第3話「現状確認」
翌日、俺はノックで起こされた。
「初めまして勇者様、私は騎士団団長のアーレスと申します。戦闘訓練の準備が出来ましたゆえ、お迎えに参上しました」
「ああ、これはどうも」
のっそりと部屋に入って来たのはヘルムを抱えた甲冑騎士だ。
金髪碧眼の、屈強そうな男。
朝を起こしてもらうならメイドちゃんが良かった。
と思っていると、騎士の後ろから黒髪青目の妙齢メイドが衣類を抱えて現れたではないか。
首には付け襟をしているが、その隙間から微かに何かが見える。
黒い首輪の様な物だ。
「本当に、黒髪で黒目……」
俺を見てぼそりと呟いたメイド。
黒髪は居ても黒目は珍しいのだろうか。
この世界にも黒髪美女が居るという事がわかったのは嬉しいが、それよりも、黒髪で青目というコンビネーションがかくもベストマッチ。
メイド服の上からでも細すぎない肉感が見て取れる、俺のバタフライエッジがアグリアス。
「お初にお目にかかります勇者様。本日より専属でメイドを務めさせて頂きます、シュウと申します。御用の際にはお申し付けください」
「初めまして、私は霧咲未来。十八歳独身、伝説の勇者やってます。元の世界では親しい者にはミライから取ってライと呼ばれていました。どうぞお気軽にライと呼んでください」
「……ではミライ様、と呼ばせていただきます」
「ライ、と呼んでください」
もしくはご主人様。
「ですが、私の様な身分の者が畏れ多い」
何という事だ。
伝説の勇者様とメイドの身分差は高い壁であった。
いや、むしろ伝説の勇者様だからこその身分差、虚しい。
初日から勇者やめたくなった。
しょんぼりしていると、騎士の男が声をかけてきた。
「お取込み中すみません勇者様、他の戦士達は戦闘訓練の準備を終えて待っておりますゆえ――」
「あっ! シュウさんは専属メイドなんですよね? 主人からのお願いですライと呼んでください」
「ラ……ライ様……」
あああ、良いわこれ、心が癒される。
「――よろしいでしょうか勇者様、シュウ殿の持つそちらのお召し物にお着替えください」
「わかりました」
騎士の男にこれでもかという程の眼力でもって無言の訴えを投げかけると、呆れ顔で部屋から退出してくれた。
グッジョブ騎士男。
「ではシュウさん、着替えさせてください」
「え!?」
シュウが着替えさせてくれるのを待つ。
シュウは戸惑っていたが、やがて観念して服を脱がし始める。
俺は今、最高に勇者をしている。
……とまぁ、アホな事をしているが。
実は大真面目だ。
というのも先程シュウが入室して来る際にその腰つきを凝視していたら、何とターゲットの詳細表示が出現し、その情報を見る事が出来たのだ。
更に詳細な情報も得られないかとゴリ押しで呼び止めたのだが、中々不審な情報を得る事になった。
シュウ 人族 Lv.17
クラス 村人
HP 255
MP 0
SP 17
筋力 255
体力 255
魔力 255
精神 255
敏捷 255
幸運 255
スキル 良成長
状態 隷属
良成長のおかげで素晴らしい肉体に育ったのかは定かではないが、クラス村人がレベルアップの度に能力値プラス10だとして、良成長は1.5倍の成長補正を掛けているようだ。
とんでもない良スキルだな。
村人自体は器用貧乏な成長のようだが、良成長によってバランスの良いステータスへと変貌している。
しかしやはりMPは伸びないようだ、残念。
ちなみに比較として出すと騎士男はこんな感じだ。
アーレス・トラロック 人族 Lv.59
クラス 騎士
HP 2360
MP 295
SP 59
筋力 885
体力 1180
魔力 295
精神 885
敏捷 590
幸運 885
スキル 剣術 盾術 光魔法
騎士は防御寄りの物理特化型のようだ。
筋力が攻撃力、魔力が魔法攻撃力として、体力が防御力、精神が魔法防御力に相当しているものと思われる。
またSPはレベルに応じた値を入手しているようなのだが、俺は0だった。謎だ。
騎士男ことアーレスはかなりレベルが高いが、年齢分のレベルしか保有していないであろうシュウとその能力値を比べてみると、どれほど良成長というスキルがぶっ壊れているかがわかる。
さて、俺に関係ないスキルは置いておいて、ここで注目すべきはシュウの状態だ。
隷属と出ている。
そのままの意味とすれば、それは他者の支配を受けている事になる。
これはいわゆる、奴隷状態なのではないだろうか。
一瞬、メイドという職業柄、主人に隷属されるのではと思ったが、先程から俺の破廉恥な要求には嫌がる素振りを見せている。
単純に俺が嫌われているとかなら別に構わないのだが。
いや、悲しいけれども。
ともあれこれは、他の者が隷属させているという事だろうか。
そこの所が気になって、現在俺を着替えさせるシュウを舐めまわすように見ているという次第である。
「ところでメイドって普通は主人を着替えさせたりしないんですか?」
「さ、さあ、どうでしょう。私にはわかりません」
「わからない?」
「最近になってこちらで働かせて頂く事になりましたので」
いくら良成長持ちとはいえ、ステータスから見ても生粋の村人だろうし、今回の為にわざわざ雇ったメイドという事だろうか。
「ところでパンツは脱がさなくていいですから。目も覚めましたし、もういいですよ」
「はっ、はい! 失礼しました!」
頬を紅潮させて俺のパンツに手を掛けていたシュウは、涙目で出て行った。
隷属は気になるが、ひとまず戦闘訓練に出よう。
残念ながら俺だけレベルもステータスも最低ランクのハードモードなので、訓練は真面目に受けないと即行で戦死する恐れがある。
まずは用意された服装に着替える。
厚めの生地のしっかりしたシャツの上に黒いベストを着るが、これがなかなか良い物のようで、胸の急所付近には硬めの素材が使われているようだ。
下は少し大きめのズボンだが、これまた厚い生地だ。
がっしりとしたブーツを履き、これらがそれなりに防御力を持つ防具であると気付く。
グローブを着け、最後に紺藍のマントも羽織ったのだが、マントというのはさすがに気恥ずかしさがある。
ふと装備を確認してみた。
ハードジレ 胴
追加効果 硬質化
コンバットブーツ 脚
追加効果 硬質化
単純に服に分類される物と、装備に分類される物があるようだ。
この硬質化という効果は、恐らく重量を維持したまま硬度のみを高める事が出来るのだろう。
なるほど、このベスト、ハードジレという物はデザイン性も両立した防具のようだ。
こういった物が支給されるとは、さすが勇者である。
確認も終わった所で、抜き身で机に置いておいたバタフライエッジアグリアスを手に取り、部屋から出た。
「アーレスさん、準備出来ました」
「おお、勇者様の黒髪に良く似合っていますな」
「はは、それはどうも。ところでシュウさんは?」
「何やら赤い顔で走り去ってしまいましたが……。英雄色を好むとはまことですな」
おう、何だその目は。
俺は手は出していないぞ。腰は出したが。
「所でこの剣、鞘が無いのですよ。さすがに抜き身で持ち歩くのはアレなので、用意して頂けないでしょうか」
「お任せください。剣は部下に預け、城下町で鞘の製作依頼をさせましょう」
「私もついて行ってよろしいでしょうか?」
「それが皆さまは王城より外へは出さぬよう命を受けておりまして」
「王様からですか?」
「まことに申し訳ないのですが……」
王の命令か。
ならば仕方あるまい。
さすがに俺も王に逆らう勇気は無いので、城内で大人しくしていよう。
「出来合いの物で良いのですが」
「しかしそれでは……」
「恥ずかしながら、共に召喚された者達と違い私はこの剣しか取り柄がないもので、手放したくないのです。特注品でなくとも良いので、納める物を頂けないでしょうか」
「では程よいサイズの物をいくつか探させて参ります」
バタフライエッジアグリアスを恭しく受け取ったアーレスは、呼びつけた部下にそれを見せ、剣鞘捜索へ向かわせた。
返却されたそれを逆手で持ち、アーレスに続いて歩き出す。
廊下を歩くと、通りすがりにお辞儀をされたり、ちらちらと見られたり、何だか別人になった気分だ。
勇者ってだけですげえなあと思った。俺は村人だけどな。
訓練場につくと、そこには既に各々武器を持った三十人が集っていた。
ゴリくん、イケメン、クソミネの三人が話している。
「すっげえ可愛いメイドが起こしに来てくれたんだぜ! 異世界最高!」
「ああ、僕の所にもメイドさんが来たよ。優しげな方だったね」
「私はバトラーだったわ、何とも思わなかったけど」
色気づいた話をしていたようだ。
しかし――
「うおおお!? なんか一人だけそれっぽい格好してんじゃん!」
「へえ、何だか様になってますね……」
「これはなかなかどうして」
――俺だけが勇者っぽいマントを羽織っていたのだった。
というか他の連中は制服のままなのだが、ひっでえなんだこれ。
晒しものじゃねえか。
「あの、アーレスさん、何で私だけ……」
「それは勇者様ですからなあ」
「はあ、むしろ彼らこそ勇者なのでは?」
「クラスは勇者なれど、剣を携えて現れた者はキリサキ様のみですからな」
そういうものなのか。
というか俺だけ勇者扱いだったのか。
確かに彼らは勇者ではなく戦士と呼ばれていたようだが、クラス村人だけが勇者扱いというのは何ともむず痒い。
しかし清掃服よりはましだから、恥ずかしがっていても仕方ないな。
とりあえず勇者補正がどれほどのものか、近くに居たクソミネのステータスでも見ておこう。
九蘇美値 人間 Lv.16
クラス 勇者
HP 660
MP 0
SP 6
筋力 1160
体力 0
魔力 0
精神 0
敏捷 660
幸運 660
スキル 達人 抜刀術 剣術 心眼 必殺
「あ、あの。私の顔、何かついてる?」
勇者補正狂ってるだろうこれ。
もし村人で良成長持ちだとしても、能力値が1000に到達するまでに必要なレベルは67だ。
もちろん良成長なんて持っていない俺はレベルが100に到達する事でようやく能力値が1000になるのだ。
何というか、役割以外の無駄を削ぎ落とした感じ。
完全な特化型だ。
SPが減っているのはよくわからない、というかSP自体がよくわからないわけだが。
種族が人間と人族とがあるみたいで、あっちの世界の者が人間、こっちの世界の者が人族のようだ。
俺は人族表記だが、バグっているのでもはや気にしない。
「ああ、いや、君の能力値は凄いね」
「能力値? 何の話?」
あれ?
まだメニューの存在に気づいていないという事だろうか。
ゴリくんはゲーム好きそうな雰囲気だったし、彼に聞いてみよう。
ついでにクソミネとのステータスも比較してみるか。
剛力武 人間 Lv.16
クラス 勇者
HP 160
MP 1160
SP 6
筋力 0
体力 0
魔力 1160
精神 660
敏捷 0
幸運 0
スキル 達人 全魔法 魔法耐性 全属性耐性 MP自動回復
どうやらクソミネとゴリくんは丸っきり対極の超火力特化型のステータスを持っているようだ。
いや、筋力0ってどういう状態なんだ。
勇者補正は無茶苦茶だった。
俺は考えるのをやめた。
「君はステータスって見れるか?」
「え? ステータスすか? あの石版でしか見れないんじゃないすかね」
「ほら、こう、視界にばーっとメニューが出てさ」
「そんなゲームみたいな事出来たら俺開きまくりっすよ」
ゴリくんもメニューは見えていないようだ。
一応イケメンのステータスも確認しておくか。
池綿聡 人間 Lv.16
クラス 勇者
HP 660
MP 160
SP 6
筋力 660
体力 660
魔力 160
精神 660
敏捷 160
幸運 660
スキル 達人 盾術 光魔法 全属性耐性 HP自動回復
やっぱりイケメンじゃないか。
能力は防御重視で分散されており、数値0はないようだ。
これこそまさに勇者様と呼べるステータスではないだろうか。
古いMMOではロールの関係上極振り特化型が正義なものも多かったが、現実となればイケメンのステータスこそミスをリカバーしやすい最高の構成だろう。
「君は自分の能力値はわかるか?」
「いえ、わからないですけど、もしかして何処かで見れるんですか? だとしたら臨機応変に戦えるようにするためにも皆の能力値を把握して模擬戦で戦略を――」
「あ、ごめん。聞いてみただけだ」
どうやら、俺だけがメニューを使えるらしい。
クラスとスキルを犠牲にして手に入れたのがキュッポンソードとメニューだったのかもしれない。
イケメンの提案は至極真っ当だが、しかし俺のこの貧弱ステータスを晒すのは些か気が引ける。
だからといって、このままでは迷惑がかかるどころか死ぬ恐れもあるのだ。
とにかく今は訓練に励み、せめて自分の年齢分まではレベルを上げてしまいたい。
そうして俺は勇者とは思えないしょっぱい目標を密かに立てて、戦闘訓練に打ちこんだ。
戦闘訓練が終わり休憩を挟んだ後、イケメンがぼそりと呟く。
「この後は戦略の勉強らしいね」
「まずはロールの解説だろうぜ」
「ゴリくんはMMO詳しそうだな」
つい聞いてしまうと、ゴリくんはぐりんとこちらに顔を向けた。
「めっちゃ好きっす」
「そうか、俺も結構好きだ」
「タンクが好きなんですけど、でも俺……」
「完全にキャスターだな」
膝から崩れ落ちるゴリくん。
落ち込み過ぎ。
「そのロールとかタンクというのは何でしょう?」
「ロールは戦闘での役割だな。タンクは攻撃を受ける役、キャスターは魔法使いの総称って感じかな」
「なるほど」
「で、俺のタンクはお前に盗られた」
「ええ!? そうだったの!? いや、そんな事言われても」
イケメン真面目過ぎてゴリくんの言葉を真に受けているな。
イケメンははっとして俺を見る。
「そういえばキリサキさん、パーティってどうやって組むか知ってます?」
「あー、いや……知らないかな」
「キリサキさんのレベル上げにはパーティを組む必要があるらしいじゃないですか。僕が手伝いますよ」
「ありがとう、村人レベル1だからね」
変な笑いが起きる。
俺も乾いた笑いを漏らす。
心配してくれるイケメンに感謝しつつ、戦略の勉強へと向かった。
騎士さんと神官ちゃんが戦略――まずは役割の説明から入り、壁役の重要性、味方の援護のタイミングなどなど。
会議室のような場所で始まったそれは、俺とゴリくんには退屈なものだった。
騎士さんが壁役の辛さを愚痴り始めて、神官ちゃんが赤べこの如く頷きながら死んだ瞳で「はいはい」連呼しだした時は吹き出したが、基本はRPGを少しでもかじっていればわかる内容だ。
そんなこんなで俺達は戦術について学びながら腕を磨いていった。