第161話「細工はりゅうりゅう」
ディアナを女性陣の部屋へと送り届けると、机を中心として腰掛けていた面々が俺と隣のディアナとを見て数秒。
真っ先に反応したのはグレイディアだった。
椅子に腰掛けたままに微かに首を傾げて見返して、その笑みは微かな苦笑も混じって見える。
「手懐けたのか」
「変な言い方しないでくださいよ」
わざとらしく口元を覆ったグレイディアの言葉で、シュウが何かを察した様に口元を覆って頬を赤らめる。
どうにも変な解釈をされた様だが、詳細はディアナから聞くだろうから心配無いか。
肝心のディアナが未だ龍の鱗の虜で、心此処に在らずといった感じだが。
そんな状況の中で、突如として椅子から立ち上がり視線を集めたのはオルガだった。
「あっ、今日はボクが一緒に寝るよ!」
「は?」
「ええ!?」
オルガは危険だ。
野生の勘が、俺の中の獣がそう囁いている。
落胆の表情を見せるオルガを放ってヴァリスタを手招く。
「おいでヴァリー」
「ばいばいオルガ」
「うぐぐ……」
ヴァリスタは唸るオルガをちらと見るも、すぐにこちらに向き直って歩み寄る。
猫耳はぴくぴくと、尻尾はなだらかに揺らして。
その紺藍の髪をわしゃわしゃと撫でてやると、一層に寄って来る。
遂に腰元に抱き付いて、見上げた表情は崩れてしまいそうな程に緩んでいた。
やはりこの無邪気な関係が一番落ち着く。
ヴァリスタは無口でぶっきら棒だが、それでもやはり想う所はあって――何より未だ子供だ。
本来なら甘えたい盛りのはずだろう。
「ご主人様はヴァリスタをひいきにしてるよ」
「そうかもな」
「あとボクを除け者にしてる」
「オルガは何を仕出かすかわからないからな、仕方ないな」
「むむ……」
そんな口論を聞いて、ヴァリスタが疑問を口にした。
「ライはオルガが嫌い?」
「いや、ただオルガと寝るのは危険なんだよ」
「そうなの?」
「危険なのは夜に獣になるご主人様でしょ、あの時だって強引に――むぐぐ」
オルガの口を押さえて黙らせると、ヴァリスタを連れて部屋を出る。
案の定ついて来たオルガは勝ち誇った表情。
俺が力で訴えないと確信しているからこその行動、末恐ろしい。
ただ今回は小さなヴァリスタも居るし、さすがに下手な真似はしないだろう。
三人で部屋へと戻ると、ようやくと休憩となる。
この微妙な心身の疲れは他でもない、ディアナへの対応に神経を使っていたからだろう。
今回ディアナを無事に引き込めたのは、何よりの成果だ。
「よしヴァリー、風呂入るぞ」
「うん!」
そうしてオルガを置き去りに、久々にヴァリスタと共に脱衣所へと入る。
素っ裸になった俺の前、立ち尽くしたヴァリスタは微かな期待を瞳に宿している様に見える。
珍しく甘えようという魂胆なのだろうか。
撫で回した時くらいしかその感情を顔には出さないから何とも言えないが、服を脱がせてやると抵抗は無い。
微かに膨らみを見せる胸部には、小柄でも確かに女性らしい成長が伺える。
少し前までは痩せ細っていた腹部ももう十分に肉付きが良くなり、肌にも艶がある。
獣人というくらいだし、外見だけでなくその体質や栄養の吸収率もまた人族とは違うものなのだろう。
耳に水が入らないよう丁寧に髪を洗ってやると、気持ち良さそうだ。
耳もまた揉み洗いしてやると、敏感な部位なのだろう、最初こそ微かに身を捩った抵抗があったがされるがままだ。
洗い終わると、むふんと気合を入れたヴァリスタはタオルを手に俺を見る。
「ライ、背中!」
「ほう」
小さな体で必死に擦る姿を背に、しばし手荒な洗浄を受けた。
「ふう……」
「ふう」
その後ヴァリスタを膝に浴槽へと浸かる。
一息つくと復唱するヴァリスタに思わず笑ってしまった。
不思議そうに見上げたのは屈託の無い表情。
頭を撫でてやると、とろんとして身を預けた。
ディアナとの対話の後だからこそ気付く、ヴァリスタには俺に対する警戒心の欠片も無い事を。
何だか本当に親子とはこういうものなのだろうなと、馬鹿げた感情を抱きつつ疲れを癒す。
ヴァリスタは普段こそ目付きが悪いが、顔立ちは整っている。
将来は美人になるだろう。
それは五年後か、十年後か――何にしても闘いが終わった後の話だ。
後悔だけは遺さない様に立ち回ろう。
しばらく湯に浸かっていると、オルガが入って来た。
前面を隠して恥じらって見せているが、俺から漏れるのは溜め息ばかりだった。
ヴァリスタは身を預けたまま気持ち良さそうにしており、体を洗い始めたオルガはちらとこちらを見てわざとらしく呟く。
「ちょっと目付きがいやらしいよご主人様」
エルフというのは確かに美形で、ハーフエルフのオルガもまた例に漏れない。
その外見的な特徴としてはスレンダーさが売りなのだろう。
生憎俺の好みとは正反対な訳で、気落ちしていた以前の様にはいかない。
こんな失礼な事を平気で考えられるのもオルガだからこそというのがまた歪だが。
「ね、ねえ、あんまり見ないでよ」
「はいはい」
ヴァリスタを撫でながらしばらく、ぼうっとオルガを眺めていると本気で恥ずかしがりだしたのだから面白い。
何処までが本心かは知らないが、羞恥心は持っていたらしい。
十分に疲れが取れた所で風呂から上がってベッドに入る。
俺を中央に、ヴァリスタには昨日と同様抱き枕にされた。
それを見てか、オルガはちょこんと指先だけを繋いで来て、思わず吹き出してしまう。
「な、なに、ご主人様」
「少しは可愛い所があったんだなと」
「いじわる!」
やけくそ気味に抱き付いて来て、意外と純情な面があるのだと今更ながらに知る。
色々やって見せてはいるが、未だその内面は子供という事か。
ヴァリスタ一人ならまだしも、両側からのサンドイッチは寝苦しかった。
「おはよう、ライ」
「おはよう、ご主人様」
そんなサラウンドな挨拶と共に起きて、ヴァリスタを撫で回しながら全員の集合を待つ。
「おはようございます」
「昨日はよく眠れたか」
やって来たシュウは元気に挨拶し、グレイディアは意味深に問い掛けて来る。
その後ろからはディアナも顔を覗かせ、六人全員が集合だ。
ディアナの相手をさせる為にオルガはあちらに残しておくべきだったろうか、今更にそんな事を考えたが、心配は無用だった様だ。
前日と比べてディアナの表情は実に明るい。
胸元に手を置いて、優しげに笑んで一言。
「おはようございます、旦那様」
「お、おはよう、ディアナ」
態度が改まり過ぎていて怖い。
俺の返答を聞くと何やら興奮気味に尻尾を振り回して、それが豪快に扉へとぶつかった所でようやく正気に戻ったのか、部屋に入って来た。
何だこの違和感は。
シュウとグレイディアをちらと見ると、シュウが微かに目を逸らした。
また何か言ったのだろうか。
「シュウさん、あの」
「何でしょう」
「ディアナに何か言いました?」
シュウはむっとして答える。
「知りません」
「そ、そうですか」
「ライ様の贈った大切な物の細工はしましたけどね」
「たいせつなもの?」
その言葉を聞いて、振り返ったのはディアナ。
胸元に置いた手を退けて自慢げな表情、そこには深い緑の一枚の鱗。
龍の鱗が首飾りと化していた。
「お前それ……」
「大切にしますね、旦那様」
「お、おう……」
満面の笑みの意味はそれか。
俺は何かとんでもない事をしてしまったのではないだろうか。
思い返せば鱗というのはリザードマンにおいては婚約の証の様な物だ。
だがディアナは竜人だ。
その生態や環境は違うはずだ。
グレイディアを見ると、首を傾げて見せた。
「まぁ、大丈夫じゃないのか」
「そうですかね」
「それよりも本当に龍を撃滅していたのだな」
「ええ、まあ。色々ありまして」
不安だが、グレイディアの言う事だしそういう事にしておこう。
もしかすればアクセサリーとして気に入ったのかもしれない。
光物ではないが、龍の鱗ともなればその価値も大きい。
実際ディアナは上機嫌だし、関係としてはむしろ良好に働いているはずだ。
これまでとは真逆の心配も覚えつつ、今日もまた風の迷宮へと向かうのだった。




