第160話「ドラゴンルーツ」
ディアナについては色々と理解した。
後は俺自身の強さを知っておいてもらう必要がある。
これはディアナが魔族に対しての戦意を失わない為にもだ。
「ディアナ、俺達のパーティの戦力は昨日今日でわかったよな」
「はい」
「俺達はこれまでに二度、魔族を征伐している。それでも未だ、魔族が怖いか?」
沈黙するディアナ。
ディアナが反抗する理由は魔族への畏怖に他ならない。
それも古代より伝来された、刷り込みに近い畏怖。
それを上書き出来るほどの何かが無ければ、ディアナが真に俺を信じる事は無いのだろう。
元々俺とディアナの間には薄っぺらい主従関係しかないのだから。
だとして、何か――。
竜人を、ディアナを納得させる、説得出来る何か。
いや、地下に来たその時には持っていた。
金、魔石、スキル――そんな物ではなく、竜人という種に対して圧倒的な力を示せる物。
すなわち、龍撃。
「俺はこれでも龍を撃滅する者だ」
「龍を撃滅……? 冗談にしてもそれは……」
ディアナは小馬鹿にした表情でこちらを見た。
俺に対してここまで明確に悪意を見せたのは初めてだろう。
大人しくしていた顔つきは崩れ、魔石や魔導具以外で感情を見せてくれたのだ。
悪意を向けられて嬉しくなるというのは何だか変態的だが、今までの警戒心だらけの対応よりは遥かに近く感じられる。
これまでその明け透けな態度から腹の探り合いには至らなかったが、俺に気を許す事も無かった。
ディアナにとっては理屈こそが重要なのだろう。
竜人にとってドラゴンというのは強大にして超常の存在。
例えばそれは人族が神を信仰しているのと同様――いや、ドラゴンは実在しているのだから、その価値観はまた違うのだろうか。
何にしてもこの様子だと、竜人にとっては魔族と天秤に掛けてもドラゴンが勝る。
それを倒せるとは思えないのだろうし、妄言にしてもあまりに行き過ぎている。
そう感じられたのだろう。
確かにこれまでも、ドラゴンという存在は認知されていながらも龍撃を本気にされた事は無かった。
例えばそれは実際に龍を撃滅した者としてではなく“龍を撃滅する者”と謳われるだけの活躍をした程度の者だと思われていたのではないだろうか。
だが俺が、俺達が龍を撃滅した証拠はある。
「それは……!?」
突如として身を乗り出したディアナは、赤い瞳を全開に、こちらに顔を寄せて来た。
瞳孔は鋭く、視線は俺の手元に釘付けに。
おもむろに取り出して見せたそれは、暗く緑に大振りの――龍の鱗。
「龍の鱗だ。何よりの証拠だろう」
「ほ、本当に、ドラゴンを……」
龍の鱗から目を離せないでいるディアナ。
予想通り、ドラゴンの存在は非常に大きい。
下手をすると畏怖の対象が魔族から俺に移る可能性もあったが、その心配は外れてくれた。
驚愕に染まったディアナは微かに指を動かして、何やら喉につっかえた様に声にならない声を上げる。
「これでもまだ、俺の力を信頼出来ないか」
結果を知った上で、あくまで上から言葉を投げる。
魔族と龍族を天秤に掛けられて、ディアナという竜人がこれを認めない訳がなかった。
竜人に対して最短で、最高の信頼を得られるたったひとつの猛きもの。
何より力を示せる確実な手段。
計らずもそんな強みを、あの死闘で手に入れていたのだ。
「あ、あの……」
真っ赤な瞳は未だ龍の鱗に釘付けだ。
頬は赤く染まり、何やら息遣いも荒くなっている。
その様はまるで――。
「うおっ!?」
据わった目付きで突然に手を伸ばして来た。
咄嗟に仰け反って回避すると、幸い机を挟んでいた為に、その手は若干に届かず宙を踊る。
さっと立ち上がって見下ろすと、胸をクッションに机へ倒れ伏したディアナは忌々しげに俺を見上げる。
魔力刻印の効力が発動していないという事は、俺に手を出そうとした訳ではないらしい。
それにしてはディアナらしくない乱暴な行為だ。
どうにか平静を保って問い掛ける。
「何だ、どういうつもりだ」
「み、見せてください」
「それは良いが、お前……大丈夫か?」
粗雑に首肯したその様は果たして正気なのかも怪しいが、試しに龍の鱗を近付けてみると机に倒れたまま奪い取らんとばかりに素早く手を伸ばして来た。
生憎敏捷値の絶対的な差がある。
その手は届かず、虚しく空を掴む。
必死だ。
何がそうさせるのか。
竜人にとって龍の鱗とはそれほどの価値があるのかもしれない。
いや、そもそもとして価値観が違う。
俺にとっては龍の鱗は思い出の――貴重な鱗でしかない。
資金繰りに困った時や、もしもの交渉のカードにでもしようと思って取って置いたが、これ自体に魅力は感じなかった。
しかし竜人にとってはどうなのだろう。
果たして貴重な鱗というだけに留まるのだろうか。
残念ながら想像が及ばないが、例えば伝説の剣という物が存在するとして、それが突如として目の前に出されたとしたら――触れてみたくなるのも無理はないだろう。
「壊したりするなよ」
「しませんから!」
「約束だぞ」
「はい!」
その返事は確かなものだが、理解しての返答なのかは定かではない。
何せ今もその視線と意識は俺ではなく手元の龍の鱗に向いており、無我夢中といった雰囲気だ。
おもむろに差し出すと、ぱっと表情を明るくして見せた。
今度は壊れ物を扱う様に、両手でもって緩やかに抱える。
鱗の隅々までを見て、触って、感嘆の声を漏らすディアナ。
舐め回す様に龍の鱗を弄ぶディアナは、魔石や魔導具を与えた時以上に――それはもう念願叶った様に、とても嬉しそうだった。
その様を眺めてしばらく、声を掛ける。
「そろそろ満足したよな」
「え……?」
何だその素っ頓狂な反応は。
小首を傾げて俺と龍の鱗とへ交互に目をやる。
自分の世界から脱したディアナはようやくと状況を理解したのか、龍の鱗をぎゅっと抱き締めて身を逸らす。
それはまるで――。
「欲しいのか」
「欲しいです」
一応聞いてみる。
「俺達と共に、魔族が現れたとしても戦ってくれるか?」
「はい!」
現金な奴だが、この様子からするとその価値は決して安くはないのだろう。
高い安いの値段としての基準ではなく“重い”と言った方がいいのかもしれない。
ドラゴンの存在は、実に重大だったのだ。
ただ龍の鱗一枚でディアナの意志が固まるのであればこちらとしては悪く無い。
地に足のつかない状態では、その運用も安定しないのが問題だった。
覚悟もままならず魔族と対峙して、以前のオルガの様に錯乱して――いざという時に戦意を失われてはたまったものではない。
あんな事態になっても生き延びられたのは、運が良かったからに過ぎない。
ならば――。
「ならば俺の闘いが終わるまで、仲間としてその力を貸すと約束してくれ」
「はい!」
相変わらずその意識は胸に埋もれた龍の鱗に向いており返答は簡素なものだが、確かに俺の目を見て、言葉を聞いている。
何せその返答如何で龍の鱗の所有権が決まるのだから。
頷いて返して、うずうずと胸元に意識を取られるディアナとの会話を締める。
「改めて、よろしく頼む」
「はい!」
最初が肝心だという認識から気を入れていたが、あまりに呆気無い結末に気が抜けて椅子に座り込む。
ヴァリスタ、オルガと奴隷を仕入れて来たが、今回もどうにか良好な関係を築けそうだ。
それは物で釣るという冴えない下地だが、上辺だけの忠誠よりかは信用出来るだろう。
先に竜人やリザードマンの情報を得ていなければ、ディアナとの関係構築も此処まで円滑に進めなかったかもしれない。
グレイディアに再三の感謝をしつつ、ディアナに意識を戻す。
見れば未だに龍の鱗に囚われており、完全に中毒状態だ。
「猫にまたたび、竜にうろこか」
半笑いの俺の言葉に返答は無い。
思わず呆れ笑いを漏らしてしまったのは、そのあまりの没入っぷりからだ。
完全に自分の世界に入ったディアナは、やはり興味の強い分野に対してのめり込む性質。
赤い瞳は龍の鱗に釘付けで、舐める様に動く指先は戦闘時のキレの無さはどこへやら――。
何はともあれ、趣味に生きるディアナが仲間となった。




