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第228話「楔のオベリスク」

 村から出立し、南方に一日。

 次第に起伏に富んだ地形に変わり始め、ただでさえ暗い空間が更に窮屈に感じられる。

 緩い傾斜を登り東西の山脈の狭間を抜けて、視界が開けるとプライムが走り出し、それに続く様にヴァリスタも駆けて遠景を望む。


「でかーい!」


 全景を捉えようと競って背を伸ばし、緩い傾斜を降った先に目的地が見えた。

 暗黒の空間ではすべては把握出来ないが、この立地は背の低い火山の山頂――もとい火口といった所だろうか。

 何時もの如くプライムに向けて教授されるエニュオの解説を聞きながら、その風景を頭に入れる。


「あの一際に大きく白い六角形の建物が神殿です。その中央を貫くようにして立つ漆黒の柱もまた六角の形をしており、古い時代よりそこに在る神秘の結晶なのだとか。神殿の内部にいわゆる所の迷宮があり、教団では修練の間とも呼ばれていますね」


 遠く見えた象徴的な白い六角形の建造物は、中央を貫くようにして黒い柱がそそり立ち、それこそが教団の保有する神殿であり、迷宮であるらしかった。

 迷宮といっても此処までがっつりと囲われていては人工的な施設にしか見えないが、はしゃぐ子供達の遠く後方で興味無さげに立っていたグレイディアに疑問を投げ掛ける。


「此処らって火山地帯っぽいですよね」

「もう死んでるだろうがな」

「あれは火山が活きていた頃に溶岩の中で精練されたんじゃないかと思いまして」

「まさか。自然に六角柱が立つか?」

「でもこいつと似てるでしょう?」


 背負った塵合金の剣レジストプレートの柄を叩いて見せると、なるほどと思案気に黙り込んでしまった。

 今でこそ活動を停止しているが、活火山であれば溶鉱炉の如くエネルギーを噴出する中で自然発生的に“塵”が成立する事もあり得ない話ではないと思ったのだ。

 その為には膨大な魔力も必要になるのだろうが。


 そうして残された朽ちぬ柱は信仰の対象として人々の目に留まり、その周りを囲うようにして総本山が成ったと――飛躍し過ぎだろうか。


 この地では陽光を取り込む事で完成する建築物が散見される。

 各地の教会に掲げられたステンドグラスもそうで、光射さぬ天蓋の下では形骸化した伝統なのかもしれないが、だからこそ火や光に対して並々ならぬ情熱を覚えるものなのかもしれない。

 異質な外観に想像を膨らませていると、物珍しさに前に出たシュウが感嘆の声を上げた。


「ひとつの街って感じですよねぇ……」


 彼女が見ていたのは象徴的な六角形の建造物ではなく、教団の保有する土地全体だった。

 言葉通り家屋もあり、居住スペースも確保されているらしい。

 山に囲まれた天然の要塞でありながら、更に周囲を壁で囲っている念の入れようだ。


 まさに敬虔な信徒だけが入居を許される総本山、構成員の街なのだろう。

 こうして貴族を優先して招く辺りやんごとないふところ事情も垣間見えるが。

 何はともあれ此処まで来れば襲撃の心配は無いだろう。


「プライム様、今の内に見えない装備を解除しておきましょう」

「どうしてこんな所で?」

「不戦を誓う教団に暗器の類を疑われる物を持ち込むのは賢くありません」


 すぐに理解を示したプライムが針剣クサグキを手放せば、じわりと鎧が正体を現す。

 ここまで巡礼して来た不特定多数の者が参列する各地の教会と違い、此処から先は教団直轄の聖地。

 責任逃れの隙は潰す。




 準備を整え向かう白亜の外壁は堅牢にして美麗であった。

 よく手入れされているのだろう穢れなき白の街並みが悠然と見えて来ると、門を前に槍を手にした衛兵に止められる。

 腰には剣を帯び、身を包むのは重鎧。フードを被りサーコートを羽織った姿はただの衛兵ではない、教団子飼いの神殿騎士だろう。


 保有するスキルは剣術、槍術、光魔法、神聖魔法――エリート僧兵と言っていい。

 不戦を誓う教団においては武術を嗜む生臭坊主とも思えるが。

 こちらが情報を盗み視ている間にもプライムが話を進めて行く。


「巡礼者プライム・ヘカトル様御一行ですね。承知致しました」


 身分の証明に有力貴族のサインもプライムに手渡して、教団の戒律などわかるはずもなく、手続きは彼女に丸投げする。

 その裏で七人並んで黙していると、すぐに入場が許可される。

 門を抜けて行くと、しんと静まった街並みに足音が木霊する。


 純白の石で組まれた街並みは美しさを保たれて、魔導の光で薄らと照らされた神殿へ向け、人影のない通りを進む。

 光も飲み込みそうな漆黒の柱も近付くほどにそびえて見えて、徐々に近付く聖域に先頭を行くプライムも歩幅を狭めて気取り始めた所で、神殿前の大階段に辿り着く。


「遠路遥々よくぞ参られた。入場前に武装の解除を願えるか」


 声を受けて階上に視線を上げれば神殿騎士がずらりと並ぶ。

 頭部にはバケツに覗き穴を開けたような兜を被り、更にその上をフードで覆い、体は重鎧とサーコートに身を包む、いかにもといった連中だ。

 すぐにプライムの前に立ち塞がって壁を作るが、二十余名は居るだろうか、数的にも位置的にも不利にある。

 剣に槍に鎚、弓まで携えた重武装の神殿騎士達の出迎えは尋常ではない様に感じられて、探りを入れる事にした。


「聖職者にしては煌びやかな装いですね」

「実績ある男だ。相応のもてなしだろう?」


 今言葉を交わしている中央の威厳あり気な男が騎士団長だろうか。

 左右に並んだ神殿騎士達は構えこそしないが警戒を維持しており、剣や槍はまだしも弓はまずい。

 理由はどうあれ、武器を向けられない様に釘を刺しておかなければならない。

 ただでさえピリピリしているのに、いざという時に敵味方から敵視を向けられては対処に困るのだから。


「いくつか反論したい所ではありますが、無用な争いを生むだけでしょう。ですから事実確認だけさせてください。これまで各地の教会では武装解除の指示は受けて来ませんでした。何か特別な事情でも?」

「我々は神殿の守護を仰せつかっている。入場に際し貴公らの身の安全を保証する義務があるのだ」

「なるほど。皆様が怯えていらっしゃる、武装を解除して差し上げろ」


 仲間達に指示を出しつつ率先して剣を一本、二本と左右に投げて、背のレジストプレートを外して垂直に落とせば、いかれた質量の塊が白亜の石畳を貫いてモニュメントの様に突き立った。

 盛大に弾け飛んだ白い破片が魔導の街灯を反射しながらパラパラと崩れ落ち、視線を集めた所で警告する。


「あなた方が神殿守護の任を立派に務めているのは理解しました。この通り武装も解除し、必要とあらば指示も仰ぎましょう。しかし用心棒としての立場も尊重して頂きたい。俺が仕えるのは神でなく人です」

「用心棒の務め、理解した。この地における問題は神に仕える騎士の威信を持って対処する。貴公らの武器は責任を持って預からせて頂く。構わないな?」

「勿論です。お互いフェアに行きましょう」

うけたまわった。客人を待たせるな!」


 ようやくと警戒姿勢が解かれ、武器が回収されていく。

 これで仮にプライムを狙う者があっても、嫌でも俺の存在を意識する事になるだろう。

 その上で用心棒としての反撃の大義名分を主張しておけば、襲う機会は自ずと限られて来る。


 教団は機密のある組織で透明性が薄く、何が起こるか予測出来ない。

 だからこそ常に責任の在り所を明確にし、押し付けながら立ち回る必要がある。

 その点、俺達が入場前に武装を解除した証拠を残しておけば最悪の事態は避けられるだろう。


「隊長! この剣抜けませんよ」

「そんな訳あるか。私がやる!」


 抜けない剣を手形代わりに置き去りにして大階段を登り始めると、プライムに一連の流れを咎められる。


「やりすぎ」

「プライム様を守ると約束したので」

「でもあの人達、神殿の騎士だよ?」

「不戦を誓う教団にありながら武器を携帯しているんですよ。遵法精神の欠如が見られますね」

「それってみんな駄目じゃん」

「そういう事です」


 ジト目の彼女の言い分もわかるが、神殿騎士だからという理由で特別に警戒している訳ではない。

 問題は俺達が今丸腰である事と、人の子の命を預かっている事。

 敵は何処にでも潜伏している可能性があって、いざという時になってからでは遅いのだから。


「どんな手段をもってしても守りますから、どうぞ羽を広げてください」

「そうじゃなくてー」


 愚痴を受け流しつつ大階段を登り切り、いよいよと神殿へ踏み入るのだった。

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