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第2話「メニュー確認」

「では、今宵はゆるりと休むがよい」


 そう一言だけ告げて、王っぽい髭親父は去って行った。

 勇者一行としてミクトランに滞在する事になった俺達は、明日から塔の説明を受け、戦闘訓練を行うらしい。

 意味がわからないのだが、学生の大半――特に男子生徒はテンションが高い。

 そして俺は――


「勇者様」

「勇者様!」

「ゆ、う、しゃ、さ、ま!」


 そして俺は、ナナティンに上目づかいで見つめられながら、現在の状況をなんとか理解しようとしている。

 この熱い手のひら返しは、まるで気持ちの良いものではない。

 ついでに背後から突き刺さるエロガキ共の視線が痛い。


「先程も言いましたが、私は巻き込まれて召喚されただけです。それに戦いなど無縁の国から来たのです。元の国に帰して頂けないでしょうか」

「そうそう! 私も帰りたい!」


 これは俺の本音だ。

 それは俺もスキルが気になってつい興奮してしまっていたが、能無しであればもはやこのミクトランに滞在する意味は無い。

 というかよく考えたらこれ、モンスターと戦うとかそういう事なのだろう、そんなの絶対無理だ。


 クソビッチちゃんだけ乗って来たが、それ以外の者は声を上げない。

 ミクトランに留まる決心がついているのだろうか。

 俺はさっさとクーラーをガンガンにかけた部屋でゲームがしたい。


「勇者様……それほど私がお嫌いですか?」

「いや、ナナが嫌いとかそういうのではなくてですね。私だけクラス村人で、スキルも持っていないのですよ。邪魔になってしまいます」

「しかし勇者の剣があります。勇者が剣を持って現れる……それは伝説の勇者という事。つまり貴方様こそ、この国の繁栄に欠かせない存在となると確信しております」


 だから勇者じゃねえっつってんだろ、とはお姫様相手に言えないのが辛い。

 だいたいこの見た目だけ凄いキュッポンソードがあった所で何が出来るというのか。

 というか何でラバーカップが剣になってんだよ、おかしいだろ。


「正直に話しますと、帰れません」

「は?」

「え?」


 さすがに全員呆然とした。


「ですが、あの塔の頂に到達すれば願いが叶うとされています。そしてあなた方にはあの塔を攻略して頂きたいのです」


 ナナティンの視線の先は、俺達の背後だった。

 振り返ると、謁見の間の開かれた扉の先には空が広がっていた。

 澄み切った空の下には城下町が広がり、しかし山や川は一切見えなかった。

 もしかすれば此処は、高地に建てられた王国なのかもしれない。

 そしてその視界の中央には天を穿つ巨大な塔があった。


「あれを、登れと」


 俺達にロッククライミングでもさせるつもりなのか。


「あの塔の内部には数多のモンスターが潜んでいます」

「なるほど、それを倒しながら登って行くと」

「さすがですね。その通りです、勇者様」


 褒められても嬉しくねえ。

 要するに、その願い事のために拉致られて、戦わされて、帰りたければ登り切れというのか。

 あんまり酷すぎるのではないだろうか。


「しかし私はレベル1ですよ」

「確かに私もその年齢でレベル1というのは初めて見ましたが……。レベルなど、上げれば良いのです。勇者様が戦士達とひとつのパーティとして行動すれば――」

「安全にレベリングが出来るという事ですか」

「うおお! やっぱゲームみたいだ!」


 ゴリくんが嬉しそうに言う。

 確かにゲームっぽい雰囲気だが、この剣を握る手には確かな感触がある。

 意識だってはっきりしているし、現実なのだろう。


「明日からは戦闘訓練が始まります。皆様、今日はゆっくりとお休みください」




 そうして俺達は割り当てられた部屋へと案内された。

 俺だけ離れた部屋で、隅には机と椅子が、中央には妙に大きな天蓋付きのベッドがあった。

 ベッドに腰掛け、溜め息をつく。


 ナナティンはあの塔を登らなければ帰れないというが、例え帰還方法があったとしても教えてはくれないだろう。

 俺達勇者は――俺はキュッポンソードを持っているだけの村人だが――凄いクラスと凄いスキルを与えられて召喚された、体の良い戦闘兵器だ。

 平均十六歳という肉体的に成熟した状態というのも、育成の手間が省けて良いからなのではないだろうか。

 例えば国力を失わずに使い捨てられるという利点があるし、偏った知識を植えつけ洗脳に近い教育を施す事も可能だろう。

 とはいえ俺のネガティブな予想に過ぎないし、帰りたければ塔を登らなければならないという事実は変わらないが。


 しばらく思い悩んでいると、扉がノックされる。


「どうぞ」

「来ちゃいました」

「……」


 顔を覗かせたのはナナティンだった。

 俺の向かいで椅子に座り、見つめて来る。


「何かご用でしょうか」

「勇者様とお話したいなと」

「その、出来れば勇者様というのはやめてもらえませんか」


 勇者様と呼ばれると馬鹿にされているように聞こえてしまうのは、ネットゲームのせいかもしれない。


「では何とお呼びすればよろしいでしょうか」

「霧咲で」

「では、キリサキ様と」


 にこりと笑むその表情は、実に美しい。


「キリサキ様は、軍人ではないのですか?」

「違いますよ、ただの清掃員です」

「それはよかった……。では何故、伝説の勇者に選ばれたのでしょう」


 召喚したのはそちらなのに、俺がわかるはずがない。


「召喚された連中の中で唯一棒状の物を持っていただろうというのは関係しているかもしれませんね」

「棒状の物……武器でしょうか?」

「武器というか、ただの掃除道具ですよ。あまり女性に聞かせる話でもないので」

「そうですか」


 とびきりの笑顔を見せてくれた。

 とんでもない美人だな。


「しかしスキルというのは後天的に取得出来ないのでしょうか。何故か剣は持っていますが、扱いはからっきしなので」

「その点は安心してください。人によりますが、修練を積めば後天的に発現させる事は可能です。伝説の勇者様ですから、剣術スキルは明日からの戦闘訓練で発現するでしょう」


 とすれば、とりあえず何も出来ずに死ぬという事態は避けられるのだろうか。

 正直スキルも発現せず戦わなくて済むならそれが一番なのだが、戦う必要があるような世界という事は結局自衛手段は持っていなければいけない。


「ところで魔王とか存在するんですか?」

「魔王……ですか。昔は存在していたのですが、伝説の勇者に倒されてよりお伽話の存在になってしまったようですね」

「ほう。ではもしかして、魔王を倒した伝説の勇者というのが……」

「剣を携えて現れた勇者です」

「なるほど」


 その古い伝説の如く現れたのが俺だったという訳か。


「伝説の勇者もやはり私達のように召喚されて?」

「はい。ですから貴方様なら成し遂げてくださると信じています」


 満面の笑み。

 ああ、伝説の勇者もまた俺と同様に迷惑な召喚で拉致され、こういった手合いに乗せられ戦ったのだろう。

 そうしてみると、塔を登るというのは魔王討伐よりはマシなのだろうか。

 さっさと帰りたい俺にとってはマシもクソもないというのが本音だが。


「先程は塔を登るという話だけを聞きましたが、目的は何なんですか?」

「この国、ミクトランに繁栄をもたらしたいのです」

「繁栄……。失礼ですが、ミクトランは貧困状態なのでしょうか?」

「国自体は決して貧困ではありませんよ」


 では繁栄とは一体何なのか。


「それでは何故、塔の頂を目指すのですか?」

「塔が存在する国ですから、かつては神に最も近い国として勇者を召喚し、魔王との闘いを最前線で行っていたのです。しかし魔王という絶対の脅威が去った後は、皮肉な事に塔という存在を中心として周辺国家との争いが絶えなくなりました」

「願い事が叶うから、塔が羨ましいと」

「そうして争いが起こる限り、平和というものは訪れないのでしょう」


 塔は天高く、肉眼では捉えられない程長大にそびえている。

 だから、その頂には神が居ると考えられているのか。

 そしてこのミクトランという国は、要するに戦争終結が望みなのだろう。

 ミクトランと周辺国家の状況は知らないが、戦争の無い国から来た身としては戦争終結という目的自体は望む所ではあるが。


 そういえば、魔王がいた世界という事は、どうしても聞いておかなければならない事がある。


「ところで、魔王がいたという事はエルフや獣人なんかもいるのでしょうか?」

「……ないですよ、亜人なんていません。人族しか、いません」

「そうですか……」


 残念だ。

 こういった剣と魔法の世界では定番だと思っていたので本物を見てみたかったのだが、現実は甘くないという事か。


「それではキリサキ様、私はこの辺で」


 軽く会釈してナナティンを見送った。




 大きすぎるベッドに寝転んで、ぼうっと天蓋を眺めて思案する。

 果たしてこれから、どうなってしまうのかと。


「こんなゲームっぽい世界ならメニュー画面のひとつでも欲しいよな。敵の能力見れたりとか出来れば良いんだけど……ん?」


 何か、右下の視界の隅にアイコンが見えた。

 急展開のせいで今まで気付かなかったのだろうか。

 おそるおそる手を伸ばしそれに触れると、視界の中央横一列に文字が浮かび上がる。


「おえっ」


 なかなかに気持ち悪い光景だ。

 視線を動かしても追従して来るから、こう、網膜に張り付いているみたいだ。

 逃げる様に目を瞑ったのだが、それでも表示されたままなのはなかなかホラーかもしれない。

 どうやら指で触れずとも、意識で操作出来るようだ。


「アイテム、装備、ステータス……って、これメニューか?」


 こういう時はとりあえずオプションだ。

 すると、今度は縦にスクロール出来る形で項目が出現した。

 なるほどこれはチートだ。

 完全にゲーム画面の様相を呈している。


 言語補正のオンオフがあったので、これで異世界言語を理解出来るようになっているみたいだ。

 同時に俺達が話す言葉も補正が掛かり、こちらの言語として認識されているのだろう。


 一通り弄って、色々と表示させておいた。


 自分のHPMP、ターゲットの詳細表示、時計、マップを表示させた。

 スマホの時間と併せて見ると、あちらの世界と時間の流れは同じだったようだ。

 使う機会は無いだろうが、スマホは使用しない時は電源を切っておく事にする。


 此処は異世界なんだろうが、あちらの世界と時間の流れが違う場合が一番怖いのではないかと思った。

 例えばもし一日が十二時間として回っている世界だったなら、一日が二十四時間を基本としていた俺達には睡眠間隔が短すぎて非常に生きづらそうだ。

 毎日昼寝付きとでも思えばむしろ長生きしそうではあるが。


 しかしこのメニュー、最初から表示されていなかったのは幸運かもしれない。

 もしこのメニューが最初からあったなら、俺は現実味を失い、ゲーム感覚でいただろうから。

 オプションが終わったので、次はステータスを見てみる。



霧咲未来 人族 Lv.1

クラス 村人

HP 10/10

MP 0/0

SP 0

筋力 10

体力 10

魔力 10

精神 10

敏捷 10

幸運 10

スキル スキル?



「ひっでえなこりゃ」


 はからずもミクトランの一般人の能力がわかってしまったが――いや、年齢イコールレベルであれば、平均以下か。

 謁見の間でのナナティンの口ぶりから察するに、やはり年齢に比例するとみていい。


 普通は人体が成長し切る十六歳から二十歳辺りまでは勝手にレベルが上がるのではないだろうか。

 今の俺は赤子レベルの戦闘能力なのかもしれない。

 本当に村人ならばさして問題はないだろうが、仮にも勇者一行として戦うならこのステータスはまずいだろう。


 MP0というのも辛い。

 少なくとも村人である限り魔法が使えない宣言な気がしてならない。

 燃料が無ければ練習も出来ないだろうから、魔法の習得は絶望的か。


 SPというのはスキルポイントだろうか。

 よくある技を使うのに消費するポイントなのか、はたまたスペシャルなポイント……ボーナスポイントのようなものなのか。

 こちらも数値が0なので考えても無駄だが。


 もはや村人である以上、レベルが上がるまでは何を考えても無駄だろう。




 次は装備だ。

 といっても抜き身で持つラバーカップの化身、キュッポンソードしかない。

 蝶を模した金の鍔を持ち、深い紺藍の刀身が刃に向かってグラデーションのように綺麗なマゼンタで彩られた、およそ初期装備とは思えない代物だ。



バタフライエッジアグリアス 騎士剣

特殊効果 逆光 神速 貫通 HP自動回復 MP自動回復



「名前長っ」


 バタフライ先生俺より強いじゃないですか。

 逆光はよくわからないが、神速は凄い速度で攻撃出来る……のだろうか、使ってみないとわからないな。

 貫通というのは防御力無視効果だろう。

 どうすっかなこれもう、カテゴリーが騎士の剣だしあのイケメン辺りに押し付けて勇者引退とか出来ないだろうか。

 でもそんなことして塔攻略から外されると、あちらの世界に戻れなくなるんだろうな。


「はあ……」


 クラスもスキルもあんな事になっている俺にはキュッポンソードしかない。

 帰りたかったらあの塔に行くしかないというのは、なかなかに気分が悪い。




 次はアイテムを開いてみると、「バタフライエッジアグリアス×1」と名前と個数が表示された。

 それをクリックしてみると、小窓が開いて操作できるようであった。


「収納?」


 収納をクリックしてみると、ぱっと剣が消えた。


「うわっ、マジか」


 突然で慌てたが、取り出すをクリックすると出現した。

 どうやら謎空間にアイテムを収納出来るようである。

 便利だと思いつつ、人前で使えないんじゃないかと不安にもなる。

 泥棒行為が余裕で出来そうだからな。


 ひとまずの確認を終えると、夕食の時間となった。




 この日は生徒ら含め不慣れな席について豪勢な夕食を頂く。

 隣の席には茶髪の少女……クソビッチちゃんが居た。

 クソビッチちゃんは隣に座った俺に気付き、ちらちらと見ていて視線が合うと声をかけてきた。


「あの、キリサキさん、でいいんですよね?」

「お、おう」

「珍しい苗字ですね」

「そうだね、よく言われます」

「私もよく言われます」

「ハハハ、似た者同士だね」


 一緒に笑っているが、こんなキャラだったっけクソビッチちゃん。

 ナナティンにブチ切れてた記憶があるのだが。


「これからよろしくお願いしますね」

「よろしく、ビ……ッチさん」

「え!?」

「あれ、君の名前、ビッチって読むんじゃないの?」

「やめてくださいよ! ミネです、ミネ!」


 ああ、美値と書いてミネと読むのか。

 九蘇美値でクソミネか。




 頂いた夕飯は、かなり美味しかった。

 食事の質はあちらの世界と遜色ないといっていい。

 コンビニ弁当ばかり食べていた俺には、むしろこちらの食事の方が健康的で良い気がしたほどだ。


 そうして食事の後は個室の風呂に入って就寝した。

 風呂があるのは素晴らしい、風呂は良いな、風呂は。

 これは、少しばかり異世界を舐めていたかもしれない。

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