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第181話「異世界下暗し」

「それで、本日は一体どの様なご用向きでしょうか」


 クライムについて知れただけで、俺の目的は達せられている。

 後はアライブの用事を聞くだけだ。


「性急だな。取って食おうというつもりはないのだが、居心地が悪かったかな?」

「そうは言いませんが……」


 アライブは言葉を詰まらせた俺からおもむろに視線を外すと、部屋の隅――ゲインスレイヴへと向けた。


「部屋の外で待っていろ」


 ゲインスレイヴは命令に頷いて返すとのっそりと動き出し、扉へと向かう。


「これでも疑われるかな?」


 両腕を広げて大袈裟に無力をアピールして見せる。


 初めに決定的な威圧感を与えて、そうして相対的な安心を錯覚させる腹積もりなのかもしれない。

 一見気を許している様に見せて部屋の向こうには待機する存在がいくつもあるし、取り込む光も無い部屋に備え付けられた窓の外側にもまた潜伏している者が居るからだ。

 だとすれば常套手段か、嫌な手合いだ。


「いえ、お心遣い感謝します」

「それは何より――」

「わっ!?」


 突然に響いた第三者の甲高い声に張っていた緊張の糸が盛大に弾かれて、俺もアライブも睨む様にして声の主へ目を向けていた。

 その視線を浴びて申し訳程度に頭を下げたのは白金色の髪を持つ少女だった。


「え、えっと、ごめんなさい!」


 銀のトレイに乗せたカップを落とさぬ様に、ゲインスレイヴと俺とアライブと、三人に謝って、アライブからは溜め息が漏れた。

 先頃アライブが呼び出していた使用人なのだろうが、丁度扉の前でゲインスレイヴと鉢合わせし、驚いてしまった様だった。

 ゲインスレイヴが若干肩を落としながら出て行って、アライブが謝罪に入る。


「失礼、驚かせたな。幼いが故、些か淑やかさに欠けるのだ――」


 白金髪の少女は領主邸の使用人だけあって服装はきちりとした物だが、何処か着慣れていない様に感じる。


「――とはいえ貴公はああいった者が好みかな?」

「勘弁してください」

「いや、失敬」


 多分ヴァリスタを連れている事を知っていて、わざわざ小慣れていないこの少女をぶつけて来たのだろう。

 此処まで用意周到だと呆れる。


「クライム様から伝え聞いたものではないとすると、私については奴隷商人から聞いたのですか?」

「風の噂だ」

「そうですか……」

「奴隷商人というクラスが存在するという事は、神に認められた神聖な職という事だ。連中はそう信じて止まない。客の情報を他所に漏らさんのは商人としては立派であろうな」


 そう考えてみると、奴隷商人がクラスとして存在しているのは確かに凄い事なのかもしれない。

 何よりそれが、人攫いまでしているのだから。




「お茶をお持ちしました!」


 対談の真っ最中に突っ込まれた元気な横槍に会話は打ち切られて、一息つく。


 手に持っていた銀のトレイを机に乗せて、カップに茶を注いで――。

 所作こそそれらしいが、何処かぎこちなくてつい目がいってしまう。

 しばしそれを眺めていると、その白金の髪を留める何の変哲もない装飾品に空きスロットがある事に気付く。




ライカ 人族 Lv.10

クラス 村人

HP 100/100

MP 0/0

SP 10

筋力 100

体力 100

魔力 100

精神 100

敏捷 100

幸運 100

スキル 鎚術




 名前はライカ、クラスは村人。

 気になってその詳細を視て見れば、これでもかという程に平凡だった。

 俺と被っている名前だが、ライという偽名は意外とこの世界に馴染んでいるのかもしれない。


 それにしてもスキルに鎚術を覚えているのは珍しい。

 とはいえ背丈も着席した俺と変わらないくらいで、外見も十歳かそこらの平凡な少女。

 隷属化もされていない。


 それが領主邸に雇われているのだから――気になる。


「その髪留め、とても良い品みたいだね。アライブ様に買って頂いた物かな?」


 俺の質問にライカはぴくりと反応して、しかしひとまずと職務を遂行する。


「アライブ様、良いですか?」

「……くれぐれも客人に失礼の無い様にな」


 茶を注ぎ終わったライカは不安気にアライブへと問い掛けると、それを受けてアライブは念を押しつつ許可を出した。

 途端、俺に向き直りばっと顔を近付けて来る。

 破天荒な。

 これは教育係という者が居るとすれば、かなり苦労していそうだ。


「えっと……そうだ。初めまして、私はライカです!」

「これはどうも、私はライです」


 思い出した様に姿勢を正したライカは挨拶をしてくれた。

 俺の返答を受けると途端、成し遂げた感を満面に立ち尽くしたかと思えば、はっとして我に返る。


「ライ様ですか、似た名前ですね!」

「そうだね。ライカちゃんも良い名前だね」

「ありがとうございます!」


 そんな他愛もない会話を続けて、若干アライブが渋い顔をしているのが目に入った。

 本来使用人が客人相手に軽々しくすべき会話ではないのだろう。

 どう見ても慣れていない辺り、ライカは本来接待をする役割ではないのかもしれない。




「それでですね、どうしてこれが良い品だと思ったんですか?」

「装飾として、とても似合っているからかな」

「飾り気も無いのに?」


 これは悪く捉えられてしまったかもしれない。

 見れば確かに煌びやかさとは正反対の、機能美を体現した様な武骨な髪留め。

 男の目線からすると機能美でも、女からすればどうだろうか。

 言葉選びを間違えたかもしれない。


「だって貴族の人ってピカピカしてる物が好きですよね」

「ああ、いや、貴族ではないからわからないけど」

「そうなんですか……え!? どうして此処に居るんですか!?」

「アライブ様に呼んで頂いて……」

「うわー凄いなー!」


 視界の隅でアライブが額に手を当てているのが見えて、しかし少女ライカは止まらない。


「あ、でも確かにお兄さ……お客様は真っ黒ですね!」

「ああ、うん……それで、着飾る上で重要なのは、いかに自分を魅せるかだと思うんだ。身の丈に合った物でなければ装飾が独り歩きしてしまう。それでは唯の道化だからね」

「へー」


 あ、これ伝わってない。


「何も華美にすれば良いという訳じゃない。その点君の髪飾りはまるで特注品の様に、良く似合っていると思ったんだよ」


 強引にフォローはしてみたが、多分言いたい事はあまり伝わっていないだろう。

 子供にする話ではなかったと反省した瞬間、ライカの目が光ったのが見えた。


「これは、うちのおじいちゃ――祖父が作ってくれたんです!」

「なるほど、道理で似合っている訳だ」

「祖父は凄い鍛冶師なんです!」

「良い腕前みたいだね」

「ずっと鉄を打ち続けて、ドワーフに少しだけ教えて貰ったって言ってました! それでアライブ様に雇って貰えたんです! だから、凄いんです!」


 火の点いたマシンガントークは要領を得ないが、まるで英雄譚を語るかの様な口ぶりが、ドワーフの技術を盗む事が並ではないのだと物語っていた。

 その技術の一端でさえ、貴族に目を掛けられる程なのだから。

 ドワーフに及ぶ技術の足掛かりとなった事は偉業なのだろう。


 それも人族からの輩出となれば、同族が持ち上げないはずがない。

 だがそれは、誇張されている可能性があるという事だ。

 もしかすればどう足掻いても人族の職人には修められないものなのかもしれない。


「ありがとう、参考になったよ」

「はい……?」


 言葉こそ拙いが、面白い話が聞けた。


 思えば以前俺が取得した武装刻印というスキルはMPを消費する魔法の様なものだった。

 もしドワーフの扱う鍛冶の技術も魔法的な何かが作用しているのだとすれば、並の鍛冶師では難しいのかもしれない。

 ただ鉄を打つという発想しかなければ尚更に。


 例えば無数にある装備の中で極稀に存在するスロットという概念は実に怪しい。

 バタフライエッジアグリアスの様に、ひとつの装備に複数の追加効果が付与されているものは一度たりとも見た事が無い。

 それどころかスロットがあるだけでも珍しいのだ。


 当のドワーフですら「勘でわかる」というレベルの曖昧なもので、店頭で雑に置かれていた大量のロングソードの様に、その中でスロット付きの物があったとしても見た目に差がある訳でもなし。

 俺の様にスロットや追加効果が明確にわかる訳ではないから、その先の見えない修練がどれほど過酷な道程なのか――想像に難くない。

 それこそ霞を食って生きるかの如く、延々に鎚を打ち鳴らし辿り着く領域なのだろう。


 職人芸というのは、まさにそういった物作りの境地を称えて表する言葉なのかもしれない。


「お爺さんは素晴らしい職人なんだね」

「はい!」


 ライカはまるで自分が褒められたかの様に、屈託の無い笑みを見せてくれた。

 俺の武装刻印は完全に個人用に取得したものだが、色々と使い道がありそうだ。

 いつかエティアのパーティ編成という隙間産業に見た様に、商機は意外と身近に転がっているのかもしれない。


 まさに異世界下暗しというか、何というか。

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