第223話「見えない装備」
エティアの命に別状がない事を確認してひとつの安心を得た後、フィリア宅を離れ訪れたのは街の武具屋。
「試着させてくださいお願いしまーす!」
カウンターの向こうで目を光らせる店主へ元気に挨拶するプライムは適当に返されて、陳列された防具類を見渡す。
彼女がヴァリスタをお供に見栄えの良い重鎧を見て周る中、俺達は店の一角でプライムに適した武装を吟味する。
まずは行く先の危険度を知っておくべきだろう。
頑強そうな籠手を手に取りながらグレイディアに話を投げる。
「どうでしょう、国外の状勢は」
「悪いがあまり伝わらない部分だ。国が乱れようとも迷宮と魔石の買い手さえ残っていればギルドにとってはどうでもいい話だからな」
それは納得だ。
例え国体が様変わりしても魔石の売買に関しての利権が冒険者ギルドに集約された状態であれば、やる事は変わらない。
俺達は政治に関しては門外漢だし、冒険者ギルド側としても誰が国王になろうとも、地主になろうとも、魔石商売に関して舐めた真似をされない限り内政には不干渉な訳だ。
恒例とばかりにエニュオに目を向けると、彼女も理解した様で頷いて話し出す。
「此処から西、国境を越えて向かう先は獣人が多数を占める獣王国だ。水の迷宮を中心として成り立つ」
「水の迷宮街も巡礼地なんだな」
「東のミクトラン、西の獣王国といった所だな。他にも小さな迷宮は点在しているが力を付ける目的には向かない」
もとより有象無象の小迷宮に興味は無い。
「西方はミクトラン王国領と違いかなり荒れている。小競り合いに巻き込まれたくなければ素直に巡礼先を目指す事だ」
エニュオの言葉通り指定された巡礼地を経由して向かうのが正解だろう。
「しかし獣王国とは何とも冴えない名前だな。ミクトラン王国とか、そういう名称はないのか」
「獣人はあまり国家という枠組みには執着していないようだ。王城を中心に周辺の迷宮を支配して勢力を広げたミクトラン王国と違い、水の迷宮を中心として自然発生的に生じた国とも聞いている」
解説が終わった所でグレイディアが付け足す。
「何はともあれこのパーティならば襲撃されようとも撃退出来るだろう」
「もしかして西側は野盗とか出るんですか?」
「昔と変わっていなければな」
シュウと目が合って同時に肩を落とす。
どうやらミクトラン王国ほど整備された環境ではないらしい。
今更人斬りを躊躇する事はないだろうが、気が乗らないのは事実だ。
気落ちする俺達を見てオルガが少しずれた解答を寄越す。
「ボクとご主人様が居れば襲撃前に気付けるでしょ」
「まあな」
俺とオルガで交代で警備を行い、探査能力をフルに用いれば野営中でもある程度の危険は察知出来る。
マップ機能の索敵範囲は狭いしヒト同士では敵対マーカーが付いた事もないが、接近して来る奴が居れば即行で気付ける。
それでも襲撃を受ける事態を想定して、俺達は何時も通り機動力に特化し、プライムは防御能力重視の暗殺を警戒したものとする。
手招きして呼び寄せたプライムは身綺麗なワンピースから着替えて何時か買い与えた頑丈な衣類を身に纏っている。
帯剣しシャツに長ズボンを履いた服装は、綺麗な金髪を除けば新米冒険者といった装いだ。
「手上げてください」
素直に両腕を上げた少女にずぼりと頑丈そうなローブを一着、服の上に着せて防具の下地を作る。
薄い胸を張って反らした腰を、腹を押して戻させて、鉄板の鎧をあてがい致命の一撃を防げるであろう程度の鎧を見繕う。
手を伸ばした先は適当に並べられ店主も目を光らせていない安物の棚だ。
騎士の纏うような立派な物ではないが、重過ぎない堅実な造りの鉄鎧を選びベルトを絞めてやると中々に様になる。
「防具って思ったより重いんだね。それに蒸れそうだよ」
「クライムさんは苦もなく身に付けていましたよ」
「でもライ君もヴァリーちゃんも……というかみんな鎧着てないじゃん! 何で私だけ!?」
「俺達は冒険者なのでその場に合わせて最適な装備を見繕うまでです。しかしプライム様は貴族。礼服も甲冑も着こなせて初めて人の上に立てるというものでしょう」
「物は言いようだなー」
不服そうなプライムを前に置いたまま、巡礼の行程を念頭に置いて武装を選択していく。
巡礼者の道程は神殿を目的として教会に寄りながら練り歩く、それだけだ。
後は教会サイドが事務的に手続きをこなし巡礼の旅路が記録される。
つまりプライムが実際に行う儀式は神官のありがたいお言葉を頂戴する事だけだ。
今の所は俺達の命までをも狙う輩は居ないが、これから向かう地はミクトラン王国の領土ではない。
何が起こるかは未知だが、旅路の途中であれば襲撃されても対応出来る。
問題は無防備になる巡礼先での礼拝中だ。
いくら護身の為とはいえ、不戦の誓いを立てる教会において完全武装での礼拝が許可される訳もない。
遠方から弓矢で急所を射抜かれでもすればさすがに反応する術はない。
襲撃を受けて生き残れたとしても人体を欠損すれば治しようがない。
俺の下に居る限りにおいてエティアの二の舞にはさせない。
鉄の防具が急所を覆う小さな戦士が出来上がった所で、一振り剣を手渡す。
「こちらをお貸しします」
「何か針みたいな剣だね」
完全武装が儀礼に反するならば見えなくしてしまえば良い。
手渡したのは風の迷宮が守護者ウインドブレイカーから手に入れた針剣クサグキ。
針剣を手にすると鎧がじんわりと色味を変え、内側の服装が露わになる。
籠手を抜いて手の甲の肌が見えた所でプライムは右腕、左腕と見直して驚きの声を上げる。
「うわっ透け透けじゃん!」
「良い具合ですね。しっかり動けるか確認してください」
手足の挙動を確認した後、ぴょんぴょんと数度跳ねて感触を確かめて見せる。
派手に動けば硬質な接触音が鳴るし小柄な為に緩慢さも否めないが、これなら急所を守りつつ巡礼をこなせるだろう。
一通り鎧の可動域を確かめたプライムは、見えない鎧をコンコンとヴァリスタにノックされながら呟く。
「見えないけど確かにここにある」
「薄い鉄板ですからあまり防御性能に期待は出来ませんが、即死は回避出来るでしょう」
「何かやだなー殺される前提なの」
「まだ戦い慣れていないのですから最悪の事態を想定しましょう。何より綺麗なお顔に傷がついてからでは後悔してもし切れませんよ」
そうしてプライムの周囲をぐるりと周り上から下まで鎧の不透過の箇所がないか確認する。
「ちょっとーえっち過ぎるよ」
「何言ってんですかね。ほらほら、会計済ませますよ」
恥ずかしがるプライムの手から一旦針剣クサグキを回収し、選んだ防具の代金を支払い買い上げる。
これでひとまず致命的な被害は避けられるだろう。
此処まで男装のままだったエニュオにも防具を購入しておこうと鉄の胴鎧を合わせてみる。
前に抱えて貰い、肩口を通すベルトで留める簡単な構造の物だ。
プライムと違い思い切り絞め上げてやっとといった感じだった。
「もしかして近衛騎士時代の鎧は特注だったか?」
「うん? 特注というより男物を使用していたな」
身長も俺と変わらないし、あの太身の剣を軽く振り回していた女だ、恵体には違いない。
鎧を外しながら横合いから観察して感心する。
なるほど胸囲に関しては諸々を加味してゴリラの様な騎士と同程度だろう。
「安物の鉄板じゃさすがにキツそうだな」
「何を言い出すんだ。これでも身体には自信がある方なのだが」
「引き締まってるのは知ってるよ」
健康的な食事と継続的な鍛錬から成る理想的な身体と言えるが、程よく脂肪が乗っておりいわゆる彫刻のような体とか、キレてるボディビルダーの様な脂肪を削ぎ落した筋マッチョではない。
実用的な肉体美と言えば通りが良いか。
サイズの大きい男装の上にベストも羽織っていた為に目立たなかったが、これでいて結構なモノなのだ。
剛腕で上乗せされ形状保持能力が高い絵に描いたようなディアナの胸とは異なる軟性を持つ。
シュウに近いといえばそうなのだが、それは村娘的なだらしないエロスともまた違う。
感心冷めやらない俺に対しエニュオは体系に難があるとでも思ったのか、この手にある軽鎧を指差して反論する。
「別にその鎧でも着れない事は無い! 私は道具の選り好みはしないぞ」
「いや、さすがに無理矢理詰めるのは勿体無いだろ」
「どういう意味だ?」
軽鎧の内側の曲面に手をやって答える。
「胸が潰れる」
「呆れたな……そんな所を見ていたのか」
「一生物だからな。大切に扱わないと後で後悔するぞ」
「何故その目を私などではなく姫様に向けなかったのか、理解に苦しむよ」
それは冒険者だとか王族だとかを置いておいての男女の話だろう。
「美人だし人格者だ。フローラ姫も良いっすよ、そりゃあねえ」
「む……詰まる所、何が不満だったのだ?」
「スケベさ……かな」
物音ひとつしない静寂が訪れる。
何だその反応は。
「いや、フローラ姫は我だの欲だのの前に義務感っていうのかな、堅いものが見え隠れする。俺みたいな奴には荷が重過ぎるよ」
「血筋の定めか……報われないな、姫様も」
一連の会話を聞いてプライムががしゃりがしゃりと跳ねてアピールする。
「私はお姫様ほど貴族としての義務を感じてないと思いまーす!」
「もう少し感じてくださいね」
無邪気なプライムにエニュオがささりと近寄って耳打ちする。
「お嬢様、こういった下半身で物事を考える男にだけは捕まってはいけませんよ」
おいやめろ。
これまでフローラの騎士であった癖なのか、生来のものなのか、エニュオは何かとプライムに目を掛けている。
しかし俺とプライムの闇よりも深い絆を力尽くで引き上げる悪魔の所業、見過ごせない。
「確かに俺は選り好みの強い男なのかもしれません。しかし巡礼の旅においてこの剣はプライム様を守る為だけに振るう所存です」
「ライ君……」
見えないヘルムの向こうで眉をひそめるプライム。
これは決まった。
俺は決める時は決める男なのだ。
「今のはちょっと芝居掛かり過ぎ」
「マジすか」
「普通が一番だよ」
「そうですか……俺もグレイディアさんみたいに口が上手くなりたいですね……ッ!?」
何故かグレイディアに横合いから思い切り太ももをつねられて、悶絶する俺を置いて試着は続けられた。
結局エニュオには騎士鎧とも見劣りしない頑強な胴鎧を購入した。
冒険者の装備としては値の張る物だったが、彼女であれば体格的にも不足はなく、胸のサイズ的にも問題はないだろう。
鉄鎧に身体を慣らしながら店の前を歩くプライムを眺めて、こちらも新調された装備に指の一本一本を馴染ませるように動かすエニュオに目をやる。
厚手のグローブに籠手、頑強なブーツに脛当てと身に付けて、ようやくと男装の麗人が剣士の風貌になった。
「しかし近衛騎士の鎧を着てないと威圧感無いよな、エニュオは」
「実際、今はただの冒険者だからな。元より威圧していたつもりはないのだが、このままでは不足か?」
「いや、そのままで結構。冒険者としては悪目立ちするより良いよ」
「そういうものか」
そうして流しながらも金の髪をひと掻きして、腰のロングソードに手をやって呟く。
「落ち着かないな」
「何が?」
「物心ついた頃より騎士の鎧を身に纏い、騎士の剣を振るって来た。騎士である事が当然だった。その当たり前がこうもあっさりと瓦解し、今は冒険者だ」
表情は苦心というよりも唖然というか――これまでの騎士としての時間が無に帰した事を思っての事だろう。
「騎士に成る道を敷かれ、それに邁進して来た。遠い記憶のアーレス・トラロックの背を追って剣を受け、技を磨いて来たつもりだったが、果たして何処までが私の意志だったのか。ライに言われてより解らなくなってしまってな」
「少なくとも騎士アーレスの記憶はエニュオの中にある本物だろう。そいつが真に騎士として誇れる男だったのか、塔を登った暁にはこの手で白日の下に晒してやるさ」
「太陽の下に欺瞞は無意味という事か」
お天道様が見ている――。
それは陽光射さぬ天蓋の下にあっては通じない言い分で、空を知る者にのみ通じる言葉。
邪道を経て塔の頂を望む先に何が待っているのか、トラロックの歴史を知る道程こそがエニュオの中にある従属理由であるのだとすれば、道すがらにその答えを与えてやるまで。
最強の二の字を求める俺にとってはこの世界の真実など迷宮に落ちている魔石以下の価値しかないのだから。
準備を整え終えると、いよいよと国境への道を行く。




