第156話「風の迷宮、竜の息吹」
ディアナを冒険者として登録し、風の迷宮へと向かった。
何とか説得し、衣服と装備は着けてもらった。
反抗こそすれこうして折れた辺り、そこには気の弱さと出来れば穏便に済ませたいという意思が感じられる。
問題なのはシャツが小さ過ぎた事だ。
胸に引っ張られ、シャツは細い腹部から上部へつれて大きく吊り上がっている。
急用ではないが、ディアナ用に服を買う必要があるだろう。
ともあれ今は風の迷宮だ。
クライムに再会する可能性に賭けて、今は迷宮籠りとする。
緊急で資金が必要な訳ではないが、しばらくはディアナの訓練も兼ねて此処――風の迷宮第三階層での戦闘となる。
ディアナ――竜人の女魔導学者。
男の俺よりも背丈が高く、引き締まった肉体。
恵まれた体格に剛腕スキルを持ち、一見すると近接戦闘が得意そうでしかし戦闘経験の無さと気の弱さとがネックとなる。
生来の恵まれた素質は肉体だけではなく、その能力――クラスもまた一般の人族とは比べものにならない。
ドラグナー
得意 HP MP 筋力 魔力
苦手 敏捷 幸運
特殊効果 竜の息吹(無属性魔力攻撃)
習得条件 出生
目に留まるのはその特殊効果。
いや、特殊攻撃と言っても良い。
竜の息吹、効果は無属性の魔力攻撃。
竜の魔力攻撃というと、ドラゴンの火炎や竜巻を思い出す。
その攻撃スキルに相当するものなのだとしたら、いわゆるブレス攻撃ではないだろうか。
つまり口から炎を吐き出すとか、そういった類の技が繰り出せるに違いない。
おお、何だか浪漫がある。
これは見たい、是非とも。
やはりドラゴンの火炎の様に範囲攻撃だろうか。
少し浮かれてしまったが、冷静に戦力として考えてみてもこれは優秀だ。
ディアナのクラスドラグナーは、剛腕に乗せる筋力値だけでなく、竜の息吹を有効活用出来るだけの魔力も兼ね備えている。
代わりに敏捷と幸運が低いが、しかしその汎用性は代えがたいものがある。
無属性攻撃というのは弱点を突いた大ダメージこそ見込めないが、属性魔法に比べてその安定感は抜群だ。
何より俺達のパーティは近接に偏っていたから、痒い所に竜の息吹が届く遠近両用のディアナという存在はとても大きな戦力となるだろう。
「ディアナは戦闘経験が無いな?」
「は、はい」
「安心しろ、俺もこの世界におとされるまで動物の命すら奪った事が無かった。人は、殺せる」
真正面に見据えた俺から怯える様に目を逸らしたディアナ。
その手を取りロングソードを握らせると、たじろぎつつも恐る恐ると両手で構えた。
あまりに腰が引けた構えだが、最初はこんなものだろうか。
ヴァリスタは武術に大きな適性があり、オルガは弓術に長けていた。
シュウは剣と盾に関しては早熟で飲み込みが早かった。
ディアナはどうだろうか。
天性の剛腕スキル持ちというと格闘術に適性がありそうだが、それはまともに戦闘が行える様になってからの修練となるだろう。
格闘というのは剣や槍と違い肉薄した戦闘スタイルだから、初心者向けではない。
あくまで初めは戦いの忌避感を殺す事――戦士として仕立てあげる事こそが一歩目なのは、言うまでもない。
その上で抑制の薄れた身体に武術を覚え込ませる。
それからはこれまで通りにシュウを盾に動きつつも、戦闘となれば先陣をディアナに切らせ経験を重ねた。
俺含め残りのメンバーはモンスターの数を減らしつつディアナの獲物を残す様に戦う。
ディアナが危機に陥ったとしても、オルガの回復魔法だけでなく敏捷性の高い俺とヴァリスタとグレイディアのカバーが効くので、以前シュウを鍛えた時と比べて余裕をもって動けていた。
やはり集団というのは強力だ。
それだけにしっかりと指揮に従うメンバーを育て上げなければいけないと痛感する。
ディアナは怖ろしいまでに適性が無かった。
モンスターの命を奪う経験自体は積めている。
しかしいくら戦闘を重ねようともへっぴり腰は治らないし、脇を締めてコンパクトに振るという単純な動作すら、敵に駆け寄るという最低限の行動と組み合わせる事が出来ないでいた。
剣術だとか、格闘術だとか、そういった戦闘能力についての問題ではなく、運動能力自体に大きな欠陥があるのは間違いなかった。
もしかすればディアナという竜人が恵まれた肉体を持ちながら気弱な魔導学者となったのは、ただ戦闘や魔族を嫌い恐れているだけではなく、その運動神経の無さも要因なのかもしれない。
だとするなら、近接戦闘は切るべきなのだろうか。
剛腕は錆びつく事になるが――。
だがディアナ――ドラグナーには潜在的な武器がある。
竜の息吹、無属性魔力攻撃。
「竜の息吹は使えるか?」
俺の問いに、ディアナはその琥珀色の髪を揺らめかせ、驚愕に染まった表情で振り返った。
「何故、それを……」
「言っただろう、俺は“視える”んだよ」
おもむろに俺自身の黒い瞳を指差し、その指をディアナの赤い瞳に差し向けて答えた。
これこそが俺が此処まで生き抜いて来られた、本来見れない情報すらも盗み見て機能させる不正な力。
そしてこれこそが司令塔として信頼に足るだけの強み。
ディアナは瞳を揺るがせ、しばし沈黙して応答する。
「使えません」
「何故だ?」
「私は竜人です、人です。竜の魂を許容する事は……何より、はしたないですし……」
はしたない……というとやはりブレス攻撃なのか。
人として生きている以上、見栄えは気にするという事だろう。
竜の息吹、竜の魂――。
その名の通り竜としての力を息吹に乗せて繰り出すという能力だろうか。
口から吐き出すのだとしたら、躊躇もするか。
だがその答えはすなわち、使えるという事だ。
「どういった技なのかは知っておきたい。いざという時にそれを知らないがために死んでしまっては、笑い話にもならないんだぞ」
「そ、それは……」
ディアナはびくりと反応して、パーティ全員を見渡した後に小さく頷いた。
「わかりました」
俺とディアナは主従の関係にあり、昨晩同室で過ごした女性陣とも繋がりが出来ている。
共に行動する以上、死を持ち出されれば無責任にはなれないという事だろう。
嫌々だが許諾したディアナを先頭に実験を行う。
ひとつの部屋を跨ぎ、複数のモンスターが居る地点に当たった。
「いきます……」
ディアナは大きく息を吸い込んで――口元からは白い光が漏れた。
それと同時に発光が溢れ出し、前傾になると共に一気に吐き出された。
光は炎の様に噴出され、しかしその白い炎は無属性。
まるで蛇が空を翔ける様に白炎はうねりを上げて吹き抜けて夢幻の如く、一瞬の後に消え去った。
予想通りだった。
竜の息吹はまるで火炎放射の様なブレス攻撃。
扇状に広範囲、複数のモンスターを巻き込んでダメージを与えたのだ。
魔法と比べると発動までにより時間が掛かる。
見るとMP消費もかなり大きく、燃費が悪い能力だ。
ここら辺はそれこそドラゴンの火炎や竜巻に似た性質か。
だが何より重要なのは広範囲を攻撃出来る事だ。
これまで俺達のパーティにはなかった、範囲攻撃の使い手。
魔力を参照する攻撃というのも今の物理偏重のパーティでは貴重と言える。
これがドラグナーの、ディアナの素質――使える。




