第190話「巣食う者、掬われる者」
周囲を確認して近場のモンスターを片付けながら、髭親父と同様に魔性に当てられた青年も保護していた。
インパクト満点の髭親父と違い、何処にでも居そうな冴えない青年ではあるが、遠くない距離でしゃぶられていた所からすると髭親父の仲間の可能性が高い。
運搬役は必然的に俺として、ひとつの肩には髭親父を、ひとつの肩には青年を担いで、どちらもぴくりともしないが存命だ。
この階層には他にもまだ人が居るらしいが、安全面を考慮するとこれ以上の無理は出来ないだろう。
大荷物を抱えて来た道をなぞって戻ると、モンスターはリポップしていないのか簡単に五階層を抜ける事が出来た。
上層では慎重に道を選び戦闘を全回避して脱出――したは良いが、一歩外に出た瞬間に検問に引っ掛かった。
「止まれ!」
衛兵に槍を突き付けられ、瞬く間に取り囲まれる。
気絶した冒険者を二名も抱えて出て来たのだから怪しまれるのは当然だが。
武器を突き付けられていては動く訳にもいかず無言のお見合い状態だったが、一人の騎士が歩み出てようやく話し合いに移る。
「貴様、一体何があった?」
「聴取なら後で、今は人命が優先ではないですか?」
「……良いだろう。お前ら、警備を強化しておけ」
リーダー格だろうか、物分かりが良い相手で助かった。
数名の騎士に囲まれて、向かった先は教会だった。
「失礼する! 治療を願いたい!」
開かれた扉から入って、冷厳な教会に騎士の声が響き渡る。
担いでいた冒険者を床に横たわらせると、粛々と祈りを捧げていた僧侶達はすぐに治療に取り掛かった。
そうこうしているうちに扉は閉ざされ、騎士が門番の如く立ち塞がっていた。
「では話を聞かせてもらおうか」
リーダー格であろう騎士が石板を手にやって来て、どうやら休む暇は無さそうだ。
「あの男達は貴様の連れ……という訳では無いのだろうな」
「深層で発見した負傷者です。モンスターにやられていました」
「肉体に大きな傷は見受けられないが、それにしては衰弱している」
「恐らく魔法によるものでしょう」
「心当たりは?」
「ご覧の通り我々は魔法には疎いので」
何事かを察して一歩引いて黙りこくる仲間達は、一見すれば全員が俺と主従の関係にある様に見えるだろう。
質問は俺に向けられて、魔力攻撃を主体とするディアナも一応帯剣させていたので怪しまれる事は無かった。
聴取と共に手にした石板の情報との照合が行われて、一定の理解が及んだようだった。
「いいだろう。どうやら迷宮入りの時期的に関係は薄そうだ。疑って悪かったな」
「いえ、それが職務でしょうから」
迷宮を出入りする際の検問にはこういった意味があったのか。
賄賂が横行する世にあってはあれらも金を巻き上げる装置と化しているのかと思っていたが、決して小遣い稼ぎで配備された人員ではなかったらしい。
聴取が終わって騎士達が手持ち無沙汰になった頃、突然髭親父が叫びながら起き上がった。
「此処は!? 女は!?」
「どうやら無事らしいな」
やはり幻覚を見ていたのだろうか。
開口一番“女”と口にする髭親父に、騎士は心底呆れた様子で問い掛ける。
「此処は教会だ。貴様はモンスターにやられたという事に違いないな?」
「あ、ああ……恐らく。そうだ……あれは女の……人の皮を被ったモンスターだ。間違いない」
「落ち着け。それよりこの連中に覚えはあるか?」
ぶつぶつと呟いている髭親父に呆れた騎士は強引に話を進めた。
指差された俺達を見て、髭親父は迷う事無く首を振った。
「いや、知らねえな。見た事もねえ」
「共に救出された冒険者も居るが、あれはお前の連れか?」
「ああ、最近入ったばかりの新人だ。良かった、無事だったか……。だが二人仲良くぶっ倒れてたってのか?」
「そういう事らしい。では我々は引き上げるぞ」
一通り確認を終えた騎士達は投げやりに締めて去って行った。
異様な第一印象から腰を入れて調査するつもりで来たのだろうから、さぞ拍子抜けだった事だろう。
こういう所はお役所仕事らしい。
手柄を逃した騎士達を見送って、残る髭親父は呆然としていた。
「クソッ……どうなってんだ一体……」
「貴方は幻覚を見せられていたんですよ」
「あの女は実在していたぞ。確かに迷宮の闇に潜んで居たんだ。あんたが仕留めたってのか?」
「救出の際に一帯のモンスターは始末しておきました」
「そうか……そうなのか? ならあんたも化け物みてえな強さらしいな」
「よく言われます」
「よくわからねえが助かったよ、ありがとう……」
上の空での受け答えだったが、ふとして瞳に生気を取り戻した。
「いや……そうじゃない……他の奴はどうした! 本当に俺達二人だけだったのか!?」
「少なくとも俺が見つけた時には」
「クッソ……皆食われちまったのか。だのに、何も出来なかった……情けねえ……」
記憶の混濁と倒錯と、むしろ仲間が死んだショックに付け込まれて魔性に当てられたというのがしっくり来る。
不運という他無い。
暗く静まり返った場で、言い淀みながら僧侶が切り出した。
「あの、治療のお代を……」
「あ、ああ……ああ!? 悪い、金を管理していたのは……」
「俺が払いますよ」
髭親父も青年も無一文なのは調査済みだ。
救出時に周辺に武装も見当たらなかった事から大方魔性に当てられる前の戦闘や逃走時に金ごと紛失したものかと思っていたが、まさか亡くなった他の仲間が所有していたとは。
相当に信頼の厚い仲間だったらしい。
代わりに銀貨十枚を払って見せると髭親父は苦い表情で応える。
「ありがてぇが返済の保証は出来ねえぜ。俺にはもう金も無ければ仲間もない」
「構いませんよ。せっかく拾った命なんですから、無駄にしないでくださいね」
舐め腐った言動にも噛み付いて来る気配は見られ無い。
冒険者に近付いては邪険に振られて来たが、ようやくと当たりを引けたようだ。
「ところで、ひとつお願いがあるのですが――」
――翌日。
宿の一室に来客があった。
「よう大将。約束通り会いに来たぜ」
昨日の今日で再開した髭親父だ。
相変わらずむさくるしい髭面のままなのはドワーフ信仰でもしているのだろうか。
向かい合って席につくと矢継ぎ早に話し出す。
「まさか勇者様に救出されるとはな。さながら俺は悲劇のお姫様って所か」
「笑えない冗談ですね。それよりどうでしたか」
「あんたの方こそ冗談みたいな噂ばかりじゃねえか。叩けば埃が出るって奴か、正直関わるべきじゃなかったと後悔している所だよ」
「別に取って食いやしませんよ」
どうしても足りなかったのは一般的な冒険者の情報だった。
此処に来て人材の選別が仇となったか、まさか天才でも強者でもないただのおっさんに目を付けるはめになるとは思わなかった。
「色々聞いて回っては見たが、冒険者の間で出回ってる情報ってのは一にも二にも稼ぎに関するものだ」
「俺にとって有益な情報は無いって事か……」
「おっと早まるなよ。俺だって拾った命をみすみす捨てに来た訳じゃあねえんだ」
髭親父は若干顔を強張らせてから努めて冷静に語り出した。
「あんたがやたらめったら嫌われている理由だがな、あんた魔族を出現直後に殺して回ってるんだって?」
「そりゃあ即行で倒さないと被害が増大しますし」
「あー、まぁそうなんだけどよ。エルフ共が感知するより早くに叩いて潰してるもんだから誰も彼も征伐戦に参加出来ねえ訳だ」
「……は? 魔族って天敵ですよね?」
「間違ってねえ、間違ってねえんだけどよ。その日暮らしの連中にとっては少なくない臨時収入なんだ。酒飲んだり女買ったり、クソみてえな話だが魔族の出現を待ってる奴も居るんだよ」
口には出さないがな、と付け加えて。
「それに魔族に怨みを持って武器を取った奴にとっては、またとない機会なんだ」
「……なるほど」
思えば初戦、魔族ゾンヴィーフとの闘いでもそうだった。
先陣を切った冒険者は死に怯えるでもなく勇猛に戦っていた。
捨て駒と自覚していなかった訳じゃない。
それ以上の敵愾心が彼らを戦場に駆り立てていたのだ。
もはや人類が為の征伐でも、生きる為の戦争でもない。
積年の敵意が腐って蠢いている。
この手で血祭りに上げてやりたいと殺意が燻っている。
人族の冒険者の中には魔族に対する怨嗟でのみ動いている者が居るのだろう。
「冒険しない冒険者か……」
いつか聞いた言葉がようやくと理解出来た気がした。
今のパーティメンバーは種族がばらばらで類を見ないちゃんぽん状態ではあるが、下の世界出身の人族が居ない。
身近になければ理解も及ばない。
以前救助した神官エティアこそが引き込むべき人材だったか。
だとしても重篤な子供を連れ歩く選択は出来なかったのだろうが。
しばしの思案を遮って、髭親父は話を進めた。
「んで、風の迷宮の五層だがな。もう見たかも知れねえが真っ直ぐ突っ切った先にやばいのが居るぜ」
「ほう」
「そいつを見て尻尾を巻いて逃げ帰った連中ばかりだった。俺達は避けて先へと進んだがな」
誇らしげな表情には陰があり、ひとつのパーティが崩壊した事実がそこにはあった。
冒険者が冒険者らしく歩んだ末路は、どうにも平穏無事には終えられないらしい。




