第209話「星屑の工房」
塵合金の鍛造――。
その提案に食いついた親方は、俺が手段を提示する前に急く様に話を詰めて来た。
「まず、お前さんが十全に扱える武器はそう長大な物じゃない」
「それはまたどうして」
「小物から長物まで散々振らせただろう。そもそも武器の扱いが下手なんだよ」
先程まで色々な武器を持たされたのは相性を見ていたらしい。
武術に明るくないのは否定出来ないし、グレートソードでは剣を振るうというより剣に振られる様な実感があった。
力を籠めて振るう事は出来ても、その勢いの逃がし方が下手なのだろう。
以前グレイディアにも『殺しに躍起になり過ぎる』と嗜められているし、どうにも殺意が強過ぎるらしい。
「大剣を使うべきではないという事ですね」
「一撃で仕留め切れる相手なら良いがな。実戦ってのはそう単純じゃないだろう?」
「ならば形状はこいつに近い物にしてください」
マントの下、後ろ手に長大な刃渡りを持つ騎士剣バタフライエッジアグリアスを取り出す。
グレートソード程の長さと厚みはなく、かといってロングソード台でもない。
この世界に引き摺り込まれた際に手にしていた相棒だ。
便所掃除の友、汚物詰まりを吸い上げる人類の叡智キュッポンの化身。
いわば初期装備だ。
ロングソードと比べれば長大な刃渡りを持つが、グレートソードとは違い剣に振られる様な事はなく、俺に最適な形状なのだろう。
その外観は武器というより飾剣で、蝶の様な翼状の鍔を持ち、そこから伸びる細身の刃は外側に向かいじんわりと赤紫の様な色合いを帯びて、武器としては些か華美に過ぎる。
逆光、神速、貫通、自動回復と多くの特殊効果を内包したこれは一見すれば伝説の剣の様だが、通常の使用には向かない。
能力値に異常な作用を示す逆光の逆転効果がダメージを殺してしまうからだ。
「えらい豪勢な飾り剣だな」
「この剣は文字通り魔法の剣です」
「おいおい。そんな事を俺に話すのか」
「赤子の手にでも渡らない限り危険のないなまくらですからね」
「よく解らんが、その口ぶりだと何かしらの使い道がある訳だろう?」
無言で頷き肯定すると、親方は顔をしかめた。
「いいのかい、これでも俺は国に忠誠を誓っている身だぜ?」
「一流の職人であるならば顧客は大切にするでしょうし、何より貴方は剣に真摯だ。不安はしていません」
「よく言うぜ……。要するに、お前さんについては口を噤めって事だろう」
「それでも塵の合金を打ってみたいとは思いませんか?」
貫通効果は風の迷宮の深部に居たカマキリ型のモンスターにしか見た事がない。
ましてやたまたま、運良く貫通効果の武装が出回ったとして、それに気付き塵合金へ叩き付けるなんて滅多な事ではあり得ない。
金持ち連中が警戒もせず隷属の首輪で奴隷を使役しているのもこれを実証している。
恐らく歴史上打たれた事のない、文字通り不滅の剣になるだろう。
だからこそ親方は話に乗った。
国に飼われてなお、この男の探究心は萎びていない。
「いいぜ、やってやる。ただし費用はすべてそちら持ちだ。例え完成しなくとも使った時間分も請求させてもらう。成功するかもわからねえ賭けに大枚叩く気は無いし、よしんばお前の目論見通りに最硬の剣が打てたとしても、それを公表する権利が俺にはない訳だからな」
「交渉は成立という事で。では早速ライカちゃんを……」
「何故そこでライカが出て来る」
「必要なんですよ。どちらか片方ではない、お二人の力が」
訝しむ親方の下へライカを連れて来る。
鍛冶の依頼だと言えば嬉しそうだったが、いざ状況を説明すると困惑が隠せないでいた。
「じゃあ両手でしっかりと、俺の剣を握ってもらおうかな」
「剣で……剣を打つんですか?」
「思い切り振っていいからね」
「は、はぁ……」
騎士剣を支えつつライカの小さな両手で握らせていると、いよいよと俺が本気だと気付いた様で親方が口を挟んで来る。
「確かにライカに鍛冶経験はある。幼い頃からこの鉱床で暮らして来たせいか目も利く。孫娘ではあるが弟子と言ってもいい。しかし半人前だ」
「だから親方も必要なんです。ライカちゃんのサポートをお願いしますよ」
「その飾剣がぶっ壊れても責任は取らねえからな」
「大丈夫ですよ。彼女ならやれる。素質がある」
「何の素質だか……」
「小さな子供にしか打てないんですよ、私の剣は」
「気色悪いぜ……」
まるで不審者を見るような目で見られながらもライカに剣を任せ、手を離す。
すると長大な騎士剣は少女の腕には重かった様で、切っ先が地面に突き立てられた。
岩盤の地面に。
「あ、あれ……抜けなくなっちゃった……」
「こいつぁ……岩肌がまるでバターみてぇに抉れちまってる……」
岩盤を抉った切っ先は鉱石に当たったのか鈍い逆光で周囲を眩ませて止まった。
成功を確信してにぃっと笑みが漏れた俺はライカにまでドン引きされながら、刺さった剣を抜いてやり、再度柄を握らせる。
手を取り脚を取り、剣の構えを体に教え、腰を落とさせてしっかりと握らせた。
親方が金床に塵合金をセットし、そこに狙いを合わせたライカが騎士剣を肩口に担ぐ様にして構える。
これでは身体と工具とのバランスが吊り合わず本来鍛冶に至れるものではないが、手に持ったそれは普通ではない。
幼い彼女の能力値を参照し、逆光が威力を増幅させてくれるはずだ。
それは質量を無視しドラゴンの首すらも斬り落とすいかれた威力。
レベル1だったあの頃の俺と違い、ライカはレベル10と年相応に成長しているが、今回は塵合金を切断するのが目的ではない。
だから能力値の上昇に反比例して威力が抑えられマイルドになるのは都合が良いはずだ。
鉄の音と共にキンと耳鳴りの様な音が鳴り響く。
金床からは鉄の接触した際に生じる高温の衝撃のみならず痺れる様な鋭い紫電が弾き出され、赤と青の共鳴が逆光に煌めいた。
鉱石が点在しまるで星屑に包まれた様な工房では、その光が逃げる所を知らず乱反射した。
目も眩みそうな光が止むと僅かばかりに変形した塵合金を目にして、ライカは確信を持って口にする。
「通った……!」
「どうやら行けそうですね」
金槌と化した騎士剣は合金の何らかの防御を貫通した。
それを見た親方の瞳には揺らめく炎が映って、職人魂に火が点いたのが解る。
「此処からは職人の仕事だ。いくら客とはいえ素人に見せるもんじゃあねえ。明日になったらまた来い」
大きな影と小さな影は、これまでと逆転した立場にあった。
筋骨隆々の親方は身体を縮こまらせサポートに回り、華奢な少女は身体全体を大きく振りかぶって塵の合金を打つ。
歪な工房の景色の中で、しかし確実に“塵”は変形し始めていた。
職人の邪魔をするつもりはない。
素直に従って工房を出ると、表で屯って居た仲間達と合流する。
均された大地の鉱床は開けた地形をしており、親方の土地だけは開発もされておらず景色は工業地帯や掘削現場というよりも荒野だ。
洞窟の横の隆起した岩場に外したマントを敷物代わりとし腰掛けると、すぐにオルガが隣に座り、シュウとディアナもそれに続いた。
「話は纏まったの?」
「何とかな」
そんな何でもない会話を挟みつつ周囲に目を向けると、グレイディアが少し離れた地点から遠く人通りのない道の中央に目を向けており、それを辿ればヴァリスタとプライムが見えた。
腰からベルトを外し鞘に納めたままの剣を手に何やら話し込んでいて、しばらく眺めているとプライムのHPが減少している事に気付く。
そういえばと一定期間離れていたせいで外れていたパーティを再構築し、申請を投げられてびくりとこちらに気付いたプライムが元気そうに剣を振って来たので、手を振り返しておく。
一パーティ六人という謎制限があるのだが、現在プライムを合わせて七人となっている為、プライムだけ別動隊の単独、レイドパーティ扱いだ。
HUDこそ小さいがHPやMPも視認出来る。
そんなプライムの服装はブラウスにスカートと相変わらずだが、何故だか妙に汚れており目を凝らせば手の甲には痣も見えた。
「何あれ、俺の居ない間に喧嘩でもしたの?」
「剣の練習だって。ヴァリスタが二、三回戦闘不能にしてたよ」
「えぇ……何やってんだあの二人……」
貴族の娘をいたぶるとは末恐ろしい娘だが、珍しく手加減はしているらしい。
俺とやり合う時もそれくらい手加減して欲しいものだが、もしかすればプライムを当てがっておけば俺に矛先が向かないかもしれない。
そんな暗い考えを抱きつつ眺めていると、ばっと二人は距離を取って鞘に納められたままの剣を構える。
荒野の決闘といった感じだが、剣をだらんと下げて相手の隙を伺うヴァリスタと、肩で息をし自分の呼吸でもって駆け出すタイミングを測るプライム。
実力差があり過ぎる。
微かに息が整ったプライムが袈裟に切り掛かって、ヴァリスタはそれを屈伸の要領で深く腰を落とし避け、胴に一本。
どんと鈍い音が鳴ってプライムは前傾に倒れた。
しっかりと左腕で顔を守って倒れた為大丈夫だろうが、一応の保険を掛けておく。
「回復飛ばしとけ」
「はいはい」
オルガの回復魔法でプライムの身体が淡く光ったのを確認して二人に近寄る。
「それくらいにしておけよヴァリー」
「なんで?」
「いや、プライム様なんだからさ……」
「プライムちゃんはやっていいって言ったよ」
それはそうなのだろうが。
いや、ならば文句を言う対象が違うのかもしれない。
どうしたものかと土塗れに倒れ伏したプライムの隣に腰を降ろし、捲れ上がったスカートを直していると、ぴくりと動いて顔だけをこちらに向けた。
「だ、大丈夫……平気だから……」
「何が大丈夫なんですかね」
抱き上げて洞窟の横にまで運びマントの上に寝かせてやると、HPが底をついた為か大変にだらしない顔付きとなっている。
「これまで寝たきり同然の生活をされていたんですし、何より一朝一夕で強くなれるものではありませんよ」
「だって私だけ戦えないじゃん……」
「殴り合うのは貴族の仕事じゃありません」
「これから冒険者になるし……」
「やめようね」
多分言っても聞かないのだろうが。
回復薬を取り出してその口に添えるといやいやと逃れようとするので、後頭部を押さえ無理矢理飲ませておいた。
他人から預かった娘に後遺症などがあっては困るのだ。
しばし休憩し動けるようになった所で、本日の宿を探しに行く。
「冒険者ギルドの横に大きい宿がありましたよ」
シュウの言うそこに行こうと思ったが、グレイディアに制止された。
「此処らに迷宮は無い。そういった地域の大宿に居るのは小金持ちか貴族か。私達だけならいざ知らず、今回はお嬢様が居るし目を付けられても面倒だ」
「ご迷惑お掛けします」
えへへと金髪を掻いたプライムは土埃に塗れてやんちゃな子供にしか見えないが、これでも名家ヘカトルの娘だ。
これまでその存在は公にされていなかったからとはいえ、目敏く擦り寄って来る者も居るという事だろう。
既成事実を作ってしまえば勝ち組だし。
大きい宿で休みたかったのか、肩を落としたシュウを慰めつつ、ピザの様に区分けされた鉱床の町を探索していると、手作業で掘削したり魔導具の水で洗い流したり、何処を見ても髭親父が働いている。
そうすると、やはり静かな親方の土地は特別なのだろうと思う。
風の街領主のアライブはライカの生育環境を不安視していたが、下手に奴隷で栄える町で生まれるよりは恵まれた環境なのかもしれない。
ナチュラルライフ的な。
しばし歩いてそこそこの宿を見付ける。
俺達がよく使う、高くもなく安くもない感じの宿だ。
そこに入ればまた髭親父が居て、髭親父が受付をして、髭親父が飯を食らい、髭親父が酒を飲んでいた。
髭親父だらけなのは嬉しくないが、見知らぬ土地での食事付きの宿は有難いし、下手に人族が居るよりは警戒せずに済みそうなので此処に決めて一晩を過ごす。
部屋割りは俺の一人部屋。
ヴァリスタ、プライムの二人部屋。
オルガ、シュウ、グレイディア、ディアナの大部屋。
何時もの様に俺の部屋に全員を呼び付けて夕飯を摂り、それはプライムも例外ではない。
大きな机を囲んで運ばれて来た食事は肉を中心とした物で、野菜は気持ち程度だ。
土地柄、新鮮な野菜は高級なのかもしれない。
「こうして皆で食事が出来るのは楽しいね」
「そうでしょうそうでしょう」
「……ライ君に会えて良かった」
「プライム様はお世辞が上手いですね」
プライムは剣の腕こそ悪いが、背筋を伸ばし最低限の動作でスッと肉を捌いて口に運ぶ様は一流だった。
ほんの一日前まで自分で食事するのも一苦労だったのだろうが、だからこそ身に付けた所作なのだろうか。
それを見たヴァリスタが何やら対抗心を燃やして真似し始めたのが微笑ましかったが、意外と良い相性で互いに好影響を与えているのかもしれない。
俺は工房の熱にやられたのか、その日はぼうっとしながら過ごし、すぐに眠りについた。
翌日――洞窟の工房。
「すいませーん! 昨日依頼した冒険者のライでーす!」
「いらっしゃいませ!」
適当に髭親父観光をして周り、昼過ぎになって洞窟ことライカの実家へと訪れると、大声に反応してどたどたとやって来たライカが扉を開け放ち、それはもう待ってましたとばかりに腕を引っ掴まれて工房に連れて行かれる。
鉄の反響は鳴りを潜め、中はひんやりと涼しく空気が澄んでいた。
魔導の火の炉は落とされて、暗い工房には岩肌に埋まる鉱石が反射する僅かな煌めきのみで、夜空の星々の様に輝いていた。
「つい先頃完成したんですよ!」
若干の疲労が見えるが、それを超える熱を感じる。
他の誰の目にも触れられる事のない赤と青の火花は少し前まで――つまり一昼夜打ち続けられていたらしい。
暗い工房にあって、俺の視界にだけは金床に佇む塵合金の剣が捉えられていた。
―― 剣
特殊効果
名は無い。
武器系統は剣であり、特殊効果もない。
火の炉は落ちても興奮冷めやらぬといった感じのライカに先導されて、金床の前に立つ。
「も、持てないよ……!」
ライカは自身が打ち上げた一振りに愛着を持ったようで、どうにかこちらに手渡そうとしてくれていた。
その姿があんまり可愛くて眺めていると、後ろから親方の呆れ声が届く。
「重過ぎてな。試し切り所かまともに構えられたもんじゃないぜ。だから性能は保障出来ねえ」
どうやら素振りすらされていない、まさに新品の状態らしい。
ロングソードだのグレートソードだのと名付かないのはそのせいもあるのだろうか。
ライカが腰を痛める前に自ら受けに行く事にする。
台座に載せられたままの塵から錬成された剣を、ライカの握る柄からしっかりと受け取って、持ち上げた。
ずしりと来る重量がよく手に馴染む。
「これが塵屑から練られた剣だなんて誰も信じねぇだろうな」
柄も鍔も刃も塵合金で形成された一振りは漆黒の剣。
薄く延ばされた部位は塵合金に結合された魔力が表出しているのか青い光沢を持っている。
刃は先に掛けて薄く青く鋭くなり、高級感も感じられる。
「熱を通そうにも簡単に移動させられねえのには参った。一応熔鉄をぶっかけてはみたんだが、馴染まずに弾かれた。その一部が表面に残っちまってる。結局あの剣以外何も通さなかった訳だ」
よく見れば所々に溶岩の様な物がこびりついている。
それでも丹念に剥がされたのか、塵合金が頑強過ぎて傷付かなかっただけか、漆黒に陰りは無い。
「振ってみせてくれよ」
顎で示された先は岩盤。
両手持ちにて、上段に構え振り被り、踏み込む。
腕、胸、腰、脚――剛腕から連なる全身の筋でもって出し得るすべての力を籠めて叩き付ける。
接触面からバチリと電流が走る様に紫電が駆け抜けて、岩盤に埋まる鉱石のひとつが砕け散った。
同時、こびりついた異物が弾け飛び、熔鉄の鞘から不滅の剣身が露わになる。
それは最高純度の塵の剣。
残身もなく振り切った一撃。
剣の切っ先はこぼれず、歪まず、不滅だった。
これならば俺の出鱈目な剣術にも耐えられるだろう。
「ありがとうライカちゃん。大切にするよ」
「はい! その剣で人々を守ってください!」
「出来る範囲で頑張るよ」
気分は伝説の鍛冶師だろうか。
ライカは小さな胸を張って塵合金の剣を見上げていた。
孫娘である小さな弟子に追い抜かれた雰囲気の親方もまた自慢げにその頭に手を乗せて、殺して来た鍛冶師の魂を抑え切れないようだった。




