存在に目を付けられたくない。
「この度は私だけでなく奴隷にも分け隔てなく治療を施してくださった事、深く御礼申し上げます。しかし、恐れながら私は勇者ではな……」
いざ俺が視線を上げて話し始めると、金属質な騒音が謁見の間に響き渡り、視界の隅で黒い何かが乱舞する。
よく見ると、隅に控えていた全身暗黒甲冑の――暗黒勇者が手を振っていた。
謁見の場で何を考えているのか。
すると、暗黒ヘルムにくぐもる声で話しかけて来た。
「お久しぶりです、清掃員さん!」
「私は冒険者ギルド所属の冒険者ライです」
「何か言いましたか、清掃員さん!?」
「……」
もうやだ暗黒勇者。
今の俺はメインジョブ冒険者で、サブジョブパーティ編成職人のライなのだ。
ここに来て暗黒勇者というまさかの刺客。
あの暗黒ヘルム引っぺがしてやりたい。
参ったな、これは参ったぞ。
ボレアスが顎鬚を弄りながら俺を見る。
「ふむ……」
暗黒勇者がどうして此処に所属しているのかはわからないが、俺を清掃員と呼ぶという事は確実に日本人、そしてあの高校の者だ。
地下で召喚されたのか俺と同様に巻き込まれたのかは定かではないが、この脳筋暗黒騎士が勇者である事は、少なくとも此処の連中には周知の事実。
というか勇者として連中に馴染んでいるのではないだろうか。
先の闘いでも脳筋十三騎士団として魔族相手に共闘し、脳筋円卓攻撃を仕掛けて仲良く爆散していたし。
「お主……」
俺達と同じタイミングで召喚されたのだとしたら、暗黒勇者もまたこの世界に来て十日程度だ。
そしてその暗黒勇者に至っては、街よりもこの城で生活していた期間の方が長い可能性だってある。
であればその間に知人となれる者などごく限られる。
そんな暗黒勇者と俺が知り合いで、黒髪黒目という事はだ――。
「やっぱり勇者じゃないか」
こうなる訳である。




