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第229話「霧の鏡像」

 大階段を駆け下りる神殿騎士達とすれ違いに、列柱を抜けて神殿へ踏み入ると空気も変わる。

 静かな聖地に厳かな雰囲気も醸し出される神殿内部は円形の大広間から遠く廊下が伸びていて、白亜の石柱が天を支え、歴史を誇るステンドグラスは陽光を取り込まない。

 壁際には何かしらの石像が立ち並んでいて、体に対して頭がでかすぎたり、片脚が無かったり、対称性の薄い不格好な造形は独特だ。


 周囲に目を向ければ表に人影が無かった理由に思い当たる。

 どうにも聖職者達の多くが神殿内で活動している為らしく、白装束の者達が清掃活動に従事したり、あるいは話し込んでいる者も居るが、ぱっと見でも人族、獣人、エルフと視認出来れば、種族構成は街と変わらない印象だ。

 これまで隷属下に無いエルフを見る機会は無かった為にかなりレアな光景に思えるが、白装束の集団から個人を識別出来ているのは能力そのものを盗み視ているからに過ぎず、目深にフードまで被られては肉眼で種族を特定するのは至難の業だ。


 誰も彼もが清楚を装い、種族も性別も包んで隠す。

 そうした服装に対する疑問が浮かんで来てエニュオに問い掛ける。


「室内なのに揃いも揃ってフードを被って、何か作法でもあるのか?」

「此処では生い立ちは問われない」

「巡礼は貴族が優先なのに?」

「……それはそれとして、出生は様々な訳だ。種族や外見で判断しない意味合いもあるのだろう」


 口をついた疑問の答えは微妙な所で、そうした観念的なものは俺にはわからない。

 盗み視た情報を元に動くのは控えた方が良いかもしれないが、先に見た神殿騎士には思い当たる所があって、更に疑問を投げ掛ける。


「じゃあ神殿騎士はバケツヘルムが伝統なのか?」

「円筒に打たれたままの鉄板は伝統というには些か古過ぎる造りだがな。戦いを生業としている訳ではないから象徴的な物か、あるいは新造する理由も無いのだろう。気になる事でも?」

「見覚えがあってな」

「ミクトランでは取り扱われていないはずだが……」


 グレートヘルム。

 風の迷宮の第三階層、黒い森で拾った血に錆びた兜がそれだった。

 あそこで何があったのかは知れないが、神殿騎士に連なる者が進入していた事には違いない。




 そうこうしているうちに大仰なローブを纏った司祭の老人に捉まり、巡礼者であるプライムに信徒としての心得のような話を説き始めた。

 説法の応対はエニュオに任せて大広間を眺めていると広間の隅に飾られる大きな黒い鏡が目に入る。


「何だか煙たい鏡だな」


 材質としては黒い鉱石から切り出された物だろうか。

 暗い鏡に反射されて映る向こう側の景色はまるで別物に見えて、霧が立ち込めているかの様で見えにくい。

 要するに姿見としての用をなしていないのだ。

 他の石像などと同じく、古い文明の遺産に神なるものを見て安置されているのだろう。

 グレイディアが見に行って首を傾げたものだから気になって隣に立って見ると、彼女の姿が鏡に映し出されていない事がわかった。


「さすが吸血鬼ですね」

「えらく嬉しそうだな」

「そういう特性じゃないんですか?」

「さてな。所でお前の姿も見えない様だが」

「これは……やばいですね」

「ライとは何者なんだろうな」


 スキルを移植しまくっている点からすれば名実共にヒトでなくなっていそうだが。

 試して見れば、獣人のヴァリスタはもとより上の世界の人族であるシュウも鏡に映り、ハーフエルフのオルガも問題無い。

 竜人から龍人へと変異したディアナでさえ正常に映し出されると来れば、自身が異常な判定を受けている事がわかる。




 こちらが鏡で遊んでいる間に司祭からのありがたいお言葉を頂戴していたプライムだが、それは『清貧』の二文字に集約される理想論をピザの如く薄く伸ばしたもので、結論の述べられないお説教を受けて既にバテ気味である。


 神殿内で迷っていると再びお喋り老人に捉まりかねないので、巡礼経験者であるエニュオを先導としてついて歩く。

 六角形の神殿は内部もまた六つの大広間から成っており、外周を結ぶ六辺の廊下を渡れば、道々に安置された石像の合間に清掃中の小部屋も見られた。

 こういった個室には修練者や巡礼者が居住を許されるらしく、なるほど神殿騎士の元、盤石な監視体制が築かれている。


 聖地への侵入経路は東西を覆う山脈の狭間を抜ける一本道しかなく、その上で神殿外部の門番と内部の衛兵が二重に防衛の陣を敷いている訳だ。


 神殿騎士にしても、ただの生臭坊主かと思いきや意外にも戦闘――もとい戦争慣れしている様に感じられるのは気のせいだろうか。

 この施設も城塞の様な造りをしているし、立地的にも攻め難い天然の要塞だ。

 不戦を誓いながら、であるからこそ彼等は最も戦争を知り、恐れているのかもしれない。


 此処で何か歴史的な情報が得られるならば都合が良い。

 上下の世界にミクトラン王国が存在する事そのものが不審でならなかったのだから。

 そして大国の経緯を辿るには、第三者の視点で記録を残す古い組織に頼るしかない。


 プライムの警護を名目として、隙あらば探りを入れて行く事とする。




 しばらく歩き、大きな扉を開けて一室に入る。

 長大なテーブルを挟んで複数の椅子が置かれ、応接室というより食卓といった風だろうか。

 白亜の造りの神殿には、華美にならない色合いのテーブルクロスが妙に映えていた。


「しばし待てとの事だ」

「日程の確認か?」

「そんな所だろう」


 椅子に腰掛け待っていると、すぐに一人訪れる。

 目深に被ったフードから微かに白い髪を覗かせる獣人。

 身を隠すマントの裾からちらと腰に帯びた剣と傷だらけの鎧が垣間見えると、それだけで真っ当な聖職者ではない事が伺え、盗み視た情報に警戒心が跳ね上がる。




ヴァイス・イシュバリオン 獣人 Lv.28

クラス 撃剣士


HP 616/616

MP 112/112

SP 28


筋力 784

体力 168

魔力 112

精神 336

敏捷 672

幸運 560


スキル 剣術 重剣技 重撃




 名はヴァイス・イシュバリオン。

 背丈は大の男といった所だが、顔立ちは中性的でどうにも捉えどころがない。

 身のこなしはゆったりとして余裕ある雰囲気で、初老といった所だろうか。


 眼光暗く意志は伺い知れず、かつてのヴァリスタや、ヘカトル家の奴隷戦士ゲインスレイヴを想起させる。


 クラス撃剣士ナイトブレードは見覚えが無いが、剣士の派生クラスなのだろう。

 そもそも剣士の能力値は耐久力を差っ引いて筋力や敏捷に極振りした典型的なアタッカーであり、特別な理由なくあえて選ぶようなクラスではない。

 敏捷以外の数値が高い水準にある騎士とは正反対で、それこそ底辺冒険者特有の外れクラスだと思っていたのだが、何処にでも想像を超える存在は居るらしい。


 しかし当然の様に光魔法や神聖魔法を備える神殿騎士達の中では、魔法スキルを持たず純粋な剣術のみで居住を許されている人物は異質に思えてならない。


 特徴的なのは重剣技と重撃という貫通系のスキルを会得している事だ。

 重剣技は、エニュオや姫フローラも持つ体力値を無視する剣技。

 重撃は、特殊効果――例えば盾によるダメージ軽減など――の影響を受けない技術。


 そして何より暗い瞳と深い傷の刻まれた鎧が、魔石拾いの冒険者にも、誇りに満ちた神殿騎士にも無い、独特な雰囲気を醸し出していた。

 このヴァイス・イシュバリオンは、どう視ても教団の意に反する殺生を生業としていた剣士なのだ。

 その暗い瞳が全員の顔を憶えるように流されて、視線は巡礼者のプライムでなく用心棒の俺に戻って来る。


「これより三日間、あなた方の警護を務めますイシュバリオンです。どうぞよろしくお願い致します」


 丁寧な挨拶とは裏腹に、その目的は俺達の――あるいは俺の監視だと理解した。

 警護と言いながらあれだけ駐在する子飼いの神殿騎士からの選出ではなく、実戦仕込みの剣士を選ぶ辺り、警戒が露わになっているのがわかる。

 派手に入場したのも響いたかもしれないと思いつつ思案していると、突然エニュオが立ち上がり会釈する。


「お久しぶりです、先生」

「その瞳は……トラロックの義娘ですか。大きくなりましたね」

「もうトラロックではありません」

「ほう……?」


 重剣技を持っている所から見てもエニュオの剣の師だろうか。

 首輪を見やって事態を飲み込んだらしく、むしろエニュオが言葉を返す。


「それより三日というのはどういう事でしょうか。以前私が訪れた頃は洗礼を受けた後、修練の間にて軽い護身術を学んで終了だったと記憶しています」

「教団の運営は私の管轄外です。ただ三日間体制に変更されてより久しくありますから、お前が肩肘を張る必要はありませんよ」


 元々神殿での行事は一泊で終わる程度の形式的な物だったらしい。

 それが何時しか三日に延長され、以前とは違う体制に移行している様だ。

 俺に対する警戒から延長された訳ではないので、その点は深読みせずに済みそうだ。

 納得したエニュオが着席するのに代わり声を掛ける。


「初めまして、先生? 用心棒として参りましたライと申します」

「先生はよしてください。この身は国家に属さぬ流浪の剣士、どうぞイシュバリオンと」

「わかりました、イシュバリオン。俺もまた一介の冒険者に過ぎませんから」

「なるほど。同じ無頼の身空、気を遣わず行きましょう」


 詮索を挨拶に代えて、どうにも神殿騎士の一員ではなく剣術指南役といった立場らしい。

 しかしイシュバリオンが敬称として通っているのか、フルネームは名乗らない。

 蛇の道は蛇というが、同じ邪道を歩む者を意図的にぶつけられたのであれば別段の注意が必要かもしれない。


「ではこれより各部屋へ案内します。神殿内には騎士団が常駐しておりますから、何かありましたら彼等にお声掛けください。プライム様におかれましては本日の礼拝も併せて神父ラトナックが参りますので、もうしばらくお待ちを」

「よろしくお願いします!」

「ふふ、元気な娘ですね」


 意外にも子供好きなのか、元気なプライムに合わせて表情を崩して見せるものだから気が削がれたが、注意深く観察しながらその後を追う。




 プライムを残して廊下へ出ると、それぞれに与えられた個室にて休憩となる。


 ベッドひとつで部屋の半分も埋まってしまう手狭な空間ではあるが、綺麗に磨かれた白い壁や床は町宿にはない清潔感がある。

 机、椅子、ベッドと最低限に揃った家具は黒い材木で組まれ、まさに清貧といった感じだ。

 そのいろどりも天然のモノトーンといった感じで、決して気分の悪くなる物ではなかった。


 六角形の神殿の中央に向かって部屋が造られているので窓は無いが、代わりに天窓を模した照明が備え付けられていて、何かしらの原理でもって青い光が淡く灯っている。

 ベッドに寝転んでみると天窓の向こう側に青空も錯覚しそうな開放感を覚え、中毒になりそうだ。

 かつて斬った放浪神官ジャスティンも、これに魅せられ信仰を高め、青い太陽を幻視していたのだろうか――。

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