第27話「魔族戦線、暗殺回廊」
壁伝いに裏手まで周った俺達は、建物の背面、扉の無い勝手口らしき場所を見張っていたリザードマンの奴隷を殺し、侵入した。
この奴隷もまた出血は少なく、痛みに声を上げるでもなく死んでいった。
どうやらこの建物は屋敷のようで、まだ完成はされていないがそれなりに骨組みは出来ているようであった。
「此処から入るとしようか」
「やはり中には見回りが居るでしょうか」
「だろうな、慎重に行こう。少し待てよ」
魔法だろう、グレイディアの体が淡く輝いて、少しして呟く。
「シャドウウォーク」
その一言で一瞬だが俺達の体が暗い靄に包まれた。
バフが掛かったようだ。
俺の困惑に気付いたのか、グレイディアはわざとらしく肩をすくめると、その金髪をかき上げて俺を見上げた。
「足音を消す魔法だ」
「暗殺、ですね」
「私では少々力不足でな、始末は任せる」
グレイディアは剣も魔法も使え、敏捷と幸運に特化されたいわゆる魔法剣士タイプだが、筋力の値がそこまで高くない。
その敏捷値と幸運値から繰り出されるのであろう圧倒的な攻撃速度とクリティカルによる怒涛の連打は、ダメージ効率こそ高いが一瞬で片を付ける事には向いていない。
「いいかヴァリー、これから敵にばれないように始末していく。出来るか?」
「うん」
未完成の台所を通り廊下を確認すると、奥から一人向かって来る者が居た。
ゆっくりと歩いていて、巡回の警備だろうか、位置的にまだ遠い。
「ヴァリー、合図したら飛び出して始末してくれ」
「わかった」
「よし、これを貸そう」
頷いたヴァリスタを撫でてやり、俺の紺藍のマントを被せて大きすぎるそれを体にぐるぐる巻きにしてやると、歪だがカモフラージュにはなりそうだった。
ヴァリスタは白いシャツを着ているので、そのままでは目立ってしまうのだ。
何故だか激しくマントの臭いを嗅ぎ始めたヴァリスタをなだめつつ、準備が完了した事を確認し、微かに頭だけを出して接近を待つ。
まさか暗殺する事になるとは思わなかったが、全身黒系の勇者服を着ていたのは功を奏したか。
いや、これしかまともな防具を持っていないのだが。
しばらく待っていると、警備はこちらへ来る前に引き返してしまった。
もっとしっかり警備しろよ、お宅侵入されていますよ。
しかしこれは少しばかり面倒な事になったな。
あの先に別の警備が居ないとも限らないし、うかつに動けない。
あまり時間を掛け過ぎれば、ギ・グウも戦火に巻き込まれるかもしれない。
であれば、敵の位置を知るしかない。
「まだか小僧、あまり余裕はないぞ」
「あ、ええ、すみません……。あの、グレイディアさん」
「何だ、改まって」
眉を顰めるグレイディアに、視線を合わせて願い出る。
「ギルドでした約束、覚えていますか?」
「あ、ああ」
「魔族の親玉討伐の暁に、という話でしたが……。こういった緊迫した場面で大変不躾で、恐縮なのですが……」
「何だ、どうしたのだ」
「あのお願い、今聞いて頂けないでしょうか」
「ふええ!?」
何だその反応は、一瞬ロリババアという事を忘れてしまった、危ない。
俺はすぐにグレイディアの口を塞いで黙らせると、周囲を警戒する。
落ち着いた所で解放し、話に戻る。
「やはり、駄目でしょうか?」
「い、いや、その。ああいった事はだな、やはり雰囲気というか、こういった晒された場では……」
あれ、何か勘違いしていないか。
別にやましい事をさせる訳ではないのだが。
「私にSPを使わせて頂きたいのですよ」
「エスピイだあ?」
「今の状況を打破する為です」
「それが小僧の願いか?」
「え、ええ……」
「ふうん」
何だ、その微妙な呆れ顔は、辛い。
「それで、どうでしょうか」
「いいよ、小僧の勝手にすれば」
うわ、凄い投げやりだな。
「で、では失礼しまして。パーティ申請を投げますので……」
「はい認証」
何だか手慣れているな。
ヴァリスタにも申請し直しておく。
それからスキルを選択する。
グレイディアに取得させたのは地図拡張とスキル譲渡、ついでに念願の良成長だ。
本当はこの戦いが終わったら頂く予定だったが、仕方あるまい。
「な、何なのだ、これは……何をしたのだ?」
「説明はまた今度で。それで私に剣術、良成長、地図拡張を譲渡してください」
「剣術だと?」
「大丈夫です、すぐに再取得出来ますから」
「……」
「信じてください、勝利の為に」
グレイディアは小さく息を吐いて、瞬間スキルが譲渡されて来た。
グレイディアに剣術を再取得させて、これでグレイディアのSPは残り11だ。
やはり良成長の50SPは重い。
しかしこれで、俺も気兼ねなく戦えるようになった訳だ。
「グレイディアさんなら心配いらないと信じていますが、一応この能力、私達だけの秘密にしておいてくださいね」
「ふう……いいだろう。それで、この状況を打破する策というのは」
「任せてください、敵の位置がわかるようになりましたから」
「何だと?」
俺のマップ上に複数表示されている赤点が敵の位置。
そして集結している青点がパーティメンバーの位置となっている。
詳細表示で確認しておいた、地図拡張による効果だ。
「では、私について来てください」
「小僧、闇雲に出れば見つかるぞ」
台所を飛び出し、背を向けた警備へと一直線に向かう。
横についたヴァリスタに頷いてやると、一足で駆け寄って、バタフライエッジアグリアスを上段から振り下ろし斬り捨てた。
身体に力が漲るのを感じる。
遅れて来たグレイディアを一瞥し、暗い廊下の先を見据える。
「連中が居るのはずっと奥の――正面玄関付近のようですね。警備の動きは一定のようですから、そこまで一気に始末して行きます」
それから、ヴァリスタにバタフライエッジアグリアスという強力無比な逆光コンボもあって、ほんの数分で邪魔な警備を排除した。
そして、辿り着いた。
決戦の場、その手前。
あまり悠長にはしていられない、俺はステータスをさっと確認して、思わず拳を握り締める。
ライ 人族 Lv.16
クラス 龍撃
HP 2880/2880
MP 192/192
SP 15
筋力 1440
体力 192
魔力 192
精神 192
敏捷 960
幸運 480(-50%)
スキル スキル? 剣術 良成長
龍撃の象徴たるぶっ飛んだHPなどは、同レベル帯の勇者すらも追い抜いているだろう。
これまで良成長の為にレベルを抑え続けた甲斐があった。
ここからは、戦闘だ。




