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第226話「水の街」

 国境を跨いでより三日の行程。

 ひんやりとした空気が頬を撫でて立ち止まる。

 心配していた賊の襲撃もなく、無事に水の街の大壁を臨んでいた。


 此処が獣王国が首都であり、獣王グランディーヴァが代々住まう拠点であり、水の迷宮を中心とした冒険者の集う地である。

 獣王国の本体にして中枢とも言える此の地だが、ミクトラン王国領の街に見られる検問と比べれば少々心許なく感じられる。

 どうにも壁も薄いようで、防備は十全に果たされているのだろうか。


 開かれた門からは特に審査も無く退場していく光景が見られ、入場の列も見る間に掃けて行き、ギルドカードを提示すれば通されている様子だ。

 いくら獣王が崩御されたからといって、まさか入退場の審査に手が回らず手続きを飛ばしている訳ではないだろう。

 困惑しているとエニュオが説明してくれた。


「獣王国ではたったひとつの大迷宮だ。水の街では特に冒険者の扱いが良いと聞く。何より街の維持には魔石の確保は絶対だからな」


 ミクトラン王国が魔法スキル持ちを公的に重用しているのに対して、こちらは冒険者に便宜を図っている。

 パスポート代わりにギルドカードがあれば楽に入れるという事だろうか。

 手続きが早いとはいえ大きな荷車を人力で引かせている商人らしき者は荷台を改められているし、目深にフードを被っている者が衛兵に呼び止められて連行されたり、最低限の警戒はあり、明らかに不審な者は物理的に排除されている様だ。


「ギルドカードはありますか」


 列から離され検問を受けている商人を横目に眺めていると呼び掛けられて、声の主に目をやれば白い肩当を身に付けた屈強な獣人の男。

 此処の衛兵は統一された騎士鎧は纏わず冒険者の様に思い思いに扱い易い武装を身に付けており、検問を務める者達を見渡せば共通しているのは白い肩当くらいだろうか。

 それが騎士級の人物の証なのだとすれば、注意が必要だ。


 すぐに各人のギルドカードを纏めて渡し、続いてミクトラン王国よりの巡礼許可証と共に塔の街の冒険者ギルドマスターのサインも見せておく。

 獣人門番は鋭い眼光でそれらを読み込んで、ひとつ頷いて返却された一式を受け取ると、営業スマイルではない親しみのある武骨な笑みを見せる。


「ようこそ水の迷宮へ。良い冒険を」


 冒険者に対する当たりが穏やかで驚く。

 あるいは生活基盤を水の迷宮に頼っている獣王国だからこそ、末端の衛兵も冒険者に対し融和的なのだろうか。

 話に聞く限りでは野蛮な国という印象だったが、ミクトラン王国領より気分良く通行出来そうだ。


 だがこれも元の世界の感覚に依るものだろう。


 縛りが緩いという事は、それだけ悪人が入り込み易い環境という事だ。

 俺の常識など通用しないのは嫌という程理解しているから、穿って見て、警戒は緩めずにおく。




「すごーい!」

「壮観ですね」


 門を抜けた所でプライムの感嘆とした声を受けて視線を街並みにやると、またもや想像と異なる光景が広がっていた。

 街に入り真っ直ぐ向こう、大きな道の続く先には王城だろうか、魔導の灯火に照らされて巨大な円形の建造物が見える。


 舗装されているのはメインストリートだけでなく、道の脇には側溝が掘られてそこには薄らと張られる様に水が流れていた。

 用水路というには些か綺麗過ぎる水路を辿って見れば遠く街の中央に備えられた巨大で堅牢な噴水。

 それより溢れる水が四方に伸びる大通りへと流れ込んでいる様だ。


 これが涼し気な空気を作っているのだろう。


 そしてその噴水はまるでひとつの教会の様に白亜の壁に造られて、ともすれば此の街を囲う壁よりも力を入れて造られている様にすら見える。

 噴水の下手には門があり、そこから多数の戦士が出入りする。

 あの噴水の下にこそ迷宮が在るのだろう。


「でもさー、どうして綺麗な水を垂れ流してるんだろうねー」


 繕わないプライムの子供らしい感想が飛び出てふと意識を戻す。

 水の街の情景に目を見張ってしまった理由もまた、その感想に集約されるのかもしれない。

 垂れ流される綺麗な水は迷宮から漏れ出ているのか、あるいは魔導具に依る物なのだろうか。


 どちらにせよ魔石の在庫も潤沢にあるのは確かで、何しろ此処は獣王国の中心にして迷宮街の王都。

 観光名所として活用しているのかもしれない。

 建造物も白や灰色を基調としており、清潔感が感じられる。


 対して道端には屋台が無造作に出店されており雰囲気は決して固くない。


 しかしさすがは獣王国唯一の迷宮街、美しい街並みから切り取りいざ往来の人々へと目を向ければ、ゴリマッチョの男が武器を担いで闊歩し、ぎらついた眼光の女戦士が迷宮へと踏み入る。

 獣耳や尻尾を持つ割合が非常に高く、ヴァリスタの様な細長い尻尾から、風の街冒険者ギルドの受付嬢ヴェージュの様なもふもふ尻尾まで様々で、なるほど獣王国に来たのだと実感する。

 ただ外見に関してはヘカトル家に従属する狂戦士ゲインスレイヴの様な武骨な者が多数を占めているのだが。


 俺の体格は元の世界基準での平均程度はあるが、目に入る者達の背丈はそれより高く、非常に恵まれた肉体を有しているのだ。

 これも淘汰の一環だとすれば、水の街では体格に恵まれた者でなければ生き残れないという事だろうか。

 一帯は妙に活気に溢れており、どいつもこいつも覇気が凄く、人族主導の社会より野性的な力に溢れている印象だ。


 早い話、華奢な者の多い俺達のパーティは浮いているという訳だ。




 ひとつ嫌なのは、かつて塔の街や風の街で受けていた様な強い視線を感じる事だ。

 門を抜けた辺りからだろうか、冒険者主体の街ならば既に目を付けられているのかもしれない。

 浮いているのだから仕方ないと言えばそうなのだが、あまり気分の良いものではない。


「オルガ、感じるか」

「突然何さ、四六時中発情してるのはご主人様だけで十分だよ」

「そうでなく」


 変態的な意味で問い掛けた訳ではないのだが、どうやらオルガの精霊魔法に引っ掛かる手合いではないらしい。

 ハーフエルフであるオルガの精霊魔法は自身へ向けられた悪意に特に強く感応する。

 モンスターの索敵にも使用出来る上、鋭敏スキルも付与してある為その強度は高く、度重なる戦闘で信頼性は確認済みだ。


 同じく鋭敏を持つグレイディアとディアナに目をやると彼女らも首を振る。

 何も感じてはいないらしい。

 つまりこの視線の主はパーティ全体を見ているのではなく、俺一人を見ている可能性が高い。


 しばらくすれば見張る目も失せるだろうと決着しようとした時、ヴァリスタが呟く。


「私も何か感じるよ」


 俺の真似をしているだけかもしれないが、少なくとも嘘を吐く娘ではない、参考にしておく。

 それを見て隣のプライムが見えない鎧を鳴らして競う様に手を上げる。


「じゃあ私も!」

「そうですか」

「誰かの熱ーい視線だよね?」

「プライム様のファンかもしれませんね」

「本当に感じるんだからー!」


 冗談かと思い気や具体性がある。本当に感知しているのかもしれない。

 視線の対象は俺とヴァリスタとプライム。

 目を付けられる組み合わせとしては巡礼者の少女と用心棒の男の監視という線が濃厚だ。


 大方獣王国のお偉いさんが目を光らせているのだろうが、プライムを連れている今、下手を打つ訳にはいかない。


 それに例え悪意を持った視線でなくとも、獣王崩御の報せを受けて時間差で混乱が広がり始める可能性は十分にあり得る。

 人は窮地に陥ればあらぬ事を仕出かす。

 それは俺が一番によく理解している事なのだから。


 あまり路上で考え込むのも怪しまれるし、今回は巡礼の経由地だから長居はしない。

 その短期の滞在中に強行的に接触して来る輩ならば始末するまでだ。

 景色を楽しむのもほどほどに切り上げて、寄り道せずに教会へ向かう事にした。




 教会は獣王国においても遜色無い白亜の面構えで、ミクトラン王国側よりも景色によく馴染んでいる。

 此処もまた道の脇を水が流れて、その上に架かった短い橋を渡って教会に入る。

 内部は見知った造りで、神官に巡礼証を手渡せば先の巡礼と同様の流れを眺めて無事に終える。


 祈りの最中に神官の魔法に当てられて淡く輝くプライムは画になるが、光魔法か神聖魔法か、光の輝きでいくら誇張しようともスキルに変化はなかった。


 懸念していた暗殺者や狙撃手による襲撃も無く、適当に挨拶を交わして教会を出ると、次は冒険者ギルドへと向かう。

 巡礼者御一行の中でグレイディアだけは冒険者ギルドの職員という立場だ。

 風の迷宮街においても簡易に報告の様なものを行っていたが、今回はキナ臭い情勢にある為同行する事にした。


 ぞろぞろと大所帯で冒険者ギルドへ向かう途中で遂にグレイディアが口にする。


「先に宿でも取っておけよ」

「いえ、今は単独行動は控えた方が良いかと」

「ほう?」

「襲撃がないとも限りませんから」

「なるほど、良い心掛けだ。お嬢様も居る事だし、手早く切り上げて来るとしよう」


 そうして開放された冒険者ギルドの扉を潜れば、むわりとした熱気に包まれる。

 一瞬冒険者達の視線がやって来るも、すぐに興味を失ってかそれぞれに動き出す。


 ギルド内はだだっ広く、薄暗い。

 薄暗いといっても陰鬱な雰囲気ではなくて街中と同様に活気に溢れており、此処では飲食も許可されている様だ。

 酒臭い一帯を抜けて行く際にも喧騒に飲まれる。


「親父、いつもの」

「いつものだァ!? ミルクばっか飲んでっから何時まで経ってもチビスケなんだよ! たまには大人の飲み物も注文しろよな!」

「あの濁り腐った水でへべれけになるのが大人の証ですかぁ!? ご立派ですねー」


 遠く飲食の注文を受けるカウンターから届く野太い声と子供舌の言い合いを横にして、それは珍しいものではなくて、テーブル席からも冒険者達の注文の声が鳴り止まない。

 冒険者ギルドというより地元の親父が集う居酒屋といった様相を呈しているが、こちらを見定める様な視線も無く、居心地は悪くない。

 中には白い肩当の者も混じっており、やはり冒険者を兼業している衛兵も多いのだろう。


 この活気の正体も、どうやら一仕事終えた冒険者達が好き勝手に酒や肉を飲み食らっているだけの様だ。

 見た所、獣人というのは食事に目が無いらしい。

 ヴァリスタだけが特別大食らいだった訳ではないのは安心した。


 冒険者達を横目で流し見つつ奥まった職員通路を抜けて行くグレイディアを見送って、空いている一角の大テーブルに腰掛けて待つ。

 汗臭い冒険者の場に興味津々のプライムがふらふらと周囲を見渡しており、見失わない様に視界に入れておく。

 本人も同じく考えていた様で、テーブル周辺をうろうろとするだけに留めて満足すると小走りに戻って来てくれた。


 手間の掛からない聡い子だが、父親のクライムは寂しい――とは感じないか。

 これほど立派に育ってくれたのならば誇りでしかないだろう。

 共謀者ともの為にも無事に巡礼を終える選択を優先する。


「グレイディアさんが戻り次第、神殿へ向けて出発します」

「此の街には泊まらないの?」

「キナ臭い情勢ですからね。安全を優先すべきでしょう」

「ちょっと残念」

「その分聖地では思い切り羽を伸ばしてください」


 しばらくしてグレイディアと合流し、冒険者ギルドを出る。




 しょんぼりプライムに適当に屋台の串焼き肉でも買ってやり、大通りを歩きながら食べて見せると、彼女も見えないヘルムのバイザーを押し上げて「これはお行儀が悪い」などと愚痴りつつも豪快に頬張る。

 気分は民草か。


 こういったラフな食事であればヴァリスタの方が得意で、ちらと視線を交わした二人は並んで食べ歩く。

 種族も身分も違う二人が競う様にぱくつく姿は可愛げがあるが、互いの事であれば何にでも対抗意識を燃やすらしい。


 そのまま一瞬の観光を終えて水の街を出ると、獣王国を南下する。


 巡礼の目的地、神殿の在る聖地へと歩を進めた。

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