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第202話「遠雷」

 地下から戻ると、喧騒はすぐそこにまで迫っていた。

 すぐさま便器を元の位置に戻し、再び肩まで腕を入れて留め具を付け直す。

 これで工作完了だ。


 施錠を解き便所から出ると仲間達が振り返り、深く頷いて見せる。

 目を逸らされた、何故だ。

 唯一俺から目を逸らさなかったヴァリスタに言葉を投げる事にする。


「よーし、ちゃんと警備出来ていたみたいだな、偉いぞヴァリー」

「当然よ」


 外套を整えて軽い仕事だったとばかりにふっと肩を竦めてみせるのは誰の真似か。

 頬の染まったシュウがちらりとこちらに目を向けて、少しだけ頬を膨らませるような素振りをしてから、その想いを口にする。


「随分すっきりした表情ですね」

「ええ、後顧の憂いは断ちました」

「今夜はゆっくり眠れそうですね」


 仲間達につんけんされながら玄関へと目を向けると、丁度騎士達が乗り込んで来ている所だった。

 奴隷の絨毯に脚を阻まれ仕方なしに一人ずつ捕縛して屋敷外に叩き出しながら、遅々として御用改めに入る。

 指示を出し終わったクライムがヘルムを小脇に駆け寄って来たので報告する。


「こちらの目的は遂行しました。ご協力感謝します」

「……そうなのかい? まぁライ君が言うならそうなんだろう。では奴にすべての終わりを告げてやろうか」


 悠々と廊下を闊歩し、領主の部屋へと舞い戻る。




 領主邸に到着した騎士達により次々と扉が蹴破られて行く音が響く。

 立ち入った部屋では残されていた奴隷達も狩られているのだろう、物が破壊されるような音と共に激しい戦闘音も聞こえ始めて来た。

 その轟音は次第にこの部屋にも近付いており、過剰に縛られ転がされたままのフォボスを見下ろして皮肉ってやる。


「聴こえるか、稲妻の紋章が泣いているぞ」

「ふん、何を戯けた事を」


 あの地下密売の場にあった稲妻のタペストリーは、二度と見る事は無いだろう。


「私が暴露すれば貴様は終わりだ。勇者、龍撃、奴隷使い、塔のライ、多くの名を誇る貴様に新たに罪人の称号もくれてやろう」

「本当に?」

「余裕がありそうではないか」

「王様の膝に縋って進言してみろよ。便所の下に天国があるってさ」


 空色の瞳を白黒させて、ようやくと言葉の意味を噛み砕いたフォボスは雁字搦めの身体を起こそうともがいた。


「まさか……貴様! 下郎めがッ!」

「全くその通りだな。俺は下賤な生まれなもんで、便所掃除は慣れてるんだ」


 その会話に置いて行かれたクライムが隣で疑問を口にする。


「どういう事だい?」

「後で騎士団が乗り込む事になりますよ」

「ああ……なるほど。そういう事か。盲点だった」


 クライムも合点が行った様で、ふっと鼻で笑ってフォボスを見下ろした。


「さて、共謀者ともの罪は晴れた。これで安心して突き出せるという訳だ」

「お待ちくださいクライム様! その様な真似をすればクライム様もただでは済みませんぞ!」

「愚鈍な奴め。未だ気付いていないのか」


 クライムは心底軽蔑した様な、冷えた眼差しを見せた。

 この優男が初めて覗かせた本気の敵愾心だった。

 ぞくりとしたのは俺だけではなかった様で、フォボスは芋虫の様に身体を蠢かせて距離を取った。


「長い間ご苦労だった。その働きには感謝する」

「何を仰られているのですか」

「まったく、気の長い話だよ。密売組織とそれに与する個別の無法者の摘発が為、無秩序な集合体に関与する必要があった。我が国に属する真っ当な奴隷商人達は協力的だったぞ。不正な手段で隷属化する事に憤りを覚えていた様だったからな」


 やべー奴の集合体――俺もそれに類する者だと思われた訳だ。

 そうして奴隷商人達は“やばそうな奴”に密売ルートをそれとなく、あくまで不正であるとしながらも紹介し、まんまと引っ掛かるクズを吊るし上げていた。

 俺もその釣られた男の一人だという事に相違はない。


「貴様が取り仕切る様になったのは想定外だったが、結果此処まで肥大してくれた。地下に根を張りその周囲の膿を吸い上げるまで随分待ったぞ」

「しかし……ならば迷宮街を管理する高位の家系にありながら競売へ参加し、あまつさえ地下組織を摘発せずにいたクライム様もまた咎人ですよ」

「そうだな。俺の名は歴史に残らない。いや、遺すべきじゃない」

「な、ならば何の為に……?」

「だがその働きに準じて貴様の名はしっかりと刻んでやる」


 剥き出しの殺意。

 この件はクライムに一任されている。

 殺しのライセンスを付与された優男にここまで言わしめた時点で助かる道はない。


「俺は娘が無事なら他には何も望まない。我欲に塗れ他者を蔑ろにして来た貴様には解らんだろうな、フォボス」


 フォボスが恩情を賜る事はない。

 公的に処刑されるのだろう。

 それを悟ってか、フォボスは次第に呼吸が荒くなり、無理矢理に上体を起き上がらせて怒鳴り始めた。


「少しばかり王族に目を掛けられたからと調子に乗りおって……! 上に立つべきはヘカトル等ではない! 剣士としての武勇を誇り、姫の騎士と成り、エニュオはもっと大きな存在に成るはずだった! それがクライム! 貴様が遊び半分で始めた冒険者の真似事で、貴族における武力の在り方が矮小化されてしまった!」

「別に遊びでやっていた訳ではない。それに近衛騎士にまで登り詰めたのは彼女自身の努力に依るものだろう」

「戯言をッ! 上の世界から落ち延びて来たエニュオへ衣食住を提供したのはこの私だ! 剣を教え、魔法を教え、多くの資金を投じて来た! 私が居なければ……!」

「彼女は奴隷じゃない。貴様が居なければ他の誰かが面倒を見た。それだけだ」


 捨てる神あれば拾う神ありとはよく言ったもので、俺はこの世界におとされてからギ・グウというあろう事か殺意を向けたゴブリンに助けられた。

 言い得て妙だなと納得する俺に対し、フォボスはそうではなかった。

 ギリギリと歯を擦り鳴らし、言い負かされたからか、あるいは言葉が尽きたのか、その顔はぐりんとこちらに向けられて飛び火した。


「貴様もだ!」

「は?」

「此の地においては迷宮街を統治する者だけが莫大な利益を享受し、それを占有している。一度定められた領主はそうそう動くものではない。どれだけの働きを見せても変わらないのだ、迷宮街の支配権は! だが魔族との戦闘で国が疲弊し、トラロックにも隆盛の機会が巡って来る……はずだった! だのに天来の力を振るう貴様が好き勝手に暴れ、この様だ!」

「知らないよ。俺だって戦いたくて戦ってるんじゃない。そんなに領地が欲しいならエニュオさんにばかり戦わせていないで、その手で魔族でも倒して見せれば良かっただろう。お姫様は強い男が好きみたいだし」

「神の寵愛を受けた者には解るまい! 天はついぞ私に味方される事はなかったのだ!」

「あのさぁ……」


 溜め息も吐く。

 確かに異質なスキルを付与された異世界の人間には理解出来ない部分もあるだろう。

 だが貴族の位を鼻に掛けず冒険者としてモンスターを狩るクライムという男を前にして勇者の称号を持ち出すのは無礼に過ぎる気がした。




 倒錯しながらひとしきり叫び倒したフォボスは、ぜえぜえと整わぬ息の中、泳いでいた瞳が動きを止め何事かを思いついたかの様に口角を吊り上げた。


「そ、そうだ……アライブ……」

「父がどうした?」

「アライブを我々の手で討ち倒し、風の迷宮街を支配しよう! 我々と勇者ライの力があれば建国も夢ではぶっ!?」


 その下劣な顔を蹴り飛ばし、血を噴きながら倒れる様も見ずにクライムは去って行った。


「愚鈍過ぎるぜ、お前は」


 フォボスが窮地で思い至ったのはクライムとその父アライブの不仲な関係。

 アライブは冷徹だが、この男の様に冷血ではない。

 クライムの娘を中心として生まれた不和は、娘を愛する父親と、息子を心配する祖父と、それぞれの立場が生んだ擦れ違いに過ぎない。


 それがこの男には見えていない様だった。




 ひとつの闘いが終わった。

 王の瞳に見張られて、俺にとっては短く、クライムにとっては長い、邪悪なる闘いが。




 その後、すぐに帰還する事は出来ず、奴隷の捕縛や証拠品の回収、多くの事務的な作業が終わるまで俺達のパーティは戦後処理を眺めて過ごした。

 俺もクライムも便所の下の天国ディストピアは知らぬ存ぜぬで居たが、破壊したタンク部分がマーキングとなったか一人の騎士が違和感に気付き発覚した。

 見事に闇の隠し財宝を突き止めた男をクライムと共に称賛しておき、彼に功績を擦りつける。


 破壊され道が示された便所に騎士達が雪崩れ込んで行く様は中々にカオスな見世物だった。

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