第154話「闇には闇を」
思えば魔力水も貴重な品だったはずだ。
貴重品でなければ溢れかえっていてもおかしくはないだろうし、普通に流通していれば今頃大惨事だったかもしれない。
つまりそれを何処かから輸入している組織があるのだろう。
「ジャスティンが魔力水を密輸していたとか」
「ふむ……」
あながち間違ってもいなさそうだが、これも予想に過ぎない。
何をするにしても、確固たる証拠が無いのが厳しい所だ。
今知り得ている情報は、風の街が予想以上に腐っていて、そこには魔力水も有ったという事だ。
これ以上はこじ付けにしかならないが、しかし色々と考えておく必要はある。
徐々に話が逸れてしまっていたが、オークションでのクライムの行動で不審……ではないが、気になる点はまだあった。
一応報告だけはしておくべきだろう。
「そういえばオークションでの話ですが、クライムは延々メモを取っていましたよ」
「メモ?」
「参加者の資金繰りや競りの傾向等を調べていたのでは」
「なら尚の事、あの娘……ディアナを競り合わなかったのはおかしいのではないか?」
「そうですね……」
そこまでしてディアナの競売から手を引いた、というのは怪しい。
何だろうか、わからない。
例えば先のオークションで取引先の開拓を目論んでいたり、もっと根の深い闇だったりとすると――。
「ではジャスティンとクライムが繋がっていて、魔力水の流通もクライムの差し金だとしたらどうでしょう」
「大きく出たな、そういった考え方は嫌いじゃないぞ」
その鋭い犬歯を微かに見せて、グレイディアがにやりと笑む。
散々俺について詮索して来た過去があるし、長年を生きて今でこそ冷静にしているが、根の部分は攻撃的な性質なのかもしれない。
そこでグレイディアは一息ついて、改める。
「だが、全て私達の想像だ。クライムは何も仕掛けて来ないのが現状だし、こちらから仕掛ける訳にもいかない。そこの所はわかっているな?」
「俺がただの冒険者だというのが、響いて来ますよね」
「残念ながらな」
ふっとグレイディアは苦笑して見せた。
冒険者である以上自由に動き回れる。
自由だが、責任は全て自分で負う事になる。
国が守ってくれる訳でもなし、俺は運よくグレイディアという仲間が居るが、そのグレイディアもあくまで冒険者ギルドの職員だ。
対してクライムは風の街を治める領主の子息。
クライムへの攻撃は、その父親であろう領主への攻撃ともなる。
これは例えば「事実無根の罪を問われた」だとか、そういった切り口で俺を断罪して来る事だって出来るのかもしれない。
風の迷宮での対話であのグレイディアが下手に出た事からもわかる様に、俺達は社会的に下位の存在だ。
下手を打ってクライムと敵対すれば、ミクトランという国を敵に回す事になる可能性まである。
以前、王ボレアスとの謁見で姫フローラに対してボロクソに言ったのがどれほど危険な行為だったのか、今になって冷や汗が出る思いを味わう事になるとは思わなかった。
あの時は確かに俺を利用しようとする連中に腹も立っていたが、相手は一国の姫だ。
荒くれの冒険者ですらレイゼイ率いる貴族の脳筋騎士団を避けるのは勿論の事、俺ですらも避けられる様に、皆権力の怖さを知っているはずだ。
なるほど、ボレアスはもとよりフローラにすら口答えする馬鹿は居ない。
それはフローラが変な恋心に目覚め、ストーカーと化してもおかしくはない。
多分俺が凄い豪胆な男だと勘違いしているのだろう。
むしろ今の俺はチキン状態だ。
「どうした? 顔色が優れない様だが……」
「い、いえ」
グレイディアの声ではっと正気に戻った。
今重要なのは、クライムをどうするかだ。
フローラを勘違いさせた様に、何かこう――。
「カマを掛けてみるとか」
「悪くないんじゃないか」
ふと口にした言葉に、グレイディアが乗った。
「どちらにせよお前がミクトランで行動するならば、クライムの考えを知っておいて損は無い」
「そうですね。手遅れになってからでは遅いですし」
「今は無名だから目を付ける者も少ないが、受けの一手ではじきに限界も来る」
グレイディアの方がよほど名が知られているというのは確かだ。
俺は勇者である事を拒絶して行動しているし、冒険者としての名も未だ広まってはいない。
ただこれからは塔の街のライとして中途半端に有名となるだろうから、周囲の反応を無視している訳にもいかない。
レベルを上げたり金を貯めたり……どうしたって迷宮は攻略する事になるから、これまでのままではいられない。
クライムが何か裏で工作をした上で仕掛けて来たら、一介の冒険者でしかない俺には太刀打ち出来ない。
ならばそれが出来上がる前に先手を打つ……とまではいかないが、ジャブで様子見くらいはしてもいいだろう。
いつになるかは知れないが魔力水の流通が差し止められる日も来るだろうし、それを出しにクライムへの忠告といった体でそれとなく聞いてみよう。
風の迷宮で邂逅したクライムとグレイディアが胃の痛くなる会話を繰り広げていたが、魔族に関しては「国からの通達を待て」とだけに留めていたのが上手く機能しそうだ。
通信設備等は無いから連絡ひとつにも人力の伝令が必要なのだろうし、未だその内容は知らされていないだろう。
「しかし、どうやって再会しましょうか」
クライムの家も在るのだろうが、多分それは領主亭だろう。
そんな所に友達感覚で入れる訳がないし、完全に目を付けられる。
それでは何か探ろうとしていますよ、と言っている様なものだ。
「私達は何だ?」
「冒険者?」
「そうだ、冒険者だ」
「そうですね」
こうしてひとまずやる事も決まった。
俺達は冒険者、そしてクライムもまた冒険者だ。
だとすれば出会うに相応しい場所はひとつしかないだろう。




