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第178話「光に逆らって、思惑」

「魔石の単価が下げられた」


 意気揚々とディアナが退室して行った直後、単刀直入にグレイディアが言い放ち、反応に困る。

 魔石の換金は冒険者にとっては生命線だ。

 特に俺にとっては格好の商材だった。

 二人きりになるまで話さずにおいてくれたのはありがたい事だが、どうしたものか。


「いかほどに?」

「およそ半額だな」

「痛いですね」

「元々流動的なものではあるからな。一時的な対応だという話だから、貯め込んで置くのも手だろう」

「しかし急過ぎませんか?」


 いざという時のパーティ編成という仕事もあるからすぐに焦る必要は無いが、これから人員を更に増やしていく事を考えると収入の安定化は必須だ。

 量でカバー出来るが、時間当たりの収入は随分と悪くなる。


「性急ではあるが、飽和を危惧したのだろうよ」

「飽和? 魔石のですか?」

「これからどれほど納入されるか見当がつかないからな」

「あー、もしかして……ピンポイントに俺が狙い撃ちされてるんですかね?」


 日に三桁単位の商品をコンスタントに売却する可能性のある人物が突然に現れたとして、それを買い取る側の身になると――。

 よくよく考えてみれば、冒険者ギルドは溢れ者に職を与え魔石の売買を取り仕切っている大規模な仲介業者だ。

 大手の組織とはいえ捌ける限度がある訳で、俺の様に無制限に貯蔵しておけるはずもなかった。


「ヴェージュ……獣人の受付を覚えているか?」

「ええ、尻尾のふさふさした女性ですよね」

「あれが進言していた様だ。聡い娘だが、そこまでの発言力があるとは……」


 俺はまた危険人物と見られていたという事か。

 何とも嬉しくない評価だが、否定出来ないのが物悲しい。


「ギルド全体での移行ですか?」

「この街だけだ」

「その為のギルドマスターか……」


 いくらグレイディアと言えど雇われているのは塔の街の冒険者ギルドだし、これまで無茶が通っていたのもギルドマスターヴァンと交友があったからに他ならず、風の街のギルドマスターに口添えは出来ないのだろう。


「予め話を通しておいたのは軽率だったかもしれないな」

「いえ、遅かれ早かれこういった事態にはなっていたでしょうから」

「私が気付くべきだったのだがな……面目無い」

「補い合うのが仲間というものでしょう?」

「そうか……そうだな。ありがとう」


 善意の行為が悪い結果を生むというのは、疑り深いグレイディアにしてはどうにも冴えない。

 ともあれそこまで気が回らなかったのは俺も同様だし、どちらにせよ即金を稼ぐ必要はあった。

 一日中乱獲して得る魔石量なんて実践してみなければ測れないのだから、責めるのはお門違いだ。


 それに飽和を危惧した一時的な調整であるならば、じきに値は戻る。

 幸いにして魔石はいくらでも貯蔵出来るのだから、それまで待ってから換金すれば良いだろう。

 しばらく他の冒険者の懐は寒くなりそうだが、これこそが以前グレイディアに警告された市場崩壊の縮図と言えるのかもしれない。


 もしも俺がもっと手広く商売を行えば、その影響はひとつの街の冒険者だけでは済まなくなる。

 波及していく不況は無論商売敵から相当に怨みも買う訳で――。


「これ、冒険者連中に怨まれませんかね?」

「そう易々と漏らさないさ。何せ相手は魔石を数百と持って来る男だ」


 危険を孕んでいるとはいえ、見方を変えれば金の成る木とも言えるのか。


 今回の報酬である金貨五枚という破格も手付金とすれば納得もいく。

 冒険者がギルドを利用している様に、ギルドもまた冒険者を利用している。

 こちらとしては魔石換金のタイミングだけ計っておけば問題無いだろう。


 その取り扱いはあちらが考える事なのだから。


 むしろ手の空いたこのタイミングでの状況の変化は運が良かったのかもしれない。

 これを経験せず後々資金繰りに困った際に追い打ちを掛けられていたら散々な事になっていただろう。

 幸い考える時間はたっぷりある。


「そういえば、魔族憑依の原因である魔導書を回収してしまったのはまずかったですかね?」

「いや、それで正解だ。人の手に余る代物だろう。それに私の同行理由にもなる」


 そう言って小悪魔めいた笑みを見せた。

 端からこうなると踏んでいたのではないかと勘繰ってしまうが、今後ともグレイディアに同行して貰えるのは俺にとってはありがたい。




 胃の痛くなりそうな話を終えて、自分自身の相談に移る。


「ひとつグレイディアさんに見て貰いたいのですが」

「む……?」

「剛腕を貰ってからどうにも脚の調子が優れなくてですね」


 立ち上がって、部屋を歩く。

 ただ、歩く。

 そうして向き直れば、ちょこんと椅子に座ったまま呆然としているグレイディア。


「どうですか?」

「とうと言われてもな。確かにぎこちないというか、過剰に力が入っていないか?」


 恐らく意識的に脚に力を籠めている為だろう。

 とはいえ力の入り過ぎは逆効果。

 生来培って来た感覚を矯正するのは容易ではない。


「そもそもだ、お前は殺しに躍起になり過ぎる」

「どういう事ですか?」

「命を絶つだけならば骨を断つ必要は無いという事だ」


 切り傷を付けるだけ、撫でるだけで命は削り取れる。

 その考えは確かにあったし、この能力値が支配する世界では尚の事意識していた。

 だが、それでも勇み足だった。


 グレイディアのスタンスはその点に忠実だ。

 過剰な殺意を抑えて、まるで戦闘マシンの如く冷徹に、必要最低限の動きで刃を重ねる舞踏の剣は実に戦場に映える。

 あの踊る様な剣技も、元は吸血という、それこそ切り傷ひとつで死に至らしめるスキルを保有していたからこそ培われた技術の賜物か。


 それが理想ではあるし、事実何度か試した事もあった。

 真似は出来る、だが当然の状態にもって行くのは容易くない。

 俺がそれを発揮出来るのは、ゴーレムの様に鈍重な、歴然たる差のある相手のみだった。




「しかし剛腕には悪影響もあったのだな」

「本来生まれつき保有しているものでしょうから気付けないのかもしれませんね」

「大丈夫なのか、それは……」

「ピンピンしてますよ」

「いや、うん……。口出しするつもりはないが、あまりキメラ的な改造はしてくれるなよ」

「恐い事言いますね」

「冗談でなく、その内人で無くなるぞ」


 そう言われると確かに滅茶苦茶な事をしている。

 スキルという俺にとってゲーム的なものだからこそ躊躇なく手を出していたが、他人が持っているものを自分に移植しているのだから、おかしいのだろう。

 見境なくやっている訳ではないから今の所は問題無いが、僅かなマイナス面を内包している剛腕だけでなく、鋭敏の様に人によっては性欲の権化と化してしまいそうな地雷スキルも存在しているのは確かだ。


 剛腕といえば、武器の扱いに関しても考えなければならない。

 床を砕く両手持ちの威力は強力だが、通常戦闘においてはあまりに過剰だ。

 今後二刀流を主力とするならば、普段から二本帯剣しておかなければ不審に思われてしまうだろう。




 そうしてしばし考えていると、扉のノックが耳に届いた。


「お客様がお見えです」


 届いた言葉にグレイディアへ目をやると、首を振ってみせた。

 扉の向こうには計四人居る様だが、一人は従業員だとして、来訪者は三人。

 僅かばかりに警戒を強めて返答する。


「どうぞ、お入りください」


 扉を開ければ、従業員の去った後には三人の男。


 両脇に武装した騎士を従える形で姿勢良く佇むのは壮年の男。

 その手には丸まった一枚の紙を持っており、身形の良く、白髪で――見覚えがある。

 確か魔力水の売られていた道具屋から出て来るのを見掛けた。


 名前、能力、スキル――不審な点は見当たらない。


 いや、よく見れば騎士の一人が帯剣しているのはただのロングソードではない。

 炎のロングソードだ。

 訝しむ俺にしかと目を合わせた壮年の男は、一歩前に出ると一枚の紙を丁寧に差し出し、簡潔に述べた。


「領主アライブ・ヘカトルよりの使いです。ライ殿への招待状をお持ちしました」


 それは予想外の誘いだった。

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