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第215話「暗黒麺~異世界産とれたて珍味の香草仕立て~無自覚の悪意を添えて」

 王子ゼーテスとの会話の最中、がしゃりがしゃりとあの音が近付いて来る。

 相変わらず顔の見えない全身黒甲冑の――今度こそは勇者レイゼイだった。


「お久しぶりです、清掃員さん!」

「こんにちは、レイゼイさん」

「お借りしても?」


 レイゼイはゼーテスに伺い、彼はすっと手を上げて許可を出した。

 良いタイミングで来てくれたとレイゼイに感謝しつつ、席から立ち上がり一礼して仲間達と合流する。


「あーヴァリスタにゃんだー」

「どうも」


 丸テーブルで飲み食いしている一行の中から目敏く紺藍の猫耳娘を見付けて、両手をわきわきさせながら近付く暗黒甲冑。

 心底面倒くさそうに目を向けるヴァリスタ。


「私が居ない間に清掃員さんに変な事されなかったにゃん?」

「今、レイゼイにされそうになってる」

「恥ずかしがっちゃって可愛いにゃあ」


 多少は温和になった態度を受けて、猫撫で声と共に伸ばした右手を弾かれて肩を落とすレイゼイはまだまだ懐かれる気配はなさそうだ。

 引っ叩かれた右手を擦りながら仲間達を眺めて、その視線は鱗を持つ極太尻尾に留まる。

 それからドレスを辿り、白みがかった琥珀色の髪と頬にまで侵食した鱗を見て、ディアナが新参であると気付いたようだった。


「そっちの人は初めましてですね」

「え? あ、はい。どうも」


 口に含んでいた酒をごくりと飲み下して適当な挨拶を返したディアナ。

 顔も見えないのだからその態度も仕方ない。

 横合いから暗黒ヘルムをノックしてやるとレイゼイはようやく気付いたようで、顔を見せた。


 さらりと溢れた緑の黒髪は艶があり、黒い瞳は静かに意志を湛える、凛とした容姿の女性。

 ディアナは目前のレイゼイをしばらく見つめて、それから隣に立つ俺と交互に見やって、何事かに思い至ったようだ。

 しっかりと口に出して認識させておく。


「この人はレイゼイさん。本物の勇者な」

「確かにライ様より真面目で聡明そうですね」


 俺の何処に不真面目要素があるというのか。

 追求する視線から逃れるようにディアナは再び酒を飲み始めた。

 心が折られる前に会話の相手をレイゼイに戻す事にする。


「そういやさっきまで居なかったよね」

「あーそうでした! 色々準備していましてねー!」


 妙に機嫌が良いが、この青空を模した中庭の準備などだろうか。

 それにしては登場したタイミングが合わないし。

 そうして考えていると、レイゼイは胸を張って答えた。


「実は私、先程まで料理してたんですよ」

「それは楽しみだね。レイゼイさんの手料理が頂けるとは思ってなかった」

「丁度あちらに用意して来た所なんです! 自信作ですよ!」


 そうして案内されて一角に向かうと、少し人だかりが出来ていた。

 勇者の料理ともなれば皆食べて見たがるのだろうか。

 長テーブルにいくつか並べられた器のひとつを取って来て、再び丸テーブルに戻って立ち食いする事にした。




 丸テーブルを囲んで皆が覗き込むひとつの器は大柄で、この世界でメジャーなスープ用の深皿とも違う浅い湾曲を持つ。


 スープに浮かぶ油分は透き通って馴染み、淡い照りも見せている。

 そこには具材が無造作に浮かぶ事はなく、まるで飾りの様に軽く肉と野菜が盛り付けられている。

 侘寂の船底には黄身色の紐状の食材が浸かり、俺にはそれがメインディッシュだと一目でわかった。


「おーすげー! ラーメンかな? コシがあって美味そう」

「これでお召し上がりください」

「いただきます」


 自慢げにレイゼイが手渡して来たのは一対の棒状の黒食器。

 黒い木材から削り出したのであろう長さの揃った箸だ。

 俺の下にだけ配膳されたそれを手に、黄身色の麺を一束引き上げて久々の麺料理を目に焼き付けてからずるずると啜り食う。


 途端、鼻からは野菜より採られたのであろうあっさりとした風味と、塩の香りが抜けた。

 ほのかに肉の油の香味が後追いして来ると、自然と次の一口を求めたくなる。

 チキン風の出汁はこの一杯の為に調合されたのであろう。


 細かなこだわりからレイゼイが好んで料理を作っている事がわかる。

 ただ、肝心の麺が管の様な食感だった。


 表面は固く、反して中は空洞にも感じる軽さ。

 食感だけを取れば硬麺というよりも、半生のマカロニといった方が近い。

 レイゼイの趣味なのだろうか。


「風味も良いし、味も良い。とても美味しいと思うよ。でも妙にコシが強いというか、割合固めだね」

「さすが清掃員さんと褒めてあげたい所ですねー。実際これ、何だと思います?」

「うん? 卵麺とかじゃないの?」

「あー惜しいなー。当たらずといえども遠からず、もとい虎穴に入らずんば虎子を得ずといった感じですねー」

「どういう事なの……正解を教えてよ」


 教えてあげましょうとレイゼイは箸を取り上げると、流麗な箸使いで黄身色の麺を一本摘まみ上げた。

 そうして真剣な眼差しでこちらを見て、呟く。




「これね、ハーピーの寄生虫」

「は?」

「清掃員さんの為に卵を産んだばかりのハーピーの巣に侵入して拾って来ました」

「ヴォエ!」


 口に入れた麺――もとい寄生虫を吐き出したかったが、既に飲み込んだ後だった。

 シュウは俺と同じくうえっと声を漏らし、オルガからはクッと声を押し殺した含み笑いが届いた。


「なんてもん食わせてくれんですかね。貴族生活で頭までとうとくなっちゃったのかな」

「酷いこと言わないでくださいよー。卵に付着して体外に排出される希少な食材なんですよ。実質卵麺ですよこれは」

「今の心境を語るなら、食後に消費期限切れを知らされた時に似ている」

「大丈夫ですから、食べ物なんですから。むしろ新鮮な高級食材なんですよ? これ」


 寄生虫が高級食材であるという。


「ちゃんと下拵えもしたので大丈夫ですよ」

「そう……でも腹下しそうで怖いんだけど」


 確かに、一概に寄生虫と言っても何にでも寄生出来る訳ではない。

 環境に適応出来なければ死に絶えるし、ましてや調理済みなのだから問題はないのだろう。


「納豆なんて腐ってるしキノコなんてカビみたいなもんじゃないですか。フグだって食べる民族なんですから大丈夫ですよ」

「別に毒物耐性ある訳じゃないから……むしろ俺は加工食品ばかりで耐性落ちてる現代っ子だから」

「どんな食生活してたんですか。心配なら一緒に摂生して腸内環境整えましょうよ」

「そんな簡単に腸内フローラ鍛えられたら苦労しないんだよなぁ……」


 そんな事を愚痴っていると、背後からマントを少し引かれる。

 振り返ると白金髪の――姫フローラが居た。

 少し戸惑い気味の、しかし喜色も伺える面持ち。

 何事かを期待する視線が胸に痛い。


「ライ様、今呼びませんでした? 呼びましたよね?」

「呼んでないです」

「あ、はい……」

「でも此処で会ったのも何かの縁なので、こちらを差し上げます」

「わぁ、ありがとうございます!」


 腸内フローラという単語に反応したフローラが何処からかやって来たが、テンションだだ下がりの俺は思案する余裕もなく、すげなく一蹴してしまった。

 さすがにアレなので食べかけの寄生虫ラーメンをプレゼントしてご機嫌取りをしておく。

 そうして手にした食器を大事そうに抱えて離れた四角いテーブル席に着き、慣れない箸で寄生虫を食べる姿は心に来るものがあった。




 話を聞けばどうやらそれは珍味であり、贅沢品であるらしかった。

 いわば唾液で形作られた燕の巣、コアな物で言えば蛆食いチーズのカース・マルツゥ。


 出産期前後のハーピーは非常に獰猛で、卵に付着し体外に排出されたばかりの活きの良い寄生虫を回収するのは命懸けらしい。

 それを採取しようと思ったのもそうだが、あろう事か寄生虫を食べようと考えたいかれっぷりも凄い。

 最初に食べた奴の顔が見てみたい。


「それで、わざわざ風の迷宮に籠って寄生虫採集してたの?」

「いいえ、迷宮外のハーピーからですよ。山岳地帯での任務中に手に入れたんです」

「へー、色んな所行ってんだ」

「勇者の仕事は迷宮攻略ではありませんからね」


 迷宮内は普通の生態系とは思えないし、殺しても遺体は残らず魔石と化してしまう。

 動物性の戦利品を得るには地表に住まう存在から収穫しなければならないのかもしれない。

 ゴブリンやリザードマンが街中に居るように、他の種族も何処かしらに居る訳だ。


 見た所レイゼイのレベルは上昇していない様だし、方々に回されて仕事をさせられているのだろう。

 やはり冒険者の立場を固持しておいて良かったと再認識する。




「やあ、レイゼイさん。相変わらず元気そうだね」

「お久しぶりです、クライムさん」


 寄生虫談義からしばらく、周囲で様子を伺う貴族達と違い、堂々と話し掛けに来たのは金髪碧眼の優男クライムだった。


「しかしあのスープは中々に美味だね。ライ君も飲んでみたかい? 不思議な……色々な味がするんだ」

「スープのカクテルみたいなもんですね。割って味を調ととのえるんですよ」

「それは興味深いね。うちの連中にも学ばせたいくらいだ」

「それなら是非お教えしましょう!」


 そんな会話を聞いて是非にもとレイゼイが伝授を快諾し、控えていたヘカトル家の執事が呼び付けられ、中庭の隅で談義を始めた。

 レイゼイは力も知識も、階級も地位も、何も鼻に掛けず対等に接する。

 ともすればそれは無礼に当たるのかもしれないが、明け透けの善意は相手の気を削いでしまう。


 俺であれば技術提供にかこつけて法外な報酬を吹っ掛けるための誘導に気を張るだろうが、彼女の身振り手振りを交えた説明に遠慮の一切は無い。

 相手につけ入るという発想自体がないのだろう。

 真に勇者足り得る存在なのだと思う。


 そんな技術提供の現場を見送って周囲を見直すと、どうにも一人、見慣れた少女の姿がない事に気付く。


「プライム様が見当たりませんね」

「ご機嫌斜めみたいだね」

「珍しいですね」

「君のせいでもあるんだけどね」

「何かしましたか?」

「何もしてないからだろう」


 何もしていないとは、まさかクライムの口からそんな言葉が出るとは思わなかった。


「いやーさすがにプライム様に手は出せませんよ」

「そうでなく。君との冒険が余程気に入ったみたいで、仲間になりたかったらしい。日頃から冒険者の話を聞かせていた俺のせいでもあるかな」


 とんだ思い違いだったが、どうやら本格的に冒険者に興味を抱いたらしい。


「いくらプライム様が冒険したくとも、貴族の子女を理由なく連れ回す訳にはいかないでしょう?」

「その通りでね。先の鉱床街への旅路はヘカトル家の関係各所への見舞いという理由を付けてあるが、特段の理由なく国外に出す訳にはいかない」


 公的には子飼いの鍛冶師の働き振りを確認しに行ったという名目だったらしい。

 こういった所が貴族の面倒な所で、何かしらの理由付けが必要になる訳だ。


「元気になったのはいいが、今度はそれを持て余しているんだろうね」


 それは間違いない。

 プライムは何度もヴァリスタと剣を交え、拳を交えていた。

 生来抑え込んで来た闘争心が暴発しているのだろう。


「短い旅路でしたが、外を見て周るだけでは満足出来ない様子でした」

「何とかしてやれたら良いんだけどね」

「ままならないものですね」


 クライムは特別冒険者という生業を嫌っていない。

 ただ、父親であるクライムが許可を出したとしても、それで完了という事にはならない。

 そして俺について来る場合、国境越えを国に届け出る必要がある。


 その為の理由がプライムには存在しない。

 この場に現れないのはそれを言い含められて拗ねてしまったからだろうか。




 その後、レイゼイがヘカトル家の執事への調理技術指南を終えて戻って来たことで、クライムは席を外した。

 異世界の珍味を食べさせて頂いたお礼にレイゼイにひとつお返しをしてあげようと思い、視野に投影されたアイテム欄――謎空間を漁る。

 しばし視線でもってスクロールしていると良い物を見付けて、マントの下、後ろ手に取り出す。


「はい、日頃頑張っているレイゼイさんにプレゼント」

「おお、良い具合に熟成された果物ですね。


 やはり料理の出来る者は目も利くらしい。

 手渡したそれは何時だったか謎空間にぶち込んでおいたリンゴの様な果物だ。

 俺には違いはわからなかったが、どうやら熟成されている様でレイゼイは喜んだ。


 実験は成功だ。


 レイゼイとも情報を共有しておいた方が良いだろう。

 パーティ申請を投げて、はっとしてこちらを向いた彼女に頷く。

 戦闘指揮の効果内に置くと、マントを広げてレイゼイの半身を覆う。


「それ、一回仕舞って」

「はい?」


 貴族諸侯に見えない様に隠しつつ、果物が謎空間に収納されたのを確認し、小声での密談に入る。


「色々考えてたんだけど、これって個数表示がされるんだよね」

「あまり気にしてませんでしたけど、便利ですよね」

「んで、それってつまり圧縮してカウントされてるのか、そのまま謎空間に点在している物を数えているだけなのかって話」

「確かに見る限りでは複数個纏められている様ですが、実態はわかりませんね」

「ここでは仮に上記の数値通りに圧縮されているものとして扱うんだけど……」


 アイテム欄という名詞を抜いて会話し、それを互いの視野に移った情報で噛み合わせていく。

 謎空間においてアイテムとはただの散乱した個別のファイルなのか、それとも纏められた圧縮ファイルなのか、そういった話である。

 その最中、寄生虫ラーメンを食べ終わったのか、いつの間にか近寄って来ていたフローラが俺達に合わせて小声で話掛けて来る。


「ライ様、上記って何ですか? お二人には何が見えているのです?」

「見えないものが視えているのです。見ようとしない方がよろしいかと」

「お二人にしか見えない……それは決して私には見る事は出来ないのでしょうか?」

「……わかりました。お望み通り視せて差し上げます」


 また勇者だとか神に賜った力だとか言われるのもだるいので、冒険者の間ではよく知られている悪名高い特上パーティ申請レンダーでフローラの綺麗な碧眼に直接襲撃を仕掛ける。


「うわああああ!?」

「どうです? 満足しました?」

「満足しました! しましたから! ご勘弁を……!」


 俺の扱うパーティ申請は神に祈って――などという工程はなく、システマチックに視野へ認証申請を投影する。

 この描写は慣れていない者には吐き気を催す程の影響があり、荒くれの冒険者すら怯ませるリーサルウェポンだ。

 これは目を瞑ろうが背けようが視野に“ついてくる”ほか、パーティ参加の可否選択の猶予を与えずに新規の申請を割り込ませる事で、俺が飽きるまで逃れられないという大変環境に優しい証拠の残らない拷問である。


 半分ブラクラみたいなものだが。


 明確な敵愾心を抱いた相手にはパーティ申請ごと弾かれてしまうのが玉に瑕だ。

 フローラが情けない声を上げて逃げて行き、それを見てにじり寄って来ていた貴族諸侯も蜘蛛の子を散らすように距離を取った。

 話し掛けるタイミングを計っていたのか、あるいは俺とレイゼイの会話から情報を収集しようとしていたのかもしれないが、突然王族が半泣きになればそれは逃げるだろう。




 一帯がはけたのを確認して、具体的な話に移る。


「んで、さっきの果物なんだけど」

「ええ」

「あれかなり前に謎空間にぶち込んでおいた奴なんだよね」

「えっ!?」


 以前取得した収納拡張という謎のシステムスキルの検証結果だ。

 前回は同様の工程で腐らせてしまったのだが、これに依って保存期間が延びたのは明白だった。


「見た所腐敗はしてない様なんだけど、でも熟成はされていた」

「ちょっと待ってください! 消費期限切れですか!?」

「食べる前に教えたから許して」


 重要なのは俺達の最終目的地である塔を登る段になってどれだけの物資を持ち込めるかだ。

 収納拡張が無駄スキルだったとは言えないが、この分だとあまり恩恵は感じられない。

 いくら収納しても腐るものは腐るからだ。


「さて、実は謎空間に追加で拡張効果を付与してあるんだけど、結果から見れば熟成が進んだ――言い換えれば時間が経過した事になるよね」

「腑に落ちませんが、そういう事でしょうね。という事は拡張された謎空間にはこちらの流れとは違う、ごく遅い時間が流れているという事でしょうか」

「簡単に思いつく時間に作用するものは速度と重力くらいだけど、謎空間内で対象物が光速移動しているとは考えにくい。粉々になりそうだし。だから重力のフィールドが形成されているものと仮定する。今回その重力自体が収納拡張で強化され、時間の流れを遅らせる結果に繋がったんじゃないかと思うんだ」


 レイゼイは少し思い悩んで、言葉を返す。


「速度はわかりますけど、重力というと? 割合ダメージを与える奴しか思い浮かびませんが」

「それはまた理解が明後日の方向に行ってる気がするけど、わかりやすく言えばブラックホールかな?」

「はえーなんか凄そう」


 俺が思い至ったのは重力という名の圧縮形式だ。

 可逆圧縮――つまり双方向に互換を持ち、百パーセントの状態で圧縮と解凍が行える、重力由来の天然のロスレス謎空間.gravity

 ぶち込み、引き出すだけで成立する究極の可逆工程はこの世界の何処かしらに想像を絶する負荷を掛けているのだろうが、それは知った事ではない。


「いわゆるブラックホールって奴は重力がキツ過ぎて実質時間が停止している状態らしいんだ」

「でも謎空間は遅くなっても時間が進んでいるんですから、それには当てはまりませんよね?」

「だから行き過ぎない程度の重力の場が形成されているんだと思う」

「……大丈夫なんですかね、これ使ってて」

「対象物を圧縮して保存する重力魔法とでも思えばいいんじゃないかな」


 あちらの世界の知識に照らし合わせて考えてみても、実際にはどこまで適合しているかはわからない。

 俺達は所詮異世界人で、その思想も知識もズレがある。

 だからどこまで行っても仮定に過ぎないのだ。


「そのうち重力が勝手に拡張されて飲み込まれちゃったり」

「スキル的に拡張出来たんだから確率としてはあり得ないとは言えないね」

「その、対処法とかは……」

「例えば俺が飲み込まれたら一覧に『ライ×1』って表示が出るはずだけど。それを運良くレイゼイさんが観測して謎空間から引き出せれば助かるんじゃない?」

「えぇ……完全にバグってませんかそれ」

「不安なら確率が収束する前にこの世界から脱出するしかない」


 自分で言っててなんだが、無理筋だ。

 何かしらの不具合で謎空間に飲み込まれた場合、生命活動を停止するか、頭がおかしくなって脳死状態にでもなれば引き出せるだろうが。

 脳といういかれたコンピューターを内臓するヒトは、生きたままでは圧縮、解凍に対する情報量があまりに膨大過ぎる。


「今の俺達じゃ重力から脱する方法なんて思いつかないけど、実際に極大の重力下にぶち込まれて長い時の中で考えればワンチャンあるかもね」

「それは考えるのをやめるパターンですね」

「とりあえず共有しておきたかったのは、謎空間に生物をそのまま入れてはいけないという事だ」


 メニュー機能はいわば超高度な魔法の集合体なのだろう。

 パーティ申請も神聖魔法の強化版であるし、謎空間も重力という名の魔法とするならば“そういうもの”として認識して差し支えないはずだ。

 蛇口を捻れば水が出るように、メニューを開けば重力の門が開くのだ。


 そして将来的に塔を登る長丁場に向けて大量の保存食、および保存法が必要なのは確実となった。

 業務用の冷蔵装置があれば大体解決なのだが。

 だからといって魔導機関に乗り込んで大枚を叩いて無理矢理に購入すれば足がつくし、持ち歩く際に巨大な設備が突然消失すれば怪しまれる。


 定住する家を持たない俺がそれを買い付けるのは厳しい。


 ならば造ってしまえば良い。


 此処に来てようやくとディアナに依頼する魔導具製作の方向性が定まって来た。

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