第227話「残り火の古戦場」
獣王国から南下して、道中野営で一泊しつつ巡礼の旅は順調に進行していた。
地面は黒い草原だが、人力車が通るのであろう道は均されており、迷う事は無い。
暗黒に包まれた変化の無い旅路では警戒の意味もあり自然と周囲に目を向ける事が多く、しばらくすると街道の左手に崩れた岩や朽ちかけた石垣が見えて来て、先にはカンテラが灯っていた。
目を凝らせば二名の獣人戦士が石垣に腰掛けている事に気付き、行進速度を緩める。
能力もスキルもたいした事は無いが、先行し気味のプライムをパーティ中央に引き戻しつつ警戒態勢で臨む。
あちらも気付いた様で、槍を杖代わりに立ち上がって道の両脇を塞がれる。
ぬっと立ち上がった二名は体格に恵まれており、見上げる程度には身長がある。
両名共に白い肩当が見えて、柄は悪いが獣王国の戦士の様だ。
そのまま直進して行くと、いよいよ呼び止められる。
「よお、兄ちゃん。景気良さそうだなあ」
「何か御用でしょうか?」
「お前よお、水の街から来たんだろ?」
「そうですね」
「しかしどうやら商隊って訳でもねえし……何かあったのか?」
「我々はミクトランより水の街を経由して参りました、巡礼者とその用心棒です。申し訳ないのですが、獣王国についてあまり詳しくありません」
「ああ、そうか……通って良いぞ。神殿はもうすぐって所だ、気を付けてな」
「ありがとうございます」
素直に通り抜けながらちらと背後に目をやると、二人の大男はとぼとぼと石垣に座り直して、がくりと肩を落としていた。
身分の提示も要求されず検問の類ではない様で、特に悪意があった訳でもないらしい。
疑問を残しつつも道を行き、十分も経たった頃、瓦礫の跡も増すばかりで地形に歪みも見えて来た。
道から左手に外れた地点、遠く暗がりの向こう側に向けてエニュオが解説を入れるとプライムが食いつく。
「あちらに古い巡礼地がある。このまま真っ直ぐ神殿に向かっても良いが……」
「歴史的な場所なの?」
「そうですね。指定地ではありませんし、何かある訳でもありませんが」
興味津々のプライムに「巡礼は敬虔なる教徒の証である」などとそれらしい口調で詰め寄られれば断る理由は作れなかった。
先の戦士団の事も気がかりで、情報収集がてら寄る事にする。
道から外れてそちらに向かえば、黒い草原とは違い地面が見えていた。
爆弾でも投下された様なゴリゴリの地形はすり鉢状に抉れていて、剥き出しの岩肌から時折青い光が燃焼するようにゆらりと立ち昇る。
魔力か何かだろうか、特別嫌な感覚は無いが崩れ落ちた石垣が散見されて、さながら遺跡の様な雰囲気だ。
遠く目を凝らせば天然の青い光に不規則に照らされて建築物が見えた。
すり鉢の中央に今にも倒壊しそうな民家と、それとは対照的に穢れない白亜を見せ付ける教会。
都市部を知っている身からすれば辺境とかそういうレベルの物には見えなかった。
魔族どころか野盗でも現れれば簡単に侵略されてしまいそうな寒村は、むしろあえて此処に、この状態で、村を構えているのではないかと勘繰るほどで。
立ち入った村には老人だらけだが、獣人だけでなく人族、それも僧侶の姿が多く見られる。
一応の警備体制は維持されており、武器を携えた大きな獣人に呼び止められて身分を証明し教会に向かうと、これまた老人だらけの静かな儀式を眺めて、この村での巡礼は無事に終わった。
このスタンプラリーで箔が付くのだから、巡礼者的には寄って損はないだろう。
行事を済ませて宿を探しながら小さな村を行く。
見所もない村を歩いているとすぐに居住区から外れてしまい、村から少し離れた地点に比較的裕福そうな、しっかりとした建造の一軒家が目に入った。
村長か豪族の家だろうか、その庭先――と言っていいのかわからないが、家の周囲には乱雑に鉱物か何かが置かれている。
踵を返して宿探しに戻ろうとすると、ディアナに呼び止められる。
「魔導具ですよ、あれ」
「ガラクタでしょ」
「ジャンクパーツって言ってくださいよ。売り物ですかね?」
一軒家の庭先に見付けたゴミは、ディアナいわく魔導具の残骸らしかった。
「何か不足している物があるのか?」
「そうですね……補充出来るのならしておきたいです」
「なら後で見に行ってみよう」
そうして人の出入りも無い古ぼけた宿を取った後、仲間達を部屋に送ってディアナと二人でジャンクパーツを漁りに行く事にした。
ドアをノックして出て来たのは、中年の人族の男だった。
「おや、お客さんですか?」
「魔導具のパーツに惹かれて立ち寄ったのですが、裏手にあるのは売り物ですか?」
「え? ああ、そうですね。欲しい物があればお売りしますよ」
どうやら店で間違いないらしい。
値札などは見受けられないし、乱雑に置かれている所から闇市にしか思えないが、足が付かなければどうでもいい。
早速ディアナに指示を出して漁らせる事にする。
「必要な物はどれも買っておけ。いくら技術があっても資材が枯渇すれば試作も出来ないからな」
「旦那様ってお金の勘定が雑ですよね」
「大胆と言え。後悔は何時だって後からついて来るものだ」
「失敗前提じゃないですか」
「信頼してるんだよ」
いくら資財を投じても冷蔵装置が完成すればそれ以上に望む成果はないのだから。
それに知識と技術を貯め込んでおけば、いざという時に食べて行ける。
自力では何も身に付けられない俺とは違い、ディアナにはそういった資質がある。
ディアナにジャンクパーツを漁らせる傍らで、店主に話を聞いてみる。
「しかしこんな所でジャンク屋があるとは想像もしていませんでした。水の街で店を開いた方が収益も上がるのでは?」
「此処は神殿との中継地点ですからね。教団の皆さんが壊れた魔導具を街へ持って行こうにも人、物、金が掛かるでしょう。なので場所を貸しているんですよ」
「なるほど、仲介業者ですか」
ゴミ捨て代行として中継地点の廃品回収でマージンを取っている訳だ。
神殿側から報酬と共に受け取ったゴミを、水の街の正規の業者にいくらか駄賃を渡して取りに来させる。
提供しているのは敷地だけで、金も物もあちらから勝手にやって来る。
図太いというか、豪胆というか。
神官エティアも含め、思いも付かない隙間産業を生業としている者が居て驚かされるばかりだ。
「そんな好立地にしては妙に寂れてますよね」
「伝統……というには洗練されていない、壊れたままの状態ですからね。変わろうとしないのですよ、この地は」
舗装されない大地に、耐久年数も過ぎていそうな家屋。
かつてそこに在った建造物の跡がそのままに残されて、歴史的な遺物だからこそ教団の者には神聖に映るのだろうか。
古臭い村社会においてはこの中年男性すらも若者に見えて、唯一まともに家も建て直しダーティな生業を開拓した――異端者なのかもしれない。
同じ異端者同士、深入りし過ぎない言葉の投げ合いは彼にとっても気楽だった様で、当たり障りのない会話は続いた。
店主いわく、この村は辛うじて食い繋いでいる状態で、村に駐屯している戦士団も補給が滞っていると嘆いていたらしい。
街道で待ち構えていた獣人は補給を待つ戦士団員で間違いない様だ。
やはり俺のような無国籍の無頼漢を優遇するような国では、相応に国民が割りを食っているという事だ。
ミクトラン王国とは真逆の政治体制にあると見える。
そうして獣王国の情勢を聞き出しながら店主と雑談している間に、ディアナがジャンクパーツを選び終える。
小物ばかりで会計して見れば、適当に数えて銀貨五枚と値付けを出して来た。
俺には相場はわからないが、多分この店主もわかっていないのだろう。
要求通りに支払うと適当に袋に突っ込んでディアナに手渡しジャンク屋を後にした。
「値段相当の物は買えたか?」
「導線の生きている物だけを選びましたから、新品を解体するよりずっとお得ですね」
「導線ってのはアレだろ、魔力を通す部分だろ? 針金みたいのじゃないとまずいのか?」
「魔導具は魔石から純度の高い魔力を抽出して利用しています。魔力に馴染む合金を利用する事で導圧を安定させ、また伝導時の減衰を抑える事が出来るんです」
「まさに魔力を導く線という訳か」
食料保存の為の冷蔵装置の製作だが、俺達は特定の国家には所属しておらず持ち家も無い為、設置型の魔導具は買い付けられない。
どうやって持ち歩いているのか、という疑問への回答が用意出来ないのだ。
だから正規品を分解するか、ジャンクパーツで代用するしかない現状がある。
そして家庭用や業務用の大型の魔導具の場合、故障しても捨てたりせず魔導機関の者が直接修理に出向くので、足の付かない流通品は画一的な規格により量産された小型の魔導具しかない。
その小型の部品から大型の冷蔵装置を構築しようというのだから、中々に無茶を要求している事がわかる。
「そういや魔法陣は魔力水で描かれていたよな。同じ様に伝導部に魔力水は使えないのか?」
「使えますけど、魔力に波の様な揺らぎが発生してしまいますね」
ゆらゆらと人差し指を波立たせて揺らぎを表現して見せるものだから、その指を捕らえて真っ直ぐに伸ばしてやる。
「液体では導圧が安定しないんだな」
「その通りです。それ自体が魔力の転化に感応し易いので暴れてしまうんですねえ」
「安定を出すには固体の導線が重要って事か」
「魔導具を謎の空間に入れっぱなしにするならば、安定性は何にも増して重要です」
多少は知識もついて来たが、謎空間内で魔力が爆裂したりすればどうなるか想像もつかない。
ディアナは基本的に市販の魔導具をバラして組んでを繰り返しているのだが、ふと疑問に思い自作はしないのかと聞いてみれば大いに否定されてしまう。
「さすがに部品単位での製造は出来ませんよ。魔導の機材もありませんし」
「魔導具が魔導具を造る。まさに魔導に支配された世界だな」
「そういう見方をする人、初めて見ました」
「何しろ皆、魔導に生かされているんだからな」
火も水も魔力から生み出されている。
しかし魔導具を構成する規格に基づいた部品は、また魔導具でしか造り出せないという。
溶鉱炉や鍛圧機など鍛冶屋でも見られる備え付けの大型工作機こそ、魔導機関公認の証なのだろう。
規格の要たる精密機器など買い付けられる訳もなく良きにはからえという事で後は任せて宿に戻る。
解散すると宿の二階の一室にて、一人視線を泳がせる。
視線でもって選択したのはしばらく取り出してもいなかったジャーキー肉だ。
謎空間より布袋にボロボロと吐き出されるそれはもはや誰も手を付けようとしない保存食で、それを袋一杯に詰めると一階のカウンターに載せて店主を呼び付ける。
「戦士団の補給が滞っていると伺いました。美味いもんじゃありませんが、彼等の足しになればと思い」
「巡礼の旅の最中ですよね? よろしいのですか?」
「敬虔なる信徒……の用心棒ですよ。困った時はお互い様です」
感謝の言葉は受け流して、行きは戦士団だった者が帰りは盗賊団になられていても困るという利己的な理由での食料の譲渡だった。
何時買ったのかも覚えていない大量のジャーキーは保存こそ利くが決して美味い物ではなく、普段の食事もステーキがメインになりつつある。
そうした中でだだ余りの在庫を放出して地方に多少でも融通が利くならばこれほど費用対効果の高い餌は無いと、神殿を前に暗い考えも巡らせつつゆっくりと休息を取るのだった。




