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第170話「青い太陽」

 串刺しにしたジャスティンを投げ飛ばして、振り切った姿勢のまま動けずに居た。

 背負い投げる様に放ったそれは決して剣術とは言えない。

 確固たる殺意と、湧き上がる危機感と、反射的に距離を取ろうとする切迫した状況が混ざり合って、この混沌とした意識下で抵抗を許さず必殺する為に導き出した力任せの選択だった。


 これほどか、これほどのものだったのか、剛腕とは。

 ディアナから受け取った“痛み”。

 すなわち剛腕は、俺の双腕を強靭に作り変えていた。


 それは巨漢を投げ飛ばせる程の、いかれた力だった。




「暖かい……」


 微かにだが擦れた声の呟きが聴こえて、場が凍った。

 大穴の開いた胸を押さえた左の手に赤くべとりと付着したそれを携えて、高らかに空を掴む。

 声の主は魔法の陣の中央に堕ちたジャスティンだった。


 化け物が、まだ意識があるのか。

 振り切ったままのディフェンダーを握り直して警戒を強めて踏み出す。


「待ってご主人様!」


 横合いから飛び掛かる様に来た細い腕、身体――オルガだ。

 その余りに軽い全身でもって抱き留めようとして、少し引き摺って歩みを止める。

 軽く腕に力を入れただけで引き剥がせるその身体は腕に縋り付いて離れようとしない。


「退け」

「落ち着いて!」

「あの首、叩き落としてやる」

「もういいんだよ!」

「何?」

「もう、死んでる」


 死んでいるというのだ。


 胸を抉り、腹には墓標の如く剣が突き立っている。

 仕留めた手応えも確かにあった。

 それでもその拳は天を掴み、言葉を口にしている。


 オルガが言うのは恐らく精霊魔法でジャスティンの意思を感じ取れなくなったからだろう。

 その屍を動かしているのはまた信仰なのだろうか。

 ただ、擦れた声が漏れ出ていた。


「青い、光――」


 消え入りそうな声量で未だ喋る。

 暗く空虚を見つめ既に機能を失っていてもおかしくないその瞳は、揺らぐ事も無く真っ直ぐ天井へと向かっていた。

 命尽きて尚、何かに突き動かされているのだ。


「太陽」


 遥か遠く、天の果て。

 信仰の先に見たものは、青光の太陽。

 それは恐らく、きっと――。


「ああ……」


 ジャスティンを中心に溢れ出て赤く紅く染め上げるそれは、魔力水を伝わって淡く滲んで広がっていた。

 魔法の陣はそれを受け、微かに青く発光していた。

 長年に渡り体に染みついた闘いの記憶ルーチンが、抑え切れない生存本能が、命の危機に晒されて無意識に回復魔法を発動しているのだろう。


 血を媒介として魔力水に作用した魔力が、虚しく辺りを照らして見せているのかもしれない。

 それはまさに、風前の灯火。

 発動し続ける回復魔法が僅かな最期を幻想的に彩っていた。


「ありがとう、勇者」


 その言葉を最期に頬を伝って流れたのは、果たして無自覚に零れた水分なのだろうか。

 光も失った瞳、しかしその表情は安らかに空虚を見ていた。


 感謝――。


 罵詈雑言が飛んで来るならば理解出来る。

 憎まれ役なら慣れたものだ。

 だから異常な信仰の先で幻覚でも見たのかもしれない。




「どうかしてる」




 青い光が緩やかに消え落ち、逃げ出したくなる意思を確かな意志で抑え込んで、剣を構えたまま亡骸に近寄った。

 その左手は宙に伸びたまま、何かを掴み取ろうとしたあの状態で静止していた。

 これが死後硬直という奴なのだろうか。


 いつか見た――以前グレイディアがリザードマンの亡骸にそうした様に、肉塊を足蹴にして生死を確認すると、大雑把に剣先で上着を切り破って検めた。

 入念に死を確かめてから亡骸を漁る。


 真っ先に手にしたのは魔の本。

 魔族憑依の元凶だろう魔導書。

 これは人の手に渡って良いものではない。


 少しでも魔力を吸われない様に、手にするとすぐに謎空間に放り込んで危険性は完全に潰した。

 壮絶な死体の指に嵌められているカイザーナックルへ手を伸ばすと、まるでもうその拳を握る必要がなくなった事を悟ったかの様にいとも簡単に外れた。




「無事に始末した様だな」


 そんな声が聞こえて振り返ると、いつの間にか部屋の入り口にはグレイディアが居た。

 魔法陣を跨いで部屋の中央へと数歩踏み入り、突然に踏み止まって呟く。


「お前……酷い顔だぞ」

「二、三発入りましたからね」


 目を細めたグレイディアは口を噤んで無言で訴えて来た。

 まるで「そうではない」とでも言いたげな曇った表情は、多分出血している事を問題としたのではないのだろう。


「何、変わったのはこの腕だけです」

「それは、剛腕か?」

「ディアナのおかげで勝てました」


 視界の隅で僅かに己の腕を擦って確認するディアナが見えて、思わずふっと笑ってしまった。

 そうして僅かな沈黙の後、グレイディアは目前まで来て手を伸ばす。

 掴んだそれは亡骸の腹に突き立ったままのロングソード。

 乱暴に抜き去ると、ずいとこちらに突き出した。


「苦戦したみたいだな」

「グレイディアさんが警戒していた理由がわかりましたよ」

「少し、あてられたかもな……」

「何です?」

「いやなに、お前なら余裕で勝てると踏んでいたんだ」

「面目無いです」

「いや、良くやってくれた」


 粘りのある赤が垂れるそれを受け取ると、ようやくと命を奪った実感が湧いた。

 微かに震える剣先を悟られる前に収納して、とうとう緊張が解けて一息ついた。


「それで、これからどうするんです? やはり俺も参考人というか、聴取されたりするんですか?」

「一応私が監視も兼任している事になっている。後はこちらで上手くやるさ」


 ジャスティンは死んだ。

 魔族召喚の陣だけでも証拠となるだろう。

 この件はあくまで魔族召喚という緊急事態への対処としてギルドが主体となり行動した成果となるはずだ。


「今回の件、もしかすればお前への直接的な評価には至らないかもしれないが、神官を手に掛けた事で見知らぬ僧侶に逆怨みされるのも本意ではないだろう?」

「ああ、確かに……そうですね」

「一介の冒険者ではどうにもな……すまん」

「グレイディアさんが謝る所ではありませんよ」


 考えの及ばなかった所だが、曲解して伝達されて行く情報の中で神を――いや、むしろ神官という偶像を崇める者達に睨まれる可能性も無くは無いという事だ。

 何せジャスティンは神官としては真っ当に活動していた様だし、だからこそ魔力を預けてくれる僧侶達が居た訳だし……。

 その点で言っても、やはり俺個人の活躍とされるのはうまくない。


 冒険者の身空は、いわばフリーターの様なものだ。

 受け皿としてはあまりに貧弱で、分不相応な成果は諸刃。

 だからギルドから調査を依頼されたグレイディアが俺達を護衛として伴い、ジャスティンが魔族召喚の陣を発動させている場面に行き会い、当のジャスティンは魔法陣の暴発により死亡と――そういった筋書が添えられるのだろう。




「ああ、そうだ。ディア……ナッ!?」


 グレイディアは呟きながら周囲を見渡して、突然に腰を引くと深く体勢を落とし込み腰の剣に手を掛けた。

 一人臨戦態勢となったグレイディアはディアナを見据える。

 まじまじと見つめられて首を傾げたディアナは何事かに気付いて、鱗を纏った手で拳を作って開いて――自身の正常性をアピールして見せた。


 それを見てグレイディアは剣から手を離し、しばし沈黙。

 何事かを考えるも答えが見当たらなかったのか、遂に唸り出した。

 ちらと俺を見上げると、問い詰める様な視線をぶつけて来る。


「少し見た目は変わりましたが、間違いなくディアナですよ」

「少しというのか、お前は……」

「ああ、あと龍人という種族に成ったみたいですね」

「は? 種族が変わったのか?」

「何か戦闘中に鱗がバキバキ生えてましたよ」

「ええ……」


 素っ頓狂な声を上げたグレイディアはことさらに唸り出し、ディアナは自分が話題になった為か何やら気恥ずかしそうに腕を擦っていた。

 グレイディアでさえここまでの反応を示し、龍人という種に覚えが無いとなると、やはりディアナの変態に際して僧侶達が見せたドラゴンと対峙してしまったかの様な絶望的な表情と逃げっぷりも大袈裟ではなかったという事だろう。

 何にしても今の所変態は落ち着いているから、突然龍と化して暴れ出すだとかは無い……と思いたい。

 調べてみる必要はありそうだが……。


「ともあれ今の所見た目と種族以外に変化は無いみたいですから、心配し過ぎも毒でしょう」

「冷静に考えてみれば私も吸血スキルを失った吸血鬼という訳のわからない状態だし、ライという存在自体が異質な訳だ。行動を共にするディアナが突然変異を起こしてもおかしくはない……と思っておこう」

「ウイルスみたいに言わないでくださいよ」

「ういるす?」

「伝染病みたいなものですよ」

「ああ、そういうつもりではなかった。すまない」


 少し気落ちしたグレイディアはようやく冷静になったのか、当初の目的を思い出してディアナに向き直った。


「話が逸れたな。ディアナにはその死体に火を点けて貰いたい」

「良いですか、旦那様?」

「ん? あ、ああ。そうだな、やってくれ」


 グレイディアの言葉を受けてディアナは俺の指示を求めた。

 一瞬思い悩んで返答した俺は、真っ先に火葬か何かかと思ってしまっていた。

 我ながら元の世界の常識が抜け切っていない。


 これはジャスティンの死を偽装する工作だ。

 さすがに胸と腹に大穴を開けてしまったので証拠隠滅――とまではならないが、その亡骸に遺った傷が刺突痕のみでは誤魔化しも効かないだろう。

 重要なのはこの手で斬った事実ではない、魔族召喚の陣が暴発した可能性を作り上げる事だ。




 光は煌々と燃える屍、炎。

 鼻につく臭いが人肉のものかと理解すると途端にむせそうになって押し留める。

 ひとつの命を葬った事を噛み締めて、踵を返した。


 こうして魔族憑依ならびに魔族召喚の防止に成功し、殺人は闇に葬られる形で幕を引いたのだった。

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