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第158話「ドラゴンフェロー」

 翌日、もぞりと動いたヴァリスタの感触で目覚めた。

 朝食を済ませて食休みを挟むと、風の迷宮へと向かう。


 前日と同様に第三階層に籠った。

 鋭敏スキルのおかげか、ディアナの動きは確かに良くなった。

 良くなったが、それだけだった。


 自衛出来るだけの最低限の動きは問題無いだろうが、素の運動能力と戦闘適性の無さが足を引っ張っていた。

 つまり近接戦闘をメインに据えるのは難しい。

 下手に前線へ出せば、他の仲間がフォローに回って逆に攻撃の手が弱まる可能性まである。


 その気弱な性格もあるし、後衛に徹して貰うのが良いだろうか。

 だとして高範囲高燃費の竜の息吹だけでは戦略的にも継戦能力的にも問題がある。

 魔法も適性の問題があるからほいほい取得させる訳にもいかないし、ここら辺は擦り合わせていく必要があるか。


 そうしてこの日もクライムとは出会えず、迷宮を出た。




 宿へは戻らず街中を行く。

 その道程からシュウが気付いて、質問を投げて来る。


「ライ様、何か用事でもあるんですか?」

「買い物です。ディアナの魔導具製作用の道具が必要ですから」

「べ、別に私は欲しがっている訳ではありませんよ」


 後ろを歩くディアナが呟く様に否定を述べるが、戦闘指揮の効果で丸聞こえだ。

 その声色は何というか、興奮が抑えられていない気がしてならない。

 生来の明け透けな感情を必死に隠すその様は、まさに欲しがりさんである。


「とりあえず道具屋に向かっているが、専門店とかあるのか?」


 歩きながら微かに背後へと身を逸らして問い掛けると、ディアナは悩みつつも答える。


「専門店は無いと思いますが、道具屋で買い揃えられると思います」

「専門店は無しか。やはり市場に出回っている様な魔導具は普通の道具では難しいのか?」

「そんな事は無いはずですよ。小物であれば」

「という事は、風呂とかの大掛かりな物は専門機関に配備されている様な道具で作られているという事か?」

「そうですね」


 やはりそうなのか。

 とするとやはり技術屋としては――。


「せっかく魔導具を作るのなら、小型化を目指してほしい所だな」

「はい!」


 素直な返事。

 やはりディアナは魔導具に目が無い。




 黙って話を聞いていたグレイディアがぽつりと語る。


「皮肉だな、行きつく先は魔導書か……」

「魔導書、ですか?」

「あれは所有者の魔力を食って燃料とするからな」


 魔石ではなく魔力を燃料とする技術体系もあったらしい。

 それこそが魔導書に使われている技術なのか。

 だとして、それが廃れたのは他でもない。


「その役割を魔石に取って代わられたという事ですか」

「あれももはや千年前の遺物だ」

「千年……」

「天蓋に覆われてより、魔石を活用する技術が突然に生まれて――今に至る」

「何処の世界も似た様なものですね」


 天蓋に覆われて、光を失い風が止み――。

 そんな闇の世界に成り果ててから、地下では凄まじい勢いで文明が進歩したのかもしれない。

 それが自然に恵まれた地上とは違う体系。


 魔導書の衰退、魔導具の台頭、魔族との死闘。


 魔力枯渇は危険な状態だから、どれほど魔導書の技術が優秀でも魔力の消耗が避けられた時代があったのかもしれない。

 幸か不幸か、生命の危機を回避する為に独自の発展を遂げたのだろう。

 そして今の、迷宮を中心とした生活が出来上がった訳か。


 ずっと気になっていたが、グレイディアの年齢については考えない事にしよう。




 ディアナが沈黙し立ち止まっていた様で、振り返ると目が合う。

 珍しく目を逸らさずにいる。


「どうした?」

「い、いえ。ライ様はこの世界に来て三十日程、魔導具の製作に携わった経験も無いのですよね?」


 相変わらず表情に出てわかりやすいのが救いか、俺を怪しんでいる様だ。

 なるほど。

 この世界基準で考えると、一般人がそこまで魔導具を気に掛ける事は無いのだろう。


 魔石がどうして作られて、どうしてエネルギーに変換されて、どうして利用出来るのか。

 そんな事を考えずとも手順に従えば火が出る、水が出る。

 それは元の世界でも同様だ。


「元居た世界も同じだった。いくら文明が栄えても、技術が革新しても、俺達一般人はその後追いで精一杯だ」

「でも昨日も私の話をよく聞いてくれましたし……」


 俺の理解力の不安定さに不審感を抱いたという事か。


 それにしても、昨晩延々と魔導具の話を聞いたのは正解だったらしい。

 俺としては処世術に過ぎないが、確かに一般人相手に魔導具が云々と話しても普通はまともに聞いてくれないだろう。

 ましてや死の近いこの世界では趣味に生きる者なんて少数だろうし、魔導具の生産もあくまで仕事と割り切っている者ばかりだろう。


 ディアナは孤独の魔導学者だったのだろうか。

 もしかすればああしてたまに話を聞いてやれば、心を開いてくれるかもしれない。

 距離のあるままでは後が怖いし、ある程度の関係は築いておきたいものだ。


「他でもない、ディアナの話だから聞きたいんだ」


 それっぽい台詞を言ってみたが、ディアナはきょとんとして小首を傾げた。

 やはり魔導具の事しか頭に無いらしい。

 反応の薄さに虚しくなる。


「ライ!」

「うわっ、何だよヴァリー」


 反して真横から抱き付く様にタックルをかまして来たヴァリスタに、仄かに赤く頬を染めるシュウ。

 あまつさえグレイディアにはそっぽを向かれ、穴があったら入りたい気分になった。

 クッと笑いを堪えたオルガを小突いて歩き出す。




 腐っていても仕方が無いので、グレイディアに気になった事を聞いてみる。


「そういえば魔導書というのは攻撃魔法が使えたりするんですか?」

「そうだな。といっても融通は利かないが」

「特定の魔法しか使えないという事ですね」


 例えばファイアボールという魔法が使える魔導書なら、それしか使えないといった所だろうか。

 しかし所有者の魔力を使うという事は、与えるダメージもまた所有者の魔力に準拠したものだろう。

 ディアナには魔導書での遠隔攻撃に徹してもらうというのもありかもしれない。


「魔導書は何処で売っているんでしょうか?」

「さてな。廃れた物だし、あるとすれば古い店ではないか」

「そっちも探してみましょうか」


 それから魔力水の売られていた店にも寄ると、荷物を提げた男が店から出て来た。


 白髪で壮年の――その男に目が留まったのは他でもない。

 目立ち過ぎず、しかし清楚な服装をしていたからだ。

 思えば風の街は塔の街以上に冒険者が多く、その恰好もしっかりと防具を纏った者からズタボロの者まで様々だ。


 こうして考えてみると、人族よりもリザードマンの様に強靭な鱗や皮を持つ種族というのは冒険者向きか。

 竜人もまた同様で、引き締まっているが人族と比べれば大柄な体躯だ。

 その恵まれた肉体を持つディアナが見た目に反して壊滅的な運動神経だった事により、社会的にマイナスに見られる面は予想以上に大きいのかもしれない。




 そうして色々と考えつつも道具屋を転々とし、魔導具製作に必要な道具を買い揃えて行った。

 いわゆる工具がメインだが、木材やら何やらの素材もあり、金額よりも物量が問題だった。

 ただ俺の場合は小物だろうが何だろうが謎空間にぶち込めるので、運搬には支障が無い。


 一応入れ物も買って、工具類はそれに収納してディアナに手渡す。


 ディアナの表情は見違えた。

 いやいやでもでもと口では拒みつつ、いざ購入するとその巨乳と尻尾を震わせて喜ぶのだ。

 現金な奴だが、この娯楽文化が少なく死の近い世界では、趣味というのは非常に大きな存在だろう。


 ヴァリスタは寝る事こそが至上だ。

 オルガは俺をからかう事を楽しんでいるだろうか。

 シュウであれば料理に裁縫、いわゆる家事が趣味なのかもしれない。


 グレイディアに関しては俺には及びもつかないが、人の世が好きだと言っていた気がする。

 よくわからないが長年を生きて達観した末に見出したのだろう。

 人間観察みたいなものだろうか。


 それらは易々と切り捨てて良いものではない。

 何より俺の目指す先は戦闘に次ぐ戦闘、血塗られた道だ。

 フラストレーションの捌け口は必要だろう。

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