第152話「火種」
その夜、部屋割りが問題となった。
一部屋には最大で四つまでしかベッドがないから、もう一部屋借りる事になる。
だがディアナを仲間にした初日にメンバーをがっつり別けてしまうのは得策ではない。
これから迷宮の攻略と旅とを共にするのだから、その繋がりというか、関係性は出来るだけ近くしておいた方が良い。
ディアナが馴染む為にはどういった部屋割りにするべきか――そんな事を俺が悩んでいる事に気付いてか、グレイディアが俺の手を取った。
「私は今夜ライと共にするから、皆はこの部屋で休んでくれ」
青い瞳を揺るがせて、真っ赤な顔で一人騒然としたのはシュウ。
オルガは何やら考え込み、ディアナは頭を抱えた。
恐らくディアナはそのうちに俺の夜の相手をしなければならないと思ったのだろう。
信頼を得るにはまだまだ時間が掛かりそうだと苦笑して、グレイディアと共に女性陣の部屋を出た。
俺がすんなりとグレイディアの言葉に乗ったのは、他でもない今回の件についての一連の報告の為だ。
詳細は俺とグレイディアの間でしかやり取りしておらず、これは仲間達に変に心配を掛けさせたくないのと、後ろ暗い事に手を染めている事実を知られたくないという俺のエゴだ。
とはいえオークションに関してはディアナから漏れる可能性もあるし、風の街に来てから俺とグレイディアの様子を気に掛けていたオルガは勘付いていそうだが。
今回の件はあくまで俺が単独で行ったという体だから、可能性は低いが、もしもの事態に仲間達は何も知らなかったと言い訳して難を逃れる事も可能かもしれない。
わざわざ詳細を話してリスクを被らせる必要は無いだろう。
グレイディアと共に部屋に入ると、中央の机を挟んで向かいに座る。
窓からは街灯が射し込んで、横合いから照らすそれに当てられた互いを見合って僅か。
微かな沈黙の後に報告を開始する。
「オークションにはクライムが参加していました」
「何か不審な様子は?」
「特にはありませんでしたね。いつも通り何を考えているかわかりませんでした」
「ふむ……」
あのクライムという男は、本当にわからない。
例えば善人であればそもそもオークションには参加しないだろう。
そして悪人であれば俺を利用しようとするのではないだろうか。
自意識過剰だが、俺はこの世界では勇者という特異な存在だ。
これまで受けて来た対応からすると、やはり地下でも勇者の伝説は有名な様だし、その力を恐れているのか俺を避ける者も多い。
それを前にして、レイゼイにすら声を掛けたクライムが俺を放置しておく訳が無い。
グレイディアの言った通りだった。
不気味なのだ、あの男は。
行動に統一性が無いというか、何が狙いなのかわからない。
不審といえば、競り勝った余韻で忘れ掛けていたが、気になる所はあった。
「そういえば、クライムはディアナの競りにだけは参加していましたよ」
「あれは……竜人だよな?」
「魔導学者の竜人で、能力は――」
「いや、仲間の管理はお前に任せるよ。それは私が口を挟むべき所じゃない。それより問題はクライムだ。やはり何かおかしい」
グレイディアは腕を組んで、天井を見上げた。
俺も釣られて見上げてみると、木の板が何枚も並べられた木造の天井。
奴隷もまた、物の様に何人も売り買いされて――しかしその中でクライムはディアナにしか興味を示さなかった。
風の街を治める領主の子息で、名のある冒険者で――。
あの日も風の迷宮で遭遇したし、稼ぎにも問題は無かったはずだ。
資金は潤沢なはずだった。
けれども俺と競り合わなかった。
だからグレイディアの言うおかしさというのは――。
「俺がディアナを競り落とせた事が、でしょうか」
言葉と同時に視線を下ろすと、グレイディアもまた同様に見上げた頭を戻し、その金糸の様な髪がさらりと垂れた。
「あれの落札にはどれ程賭けたのだ」
「白金貨一枚と、金貨五十枚です。すみません、グレイディアさんから頂いた資金の半額を使ってしまいました」
「感謝の方が嬉しいかな」
「そうですね、ありがとうございます」
「どういたしまして」
その小さな肩を竦めて――珍しくお道化て見せたグレイディアに頭を下げて感謝を述べると、微かに笑みを見せた。
緊張を解そうとしてくれたのだろうか。
いかんせんこういった肩肘の張る話は苦手だし、俺のそんな苦手意識も鋭敏スキルを持つグレイディアには丸見えなのかもしれない。
今でこそ味方だから心強いが、冒険者ギルドでグレイディアに探られていたあの頃は恐怖すら覚えていた。
風の街に来てからも何かと肩代わりしようとしてくれているのも、そんな心を読んでのものだろうか。
長年を生きるグレイディアからしてみれば、高々十八年を生きた俺などそれこそ小僧の様なものなのだろうが、これでも一人の男だ。
グレイディアは容姿だけ見れば保護欲の湧く少女だし、散々世話になっているからこそ格好付けたくもなる。
心境が悟られるというのは中々に厄介なものだ。
一息ついて、俺が落ち着いた頃合いを見計らってグレイディアが話を戻した。
「金貨百五十枚相当となると、一般からすればかなりの額だ。しかしあの男にそれが払えないとは到底思えない」
「それに風の迷宮でもエルフの奴隷を連れていましたし、何よりハーフエルフのオルガと違い、ピュアなエルフでした」
「今は竜人というのも珍しい。それを狙っていたという事は――恐らくエルフもまた不正な流通で手に入れたものだろう」
エルフは森林地帯に住み、職務に従事する一部の者を除いて滅多に出て来ないらしい。
表現は悪いが、奴隷としてはレアな種族だ。
竜人もそれと同等という事だろうか。
旅路の前、塔の街で奴隷商人レオパルドに聞かされたオークションの話を思い出した。
あの時例え話として出された半殺しにされたエルフというのがまさか――いや、やめよう。
例えそうだとしても、ディアナ同様買い上げられた時点で表向きには正式な奴隷として処理される運びとなっているはずだ。
俺にはどうしようもないし、胸糞悪くなるだけだ。
一介の冒険者として動いている限り、社会的に何かを起こせる力は無いのだから。
「それでな、ライよ。今回問題なのは、クライムだけでなく竜人――ディアナという存在だ」
「ディアナが?」
「それとリザードマンもだな。連中が塔の街に居なかった理由もそこにある」
リザードマンに関しては開拓地送りにされた連中は見たが、塔の街では一人も遭遇していない。
そのほとんどがこの風の街に滞在しているのは確かだろう。
それが何か問題となるのだろうか。
竜人やリザードマンには悪いが、風の街付近での人口が多いのならむしろ目を付けられるのは妥当な流れに思える。
「この風の街を遥か北上した位置にはな、巨龍山という地が在る」
「巨龍山……ドラゴンの山、ですか?」
「そう、ドラゴンが根城とする、巨大な山だ。そしてその地はまた、不可侵の領域となっている」
思えば、塔で死闘を繰り広げた龍族ドラゴン。
そして“龍を撃滅する者”として手に入れたクラス龍撃。
それが地下におとされたあの日、グレイディアだけでなく普通の受付嬢にすら「ドラゴンを倒した者か」と冗談半分に問われたのは、地下でドラゴンの存在が知られていたからに他ならない。
不可侵領域、巨龍山、ドラゴンの巣。
それもお伽話や伝説ではなく、実在するのだという。
この地下世界を理解していなかったあの時の俺にとって、そのクラスが当たり前に認知されたのが不思議であると思えるはずもなかった。
今にして思えば、俺のクラスが龍撃だと知れた時点で、手遅れだったのかもしれない。




