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第167話「猛き解氷」

「不意打ちとは――」

「何とでも言え!」


 ジャスティンの言葉の全てが話される前に剣を引き戻し、振りかぶる。

 あれは完全に隙を突いてみせた一撃だった。

 だが拳で逸らされた。

 いよいよ一撃すらも通せる気がしなくなってきたが、それでも攻撃は止めない。


「力だけでは何も解決しない!」


 通らない剣を叩き込んで、届かない言葉を吐き出す。

 真横から変則的に足元を狙って振り抜いた剣も、低姿勢に屈み込んだジャスティンの拳が容易く受け止められているのだ。


「例え天地がひっくり返ってもな!」


 力は裏切らないが、誰しもが備えているものだ。

 どんな些細な力でも一度牙を剥けば武器となるし、裏返れば肉を抉る。

 懐に剥き出しの刃物を抱える様なものだ。


 オルガがいい例だ。

 味方であればこれほど頼もしい奴はいないが、もし怨みを買っていたら、もし対話を間違えていたら、もし手を上げていたら――今の俺は無いだろう。

 それこそ暗殺されていたかもしれない。

 精霊魔法の虚偽報告、モンスターのトレイン――考えてみれば俺一人を陥れるだけならば手段はいくらだってあった。


 ジャスティンの目指した救済とは、まさにそういったリスクを孕んだ、力での支配だったのではないだろうか。


 だが召喚された魔族は人の天敵とは言い難い性格をしていた。

 魔族パラディソも、先程始末した女魔族も、何処か魔性に欠けていた。

 それでも精霊魔法には引っ掛かる。

 魔族というだけで、その命は途端に軽くなる。

 勇者も魔族も、等しく人外の能力を持つ化け物だというのに。


 現実は非情だ。

 だからこそ勇者という偶像で覆い隠し、聞こえの良い嘘で誤魔化したのではないだろうか。

 真っ先に教会の者を味方につける為に。


「それが使命だと? 幻想だ!」

「神は居ます! 今も――」

「そんな都合の良い神が居たのなら、俺は……俺達は今、此処には居ない!」


 本当に人を救う神が居たのならば、この世界に来る事も、勇者達が道具として扱われる事も、シュウが地下におとされる事も、ヴァリスタが犯罪奴隷と化す事も、オルガが故郷を追われる事も、ディアナが剛腕に苦しむ事も。

 そしてエティアが両親のみならず声までをも失う事も――何も無かっただろう。


「だから俺は信じない」


 意識的にしろ無意識的にしろ、ジャスティンは逃げた。

 人を支配するその先頭を、偽りの勇者という偶像に背負わせようとした。

 真に人の上に立つのならば、綺麗事も、汚れ仕事も、見て見ぬ振りでは居られないはずだ。


 その手が汚れて然るべきなのだ。

 決して理想だけでは務まらない。

 俺の知る支配者――王ボレアスもそういった“何か”を備えているのだろう。

 自らを肯定させるほどのいかれた何か。

 多分それが、本来あるべき支配者の素質。


 救えないのはジャスティンだ。

 説法を苦手とする神官。

 剛腕に振り回されて、翻弄されて、結局この男は神という偶像すらも利用して逃げ続けたのだ。


 そのぶっ飛んだ信仰心。

 この世界では敬われる神官というクラス。

 捻じ曲がらなければ本当に人々の上に立てた逸材なのかもしれない。


 それもこれも、既に断たれた未来だが。




「あんたに巣食っている神ごと、斬る!」


 剣を振りかぶり、その言葉と共に飛び退くと、入れ替わりに不定形の白光体が向かう。

 発した言葉と真逆の退避はジャスティンの注意をさらうには十分だった。

 ジャスティンがその場を動く前に、扇状に広がる白い炎が床を這い伝って行ったのだ。


 ディアナの吐いた、竜の息吹だ。


 それを見てジャスティンは身を一丸とし守りを固める。

 下手に逃げなかったのはやはり飛び抜けた戦闘センス故か。

 移動した瞬間、防御を疎かにした瞬間を狙って突き殺すつもりだったが、当ては外れた。


 しかし釘付けだ。

 同時に竜の息吹という未知の攻撃に思案している事だろう。


 先の火球は平然と受けられてしまった。

 それは絶対の魔法耐性による自信もあるだろうが、何より火の迷宮がある城塞都市を根城としていた男だ。

 火球というのは見慣れたものだったに違いない。


 だが竜の息吹は違う。

 ディアナの言葉が確かなら竜人自身が使用を躊躇う技であり、これを見た者は数少ない。

 竜人を除き、この時代には俺達以外に竜の息吹の存在を知る者はいないかもしれない。

 実際蛇の様にうねる白い炎というビジュアルもなかなかに奇抜で、無視出来るものではないはすだ。

 その未知の攻撃に対する思考を巡らせている今だからこそ、好機。


「叩き潰せ!」


 ジャスティンに迫る白い蛇炎のすぐ後を追って斬り込む。

 三本の剣と、一本の矢。

 白い炎に気を取られたこのタイミングで一斉に叩き込まれて凌ぎ切れるはずがない。


 そう思ったのも束の間、ジャスティンは白炎に自ら飛び込む様にして猛然と進撃して来ていた。

 ジャスティンの体が淡く光る。

 それは恐らく回復魔法が発動した証だろう。


「来るかよ、この状況で」


 その選択をするのか、この一瞬で。

 回復しながら未知の魔法地帯を突き抜けるつもりなのだ。

 猪突猛進という言葉はこの男の為にあるのかもしれない。

 ヴァリスタの剣を弾き返し、シュウを盾の上から殴り飛ばし、ごく簡単に押し退けて俺の目前にまで迫った。

 その顔は仏像の様なあの恐ろしげなものに早変わりしており、受けの一手から遂に反撃に転じた事を直感した。


 両手で構えたディフェンダーと、両手に装備したカイザーナックルが一瞬のうちに相対する。

 ジャスティンは右の拳を振りかざし、俺はそれに向けて真正面からの一撃を打ち合った。

 剣戟の痺れが伝わると同時、右の頬から重い衝撃が走った。


 直後に振り抜いた左拳を悠然と構えなおす様が見えた。

 最初の右拳が囮で、その隙を突いて左を入れられたらしい。

 テレフォンパンチという奴か、あえてそれで注意を引き付けて――完全に釣られた。

 対人戦はどう足掻いてもあちらが上手だ。


 眩暈のする様な衝撃と強い鉄の味を噛み締めて踏み止まり、吹き飛ばされそうな上半身のエネルギーを強引に逃がす。


 制御を取り戻した体で真横から一撃を叩き込むもまたも防がれ、オルガの放った物か、鋭く風を切った矢も拳で打ち落とされて、その拳が行きがけの駄賃の如く飛んで来る。

 二度目の殴打もまた頬に直撃し、ふらついて血が散った。

 一瞬平衡感覚がいかれて、それでも踏み込む。

 床を擦って火花を散らし斬り上げた一撃も当然の様に防がれて――。




 おかしい、追撃が来ない。

 ジャスティンのものではない、仲間達の援護が来ないのだ。

 ジャスティンから距離を取り口内に溜まった血を吐き出して周囲に目をやると、呆然と目を丸くしたヴァリスタがこちらを見ていた。


「どうしたヴァリー!」

「ラ、ライ……」


 珍しく困惑を見せるヴァリスタの声。

 直後には静寂。

 戦闘中とは思えないほどしんと静まり返っていた場に、俺も困惑する。

 ヴァリスタは打撲に血を滴らせる俺を見て――いや、違った。

 その視線は俺の向こう側。


 ジャスティンは打って来ない。

 奴もまたこの異様な状況に気を向けているらしい。

 ジャスティンへ向けた構えは解かず状況を確認する。


 俺とジャスティンのステータスに異常は見られない。

 マップにも大きな変化はないだろう。

 瀕死の仲間も居ない。


 もっと何か、ヴァリスタが戦闘から気を逸らしてしまう程の事が起きているのか。

 注意を払いつつもヴァリスタの視線を辿って見たものは誰か――見慣れない者。

 殴打の応酬だった俺とジャスティンを除いて全員がそれに釘付けとなっていた。


 人型で、白みを帯びた琥珀色の髪、赤い瞳。

 耳は尖り、いつか見たドラゴンの耳によく似た造形。

 腰から生える太い尻尾は間違いなく竜人の証。

 その見知ったはずの、しかし何処か見慣れない竜人は、自身の手を見て立ち尽くしていた。


 ようやくそちらに意識を向けた事で、静寂の中で微かに鳴る音が届いた。

 何かが割れる様な、まるで熱を受けた氷が急激に解けていく時の様な――ぺきぺきというその音は本来ヒトから聞こえるものではない。

 見ればその人物の頬から耳に掛けて、そしてその両手足の変異と共に発せられている音の様で、捲れ上がる様に、脱皮するかの様に、皮膚がまるで鱗の様に変質しているのだ。

 その変質途中の手に持たれた分厚い本――魔導書がばさりと落ちて、静寂が破られた。


「化け物!」


 そんな声が周囲から溢れて、先程まで動けずにいたはずの僧侶達は我先にと部屋から逃げ出した。

 恐怖に慄き、化け物と評して。




「ディアナ……お前、一体……」


 ステータスを覗き見れば、確かにそれはディアナだった。

 間違いない、ディアナのはずだ。

 俺は何かこう、例えば竜人は成長と共に脱皮するのかもしれないだとか、そんな馬鹿げた発想で混乱を回避しようとしていた。


 容姿の変態は半端な形で止まった。

 頬と耳、そして手足の先。

 尻尾以外はほぼほぼ人族と変わりなかったはずの身体には、人外と形容してもおかしくない変化が生じていた。

 例えるならばそれは竜人が局所的にリザードマンへと近付いた様な――。


 それだけならば俺にとっては弱かった。

 異世界に飛ばされゴブリンに始まりドラゴンと死闘を繰り広げ、獣人、エルフ、吸血鬼、そして魔族と様々なものを見て来た。

 未知の体験に多少の耐性が出来ていたのだと思う。


 知らずに感覚が麻痺していたのだろう。

 この世界の当たり前を受け入れ始めていたのだろう。

 ――にも関わらず、釘付けになっていた。


 ただ“龍人”と、その種族名が変化している事だけが、俺の意識を掻っ攫っていた。

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