第18話「奴隷の品定め」
パーティ編成職人の朝は早い。
二十一時に休むと、翌朝五時に起き、朝の冷水シャワー後に仕事へと向かう。
塔の下で店を構えると、三度目の来店となる三人組だ。
「おう黒い兄ちゃん、今日も頼むぜ」
「はい、お気を付けて」
銀貨五枚を受け取りものの十秒でパーティ編成を完了させると、三人組は塔へと踏み入る。
パーティ編成の営業を始めて三日、既にリピーターは十組となり、午前中だけで銀貨五十枚の売り上げを叩きだしている。
これは日本円に換算するとおよそ五万円、時給換算およそ七千円という破格。
とはいえ一日中パーティ編成をしている訳にもいかない。
いつになるかは知れないが、俺は塔を登り、勇者達と合流する必要がある。
それは元の世界に帰るためでもあるし、イケメンとナナティンへの下剋上のためでもある。
そのためには俺自身の強化も当然として、団体としての戦力の拡充は必要不可欠だ。
もしも勇者パーティと衝突する事になればただでは済むまいし、三十人を相手にするならば、こちらもそれなりの数が必要となるのだ。
――地下街初日、ギ・グウに街を案内してもらっていた時の事だ。
「ギ・グウみたいな仲間が欲しいところなんだよなあ」
「オラみたいナ?」
「信用出来る相手だな」
「ソイツァ嬉しい話ダガ、此処でソレを求めるのは場違いってモンダナ」
「だよなあ」
「ダガナ、裏切らネェ奴ってんナラ、話は別ダ」
「おお、何かあるのか」
「奴隷ダ」
――正確には“裏切れない”だがな、と付け加えて、俺はその店の場所を教えられたのだ。
そんな訳で俺は奴隷商へと来たのである。
これは初日にギ・グウより聞かされて以来、購入は決定していたので、あとは金銭的な問題だけであった。
とはいえ今の俺は潤沢な資金を有しているわけではない。
宿代やもしもの事態に備えた貯金も考えれば、使えて銀貨百枚だ。
日本円換算で約十万円で奴隷が買えるのかというと、不明な部分だ。
といっても地下街での奴隷の価値は高い。
労働力として、捌け口として、ステータスとして、それはそれは多様に富む。
であるからして、今回は値段と質の調査というわけだ。
正直一人で入りたくないのだが、頼れる者はギ・グウしかおらず、初日にあれだけ頼ってしまったのだからたったの三日で再び頼るなんて様は勘弁だ。
辿り着いた奴隷商の館はまるで貴族の屋敷のような外観をしており、その周辺には柵と門と、そうして魔法的な結界も設けられているという。
これは侵入者を防ぐとかそういった目的ではなく、奴隷が結界に接触すると苦痛を与えるという仕掛けらしい。
要するに脱走防止だ。
門番に一声かけると、門の内から出て来た衛兵にブラッドソードを預ける。
ブラッドソードを担いだ衛兵と中へ入ると、空いていたのか、そのまま奴隷商の店主の待つ部屋へと案内された。
店主は太り気味の男で、しかし抜け目の無さそうな鋭い目つきをしている。
それを目を細めて緩和しているのだろうが、やはり強い視線を感じる。
奴隷商としてやっていくには平凡ではままならないのだろう。
俺の全身を軽く見てから衛兵の持つブラッドソードを見て、俺に着席を促した。
客の品定めだろうか、少なくとも俺の服装は勇者仕様だし、そこらの冒険者よりは数段上だろう。
値段を吊り上げられても困るし、舐められないような態度でいくべきか。
「ライ様、で合っているでしょうか?」
「ああ、間違いない」
何故、名前を知っているのか。
一瞬で警戒レベルを引き上げて、俺はステータスを確認した。
レオパルド 人族 Lv.31
クラス 奴隷商人
HP 155/155
MP 310/310
SP 31
筋力 155
体力 155
魔力 620
精神 310
敏捷 155
幸運 155
スキル 火魔法 魔力刻印
完全に非戦闘職のステータスだ。
何気にレベルが高い。
魔力刻印とは、隷属させる為のスキルのようだ。
「何故、私の名を?」
「冒険者ギルドのほうで少しばかり有名になっていますよ」
「ほう?」
何かしたか、俺。
いや、まぁレベル1で龍撃というだけで目立ちはするが。
「さて、それで本日はどのような者をお求めでしょうか?」
「それなのだが、実は未だ決めかねていてな。色々な者を見せてもらいたい」
「なるほど、ご予算の方はおいくらで?」
「私は奴隷の購入は初めてなので、ピンからキリまで見せていただけるとありがたい」
「それでは数名連れて参りますので、少々お待ちを」
店主が部屋から出ると、可愛い女の子がお茶を出してくれた。
お礼を言うと、にこりと笑んで返してくれる。
何だかここだけ別世界のようだ。
飲んでみると、すうと鼻を抜ける柑橘の香り、レモンティーのようなものだろうか。
落ち着く。
しばらくして、ノックの後に店主と共に十名の奴隷が入って来た。
貫頭衣を着た奴隷たちは、スレンダーな美人から毛の無いゴリラまで、まさに多種多様といっていいだろう。
主人による奴隷の紹介なんぞ右から左へ素通りさせて、俺はステータスを見ていく。
高い奴隷上位二名がこれだ。
ボンキュッボンの美女 人族 Lv.17
スキル
金貨五十枚
毛の無いゴリラっぽい男 人族 Lv.28
スキル 剣術 格闘術
金貨四十枚
そしてこちらが一番安い奴隷。
痩せ細った美女 人族 Lv.21
スキル
金貨十枚
奴隷においての価値は、見た目とスキルが重要な要素となるらしい。
そしてどちらかと言えば女よりゴリマッチョな男の方が価格が上のようだ。
勿論今回のようにナイスバディな美人であればこれによらずといった感じのようだが。
しかし面白くない、これは完全に良いとこのみを集めて来ている。
一番安い奴隷でさえ、痩せてはいるものの美女の部類なのだ。
もっと店売りのしょっぱい服でも着て来るべきだったかもしれない。
一通り奴隷の紹介も終わり、店主が向き直った所で俺はようやく言葉にする。
「良い奴隷ばかりだな」
「そうでしょう、品質には自信がありますから」
「もう少し軽めのものを頼みたい」
「なるほど、そうでしたか。それでは少々お待ちください」
そうして奴隷たちを引き連れて出て行った後、ふうと溜め息をついてしまう。
レモンティーのようなお茶のおかわりを出してくれたのだが、すぐに飲み終わってしまった。
何だかんだ言って、奴隷を見定めるというか、奴隷を購入するという行為自体に若干の拒絶反応があるようだ。
とはいえ俺に必要なのは裏切らない仲間である。
妥協してイケメンやナナティンの二の舞になっては目も当てられない。
そうして次に連れて来られたのは、金貨一枚から金貨十枚までの奴隷達。
確かに見た目の質は若干下がったが、それでも美人と毛の無いゴリラだ。
金を持っていると思われているのだろうか。
「見た所どれも上質な奴隷だと思うが」
「ええ、勿論です」
「正直に言うと、そこまで高額の奴隷購入は考えていない。実は先日冒険者になったばかりでな」
「聞き及んでおります」
知ってたのかよ。
いや、まあ冒険者ギルドで噂になっているのだから、少し調べればわかるのだろうが。
なんかこの尊大な態度取るのが急に恥ずかしくなってきた。
今更やめるわけにもいかないが。
「当店の質を知って頂ければ幸いです」
はなから買わせる心づもりではなく、うちに来ればこんな別嬪さんが買えるんだよという紹介だったのか。
「冒険者の方であれば、男の奴隷がお勧めでしょう」
「そうなのか」
「やはり女の奴隷ですと、管理が難しいので」
なるほど、粗雑な男とは違い色々あるわけだしな。
「さて、それではいかがいたしましょう」
「今のところは外見や能力にこだわりはない、一番下から見たい」
「一番下……ですか。しかしそれですと少々……」
「何かあるのか?」
「ええ、例えばいわくつきであったり、呪い持ちであったり――あまりお勧めは出来ませんが」
「構わない」
そうして俺は店主に連れられ、屋敷の一角へと向かったのである。




