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第179話「同属狭窄」

 翌日、領主邸に訪れていた。

 街の一角、南に位置する敷地。

 大きく幅を利かせて建造されたそこは壁と門とで仕切られており、複数の騎士が警備に巡回していた。


 物々しい、とは違うが、風除けに密集し入り組んだ路地の多い風の街にあって、此処は大きく取られた敷地にひとつの境界のみで仕切られた死角の少ない地帯。

 ある意味では安心感があるのかもしれない。


 招待状と腰に帯剣した二本のロングソードを門番へと手渡し、息遣いにも似た風の音を聞きながらしばらく、あまり健康的では無さそうな、髭を蓄えた小太りの男がやって来た。

 華美な服装だが、ようやくと案内人が来たかと目を向ければ、それこそが領主アライブだった。

 確かに一応、金髪碧眼というのは子息クライムと同様だ。


「これはこれは、よく来てくれた」

「この度はお招き頂きありがとうございます。冒険者のライと申します」


 挨拶に深く頷き目を細めて反応して見せるアライブだが、その笑みの何処までが真実かはわからない。

 この男は俺に一人で来いと、そう書状に書いて寄越していた。

 それは俺が普段仲間を連れ歩いている事を知っていて、もしかすれば戦闘能力を恐れての事かもしれない。


 だとすれば、そんな危険な相手をわざわざ呼びつけてリスクを負うのは利口ではない。

 俺を潰す為か、はたまた俺の仲間を始末する為か――どちらにしても、ただで嵌められるつもりはない。

 ロングソードも予備に複数本購入し、いつでも交戦に移れる状態にある。


 宿へ残した仲間達へも、もしもの事態に備えて警告しておいた。

 ヴァリスタ等はどうしてもついて来たがって「手紙を書いた奴を倒せば離れなくて済む」等と本末転倒な恐ろしい提案もして来たが、俺の代わりに皆を守って欲しいと願い出ればイチコロだった。

 血気盛んなあの子が居れば突然の襲撃にも対応出来るだろう。




「まずは中へ」

「はい」


 アライブの後に続き広い庭を屋敷へ向かって歩く。


 一歩踏み入ったそこは、異質だった。


 果たして無駄に敷地を広めてまで庭が必要なのかと思ってしまうが、この地下においては珍しいだろう緑の雑木林がある。

 無造作な木々はあまりセンスがあるとは言えないが、微かに漂う青臭い香りは何処か懐かしい。

 やはりこういった色鮮やかな木々も存在しているのだ。


 そんな風に周囲に気を配りつつも優雅に庭を歩いて見せているが、マップを見れば遠巻きに数名尾行して来る存在がある。

 肉眼では捉えられない、雑木林の中だろう。

 その潜伏が敵意をもって行われているのかは不明だが、数歩先を悠然と歩くこの男は間違いなく俺の様子を伺っている。測られている。


 ちらとアライブの能力を見てみれば、それはほぼほぼクライムと変わりないもので、特筆すべき点も見当たらない。

 むしろレベル等は低い方で、個人としては敵ではない。

 肥満気味の体格からしても戦闘には向いていないだろう。


 それでもあえて無防備を装っているこの男に習い、堂々としているのが吉だ。




 しばし緑を眺めながら歩いて邸宅へと辿り着く。

 隷属の首輪を嵌められた使用人が出迎えるやたらめったら巨大な玄関を潜り抜ければ、中はこれまただたっ広い空間に、左右へ繋がる巨大な扉。

 遠く壁際にはいくつも調度品が置かれて――およそ普段使いには向かない設計だと感じる。


「美しい調度品ですね」

「ほう」

「特にあの鉢植えや花は見応えがありますね」

「中々の好き者だな」


 アライブは俺の言動に感心しているが、正直全然わからない。

 ただひとつの確信は、屋敷内もこの男と同様華美な装飾が目立っている。

 だから恐らく、そういったものが好きなのだろう。


 花を選んだのは鮮やかな色合いを持っているのが珍しく思わず見入ってしまったからだが、それだけだ。

 地下では黒い雑木林ばかり目にして来たから目の保養にはなるが、いかんせん鉢植えが華美に主張し過ぎて、素朴な花の良さを殺しているとしか思えなかった。

 少なくとも俺に根付いた侘寂という感性からは到底理解の及ばない雑多な代物だ。


 とはいえこういった誇示の象徴はご機嫌取りの為に嘘でも褒めておくべきなのだろう。


「表の草木もまた色鮮やかで美しい物でしたね」

「あれらはエルフより献上された代物でな」

「なるほど、道理で気品に溢れている」


 適当に相槌を打ってやれば、アライブは機嫌が良くなったらしく多少なりとも口が軽くなっていた。


 このセンスを手放しに褒める者はそうそう居ないだろうからわからないでもないが、さすがは貴族といった所か、中々面白い話が聞ける。

 俺にとって馴染みのある――言うなれば色付きの資材は、エルフの住む森林地帯に存在していたらしい。

 だとすれば人との関わりが少ないエルフ達がこの環境で生き延びて来られたのは、精霊魔法のみならず特異な商材を豊富に保有しているからなのだろう。




 そうして胃もたれしそうな調度品の紹介を受けつつ案内された隣室は、中央に机と椅子が設けられただけのいやに閑散とした空間だった。

 しかし部屋の隅、不審にぽつりと存在するものがあった。


 見覚えのある紺藍の髪と瞳――反して見た事も無い筋骨隆々な巨体。

 巨体に見合う武骨で重厚な首輪を嵌められており、屈強な肉体には癒える事の無い古い傷跡が散見される。

 鎧を纏ってはいるが、最低限急所を守る程度の物で実に軽装だ。

 その軽装に対し背には身の丈程もある巨大な剣を帯び、直立不動、じっとこちらに視線を向けていた。




ゲインスレイヴ 獣人 Lv.35

クラス 狂戦士

HP 3500/3500

MP 0/0

SP 35

筋力 1750

体力 700

魔力 0

精神 0

敏捷 1050

幸運 350

スキル 狂暴化

状態 隷属




 名はゲインスレイヴ、獣人だ。


 気になるのはその風貌。

 得も言われぬ違和感に頭部へと目をやれば、獣の耳が無い。

 一見すると獣人らしい特徴は見受けられないのだ。


 種族表記こそ獣人だが、ハーフエルフの様にハーフビーストでもあるのだろうか。


 狂戦士という危険な香りのするクラスも目を引く。

 能力値は近接戦闘に特化したもので他は完全に切り捨てられている。

 だが突出した能力は龍撃に迫る程だ。


 この世界はゲームの様な数値を持ちながらダメージに対する計算式はガバガバで、あってない様なものだ。

 だからこそその純粋な筋力値は警戒すべきだろう。

 何よりこの場を任されているのだから、ジャスティンに匹敵する化け物の可能性が高い。


 いや、あの暗く据わった瞳は間違いなくやばい。

 何を考えているのかわからない、嫌な視線だ。

 考えたくはなかったが、毛並みといい目付きといい、初めて会った頃のヴァリスタを彷彿とさせる。

 もしあの子がこの体躯だったら絶対に購入しなかっただろう。

 これで犯罪奴隷と言われたら疑いの余地なく信じてしまう、断言出来る。


 そんなゲインスレイヴが唯一保有するスキル狂暴化はドラゴンが逆鱗時に発現させていたそれと同質のものだろう。

 詳細を表示してみれば「攻撃を受けると発狂する」という実に嫌なフラグ持ちだった。

 これまで色々スキルというものを見て来たが、これは状態異常や呪いと言われてもおかしくないネガティブな属性に含まれるか。




 あまり目を合わせない様にして確認していると、部屋の入り口で立ち尽くした俺を不審に思ってか、既に着席していたアライブに声を掛けられた。


「それが気になるのか」

「失礼しました。これでも切った張ったの世界で食わせて貰っていますから、どうしても――」

「安心しろ、命令が無ければ動かない。そういう風に作られているのだ」

「――作る?」


 俺の疑念に、アライブは自身の頭部に指を当てた。

 頭を使えと言っているのか、それとも――。

 答えに思い当たらず不審に見返すと、その手で頭頂部をさっと払って見せた。


「それは生来より徹底して教育された、人で無い戦士」

「……なるほど。決して裏切る事の無い、優秀な人材という訳ですね」

「ふ……ふふ。さすがだ、噂に違わぬ……」


 口元を手で覆い声を押し殺し呟く姿がどうにも邪悪に見えて、無意識に引き攣った愛想笑いを返してしまっていた。

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