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第194話「風の迷宮、血拵黒質の閃光」

 ふっと息を吐き出して高揚感を落ち着ける。

 重く深く腰を落とすとがしゃりと錆びた音が立つ。

 この鉄屑装甲だ、もって一撃だろう。


「オルガ、一旦指揮を預けるぞ」

「え!?」

「物真似でいい、頼むぜ」

「わ、わかった!」


 久々の最前線。

 目指すは一直線のド真ん中。

 動きは先のグレイディア。


 真正面、遠方に土埃が立つと同時に一歩目を踏み出す。

 両手に持った騎士剣は同じく両手に装備したカイザーナックルに擦り合って握りは甘い。

 だが追加効果は発動している。


 これほど鈍重な身体が一歩目から最高速を引き出している。

 神速の効果は軽装時と比べれば確かに低速化していた。

 しかし過重武装の影響下においても機能しているのは間違いなかった。


 問題は一撃を捉えられるかだ。


 過剰な空気抵抗が生まれればウインドブレイカーの軌道が逸れる可能性がある。

 それがグレイディアの高速の剣技を外させた要素。

 此処で重要なのは身を守る事ではない。


 神速化しても変わらない脚の貧弱性を如何に吊り合わせるか。




 決まっていた。

 一瞬にして視界が引き絞られる。

 目前には一本角。


 魔力吸引による一過性の集中力が働いて、高速の前進速度に強引に脚を付き合わせていた。

 角の先端に向けて素早く剣の切っ先を合わせると黒い閃光が弾け、開かれた瞳孔に逆光が目に眩む。

 ノーダメージの剣撃に浅く握ったグリップはいとも容易く指を抜け、手元を離れる騎士剣をそのまま宙に置き去りにして一歩強く踏み込んだ。


 身軽になった上体を反らして正面。一本角を鎧で受けると火花を散らして表面が削られる。

 浅く速く滑り抜く角は上方へ抜ける空気の路に乗った。

 流れに沿って上昇しようとした角がヘルムに突き掛かり、突き抜ける様な衝撃に頭は後方に仰け反って、吹き飛ばされたバケツヘルムは一本角の先端に踊った。


 一瞬、そこに空気の淀みが生まれた。

 籠る空気に僅かばかりに飛翔がぶれて――好機到来。

 立ち眩みを覚えて白くなり掛けた頭からありったけの伝達物質を分泌して振り戻すと、目前にある一本角へと強引に両腕を伸ばす。


「捕らえたッ!」


 みしりと嫌な音が鳴って、それはしかと掌握した証だった。

 しかし同時に強力な推進力が左の肩口に抜けて、ぐんと後方へ引き摺られる。

 禿げた肩当てが更に引っぺがされて装甲が薄まる。


 この速度、簡単には止められない。

 盛大に土埃を上げながら貧弱化した脚を強引に上半身で支え込み、暗い空に飛翔しようとするウインドブレイカーを力でもって押さえ込む。

 このまま引き摺り落とそうという時、突然轟音と暴風に晒された。


「わっ!?」

「くっ……」


 左右後方から声が聞こえた。

 ヴァリスタとグレイディアのものだろう。

 俺がウインドブレイカーと取っ組み合ったのを見てオルガが指示を出したか、マップにちらと目を向ければ接近していた二人が動きを止めたのがわかった。


 二人が立ち止まったのはこの暴風が原因か。

 後方に引き摺られ生じていた背面の風をも巻き込んで、乱気流の向かい風が襲い掛かって来ていた。

 突然ぐりんと腕が捻られ持っていかれそうになり僅かに握りを緩めると、一本角は嵐の目に自身を置いて、その身ごと捻りを加え始めた様だった。


 巻き起こる暴風は他の一切の接近を許さず、飛翔の力は推進力よりも回転力に割かれたのか、半壊していた手甲が巻き込まれるとあっという間に一本角のドリルに粉砕されてしまった。




 にっと剥き出しの笑みが漏れてしまった。

 こいつが視覚を持たないモンスターで良かった。

 はなから鉄屑装備に耐久性なんて求めていない。


 実質防具の役割は取り付くまでにしかなかった。

 防具は出血対策としては有用だが、同時に動きを阻害される。

 特に剛腕の影響で脚力が弱化している俺にとって鈍重化は重く圧し掛かる。


 敵を掌握した今、足枷でしかないのだ。

 過剰な武装がパージされる度に本来の力が引き出され、この瞬間にも僅かばかりに足腰が柔軟になったのを感じていた。

 すぐにスタンスを広く取り直し体勢を深く落として凌ぎ切る構えに持ち込む。




 掌からは焦げ付いた匂いがして、それでも手放さない。


 問題なのはHPがガリガリと削られている事だ。

 いくら物理と魔力とで襲い掛かって来ても一撃の威力は低いはず。

 だがこちらが完全に組み合ってしまっているせいで連続的にダメージが加算されていく。


 オルガがすぐに察知したのだろう。

 回復魔法が飛んで来た様で数値は減少と増加で揺れ動き始めた。

 ディアナの放った火球も見えたが、魔力の風に飲まれて外されてしまう。


 この揚力、まだ収まらない。


 握り拳がカイザーナックルと一本角とで火花を散らして、グローブはとうに焼き切れた。

 受け抱えていた左の肩当も弾き飛ばされて、何時かの古傷に接触する。

 拳が滑って一本角の根元に行き着くと一瞬の圧に血飛沫が噴いた。


 血も吸われていたか。


 だがそれは限界まで手放さなかった証。

 それだけを確認して、一際に拳を強く握り込み全体重を乗せる。

 引っぺがせないと気付いてかウインドブレイカーが回転力を落とし上方へと舵を切ったのが掌から伝わった。


「もう遅い!」


 大半の武装は弾け飛び鈍重さは無くなった。

 残ったのは圧倒的な膂力。

 一本角のドリルも原動力を失い始め、逃げに転じた。


 ならもう、やる事はひとつしかない。




「ブチ折れろォッ!」


 腕の力で強引に一本角の向かう先を下方に修正すると同時、びんと歪んだ音が響いて、直後に体は宙を舞っていた。


 頭を抱えて衝撃をやり過ごし、くらりとしながら視線を上げると目に入ったのは大地に突き立つ一本角。

 一体何で出来ているのか、中折れするかと思ったが、高速の衝撃をもろに受け未だ存命だ。

 さすがは守護者といった所か。


 とはいえウインドブレイカーはもはや抜けない一本角に虚しく羽音を高鳴らすばかりだ。

 一応脚も生えているが、立派な一本角に反して針の様に細く貧弱な脚では逃れる術も無い。

 身動きが取れない事を確認すると、独り奥歯を噛み込んで悶絶していた。


 チリチリとした鈍痛、魔力の飽和が切れたのだろうか。

 いや、勝利を確信してアドレナリンが失せたのだろう。

 ドリルミキサーに晒されて熱せられたカイザーナックルを投げ出して、恐る恐ると見た掌は赤黒く、既に皮も擦り切れてしまっていた。


 片膝をついて唸っていると、何時の間にか隣にはヴァリスタが居て、覗き込まれていた。


「大丈夫?」

「……俺があんなしょっぱい攻撃に屈する訳ないだろ。まだ敵は死んでいない、構えろよヴァリー!」

「うん!」


 激痛を堪えながら真面目腐って発した言葉に、ヴァリスタは尻尾を震わせ構え直した。

 どうしてよく見ていろなどと啖呵を切ってしまったのか。

 魔力吸引は少々態度を尊大にしてしまうらしい。


 最終的に残った防具は歪んで表面を削られたプレートアーマーと、元から剥げていた右の肩当てのみ。

 防具の錆に掛かってシャツも引き裂かれてしまった為、傍からはズタボロに見えるだろうが、外傷は掌と左肩の古傷が少々ぶり返しただけだった。

 肩口の傷は以前魔族パラディソから受けたものだが、幸い支障は無い。


「ご主人様ー! やっちゃうよー!」

「おう! 仕留めてくれ!」


 遠方からオルガが大声で確認して来て、攻撃命令を聞いたヴァリスタは目の色を変えて駆け出した。

 身動きの取れないウインドブレイカーは一斉攻撃を浴びせられて削られていく。

 飛翔と吸血という恐ろしい組み合わせは切羽詰まりそうになったが、こうなってしまえば唯のサンドバッグだ。




 先程までの嵐の様な戦闘は収まった。

 若干の貧血状態だろうか、何だか気分が落ち込んでいる。

 ズル剥けになった掌の痛みを堪えながら皆の下へと向かうと、成し遂げた感一杯のシュウに労われてしまった。


「ライ様。よくご無事でしたね!」

「余裕ですよ」

「さっすが……って、やだー! 出血してるじゃないですか!」


 慌てるシュウに手を握られて更に激痛が増大し、引き攣った顔で包帯巻きにされていると、怒ってますと言わんばかりの態度でディアナが突っ掛かって来た。


「二度とあんな使い方しちゃ駄目ですよ!」

「魔導具の話か? 今回は小型魔力炉が大活躍だった。ディアナ様様だな」

「煽てても駄目ですからね!」

「何だ、やけに手厳しいじゃないか」

「いいですか、あれは魔石を昇華させただけの出来損ないなんですよ?」

「だろうな」

「やっぱり知ってて使ってたんですね!?」

「勝てば良いんだよ勝てば」


 知ってるも何も、魔石を昇華して魔力にし、それを火やら水やらに変換するのが魔導具だろう。

 肝心の変換機構が無ければ唯の魔力に過ぎない。

 着火剤を持たないガス燃料の様なものだ。


 その魔力の吸引で疑似的に鋭敏な動体視力を得られるのは体感していた。

 だからこその魔力吸引――だったのだが、あれは少々冴え過ぎる。

 ジャスティンの気狂いな戦闘能力も魔力を身近にし過ぎたせいなのではないだろうか。


 出来れば急を要する時だけの使用に控えたい。


「私達は先人が整えた規格から外れた事をしているんですからね」

「わかってるって」

「自覚持ってくださいよ! 次からは気を付けるように!」

「はい、善処します」


 ディアナに叱られるという余りの衝撃に押し負けると、横からクックックと籠った笑い声。

 俯いて肩を震わせる小さな金髪はグレイディア。

 先に小突かれたお返しに軽く頭に手をやった瞬間、ディアナの説教が飛び火した。


「グレイディアも気付いていたんでしょう?」

「いや、私は魔導には明るくないし」

「次は本当に注意しないと駄目ですよ。旦那様の常識はおかしいんですから、放っておいたら何仕出かすかわかったものじゃありませんよ」

「その点は大いに同意するが……」


 そこは一番納得してはいけない部分ではないだろうか。

 言いたい事はあるが、口を挟むと激化しそうなので黙って受け流しておく事にした。

 ディアナの頭にあるのはヒヤリ・ハットという奴だろう。

 自分の意思で実行してはヒヤリもクソも無いのだが。




 それからしばらく、ようやくと説教も終わり労いの言葉でも掛ける事にする。


「えっと……そうだ、オルガ」

「うん?」

「今回もよくやってくれた。これからも頼りにさせてもらう」

「期待に沿えるよう頑張るよ」


 取って付けた様な労いに取って付けた様な反応を貰って、どうやらオルガは平常運転。

 弄られずに済みそうだ。

 その隣には勝利を味わい伸びをしていたヴァリスタが居て、ひとつ聞きたい事を思い出す。


「ヴァリーは何か……何で戦闘中に敵じゃなくて俺の所に来たんだ?」

「死んだかと思って」

「えぇ……」

「だってまた動かなくなったら嫌だよ」

「……そうだな」


 血の滲む包帯巻きの手で頭をわしゃわしゃと撫でてやれば、激痛と引き換えに笑顔を手に入れて、ようやくと風の迷宮の踏破を実感した。

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