第207話「魔導機関外縁鉱床」
暗い部屋の中、机を挟んでアライブ、クライム親子と話す内容は探る様なものではなく、ミクトラン王国側の追求の手が止んだ事が実感出来る。
それでも話が進まないのはキモとなる少女が居ないからだ。
しばし雑談の時が過ぎ、扉がノックされる。
アライブが入室を許可すれば、綺麗な装いを着慣れていない雰囲気の少女ライカが前回と同様トレイに茶類を載せてやって来た。
ぎこちなく机の横に着いてトレイからそれぞれの下に茶を配り終えると、白金の髪の下よりちらちらとこちらを伺って来たので声を掛ける。
「こんにちはライカちゃん。元気そうだね」
「はい、お久しぶりです!」
後ろ手に嬉しそうに答えて来るのは子供らしく可愛げがあるが、今日は少々大人の話に付き合って貰う必要がある。
「今日はライカちゃんのお爺さんにお願いしたい事があってお話に来たんだ」
「鍛冶の依頼……ですか?」
「やはり一見では厳しいかな?」
首を傾げてうーんと思い悩み、しばらくして返答される。
「ご注文は剣ですか?」
「そうだね。ゴーレムを斬っても折れないくらい頑丈な奴を」
「それが打てるかはわかりませんが、剣ならいくらでも在庫があると思います。お好みの物もあるかもしれません」
「それはありがたいね」
望みの一振りはあるだろうか。
この目で探すしかない。
ひとつ思案していると対面のアライブがとんと机を指で突き、視線を集める。
「ライカ、お前も行ったらどうだ」
「良いんですか?」
「しばらく顔を会わせてなかろう。彼はこちらに顔を見せる気はない様だし」
「そうですね……えへへ、ありがとうございます!」
温和な態度はプライムに会った事がそうさせたのだろうか。
しかしライカも行くというのは大丈夫なのだろうか。
主に俺という男に預ける事について。
「こと彼に関しては一筆文を認めるより確実だろう」
俺の疑念に気付いたのか、アライブはそう答えた。
軽く引き上げられた手が臨む先はライカ。
そちらに視線を戻せば彼女は得意気に、跳ねる様な笑顔を見せた。
「お爺ちゃんには私からもお願いしてみますね!」
「良いのかい?」
「この髪飾りを褒めて貰えたの、初めてだったので」
無邪気にはにかんで、白金の髪に浮かぶ武骨な髪飾りを撫でて見せる。
以前俺が褒めたのはスロット付きという高品質な機能面での話だが、あえてそれを訂正する程無粋ではない。
彼女にとっては間違いなく最高の髪飾りなのだろうから。
「じゃあついでにプライムも連れて行っていいよ」
突然アライブの横から警告なしに飛んで来た優男榴弾が回避出来ず、着弾する。
耳の中で言葉の徹甲弾が炸裂してから、ひとつ咳払いして回避行動に移る。
「そんな軽率な……」
「せっかく元気になったのに俺には遊んでやれる時間が無いしさ。そんなに嫌かい?」
「そうは言いませんが、愛娘を危険に曝す行為はどうかと思いまして」
「危険って? ライ君は無実の罪を晴らす為に電撃戦で活躍した剣士で、武器を注文しに行くだけだろう?」
危険なのは俺という無法者だと言えるはずもなく、口を噤む他なかった。
だがクライムが場当たり的に行動する手合いじゃない事は嫌というほど理解している。
これから奴隷密売の後始末に手間を取られるのだろう。
不正な契約の処理や現存している加担者への追撃、後ろ暗い貴族への排撃。
色々あるが、そういったごたごたの渦中にある家に娘を置いておきたくないのかもしれない。
「それにあの娘は君の仲間を友達だと思ってるみたいだし」
「ヴァリーの事ですか」
「鍛冶師紹介の報酬代わりって事で」
「……了解です」
最後の最後に丸め込まれて話を終える。
何故こんな面倒な話になったかと言えば、ライカの祖父が此の街には居ないからだ。
少々の遠出になるから危険性を排除する為に俺達のパーティだけで行動したかったが、切符代わりに少女達が必要らしい。
その後、バーへと戻るとクライムからは先方への手土産にいくつかの酒を持たされた。
種類は多くないが、ディアナが言うにどれも度数の高そうな物ばかりで厳選されているらしかった。
彼のバーは奴隷の箱庭としてだけでなく趣味と実益も兼ねていたのだろう。
ゲームに遊び、遊ばれていた俺と違い、そういった現実的な趣味を持っている事が少しだけ羨ましくもあった。
翌日、暗い空の下――遠く岩山を臨む此処はミクトラン王国の力が薄く及んでいる地帯。
ディアナの二日酔いが治ったのを確認して、風の迷宮街より南下する。
仲間達に加えてライカ、プライムの少女らは陣形の内に囲う形で連れている。
プライムは満足げに腰に剣を帯びており冒険者気分だが、こちらは気が気でない。
これから向かう岩山地帯にはいわゆる魔導機関と呼ばれる施設が在る。
名前だけは聞き及んでいたが、要するに魔導具の製造所だろう。
髭親父集団のドワーフらが管理する土地にそれがあり、販路がある。
今通っている街道がそれだ。
よく舗装され、貿易で強力な関係を結んでいる事がわかる。
それは酒や珍味といった嗜好品に始まり、彼らが得意としない布製品なども売りとして影響力を保持しているらしい。
対してドワーフ側は鉄製品の鍛造のみならず魔力に同調し易い素材の錬成に長けているらしく、魔導の外装をドワーフが鍛造し、内部構造を王国側が設計する事で、ひとつの魔導具を造り出しているという。
そうして互いに協力し合う体制を維持する事で衝突を避けているのだろう。
半日も歩けば着いた岩山地帯は近付けば周囲が柵に囲まれており、そこが彼らの領土だと解る。
「土臭いね」
「うん」
プライムとヴァリスタの率直な意見はその通りで、あまり心地の良い環境ではない。
警備も髭親父ならば町人も髭親父、どこもかしこも髭親父だが、どれも違う髭親父だ。
遠景に望む隆起した岩山を中心として円を描く様に地ならしされており、周囲には掘削現場が広がっている。
山を掘るというよりも地を掘っている風だ。
一帯はピザの様に領土が区画分けされているらしく、ぐるりと外縁を周ってライカの祖父の土地へと向かう。
山を遠くに臨んでいたが、いざ土地に踏み入ると足を付けている地面にもまた鉱物が視え始める。
それは視覚に映るターゲット表示においても如実に表れ、視線を移せばブラクラの如くウインドウが上書きされ続けくらくらする。
鉄鉱石に始まり何やら訳のわからない物まであり、鉱山というよりは金山というか、宝の山。
「すげぇ……此処ら全部?」
「そうですよ。一帯の所有権はお爺ちゃんにあります」
「マジかよ……」
所有権がドワーフから人族に移ったというだけで国が召し上げようと圧力を掛けていた理由が解る。
別の区画には多くの工場施設も見えるが、ライカの祖父の区画だけはあまり掘削されておらず、建物もない。
彼が延々と鉄を打ち続けているというのは本当らしく、此処での鉱石採掘はあくまで鍛造目的らしい。
土地の最奥部、隆起した岩山の前にまで辿り着きようやくと脚を止める。
「此処が我が家です!」
「お、おう……」
ライカが家だと主張するのは岩山をくり貫いた様な洞窟だった。
確かに扉も付けられているし、住もうと思えば住めるだろうが。
武骨な扉を押し開けて入ると、むわりとした熱気に包まれる。
岩盤の奥から反響する鉄の鳴り打つ金属音。
ライカの後に続いて行くと、異様に重厚な鉄の扉にぶち当たる。
漏れ打つ反響音は大きくなり、どうやら此処が工房らしかった。




