第19話「奴隷の購入」
屋敷の一角、部屋の更に奥。
そこから地下へと降りて、頑丈な格子の扉の先に“それら”は居た。
個別に大きな檻へと入れられた者達。
部屋の手前は少し負傷のある程度で、金をかければ何とかなりそうな病人といった感じだった。
奥へと進むと、呻き声を上げる者、奇声を発する者――それは何というか、刑務所の如き禍々しさを醸し出していた。
「戻りますか?」
「いや」
そんな口数も少ないやり取りだけで、俺は極力檻へと近づかずに、一人ずつ確認しながら奥へ奥へと進んで行った。
これといって目につく者は居ない。
これならば、金を貯めてまともな奴隷を買うべきだろうと痛い程思わされる。
そんな折、俺の目に飛び込んだ。
くすんだ紺藍の頭髪を持ち、同様の色であろう瞳は暗い。
檻に寄り掛かり、小さな体で立てた片膝を抱くようにして座っている。
表情が酷く欠落していて、肉付きも悪く男女の区別が付かない。
とはいえ一応、見た所の肉体的な異常は見当たらないが。
ならばステータスだろうか。
――― 獣人 Lv.1
クラス 溢者
HP 20/20
MP 0/0
SP 1
筋力 0
体力 20
魔力 0
精神 20
敏捷 50
幸運 0
スキル
状態 喪失 隷属
名前が、無い。
クラスはあぶれもの、だろうか。
レベル1というのも気になるし、状態異常もかかっている。
喪失は、経験が失われてしまう状態らしい。
これでレベル1のスキル無し状態になっているのだろうか。
地上に居た頃を思い出して、親近感が湧く。
「この者は?」
「ああ、これはやめておいた方がいいですよ」
「ほう?」
「いわゆる犯罪奴隷って奴でして、それに明日には開拓地行きですから」
犯罪行為で奴隷落ちしたという事だろう。
確かにそれは危ないかもしれない。
開拓地行きとは、この暗い地下で完成するともしれない新たな街を起こす為に働かされるのだろう。
多分、生きては帰れないだろう。
「犯罪とは?」
「塔で冒険者を闇討ちにしたとか」
「うん? それは犯罪行為に当たるのか?」
「冒険者ギルドは特に荒くれ揃いですから、厳しく取り締まっていますよ」
なるほど、もし塔や迷宮での殺し合いを見過ごしていたら、モンスターを倒すより人を狙う方が金が稼げてしまうかもしれない。
それでは冒険者という存在自体が否定されてしまう。
殺人を主とするのならばそれこそ傭兵で良いわけだし。
しかしはたして筋力が0で、冒険者相手にそんな事が出来るのだろうか。
自意識過剰かもしれないが、何だか俺と同じ臭いがしてならない。
「この者の値は」
「買うおつもりで?」
「どうも気になってな」
「ここまで売れ残っておりますし銀貨五十枚といったところですが……本気ですか?」
「商談成立だな」
安い、安すぎる。
刺されるかもしれない奴隷を買う酔狂な者は居ないという事だろう。
困惑の店主を無視して、俺は購入を決定した。
ひとまず部屋に戻り、そこで奴隷についての話を聞く。
「まず、隷属の首輪と魔力刻印の二種類がございます」
そういって黒い首輪を取り出した。
城でよく見たアレだ。
「隷属の首輪というのは外部で装着するものですから、主人が取り外す事が可能です。対して魔力刻印というのは肉体に刻み込みますので、外す事は出来ません」
「そう……なのか」
恐らく勇者達が隷属されていたのはこの魔力刻印だろうと予想していたのだが、この解説によればもはや勇者達の救出は不可能なのではないだろうか。
「しかし魔力刻印というのは契約者が死亡する事で効力を失いますので、今回の場合はお勧め出来かねます」
「それは何故だ?」
「主人を殺める事で逃亡する事が可能だからです。最も普通は苦痛でそんな事は出来ないのですが、犯罪奴隷ですし、本来なら万全を期すべきでしょう」
つまり勇者達も、契約者を始末すれば助かるという事か。
少しだけ希望が湧いて来た。
それにしても魔力刻印は厄介で、聞く限りでは実用性にも難ありだ。
「なら隷属の首輪だけでいいのではないか?」
「それはそうなのですが、隷属の首輪という物は値が張りまして……」
ああ、そういう。
「いくらだ?」
「金貨一枚となっております」
高い。
街中で首輪付き奴隷を引き連れている連中は、総じて金持ちだった訳だ。
なるほど奴隷はステータス。
「……魔力刻印で頼む」
「しかし本当にあれでよろしいので?」
「大丈夫だ」
――と思う。
我ながらステータスが見れるせいで、正直刺されても大丈夫かな、とか下手に安心してしまっているきらいはあるが。
俺は銀貨五十枚を支払って、契約を進める。
「それでは説明に入らせて頂きますが、まず今回は犯罪奴隷という立場上、解放される事はありません」
「そうなのか?」
「解放が可能であれば、それこそ主人を殺す事に躍起になりますからね」
軽く考えていたけど、怖ろしいな。
「例えば犯罪奴隷でなくても、解放されたいがために主人を殺めたりする者もいるのか?」
「余程酷い扱いを受けない限り、そこまではいかないでしょう。主人に刃を向けるという事は何より耐えがたい苦痛を伴いますし、仮に成功したとしても事が発覚すれば捕縛されます。そうなれば犯罪奴隷落ちですから」
よく出来ている。
「条件付けですが、基本は主人への反抗で苦痛を伴う形になっていますが、どうされます?」
「その基本の条件でいい」
「最後に、特に注意点といえばご自身の安全を第一に、とだけ」
「あ、ああ」
何だよ、脅すなよこわい。
それから奴隷が連れて来られ、店主が手をかざすと、貫頭衣の下、その胸元が淡く光った。
そこに俺の魔力を籠めると、これで完了らしい。
呆気ない程簡単だった。
それから奴隷を引き連れて外に出ると、店主は再三の注意を促して来た。
「それでは何か御座いましたら、すぐにご来店ください」
「ああ、そうならないように願っているよ」
この奴隷からはそれほどの殺気は感じない。
いや、俺には元からそんなものは感じ取れないのだけれども。
ともあれ俺は地下に来てより遂に奴隷、もとい最初の仲間を手に入れたのだった。




