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第153話「闇を通して」

「グレイディアさん、少し話が逸れてしまいますが……」

「構わないぞ」

「俺がこの世界で……冒険者として登録したあの日に、もう目を付けていたんですね」


 グレイディアは顔を伏せてふっと笑う。

 小悪魔めいたその表情は嫌に儚げで、俺を嘲笑うというよりは、むしろ自嘲気味に見えた。


「どうしてそう思った?」

「俺という人間よりも、龍撃という事実が――グレイディアさんの目に留まったという事でしょう」


 俺ではなくて龍撃というものが彼女にとっては重要であり、それこそが俺を気に掛けていた、持ち上げていた要因だったのかと思うと、得も言われぬ想いが湧いて来た。


 何せ龍を撃滅する者。

 ただ、クラスというまるでデータの様な陳腐な要素こそが全てなのかと気付くと、やはりそれは良い気分ではなかった。

 無論それこそがこの世界では絶対的な力だというのは紛れもない事実だし、だからこそ散々利用して来たのだが。


 俺は元々頭の切れる方ではない。


 だから相手をよく観察するし、その表情や言動から探ろうとする。

 下手に洞察力を磨かず、気付かなければ良かった。

 初めてそう思った。


 それと同時に、精霊魔法に適性の強いオルガと、鋭敏スキルと共に長く生きるグレイディアもまたその特殊な環境の中で折り合いを付けていたのかと思うと、こんな事で悩んでいる自分が途端に惨めに思えた。




「あまり卑屈になるなよ。私がお前に目を付けた一番の理由はその目だ」

「目、ですか」

「お前の目には迷いが見える」

「俺が迷っているから?」

「そうだ、お前には可能性がある。何かを成せる可能性がな」


 以前も似た様な事を言われた気がする。


 よくわからないが、こうしていつもあちらこちらと散漫に考えている事こそがグレイディアの目に留まった理由らしい。

 俺は地下に来たあの日の時点で、勇者として名が広まっていてもおかしくない行動を取っていた。

 グレイディアが暗躍していなければ、今頃レイゼイと仲良く王城暮らしだっただろう。


 地下のミクトランの王ボレアスはその大きな腹に一物抱えていそうなタヌキ親父だから、もしかすれば上手く丸め込まれて、魔族を征伐して地下の平穏を保つ機械の様になっていたかもしれない。


 それでも地上のミクトラン王家で傀儡として利用されるよりは余程ましだろうが、牙をもがれていたのは間違いない。

 そんな迂闊な俺に可能性も何も無い気がするのだが、卑屈になっても仕方が無いという事だけはよくわかる。

 時間を浪費するだけだ。


 この世界に来てから何度もそうして来た様に、此処は吹っ切れるべきだろう。




「よくわかりませんが、わかりました。これからも俺は俺のやりたい様にやらせてもらいます」

「それでいい。足りない部分は私が補う」

「はい、頼りにさせてもらいます」


 どちらにせよ、俺一人では塔も登れないのだ。

 だから利用出来るものは利用するし、動ける限り動き続ける。

 社会の闇だろうが何だろうが、糧としてみせる。


 とすれば、やはり目下注意すべきはクライム。

 軌道に乗って来た今、あの男に足元を掬われては元も子もない。

 そしてドラゴンの住まう巨龍山が今回の件において重要だという点についても知っておく必要がある。




「では話を戻すぞ。まず竜人とリザードマンについてだ」

「それが巨龍山と、そして今回の件と関係があるという事でしたよね」

「古き慣習か、巨龍山を聖地としてその周辺に住んでいるのが連中だ」

「ドラゴンの根城が聖地ですか……。確かに強大ですから、わからないでもないですが」

「連中は仲違いしている訳ではないらしいが、やはり似て非なるものなのだろう。巨龍山を境として、こちら側にはリザードマンが、あちら側には竜人がそれぞれに住んでいる」


 こちら側――風の街側という事だろう。

 確かに風の街にはリザードマンが多く住まい、街中でもそのカップルを見かけた。

 人族寄りの竜人と、モンスター寄りのリザードマン――恐らく種としては近縁のものなのだとは思うが、その共存には何かと不都合があったのかもしれない。

 あちら側というのは――。


「巨龍山の向こう側、北方に抜けると城塞都市へと続いている」

「ああ、そういう……」

「そういう事だ」


 あちら側――城塞都市は、つまり火の迷宮を中心として出来た都市。

 そこはミクトラン領から北方の先王とやらの占領する地で、そこに竜人が住んでいるという。

 ミクトラン領と先王領域とは冷戦状態にあり、交流は無いはずだ。


 だからこそ竜人という存在が“現在は”希少だという事か。


 あのオークションでディアナの競りに俺とクライムのみならず、冷やかし目的の者に、限界まで食らい付いて来た者に――多くの参加者が居たのも頷ける。

 能力を度外視しても、見世物にはなるという事だろう。

 そして希少という事は、人によってはエルフ奴隷の様に一種のステータスとも考えられるのかもしれない。


 だがしかし、竜人の住まうその地は先王領域だ。


「ミクトラン領と先王領域は敵対しているんですから、普通その間は通行出来ませんよね」


 最も気になった部分だ。

 関所があったり、警戒網が敷かれていたり、そうして易々とは通してくれないはずだ。

 それを縫って通り抜けるのは容易ではない。


 それはつまり、竜人という奴隷をいかにして仕入れたか、という話だ。

 そして先王領域にある火の迷宮から得られるであろう素材――。

 その素材により火属性の付与された炎のロングソードがどういった経緯で輸入されていたのかにも関わって来るのではないだろうか。


「それなんだがな、巨龍山は不可侵と言ったよな」

「ええ、何か条約でもあるという事ですか」

「何でもない、この世界において最も危険な地だからだ」


 ドラゴンが住まう地。

 確かに危険なのはわかる。

 だがドラゴン一体くらい、その目を掻い潜るのは何て事はなさそうだが。


「空には竜が飛び、目に留まれば生きては帰れない。そんな地だ」


 いわゆるワイバーンだろうか。

 それが周辺を飛び交う危険な地を跨いでの流通だったというのか。

 一体何のために……いや、他でもない金の為か。


 事実ディアナ一人で金貨百五十枚の売り上げとなり、それ以上に会場が盛り上がった。


 ディアナより後の競りも大いに白熱していたし、やはり会場の熱気というのは値段にも影響する。

 それはオークション側としては最高の結果だったのだろう。

 リスクはあまりに大きいが、それを補って余りある富を得たのだ。




 しばしの沈黙の後、グレイディアは話を進めた。


「私の予想ではな、ジャスティンもまたそこを通ってミクトラン領に侵入したのではないかと思っている」


 ジャスティン――城塞都市を根城としている旅の神官だったか。

 彼もまた剛腕スキルを持ち、エティアとも関係のあった男だ。

 警戒はしているが、特別悪人とは思えなかった。


 それは無償で呪いを見てくれたり、そういった何というか神官としての職務遂行に忠実な面が、あの頃の俺には良く見えてしまったのだろう。

 しかし末端の騎士が怠慢を晒しているのも見たし、この世界では必要最低限の職務をこなせば善も悪も無いという考えが普通なのかもしれない。

 生憎日本生まれ日本育ちの俺には、未だ抜け切っていない甘い価値観があったという事だ。


 だが怪しさの権化とも言えるクライムという存在に出会ってしまった以上、ジャスティンもまた疑って然るべきだろう。

 考えてみれば、旅の神官なのに金を取らないというのはどうなのか。

 どうして旅が出来るのか、その旅費は何処から出て、何が目的で――こうして考えてみると、色々と謎は多い。


 何よりもしエティアに魔の法が発現したのがジャスティンのせいだったのならば、同じ轍を踏む訳にはいかない。


 とはいえジャスティンは塔の街のギルドマスターヴァンと犬猿の仲だっただけで、特別犯罪者扱いではなかったのも事実だ。

 疑うだけならいいが、勘違いでいざこざを呼び込むのは避けたい。

 そこの所の認識は間違えない様にしなければならない。


「ジャスティンは旅の神官として、一応黙認されている存在だったのでは? わざわざ巨龍山を通るでしょうか」

「さてな。だが情報が無かったのは事実だ。いつの間にか、塔の街に居た」


 確かにそれは、不気味だ。

 何故そんな危険な道を選んだのかは知れないが、そこを通る事で人知れずミクトラン領に入る事が出来ていたのだ。

 俺には何か、とても厄介な事に首を突っ込んでしまった気がしてならなかった。

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