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第159話「ドラゴンハーツ」

 魔導具製作に必要な物を買い集めた後もいくつかの店を巡り、魔導書も確保出来た。


「ディアナには今後この魔導書を使ってもらう。遠隔攻撃だから運動能力は関係無いだろう」

「ま、魔導書……私が使って良いんですか?」

「ああ、大切に使ってくれ」

「は、はい!」


 手渡した魔導書は胸に抱かれて、その分厚い本が分厚い山に埋もれる。

 大きな体だがその反応はまるでプレゼントを貰った子供の様で、どうにも嬉しげだ。

 魔導オタク的にはその価値は大きいのだろう。



火球の書 魔導書

MPを消費して火球を発動する。



 購入した魔導書は火球の書というらしい。


 グレイディアの助言通り、老舗というか、古い物品の売られた店だった。

 店の外装がそこまで古ぼけていなかったのは街の特徴からだろうか。

 年中風が吹いている為、古びた家屋ではすぐに倒壊してしまいそうだ。


 魔導書は金貨一枚という高価な品だったが、恐らくこれでも値下げされているのではないだろうか。

 何せ魔石を燃料とした魔導具が生活の大部分を補っているから、魔導書は実質骨董品扱いといってもいい。

 手に入ったのは運が良かった……というよりも、手にする者が限定されているから売れ残っていた感じだ。


 俺の場合は一目でその概要を視る事が出来るから、迷わず発掘、購入出来るのが大きい。

 さすがに店内で試し撃ちはさせてもらえないし、買い渋る者も居るだろう。

 実用性も不明なままに大枚をはたいて買う者はそうそう居ないというのが実状か。


 中にはそんな骨董品を好んで集める者も居るのだろうが、量産して運用されないのはその技術が廃れてしまった事が原因だろうか。

 魔法が扱える者の大半が国に雇われている辺り、一般層に下手に力を持たせない為とも考えられるが。

 そもそも塔の街の荒くれ共なんかは剣に槍にと近接武装で特攻して回復薬をがぶ飲みするのが当然だったみたいだし、魔導書の魔の字も知らなそうだ。


 一般には魔導書それ自体が知識として消失しているのかもしれない。

 この様な魔石に固執した文明に到達したのも何か歴史があるのだろうが、貴族が統治するこの社会だ。

 歴史の真実は王のみぞ知る所だろう。




 無事に魔導書が確保出来た事で、今後はディアナには遠隔攻撃をメインとして行動してもらう。

 その優秀な筋力値は残念ながら活用出来ないが、接敵された際の自衛手段としては申し分ない。

 だがスキル剛腕は、このまま腐らせるのも勿体無い気がする。




 宿へと戻ると一旦解散とするが、ディアナだけは俺の部屋に留まらせる。

 つい先程まで嬉しげな雰囲気を隠しきれていなかったディアナだが、びくりとして挙動不審になる。

 まだまだ気を許すには早いという事だろう。


「まぁ座ってくれ」


 その言葉で魔導書を強く抱きかかえて着席するディアナ。

 どうにも警戒が強いが、下手に物を買い与えたのが逆に不審に思われたのだろうか。

 厳しくすれば嫌われる、優しくしても怪しまれる――正直対応にかなり苦労しているのが本心だ。


「まずこれからの事だが、俺は魔導書を使っての戦闘については経験が無い。だから明日からはその調整を……」

「あっ、使い方なら大丈夫です!」

「使った事があるのか?」


 やはり魔導学者として触れた事もあるのだろうか。

 俺には魔導具や魔導書の知識が無いから、こういった面は役に立つ。


「い、いえ。知識としてだけですが……」

「十分だ。なら魔導書についてはディアナに任せる」

「はい!」


 全てが俺の指示通りというのは向上心も削がれてうまくない。

 それは仲間の成長の為でもあるし、俺自身の戦闘能力を発揮する為にも必要な下地の構築でもある。

 今でこそ中衛で指揮を執っているが、俺のクラス龍撃は本来前衛で殴り合う能力値だから、ある程度フリーな状態でなければ十全に能力を発揮出来ない。


 なので仲間達には命令だけは厳守してもらいつつ、後は各自考えて動いてもらえる状態に持って行けるのがベストだと思っている。


 この点はオルガとグレイディアは手放しでも十分にこなしてくれるだろう。

 ヴァリスタは戦闘に関しては野生の感というか、天性の才がある。

 シュウは攻め気が強いせいか、一転攻勢のタイミングだけは完璧だ。


 これに対してディアナはまだまだ駆け出しだから、経験を積んでいく必要があるだろう。




「さて、次はディアナのスキルに関してなんだが」

「私のスキル……ですか?」


 ディアナは不安げに問い返して来る。

 やはりその唯一発現していたスキル剛腕は、ディアナにとってはとても大きな存在なのだろう。

 それが良い意味か、悪い意味かは別として。


「単刀直入に言う。スキルを譲渡する能力が取得出来る。それで俺に剛腕を託してくれないか」

「え? あ……ううん……」


 ディアナは呆然とした後にくらりとして、琥珀色の髪を揺らしてしばし思い悩む。


 剛腕は魅力的なスキルだ。


 ディアナと違い素の状態でも筋肉のついている俺が外見的にどうなるかは想像したくないが、恐らく剛脚を持つブレードハーピーの様に強力な打撃を放つ事が可能になるだろう。

 例えばそれは魔族パラディソの持っていたタワーシールドの様な頑強な守りにも小細工無しで対抗出来る破壊力。

 盾を打ち抜いて攻める事が出来れば、戦略の幅が広がるはずだ。


「その、何と言いますか。それは、どこまでが本当のお話しなのでしょうか」


 ようやくと考えが纏まったのか、小首を傾げて問い掛けて来たディアナ。

 俺の言葉の何処までを真実として受け止めれば良いのかが本気でわからないといった感じだ。

 竜人が普段見せないのであろう竜の息吹という特殊な能力を視た事で、俺が普通ではないというのは理解出来ているはずだ。


 それでも尚、俺の言葉は信じ難いものだったのだろう。


 ディアナは疑り深い――というより、気になる物事を深く追求するきらいがある。

 口で説明しているといつまで掛かるかわからない。

 それにこれは恐らく、ただスキルの譲渡が信じられないだけでなく、俺に剛腕を譲渡する事にも何かしら引っ掛かりがあるのではないだろうか。


 何にしても剛腕という肉体強化のスキルはレアで強力だ。

 これを燻らせておくのは勿体無い。

 おもむろにスキル譲渡を取得させると、ディアナはびくりとして俺を見直した。


「ほ、本当に……?」

「本当だ」


 ディアナはスキル譲渡を取得した時点で、その使用法がわかったのだろう。

 だからこそ戸惑っている。

 鋭敏を取得させた時もそうだった様に、突然に取得されるそれに驚いてしまうのは至極当然だ。


 再びしばしの沈黙が訪れて、ディアナは自身の腕を見ていた。

 それは引き締まっているが、女性としては確かに筋肉質で、とても学者の肉体ではない。

 ディアナにとっても、剛腕を俺へ譲渡する事によるマイナスより、プラスの方が大きいのではないかと思う。


 だからこそスキル譲渡を取得させた。

 ここまでの付き合いで、剛腕を譲渡させられるだけの算段があった。




「駄目です……」


 拒否された。


「それは、何故だ?」


 微かな困惑を隠して、冷静に切り返す。


「これは呪いです。人を不幸にします」


 わからないでもない。


 やはりこれまでにディアナが受けて来た扱いは、俺の想像通り――もしくは想像を絶するか。

 眉を顰めたディアナは俯いて、微かに胸元を押さえた。

 まるで今にも泣いてしまいそうなその心痛な面持ちは、とても見過ごせるものではなかった。


「幼い頃から、普通じゃなかった。少し加減を間違えれば物が壊れます、他人を傷付けます。だから!」

「わかった、いい」

「でも……!」

「今は、いい」

「でも……」

「元より俺は真っ当な道を歩んでいない。社会の闇だろうが、スキルの呪いだろうが、糧にしてみせる。だから俺の事は心配しなくていい。ディアナが渡したくなった時でいい」

「ありがとうございます……ライ様」


 予想外だったのは、ディアナの心根の優しさか。

 スキル譲渡により剛腕――そのある種の呪いから解放される事は嬉しかったのだろう。

 まして主人である俺が奴隷であるディアナへ命令すれば、逆らう必要もない。


 しかし、それを移した先で他の者が苦しむのは嫌だと、あくまで良心的な思考がディアナを余計に悩ませた。

 魔導に目が無いオタクと思っていたが、誰よりも心の痛みを知っているのかもしれない。

 だからこそ、あれ程までに警戒心を持っていたのか。




 何より情けないのは俺自身だ。

 ここまで邪道を歩んでおいて、此処に来て、それも不正な流通で仕入れた奴隷本人に心配されてしまったのだから。

 剛腕の肉体強化状態に慣らす為にも早めに譲渡してもらいたい所だったが、出来ればトラウマを抉る様な真似はしたくない。


 ただでさえ気弱なディアナを、精神的に追い詰めるのはまずい。

 強引な手では確実に禍根を残す事になる。

 そうすると、命令して譲渡させるのは良くない。


 ディアナから剛腕を譲渡される時――それは恐らく俺が認められた時。


 果たしてそんな瞬間が訪れるのかは知れないが、主人として頑張るしかないのだろう。

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