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第21話「奴隷の浮世」

 俺は無心で奴隷を洗い上げ、自分の体も洗い上げ、シャワーを終えた。

 服を謎空間から出して渡すと着てくれた。

 そういえば男物の服だった。


 着替え終えて部屋に戻り、俺はベッドに腰掛ける。

 目前に立ったままの奴隷を見て、俺はついに口を開いた。


「あの、女の子だったの?」

「うん……」


 女だった。

 何故だか男だと思い込んでいたのは、あの暗い目付きだし、表情無いし、それに犯罪奴隷だし――。

 いや、そんな事は言い訳でしかないのだ。

 俺は隅々まで、それはもう撫でまわしてしまったからして。


「ごめん」

「どうして謝るの……?」

「いや、なんか、触っちゃって」


 奴隷は目を丸くして首を傾げた。

 さらりと紺藍の髪が垂れて、表情があって。

 ああ、少女なんだなと痛感した。


 ほんの一週間と三日前まで居た世界、キモイキモイと罵倒される日本において、女に手を出すなど言語道断であった。

 男女平等と謳い、その実男は気まぐれで社会的に抹殺される修羅の国である。

 女に関わらない事こそ俺の処世術であり、例え関わっても深く付き合わないのが俺という男であった。


 地下におとされた今ですら美女と呼べる容姿を持つ姫ナナティンを、一歩引いた視点で見ていたのもそのせいだ。


 しかし今、俺は奴隷とはいえあんな所やこんな所まで揉み込み撫で回してしまったのだ。

 大変な事になってしまった。


 いいや、開き直ろう、開き直るね。


 何故なら俺は奴隷の主人。

 そして元の世界に戻る為、勇者達を解放する為、俺は上に行かなければならないのだから。




「よし! 夕飯にしよう!」




 どうにも主体性が無い……というのは仕方のない事なのか、突っ立っている奴隷の手を引いて一階へ降りた。

 一階のホールではテーブルとイスが無数にあり、自由に席へ着き食事を取れるのだ。

 時間的に少し早めで、人はまばらだ。


「座りなよ」

「……はい」


 立ったままで居る奴隷を座らせると、いつものお嬢さんが注文を取りに来た。


「あら、奴隷……ですか?」

「ええ、今日買ってきたのですよ。肉料理はありますか?」

「ありますよ」

「では二人分ください」


 しばらくすると奴隷がそわそわし始め、それからすぐに料理が運ばれて来た。

 ステーキだ。

 その臭いに反応していたのだろう、やっぱり獣人というと嗅覚が鋭いのだろうか。

 涎でも垂らしそうな奴隷を見ていると、お嬢さんが耳打ちして来る。


「二人分って、もしかして奴隷に同じ物を食べさせるんですか?」

「そのつもりですけど」

「ライさん、優しいのは良い事ですけど、冒険者なんですから気を付けてくださいね」

「は、はあ」




 何を気を付けるというのか。




「いただきます」


 俺はナイフとフォークでもってステーキを切り、頬張る。

 旨い、何の肉かは知らないし、知りたくないが、旨い。

 奴隷が手を付けていない事に気付いて、声を掛ける。


「食べていいんだぞ」

「本当?」

「ああ、好きなだけ食べろ」


 奴隷はぱあっと表情を明るくして、暗い瞳はどこへやら、手掴みでステーキを食べようとした。


「あっ!」


 奴隷は肉の熱に驚き手を引く。

 火傷は……していないようだ。

 まさか手で食べようとするとは思わなかった。

 もしかすれば、食器の使い方も知らないのかもしれない。


「ほら、こっちおいで」


 奴隷を膝の上に乗せて、俺の肉を切り分けて食べさせてやると、口いっぱいに頬張って一心に噛み解していた。

 俺の眼下ではその猫耳がぴくぴく動いているのがよく見える。


「よく噛んで食べるんだぞ」


 ごくりと飲み込んだのを見計らい次を切り分けて口元にやると、同じように繰り返して俺の肉を食べきってしまった。


「まだ食べられるか?」

「うん」


 奴隷を自分の席に戻し、そのプレートの肉を切り分けてからフォークを持たせてやると、握ったフォークで食べ出した。

 凄い食欲だ。




 パンをつまみながら奴隷の食事を眺めていると、横合いから罵声が飛んで来た。


「おい、見ろよ野郎、奴隷の方が良いもん食ってやがるぜ!」

「はっはっは! こりゃあ傑作だな! 奴隷に飼われてるんじゃねえの」

「ど、奴隷以下って、あんま笑わせんなよ!」


 なるほど、公衆の面前で奴隷を同格に扱うとこうなるのか。


「おい坊主! 俺にも奢ってくれや!」

「俺の支払いも頼むぜえ!」


 笑いながらそう言って来る男達を見ると防具を着込んでおり、どうやら冒険者のようだった。

 奴隷はようやく状況を理解したようで、猫耳をぺたりと伏せてフォークを握り締めた手を膝の上で震わせていた。


「あ、あの……」

「いいから、気にしないで食べろ」




 辺りの声を無視して、奴隷が食べ切ったところで俺はその手を握って席を立つ。

 代金を置いて去ろうとすると、荒くれ共が立ちふさがった。


「おおい、何処に行くんだよお」

「俺達のお勘定はどうしたあ?」


 奴隷が手を握り締めてきて、俺は笑みを浮かべてメニューを思考操作する。


「自分で払えよゴロツキ、こいつはプレゼントだ」

「うおおっ!? なんじゃこりゃあ!」


 目を押さえて騒ぎ出した男達を置き去りに、俺は奴隷と共に部屋へと戻った。

 パーティ申請を投げたのだ。

 目の前の文字をようやく理解し始める頃合いか、パーティ申請を取り消して、俺は一息ついた。


「あの……」

「気にすんなって、それより美味しかったか」

「うん……」


 ほんの少しだが、笑みが見えた気がした。

 こうして見ると犯罪者とはとても思えないし、何より荒くれ共に絡まれた際の態度からしても、人を殺すというある種の勇気や、欠落のある異常性を持った少女とは思えない。

 俺が“此処に居る”ように、この少女にも何かしらあったのだろうと思う。


 そして、奴隷というのは俺の思った以上に生きづらい身分なのだと思い知った。

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