第26話「魔族戦線、暗中燃ゆ」
松明の光がぼんやりと霞んで見える。
しかしそれは、確かに肉眼で捉えられる光。
この地下において光とは、あまりに目立ちすぎる。
松明を掲げるのは、全て冒険者の荒くれ共だという。
俺達がそれらを見通す場所は、塔の街を出て北へ二時間ほど歩いた地点の高台だった。
俺と、ヴァリスタと、グレイディア。
たった三人で突入する運びとなっていた。
「想像以上の大部隊ですね……」
「相手は魔族だ、駆り出されたのは塔の街だけではない」
「あれだけの人数なら、私達が手を出さずとも押し潰せるんじゃないですか?」
「無理だな。下っ端共であれば削れはするが、頭は能力差があまりに大きい」
それほどの相手が生まれてしまったのか。
バタフライエッジアグリアスの逆光で大ダメージは叩き込めるだろうが、果たして上手くいくだろうか。
魔族との戦闘経験は無いから、未知数だ。
「始まるぞ」
グレイディアの言葉で息をのむ。
ゆらりと光が揺れた気がして、次には雄叫びが、微かにだが此処まで届いていた。
どれだけの人が死に、どういった戦果になるのか。
塔での戦闘しか考えていなかった俺には、とても恐ろしい光景に感じられた。
「何をしている小僧、戦線が崩れる前に突入するぞ」
「は、はい」
高台から駆け下りて、平野を突き進む。
次第に胸を叩くような凄まじい戦闘音と、大気の振動を感じ始めた。
遥か右方、目を凝らせば見える火花。
刃が何かとぶつかって、そうして散る一瞬の炎。
戦いの音に紛れて聞こえるのは苦痛や歓喜の怨嗟。
視覚と聴覚と――五感が俺に訴えかけていた。
此処は戦場なのだと。
そしてグレイディアは戦場には目もくれず真横を突っ切って行く。
またそれはヴァリスタも、俺もだ。
俺は何か胸を締め付けられるような想いを抱き、命懸けで戦う者達の横を走り去るのであった。
走り抜いて十分。
見えた篝火を頼りに、しかし目立たぬように、身を屈めて一気に走り寄る。
「てき?」
「ああ、敵だ。やれるか?」
「うん」
ヴァリスタの問いに返答しつつ、走る速度は緩めない。
見えて来たのは建築の途上にある石の壁……だろうか、その外周で篝火を灯していたのは人型の生物。
だがその顔は鱗を持ち、細長く伸びた口は――間違いない、二足歩行のトカゲだ。
俺は接近する足を止めず、ステータスを盗み見る。
バル・ク リザードマン Lv.15
クラス リザードナイト
HP 1500/1500
MP 0/0
SP 15
筋力 450
体力 450
魔力 0
精神 0
敏捷 60
幸運 30
スキル 格闘術
状態 隷属
種族はリザードマンらしい、初めて見た。
俺が確認している内に、先を走っていたグレイディアは更に速度を上げて接敵した。
腰に提げた細身の剣で脇を抜けながら一閃し、少しの発光と共に少量の赤い血が散った。
グレイディアはそのまま返す刃でリザードマンの背中へと追撃し、蹴り飛ばした。
リザードマンは篝火に頭から突っ込み、しかし暴れる事も無くスリップでHPが削られていく。
ゆっくりと立ち上がろうとするリザードマンに、俺の脇から飛び出したヴァリスタが斬り掛かった。
俺は咄嗟にパーティを解除した。
ヴァリスタはその身の丈ほどもあるバタフライエッジアグリアスで、一刀の下に斬り捨てた。
刃が鱗に触れた瞬間光が生じ、そのまま鱗を物ともせずに断ち切ってみせたのだ。
ステータスを見ると、レベルは上がっていない。
良かった。
「しかしこのリザードマン、隷属されているのか」
「ほう」
しまったと思ったが、グレイディアの地獄耳には既に入っていた。
グレイディアはリザードマンの死体を蹴り転がし、ふんふんと頷き何かを納得したようだった。
「確かに首輪が付いている、開拓地送りの奴隷だな」
此処がその開拓地という事だろう。
魔族ではなく奴隷だったとは、あまり良い気分ではないが、こればかりは仕方ない。
しかし、どうやら俺が状態を見れるという事はばれていないようだ。
危なかった、メニューの存在が知れると大事になりそうだしな。
「だが、その上から操られていた……?」
「どういう事です」
「コレを殺して糧とすれば良かろうに、そうしていない。見張りの真似事までさせていた。今回の魔族は魔法の扱いに長けた者かもしれんな」
なるほど。
しかし先程リザードマンが篝火に頭から突っ込んだ時、大きな反応を見せなかった。
隷属状態とはいえ、果たして耐えられるものだろうか。
例えば……そう、既に痛覚が無かったとか。
「もしかして死霊術とか」
「小僧……。何か隠しているとは思っていたが、何故そのような禁術を知っている?」
「え? いやだな、予想してみただけですよ。ほら、このリザードマン、血があまり出ていないじゃないですか。それに丸焼けなのに平然としていたし」
死霊術って禁術なのか。
まあゾンビみたいなもんだろうし、しかしあちらの世界でのゲーム知識もうかつに口に出せないな、これは。
俺は出来るだけ挙動不審にならないよう、グレイディアを見た。
グレイディアは俺と視線をしばらく合わせた後、俺の隣まで来てぼそりと呟く。
「ところで小僧、小娘をさっさと正気に戻してやれ、先に進めない」
言われて目を向けると、身の丈ほどもあるバタフライエッジアグリアスを抱いて俺を見上げるヴァリスタが居た。
眉尻が落ちていて、何だか物悲しそうな雰囲気だ。
「ヴァリー、大変だったな。お疲れさま」
「……」
やばい、何かミスったか。
ヴァリスタが見る見る内にしかめっつらになっていく。
築き上げた何かが崩れ去るようだ。
「ヴァリーは強いな! 良くやった! 偉いぞ!」
「うん」
これか、褒めて欲しかったのか。
頭を撫で回すと、擦りつけて来た。
ううむ、何だか殺戮者を育成しているようで心苦しい。
「さて、そろそろ戦線も乱れる頃合いだ。全滅する前に頭の首を落とすぞ」
グレイディアがそう言って、再び駆け出そうという時、爆音と閃光が背後から襲った。
先程まで松明のあった場所には目を覆いたくなるような光量が炸裂する。
「何だ、これ……」
「ここまで大規模な魔法は――騎士共の追撃ではないな、魔族の仕業か。いよいよ時間が無くなって来た、行くぞ」
戦場に降り注いだ魔法はでたらめだった。
最初の爆発を皮切りに、敵も味方もお構いなしに流星群の如く降り注いでいるのだ。
建設途中の壁により遮られているが、魔法の射出される場所、あの壁の向こうに魔族が居るのだろう。
唾を飲み込み、駆けだした。




