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第157話「ドラゴンフィックス」

 その後、十八時を回った所で風の迷宮を出た。


 第三階層の右方は相変わらずでオルガの精霊魔法にも人の気配は探知されていない。

 それはつまり、この日クライムには出会えなかったという事だ。

 彼も領主の子息としての仕事はあるのだろうし毎日と迷宮に入っている訳ではないだろうから、即日に再会出来るとは思っていない。


「ディアナの服を買いに――」

「い、要らないです。大丈夫です」

「――そうか、ならそれはまた今度にしよう」


 未だディアナの拒絶は強い。

 いや、むしろ俺の力を目の当たりにしてその拒否反応は増したのかもしれない。

 実際、情報が盗み見られる恐怖というのはあるだろう。


 それは俺にも想像がつくし、気弱な性質のディアナであれば尚の事か。


 更には戦闘指揮により俺の声は戦闘中だろうと騒音を無視して届くし、これまでを勉学に費やして来たのだろうディアナならば理解の及ばないそれに余計に恐怖を煽られたのかもしれない。

 とはいえそれが、この腐った世界で俺に与えられた力だ。

 こればかりは慣れてもらうしかない。




 ディアナの本音の部分は、俺に借りを作りたくないといった所か。

 拒否を重ねる度に俺の気苦労は増している訳だが、保身の為にそこまで考えは及んでいないだろう。

 何にしてもその思考の最大の要因――原因は、魔族への恐怖。


 思えばオルガも魔族パラディソの出現と同時に錯乱し、逃走を願い出た。

 あれは魔族ゾンヴィーフに森林地帯が襲撃され、それを発端として奴隷にまでおとされたという不幸が重なった結果なのだから仕方ないと思っていた。


 ――違った。


 かつて魔王が討ち滅ぼされ、永い時を経て尚――この世界の人々にとって魔族とはそれほどの天敵であり、畏怖の象徴だったのだ。

 考えが甘かった。

 だとしても、その精神的な部分を変えるのは容易ではない。




 宿へと戻ると、いつもの様に俺の部屋での食事となる。

 食事を終えて解散となる時、ディアナを呼び止めた。


「ディアナには少し用がある。残ってくれ」

「え、あ……はい……」


 びくりとして立ち止まったディアナは、そのトカゲの様な太い尻尾を大袈裟に揺らした。

 竜鱗を持つその尻尾は上部こそ鱗を纏っているが、下部には素肌が晒されている。

 獣人のヴァリスタとはまた違う形状だが、やはり骨に連結されている部位なのだろう。


 それは人が思わず頬を掻いてしまったり、シュウの様に髪を弄ってしまったり――そういった本能的な心情を抑える為に発する“癖”が顕著に現れてしまう野生の器官に他ならない。


「大丈夫だよ」


 ディアナは一瞬オルガに助けを求める目線を送ったが、当のオルガは素っ気なく返して去った。

 やはり昨晩は率先してディアナの話し相手になってくれていたのだろう。

 シュウも対魔族の自慢話をしてくれた様だが、俺と同様に地下の常識が無いからその迂闊な話題にディアナは戦々恐々だったに違いない。


 現在のディアナにとって心が許せるのは同じ奴隷のヴァリスタとオルガくらいのものという事か。




「まぁ座ってくれ」


 ディアナを残して全員が去った後、机を挟んで対面に着席した所で切り出す。

 目が泳いでいるが、今回はお構いなしだ。

 何せ今日の戦闘で良い事に気付いた。


「今日は初戦闘ながら良く頑張ってくれた」

「は、はあ。ライ様の指示に従っただけですので……」

「これは約束の魔石だ」

「わあ!」


 中くらいの魔石を五個机に並べると、ディアナは表情の曇りを払って同時、尻尾も薙ぐ様に払って嬉しそうに身を乗り出した。

 相変わらずオーバーで明け透けな反応だ。


「それで、どういった物を作るんだ? 俺はこの世界に来て間もない。魔導具の製作工程には興味があるんだが」

「あっ、そうなんですか! えっとですね、今回は練習で魔石焜炉を作ろうと思っています。この魔石ですと持続時間はおよそ――」


 やたら口が回る。


 ディアナの説明はまるで頭に入って来ないが、適当に頷いて理解を示しておく。

 自分の興味に賛同を得られるだけでも嬉しいものだろう。

 そもそも口を挟むだけの知識は無いし、こうして話を聞いてやるだけでも鬱憤は晴れるだろう。


「――ですから魔石を……」

「ほ、本当に魔導具が好きなんだな」

「私には、これくらいしか取り柄がありませんので……」


 地雷を踏んでしまっただろうか。

 微かに陰る表情は、ディアナのこれまでの人生も多少は垣間見える。

 やはりその恵まれた肉体からは想像もつかない壮絶な運動音痴、そこから来る問題も多かったに違いない。




「ディアナは運動が苦手だよな」

「うっ……否定は、出来ません」

「それを解消出来るかもしれない手段があるんだが」

「それは……い、いえ、結構です……」


 悪徳商法の様な文句だが、別にこれを出しにして何かを要求するつもりはないので勝手にやらせてもらおう。

 メニューを表示して、ディアナへスキル取得を使用する。

 ディアナは今日の戦闘でレベルが大きく上がり、SPにも余裕がある。


 取得させるのはスキル鋭敏。


 感覚が鋭くなるスキルだが、舞うような剣技を繰り出すグレイディアを見る限り運動能力にも影響がある様に思う。

 例えば神経系が鋭くなり体の扱いにキレが出るだとか、そういった効果だろう。

 ディアナの問題はその神経にあるはずだ。


「あ、え!?」


 鋭敏を取得させた途端、ディアナはびくりとして腕を抱えた。

 その大きな胸が弾んで、微かにうずくまる様にした。

 鋭敏スキルを取得させたオルガの反応を思い返す限り、性感帯もまた強化されてしまう危惧はあった。


 まさにその通りだった様で、俺自身で取得せずにいて本当に良かったと思う。

 ディアナは趣味に生きるオタク気質でそういった方面には疎い雰囲気だったし、何より人族よりもその表皮は厚いだろうから、そこまで敏感ではないと思っていた。

 予想通りか、少しして慣れた様で恐る恐ると俺を見上げた。


「な、何を……」

「俺にはスキルを取得させる力がある。それで鋭敏というスキルを取得させた」

「そ、そんな……無茶な……! どうして、ここまで。こんな力、知られれば唯では済みませんよ!?」

「ディアナのこれまでの戦闘を見る限り、足りないのは経験や訓練ではないと思う。生まれ持っての性質で可能性を潰すのは悲しいだろう?」


 偽善的な発言にディアナは探る様な目を向けて来るが、ディアナのスキル剛腕が駆使出来るのならば俺にとってもプラスになるので嘘は無い。

 ディアナも好奇心を抑えられなかった様で、己の両手を握り込み、開け広げ――そうしてしばらく体の調子を探っていた。

 ひとしきり腕を動かして新たな感覚に慣れたのだろう、その赤い瞳は泳ぎつつも、俺に収着した。


「私は……戦わなければならないのでしょうか」

「それがただひとつ、俺がお前に求めるものだ」

「そう……ですか」


 諦め、だろうか。

 俯いたディアナの頬を撫でて垂れた琥珀色の髪は、その消沈した心境を物語っている様だった。

 少し当初の予定とは違ったが、一応の覚悟はついたのか。


 俺の能力を知って、勘付いて――その上で俺にスキルを取得させられた意味を考え、結論付けたのだろう。


 例えばこれを何処かに漏らした所で、ディアナが奴隷である事実は変わらない。

 むしろパーティにおいてディアナの立場が悪くなるだけだ。

 それにいくらディアナが運動に疎くとも、今日の戦闘で俺が前線で戦える存在だと知ったはずだし、仲間達も含めて俺のパーティが十分な戦力を持っていると身をもって感じたはずだ。


 そしてこの場において俺の庇護下にある事実も。

 ディアナは恐らく、俺からは逃れられないと悟った。

 俺の闘いが終わるまで、勇者が解放されるまで、自身もまた解放されないのだと。




「それで、魔導具の製作には道具も必要なんだろう?」

「あっ……!」

「そんなバッドエンドみたいな顔をするな、それくらい買ってやるから。こんな世界だからこそ、趣味は大切にしてほしい」

「で、ですが……」


 それでもディアナは反抗する。


 魔族という畏怖の象徴と対峙しない為に、無駄だと知って尚ささやかな抵抗を止めないのだ。

 認識の相違は予想以上に大きく、ディアナを追い詰める事態となっている。

 今日は此処までにしよう。


 睡眠で――時間で解消される問題もあるだろう。




 ディアナを休ませるには俺の部屋よりも気を張らない女性陣の部屋の方が良いだろう。

 送り届けると、これから眠ろうとしていたのだろうヴァリスタが、うとうととしながらも俺を見つけてベッドから這い上がる。

 ふらつきながらも寄って来るとその手は裾を掴み、脚には尻尾を絡めた。


「一緒に寝るか?」

「うん」


 ヴァリスタと二人きりになるのも久々だ。

 といっても口数少なく既に寝落ち寸前だが。

 何だかんだで、一番気を使わない相性の良い相手だと思う。


 やはりこう、親子の関係というのが一番近いだろうか。

 抱き上げて髪を撫でてやると、首元に顔を埋めて来た。

 相変わらず猫みたいな反応でくすぐったいが、それを見てディアナが目を丸くしていた。


「とても、心を許しているんですね」

「この子とは、ヴァリーとは一番長い付き合いだ」

「長い、ですか?」

「もう正確な日数も覚えていないが、一か月……三十日くらいじゃないか」

「三十日……」


 沈黙したディアナを置いて部屋へと戻ると、ヴァリスタは抱き付いたまま眠りに落ちてしまっていた。

 涎でも垂らしそうな程に脱力して無防備なその姿は、とても俺以上の素質を持つ戦士とは思えない。

 そんな猫耳娘に抱き枕にされたまま、俺も眠りについたのだった。

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