第31話「ブラックレーベル」
魔族との闘いは、俺達の勝利に終わった。
犠牲は多かっただろうが、これでしばらく魔族の脅威は去ったのだろう。
塔の攻略に躍起になり栄華に溺れる地上の下で、この様な決死の闘いが行われているのだ。
魔族の征伐戦は古くから続く闘いであり、人々が生きて行く為には必要な戦なのだろう。
ゾンヴィーフは特別強力であったとされていたが、それでも魔族とは個人では倒せないほど強大な存在である事実に変わりはない。
弱い魔族でも力を付ければゾンヴィーフのようになるのだろうから。
それを天に蓋をする事で、地上の者達は地下に押し付けた。
いつかギ・グウが言っていたように、それはもう地上に生きる者の記憶には無く、彼らにとって魔族とは遠い世界の話なのだろう。
であれば尚更ナナティンという存在が気になるが、それは直接殴り込んで確かめれば良い話だ。
「ん……ん?」
長い眠りから覚めると、知らない唇。
俺は唇に激しい違和感を感じていた。
何やらこう、ねっとりと絡みつくような感覚が襲い掛かって来ている。
水の粘つく音が微かに響く。
大変ピンク色の情景が脳内に乱舞する。
俺の画像フォルダーは逆鱗状態だ。
いかん、股間のバタフライエッジがアグリアスしそうだ。
このままではアグリアスしたバタフライエッジが、貫通からの逆光コンボを決めてしまうかもしれない。
状況も把握出来ていない今、これはまずい。
はっとなって目を見開くと、目前には紺藍の髪と、紺藍の瞳があった。
対面した少しだけ大人びたそれは、多分きっと、ヴァリスタなのだろう。
その細めた瞳が微かに潤んで光が射すのが見えて、俺は目前のヴァリスタらしき者の肩を掴んで引き離した。
周囲へ目を向けると、この部屋は真っ白に統一され、俺の眠っていたベッドと、中央には大きな円形の机と、その周囲にはいくつかの椅子と――。
簡素だが何処か気品のある白い部屋だった。
俺達は、何処に居るのか。
引き離したヴァリスタらしき者は何だか可愛い白のワンピースを着ているが、こんな服を買い与えた覚えは無い。
ヴァリスタに似た誰かなのだろうか。
「お、おい。何してんだ」
「あの人がやってた事よ、おはようライ」
「お、おう。おはようございます」
俺は軽く頭を下げて挨拶し、はっとして見上げる。
「いや、そんな事はいい。あの人はちょっと特殊なんだ。こういう事は本来、心の底から好きな人にやるもんなんだ。わかったな」
「わかった」
げに怖ろしきはロリババア。
やはりこの少しだけ色っぽくなった気がしないでもない少女はヴァリスタだったのだ。
幼気な少女に悪影響を残していった。
「それで、此処は?」
「城よ」
「城?」
あの闘いの後、すぐにグレイディアとは別れたという。
あれでもギルド職員なのだ、仕事があるのだろう。
俺は気絶するように眠っていたのでわからない。
そうして暗黒勇者の案内のもと、何処ぞの城に連行され、今に至るらしい。
切った手首は包帯で巻かれているし、ヴァリスタもまた無事に此処に居るし、明確な敵という訳ではないだろう。
「私の病気も治してもらったわ」
「おお、良かったな」
ヴァリスタを撫で回してやると、嬉しそうに目を細める。
しかし言葉遣いが流暢になったな。
まあ育ち盛りなのだろうし、吸収も早いのだろう。
喪失状態も神官に治してもらったらしいし、これで当面の問題は片付いた。
一応ヴァリスタのステータスを確認しておこう。
ヴァリスタ 獣人 Lv.1
クラス 餓狼
HP 20/20
MP 0/0
SP 1
筋力 60
体力 10
魔力 0
精神 10
敏捷 60
幸運 60
スキル
状態 隷属
「逆光終わったああああ」
「わっ!? どうしたの、ライ」
「い、いや……大丈夫だよヴァリー。ヴァリーは悪くない」
何という事だ。
バタフライエッジアグリアス史上最強の使い手が、逆光の申し子が――。
溢者のままであればレベルが上がっても筋力が伸びないだろうから逆光無双の腹積もりだったのだが。
いつの間にかクラスが変わっていて、筋力値が大きく伸びている。
敏捷幸運ともに伸び、龍撃をアタッカー寄りにした能力値だ。
これまた反則的に強いが、逆光の壊れっぷりを知ってしまうと素直には喜べない。
しかし猫耳娘が餓狼とは、これいかに。
いや、落ち着こう。
たまたま、何かのはずみでクラスチェンジしてしまったのかもしれない。
先の闘いでは戦闘中にクラスチェンジなんて荒業を行っていたからな。
そうしていざクラスチェンジを行おうとすると、以前と同じく不可能だった。
おかしい、何なのだ、これは。
クラスの詳細を見てみる事にする。
餓狼
得意 HP 筋力 敏捷 幸運
苦手 無し
特殊効果 佳境(意中の相手が危機になると能力が向上する)
習得条件 心を許せる相手が現れた
このブラックレーベルって当て字、溢者の時と同じだ。
そして習得条件、心を許せる相手が現れたとは一体。
もしかして、あれか。
モンスター育成ゲームみたいに親愛度を上げまくると進化するみたいな、そんなクラスだったのか。
確かに溢者の特殊効果である架橋はその内容も不明であったし、何より初日から撫でまくってヴァリパルレしていたからあながち間違ってなさそうだが。
心の橋を架けたという事か、ハハハ。
しかし、餓狼の特殊効果の説明も大概おかしいぞ。
意中……意中というと、アレだよな。
「あの、ヴァリー」
「なあに?」
「俺の事好き?」
「好き!」
突進するように抱き付いて来た。
手は腰に回して、頭を押し付けて来る。
いや、まぁ好きは好きなんだろうけど。
これは親と子の好きなのではないだろうか。
恥ずかしげもなく言うし、先程から摩擦で火が点きそうな程に頭を擦りつけているし。
「ヴァリー、動きづらい」
「うん、私も」
「そっか、そうだな。動きづらいな」
「うん、楽しいね」
駄目だ、ヴァリスタちゃん、壊れた。
やはり幼女奴隷を戦闘に駆り出したのは間違いだったのだろうか。
次からは高くともゴリマッチョおっさん奴隷を買うべきか……。
いや、何時の間にやらあの暗い瞳も払拭されているし、もしかすればこれはそうまるで生まれたての雛の如く、目前に居た俺に間違った感情を抱いたのやもしれない。
それは例えばヴァリ-が大きくなった時の為の疑似恋愛体験のような、そういったものだと思えば良いのだろう。
そうに決まっている。
しかし――
「ヴァリー、何か大きくなっていないか?」
「うん、胸邪魔」
「そうだな、邪魔だな」
「うん」
やっばいわこれ。
見間違いかと思ったけど、先の闘いの最後に「ヴァリスタが大きく見えた」とか心の中でほざいたけど、これ比喩的な表現でなく本当に大きくなってるわ。
慎ましやかだが、まな板の様だった胸だけでなく背丈なんかも若干伸びている。
それでも胸はふっくらとしただけだし、背だって俺よりは全然小さいのだが。
どうしよう、理解が追い付かない。
「ヴァリーも大きくなったし、今日から別のベッドで寝る事にしよう」
「やだ、ライ嫌い! なんでそんな事言うの?」
「ごめん冗談だ。一緒に寝よう、一緒に寝ような」
「うん、ライ好き! ずっと私と、一緒だよ!」
お父さん嫌い!
みたいに言われて、反射的に答えてしまった。
これが子煩悩――ただし娘に限る――な世の駄目親父の想う所なのか。
駄目だこれ、俺には制御出来ない。
どうやら俺は、奴隷の教育を間違ってしまったらしい。
今回は俺と似た境遇であったヴァリスタという、いわば娘的な存在が感情を取り戻せたのだから結果的には良しとするが、もしこれがゴリマッチョおっさんだったらと思うと背筋が凍りつく。
それにヴァリスタは素直な子だから良かったものの、生意気な性格だったら大惨事だったかもしれない。
あくまでも今の俺の目標は、有用な奴隷を鍛え上げて戦力を拡充し、裏切らない――正確には裏切れないだが――仲間を揃える事なのだ。
次に買う奴隷はみっちりこってり教育しなければな。




