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第180話「相違点」

 しばし籠った笑いを続けていたアライブは大きく息を吐き出して落ち着くと、こちらに視線を戻した。


「いや、失敬。まずはくつろいでくれ」


 部屋の奥手にある大きな窓は取り込む光も少ないが、それでも部屋自体は魔導具のランプで照らされている。

 僅かに暗がりとなる部屋の隅に佇むゲインスレイヴを警戒しつつ、勧められるままに中央へと向かう。

 机を挟んで対面に腰掛けると同時にアライブは手を叩き鳴らした。


 一度、二度と鳴らされたその手が攻撃の合図かと思い即座に立ち上がろうとして、ゲインスレイヴが反応していないのを見て静かに腰を落ち着ける。

 見ればアライブは扉の方へ視線を向けており、どうやら使用人へと合図を送っただけの様だ。

 心臓に悪い。


「そう身構えるな」

「いえ、その様な事は……」

「こちらとしても、王と面識のある客人に何か起きては困る」


 下手に手を出すつもりは無いという事か。

 ならば遠慮なく聞かせて貰おう。


「あの者の様な屈強な戦士はこちらで育成されているのでしょうか」

「まさか」


 俺の問いがおかしかったのか、鼻で笑って見せた。


「我々が神を信ずる様に、獣人共にも崇めるものがある」

「それは一体」

「力だ」


 グレイディアも言っていたか。

 獣人に認められるには力を示せば良いと、まさにその通りだったらしい。


「奴等は強者を敬い、弱者を嫌う。その獣人に武神と謳われ、それこそ神の如く崇められている者がいる」


 リザードマンや竜人がドラゴンを神聖視するのと似た様なものだろうか。


「貴公もよく知っているであろう、古より武勇を振るっていた者の一柱だ。まさに生きる伝説。その獣の如き戦いぶりは奴等にとって眩しいものだったのだろう」

「……という事は、獣人達が自らその様な教育を施しているのですか?」

「古の血脈を受け継いで勇猛な戦士を育成する。そういった事に誇りを持ち盲目的に邁進する一門があるのだ。まこと、獣の様な連中よ」


 そうしてまた、憐れむかの様に鼻で笑って話を締めた。

 獣人という種は思っていた以上に武力がものを言う連中だったらしい。

 貴族との接触は極力避けていたが、さすがに語る内容は噂話と違い具体性がある。


 古よりの武者というのはグレイディアの事だろうか。

 だとすれば異常に高レベルな存在が他にも居るという事だ。

 その強力無比な戦士を仲間に引き入れる事が出来れば最高だが。


 とはいえそれはあくまで可能性の話だ。

 聞く限りかなり無法者というか、暴れ馬の様だから、むしろ相性は悪そうだ。




「では私についての噂というのは?」

「何、ああいった奴隷に興味があると、風の噂でな」

「少し語弊がありますね」

「ほう?」

「優秀な仲間を探しているだけですから」

「仲間、か」


 軽く息を吐き出して、ふっと笑む。

 恐らくそれは呆れた笑いなのだろう。

 そんなクライムに似た反応を示す当たり、親子なのだと思わされる。


「クライム様にもお話ししましたが、私はあくまで塔を登る事を目的としています」

「何故そこでクライムが出る」


 アライブは心底嫌そうに顔を顰めて見せた。

 クライムから聞いた話では無かったのか。


「クライム様からお聞きになられたのではないのですか?」

「顔も見せないドラ息子に話を聞けるはずもなかろう」

「あ……ああ、そうだったのですか。失礼しました」


 よくわからないが仲違いしていた。

 言葉の節々に苛立ちを見せる当たり、どうにもガチの奴らしい。


「しかし貴公と会っていたとはな」

「何か、まずかったでしょうか?」

「あれは相も変わらず冒険者の真似事をしているのだろう」

「真似事というか、冒険者としては見習うべき所もあると感じました」

「無理に立てずとも良い」


 実際武装や編成は、風の迷宮攻略に適したものだった。

 財力の為せる技ではあるが、あれは理解して構成したパーティに違いない。


「人の上に立ち、この街を運営するのが領主の、貴族の役目だ。あれにはそれがわかっていない」

「そうでしょうか」

「やけに突っかかるな」

「クライム様は他ならぬ大切なものの為に動いているのかと」


 クライムについて堂々と聞けるこの機会を逃すつもりはない。

 何よりこれが、今回誘いに乗った一番の理由だ。

 言い繕える様にぼかしつつ、探る。


「貴公……知っていたのか」

「その様な話を、風の噂で」

「ふ……調子の良い男だ。隠している訳でもなし、構いはしないが」


 どうやら娘に関しては隠蔽していた訳ではないらしい。




 アライブは一度大きく溜め息をついてから話を続けた。


「あれは悪魔の子だ」

「それはまた、おだやかではないですね」

「嬉々として自傷行為に及ぶのだ。他に形容出来まい」


 猟奇的だ。

 かなり重症らしい。

 少し聞くのが恐くなって来た。


「ご病気ですか?」

「神官ジャスティンに覚えはあるな?」

「え……ええ」

「あれでも治せなかったらしい。間違いなく天性の物だ。神というのは、実に平等だな」


 まるで他人事の様にアライブは鼻で笑った。

 ジャスティンがミクトランの領地に居たのは、それも関与していたのだろうか。

 とはいえジャスティンを斬った事で何かしらお咎めがある訳ではなく、ほっとする。


「それはクライム様もお辛いでしょうね」

「何、別段珍しい事では無い。しかし普通、表沙汰になる前に処理するのだがな、あれは未だに生かし続けている。くだらん望みを棄て切れず、慣れぬ剣まで持ち出し、冒険者の真似事で端金を稼ぎ――どれ程ヘカトルの名を穢し、時間を無駄にすれば気が済むのか」

「代え難いからこそ、必死になるのではないでしょうか」

「子はまた作れば良い」

「……なるほど」


 随分辛辣だ。


 理解し難いが、アライブにとっては家族であろうと道具の様なもので、そうすると、手綱を握れないクライムは厄介なのだろう。

 貴族の話という事で何処か遠く捉えていたが、剛腕持ちだったディアナもひとつ間違えば生きてはいなかったのだろうか。

 そう考えると途端に身近に感じて、ぞわりと来る。




 クライムについては予想以上に深く聞き出せた。


 どうやら他には目もくれず、文字通り娘の為だけに動いている様だ。

 それは実の父親に呆れられる程に、地下のオークションへと参加する程に、全力だ。

 例えば未知の医療技術だったり、強力な回復魔法だったり、そういった普通には得られないものを求めての行動か。


 この世界に無い技術に一縷の望みを賭けていたのならば、勇者たるレイゼイに接触していたのもわかる。

 俺がレイゼイとも同郷だというのはそれとなく察しがついているだろうし、そこから得られるものは無いと、そう踏んでいてもおかしくない。

 少なくとも直接仕掛けて来た事はない。


 何の事は無い、子煩悩な父親だったのだろう。

 そうすると、こちらが一方的に、過度な警戒心で穿って見ていただけなのかもしれない。

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