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第200話「空蝉の夜」

 外套の下で失ったロングソードを補填しつつ入場した領主邸はかなり広大な敷地を有していた。

 庭などはほぼなくそのほとんどを家屋に割いている様で、大仰な玄関を静かに開けると大きな廊下が目に入る。

 絨毯も敷かれて小綺麗に整えられているが、その左右、等間隔に槍を携えた者が居た。


 容姿はゴリラの様なおっさんから子供まで様々だが、見える限り鎧などは着込まず、綺麗な装いをしている。

 能力を盗み見ればどれもが奴隷で、目を凝らせば隷属の首輪も見えた。

 衛兵は表に居た最低限の者だけで、奴隷に身辺警護をさせているのだろうか。


 等間隔に並んでいるのは、点在する部屋と部屋の間に立っている為だ。

 かなりの数、左右共に二十人近く居る。

 幸い能力的に負ける相手ではないが、一対多は望むところではない。


 背後、町の大通りに視線を向けるが、仲間達はまだ暴れている様だ。




 じきにこちらに踏み込んで来る騎士も出て来るだろうから、待てる程の余裕はない。




 覚悟を決め両の腰のロングソードを抜き放ち肩で扉を押し開けて踏み入ると、こちらに気付いた付近の奴隷と目が合って、槍を脇に構え、突撃して来た。

 それに呼応して対面側の奴隷もこちらに向き直り、構え、突撃。

 突撃は一心不乱といった感じで鬼気迫るものを感じるが、何か動きがぎこちない。


 気味の悪い感覚を覚えながら切っ先をいなして肩口を切り付けてやると、前に向けた槍はそのままに、突撃の勢いも殺さず血を噴きながら滑る様に倒れ込んで行った。

 もう一方の側から走り込んで来た奴も同じように流し切ってやると、これまた走力をそのままに無様な戦闘不能を曝す。

 いくら絨毯敷きとはいえ全力疾走したまま倒れ込めるものだろうか。


 普通、生存本能で顔や体を守ろうと無意識に動くものだろうが、これではまるでNPCを相手にしているかのようだ。

 開戦の音を耳にして連鎖する様に次々と奥の奴隷達が反応し、どいつもこいつも一拍置いてからこちらを見て、構え、突撃の手順を踏む。


 剛腕で脚腰の貧弱化した俺としては、わざわざあちらから向かって来てくれるのはやりやすい。

 そのまま突撃の波を右へ左へとまるで音ゲーの要領で切って捨て、数分もしない内に玄関には奴隷の絨毯が出来上がった。

 肉の壁――もとい肉の床となり、多少は時間も稼げるだろう。




 入り口からひとつずつ部屋を荒らして周る。

 目に入る資料らしき物は片っ端から謎空間にぶち込み、魔導具で出来た電灯ならぬ魔灯も叩き壊し、襲い掛かる者があれば無力化していく。

 マップ機能のおかげで部屋に入る前から戦闘体勢が取れるため、部屋を開けた瞬間に扉の裏など潜伏場所に剣を突き立て、奇襲は効かない。


 これがヴァリスタなどであれば簡単に回避し反撃して来るだろうが、此処の奴隷は愚鈍だった。

 まるで『ヨシ!』と指差し確認でもしているかのように、目視、確認、構えとどいつも機械的にステップを踏んでから攻撃に移る。

 おかげで苦戦もせず戦闘不能に出来ているのだが、殺し合いにご安全も糞も無い。


 それは隷属の首輪で思考を強力に抑制されている為に生じた不具合みたいなものだろうから、問題があるとすれば奴隷の主人の方だ。


 とはいえ頭数だけ見れば『過剰に奴隷を飼っている』というクライムの言は事実で、まさに過剰戦力だった。

 貴族とは領地の経営や騎士団の管理なども業務内容に含まれているのだから、余剰資金を自宅警備に全振りしていれば首が回らなくなる。

 特に奴隷を配した場合、先々までの衣食住を提供する義務が生じるからだ。


 ヘカトル家を参考にすれば、獣人の狂戦士ゲインスレイヴの様な強力な奴隷を一人、そして陰から身辺警護を行う隠密を数名がいい所だろう。

 迷宮街を治める領主ですらそれなのだから、こんな郊外の町で資金繰りに余裕があるはずがないのだ。

 一人で戦争でもするつもりだったのだろうか、此処の領主は。




 屋敷を改めていれば当然便所などにも当たった。

 文字は読めないがいかにも『入らないでください』といった風な立札が置かれていた部屋などは期待して開けてみたが、これもただの便所だった。

 三部屋並んだ魔の便所地帯を抜け、真ん中の便所だけ工事中という事らしかった。


 手間取られて舌打ちも出てしまう。




「こいつぁひでぇや」

「来ましたね」


 いくつか部屋を攫い廊下へ戻った時、くぐもった声に振り向くと、騎士達の先導を切り上げ追い付いたクライムが居た。

 彼は槍を獲物としており、腰には帯剣もしている。

 迷宮ではヘルムは被っていなかったが、対人戦闘だからか、あるいは公務である為か、ヘルムも装備し一般的な騎士の装いとなっている。


 優男は隠れ潜み、甲冑の上に外套までも羽織り、光の反射を抑える為かフードまで被っている為、まさに暗殺者の様な出で立ちで中々凶悪に見える。

 そんな彼が奴隷の絨毯を石突で突きながら戦闘不能を確認しつつ入って来たので、無事に合流する。

 戦闘だけなら問題ないが、貴族の邸宅を攫うにはノウハウがない為、丁度良かった。


「いくらか見周りましたがそれらしき物は見当たりません。何処を洗います?」

「片っ端……と言いたい所だけど、一番可能性の高い領主様の部屋に行こうか。直接話も聞けるだろうしね」


 顔は見えないがヘルムの下には邪悪な笑みを湛えているのだろう。

 足早に館の最奥部、領主の部屋へと向かった。




 領主の部屋、大扉の前で剣を構えて押し入ろうとすると、クライムにひとつ提案をされた。


「様子を伺いたい。何処に隠しているか探る必要もあるしね」


 それに乗る事にして、一人フードを脱いで顔を曝すと静かに大扉を開けた。


 一人で使うには大きすぎる机と華美な椅子が見えて、そこに腰掛ける壮年の男。

 くすんだ金髪の下からは空色の瞳がこちらを伺っていた。

 何かしら自信があるのか、焦りは見えない。


 その能力値を盗み見て、少し困惑する。



フォボス・トラロック 人族 Lv.26

クラス 剣騎士


HP 780/780

MP 130/130

SP 26


筋力 520

体力 390

魔力 130

精神 390

敏捷 390

幸運 390


スキル 剣術 光魔法



 名はフォボス・トラロック。


 トラロックの姓だ。

 エニュオの父親だろうか。

 しばし混乱していた俺に、フォボスはずいと身体を前に倒して言葉を投げて来る。


「勇者ライだな」

「冒険者だ、二度と間違えるな」

「そちらの方は?」

「俺の仲間だ」

「仲間? 奴隷の事か?」

「詳しいみたいだな。俺の追っ掛けか?」


 隣に立つクライムはヘルムにフードを被ったまま黙しており、適当に話を合わせておく。

 フォボスはいやに冷静だが、外の喧騒は此処にまで届いている。

 戦闘行為に気付いていないはずはなかった。


「何が起きてるかくらいわかってるんだろ?」

「……取引をしよう」

「ほう」

「最高の奴隷を確約する」

「興味ない」

「欲しいのは強力な手駒ではないのか」

「これでも俺は目が利いてね。自分の目で視て仲間を選ぶ。他人の選んだ剣に命は預けられない」


 拒否を続けると、フォボスには少し苛立ちが見られた。


「私と共にあれば通常出回らない奴隷を提供出来る。協力するんだ」

「あんたらの思い描く最高峰ってのは俺のそれとは違うんだ。商人らしく奴隷を量産していれば良かったものを、欲をかいたな」

「私は商人ではない! 貴族だ!」

「どうだか。民草を摘んで売り捌く貴族なんて聞いた事もないぜ」

「……あくまで拒絶するか」


 話が噛み合わない。深く溜め息をついて気を入れ直す。


「そうだな。出来るなら俺の情報を消してもらいたい」

「ふ……それをすれば私の命が無いではないか」


 ちらと部屋の隅の小さな金庫に目が行ったのを見逃さなかった。

 どうやらあそこに何かしら隠しているらしい。


「そこだな?」

「だとしてどうする? 鍵はない」


 肩を竦め、両手を軽く上げて、何も持っていない事をアピールして見せる。

 やけに余裕がある。

 金庫を見れば魔力刻印が掛かっているのが解った。

 これによって特殊な錠でも掛けられているのかもしれない。

 だとするとフォボス自身の魔力が鍵か。




 解答を得られた事でここまで黙していたクライムが言葉を発する。


「フォボス・トラロック殿。賊の首領に堕ちた貴殿と我々の関係は決して対等ではない。お気付きだろうが、成敗に参った」

「正義の味方気取りか」

「実際そうなのだから仕方ない。残酷だな、まつりごとって奴は」


 フォボスは目を細める。

 殺戮の音色が近寄る中ようやくと懐柔出来ない事に気付いた様で、静かに立ち上がるとこちらに歩み出た。

 向き合う形で会話のドッヂボールが再開される。


「しかし地下の取引に参加していた事実は揺るがない。私を捕縛すれば貴様も道連れだぞ」

「証拠があればな」

「国軍に参加したのは失敗だったな。国が許す訳……」

「許すさ、俺が許す」


 いよいよヘルムを取り払ったクライムにフォボスの顔が驚愕に染まった――途端だった。

 クライムは一瞬の隙を見逃さず横合いから槍を膝に叩き付けると、跪かせた。

 その頭を床に押し付けて腕を掴み上げると、身動きが取れないよう体重を乗せて組み敷いた。


「クライム……様!? 何故この様な所に!」


 驚きと息苦しさとで顔を歪ませるフォボスだが、しかしその口元にはまだ笑みが残っている様に見えた。

 クライムがその頭を引き上げぐっと上体を反らさせたので、がら空きになった腹部に拳を捩じり込み嫌らしい笑みごとHPを削り取っておく。

 途端動きが鈍くなったフォボスの手足を縄で縛り上げると、剛腕で引き摺って金庫の前に連れて行く。


「開けろ」

「無理だ」

「何だと?」

「言っただろう。鍵はないのだ」


 埒が明かない。


「少し出ます」


 部屋の中央へフォボスを放り投げて身柄をクライムに任せ退室する。




 廊下に出ると、警備の交代時間なのか、未探索の部屋から出て来た奴隷達が玄関付近の惨状を気にも留めずに等間隔で立ち並んでいた。

 それがまた玄関から丁度入って来た外套に身を包んだ黒い一団を見付け、槍を構え、突撃を始めた。

 新たな侵入者は小柄な者が二人、普通程度が二人、大柄な者が一人。


 外套の裾から覗く身の丈に合わない長大な剣をギラつかせる小柄な司令塔がバッと左腕を払うと、五人が暗く歪み、その足元に影が落ちる。

 それと同時に小さな影が奴隷の絨毯を音も無く踏み抜いて、弾丸の様に飛び出し先陣を切った。

 爪状の盾を持つもう一人の近接が槍を押し留めると、その背後から鋭くつがえられた矢が放たれ、続く火球が炸裂した。


 グレイディアを中心とした別動隊だ。

 俺より指揮が上手いのではないかと思ってしまうが、それは心に留め置く。

 あちらは弓や魔導書がある為、俺が近付く間もなく片を付けられるもその足で合流する。


「悪い、少しはしゃぎ過ぎた。遅れたか?」

「いえ、丁度良い頃合いです」


 グレイディアの言うはしゃぐとは一体。

 多分人斬りの事なのだろうが、聞かなかった事にする。

 すぐにグレイディアに預けていた騎士剣バタフライエッジアグリアスを受け取り踵を返す。




 再び領主の部屋へと引き返し、更に縄を重ねられているフォボスを横目に金庫の前に立つと、騎士剣を上段に構え、貫通効果を持って殴り付ける。

 パキリと音がして、金庫が若干だが歪み、隙間が生まれた。

 騎士剣を置き、生まれた隙間にロングソードの切っ先を突っ込み梃子として無理矢理に破壊する。


「何と言う膂力……」


 フォボスの言葉を無視して金庫を漁る。

 光り物がわんさと出て来て嫌になりながらすべてを掻き出すと、一番奥、底の方に金の塊があった。

 それだけだった。


「おい……これだけか?」

「クックック……突然金庫破りなどどうしたのだ? なるほど、そうかそうか。わかったぞ。貴族の保有する財が目当てなのだろう? 勇者ライよ。それでクライム様に接触したのだな?」


 その挑発を無視しクライムは持っていたありったけの縄を巻き付け終わるとフォボスを転がした。

 それを見届けて部屋を出る。




 ようやくひと段落した所でグレイディアがフードを軽く引き上げ見上げて来る。


「首尾は」

「芳しくないですね」


 俺の回答を聞いて、グレイディアはクライムに話を投げた。


「如何しますか? 既に騎士達も戦線を押し上げて来ています」


 その報告を聞き少々の間を置いて答えは俺に返って来た。


「この館に在るのは確かだ。それに奴も何も知らない風ではなかった」

「あからさまでしたからね。何処かに隠しているんでしょう」

「このまま王に引き渡されると交渉材料にされるだろうね」


 大人達が思い悩むのを見ていたヴァリスタが、面倒くさそうに漏らす。


「殺しちゃえばいいのに」

「それは最終手段だな」


 大変に柔軟で有効な手段だが、恐らく一時凌ぎにしかならない。

 何より王国側には時間も人員もある。

 脅迫、拷問、人海戦術――どれを取っても規模が違い過ぎる。


 総力を挙げれば隠し場所など見付けられるだろう。

 HDDドリルよろしく責任逃れに証拠品をぶっ壊してくれていれば良かったのだが、どうにもそういった様子ではない。


 恐らくその在り処は奴のみが知り、奴自身の手で隠されている。

 だから間者にもその所在が伝わっていない。

 証拠隠滅をするにしても、口封じをするにしても、この場でどうにかしなければならない。




 溜め息を吐き、ひとつ冷静になって考える。


 魔導具の維持には魔石が必要だ。となると隠しやすさというよりも“隠せる場所”が必要なはず。

 大前提として魔石を積んでよりそれなりのスペースも確保出来、かつ安置しておける立地条件。

 それらを満たし、尚且つ簡単には見付からない――あるいは探そうとも思わない場所。


 地下組織の連中が隠しそうな場所――。


「ははぁ……」


 引き攣った笑みが漏れた。

 心当たりがあったからだ。

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