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第148話「エスカッション」

「金貨三十枚」

「金貨三十枚半」

「金貨三十一枚」


 競りはスロースタートに動き出した。

 方々から声が上がりその値段が上乗せされていく。

 掛け値はごく小さいが、参加人数が予想以上に多い。


 竜人ディアナは嘲笑の的にされていたから価値は低いかと思ったが、剛腕にさえ目を瞑れば用には困らないという事だろうか。

 胸糞悪くはあるが、実際恵まれた肉体を持っている。

 熱くなっても仕方が無い、ここは確実に競り落とす事だけを考えよう。


 今回の競りにはざっと見積もっても十数名が参加している。

 あちらこちらから増額の声が上がっているから、まずはこの中でも遊び半分で賭けている連中を潰す必要がある。

 俺とは違う目的で竜人ディアナを本命に狙う者も居るはずだから、それ以外の者は早急に排除してしまわなければならない。


 競売というのはその名の通り金で殴り合う場だから、参加者が多い程白熱して値上がりする。

 此処に居るのは金持ち連中とはいえ、まだまだオークションも中盤。

 商品は残りも多くあるだろうし各自ひとつの商品に対する上限額も決めているだろうが、細かい増額で機を見失うと泥沼に競い続ける可能性がある。


 もう少し値上げれば、もう少し耐えれば、競り勝てるかもしれない、手に入るかもしれない――


「金貨三十九枚!」

「金貨三十九枚半!」


 ――そういった考えが折れない限り、脱落を誘発出来ない。


 盛り上がる競売は延々と値が膨らみ続ける。

 そいつを最低限に抑えなければいけない。

 周囲がどれだけの資金を有しているかは知れないから、俺が同じ土俵で小競り合いに参加してしまうと勝ち目はない。




 早い段階で仕掛けるのが吉か。




 いざ手を上げようとした時、隣から声が上がった。


「金貨六十枚」


 一瞬の沈黙。


 一気に釣り上げられた値段で場には微かな緊張があった。

 俺もまた上げ掛けた手をそのままに、嫌な予感に視線だけを真横に向ける。

 そこにはやはり、金髪碧眼の優男が入札している姿があった。


 クライムだ。


 黙々とメモを取り続けていたクライムはこの場では俺と変わらないレベルで影が薄く、嫌に沈着で居た。

 クライムは貴族でありながら俺と同様に冒険者。

 そして俺と同様に奴隷を戦力として運用していた。


 風の街の次期当主でありながら風の街の冒険者として名の上がる男。


 その真意は知れない。

 充実した貴族の考えなど俺にはわからなくて当然か。

 しかし社会的な立場や権力は違えど、クライムもまた戦線に身を置く冒険者だ。


 風の迷宮のブレードハーピーが剛脚スキルを持っている事は能力を盗み見れないクライムにはわからないだろうが、あの造形なら竜人ディアナの剛腕との関連性を予想してもおかしくはない。




 途端に嫌な展開が脳裏をよぎった。

 恐らくだが、クライムは此処に居る誰よりもその資金は潤沢であるはずだ。

 何せ風の街を治める貴族の子息でありながら、冒険者としても活動しているのだ。


 それに競り勝てるのか。


 いや、競り勝たなくてはいけない。

 竜人ディアナは戦力として魅力的だ。

 此処で重要なのは競争心を削ぎ落とす事。


「金貨九十枚」


 おもむろに手を上げて、宣言した。


 一瞬だがクライムの値段提示からの沈黙が尾を引く。

 競売相手が食らいついて来るのを阻止する為には金に金を重ねて心をへし折るしかない。

 金額を一気に釣り上げて、俺との競争を躊躇させる。


「金貨九十一枚!」


 真横ではない位置からの声。


 乗って来たのはクライムではなかった。

 隣へ目を向けると、クライムもまたちらと俺を見た。

 一瞬だが視線が合って、クライムは静かに手を下ろした。


 怪しい。


 ともすれば俺と他の者に競り合いは任せ、最後に掻っ攫う腹積もりかもしれない。

 警戒し過ぎかもしれないが、竜人ディアナは渡せない。

 クライムが最後に積んで来るのであれば、そこから更に上乗せする必要がある。


 恐らく最終的な金額に軽くプラスして俺の限界を測るつもりだろう。

 そうなれば更にその上に積まなければならない。

 ならば余裕をもってその局面にまで運ぶ必要がある。


 白金貨二枚と金貨五十枚――金貨換算で二百五十枚。


 この上限額を提示する前に、他の参加者を潰す。




「金貨百二十枚」


 俺の宣言にこれまでで一番長い沈黙が訪れた。

 とはいえそれも数秒。

 すぐに司会が切り返して、競売は停滞せずに続行される。


「金貨百二十枚! 金貨百二十枚です!」

「金貨百二十一枚!」


 まだ食らいついて来る者が居る。

 金貨一枚を上乗せした後出しという事は、俺が出せる金額を測っているのではないだろうか。

 こちらもこれ以上出すと後が怖いが、確実に叩き潰す。


 この場面では竜人ディアナという商品に俺という男が無尽蔵に金を注ぎ込むつもりであると知らしめる必要がある。


「金貨百五十枚」




 止まった。




「金貨百五十枚! これ以上の方は居ますか!」


 舞台上から全体を見渡して、停滞した競りを再熱させるかの様に問い掛ける司会の声。

 それに対する反応は、沈黙。

 小競り合いは完全に潰した。


 残るはクライム、どう出る。




「おめでとうございます! 金貨百五十枚で落札です!」




 司会の言葉に俺は呆気に取られた。


 その後もクライムは淡々とメモを取っていた。

 あの時、竜人ディアナの競りに参加したのは何だったのか。

 ただ値段を釣り上げるのが目的だったのか。


 わからない。


 わからないが、何にしても竜人ディアナは競り落とした。

 それも予定より資金を多く残せたのは僥倖と言える。

 オークションでのひとまずの目標を達成した俺もまた、先程までと同様に紹介される商品の能力を確認しては切ってを繰り返していた。




 それから全ての商品を見て、やはり竜人ディアナ以上の逸材は見当たらなかった。

 美人が多く出品されたがそのどれもが俺の目に留まる事はなく、あそこで勝負を仕掛けたのは間違いではなかったと安堵する。

 オークションが終わると舞台の強い照明は落とされ、間接照明に淡く照らされる落ち着いた空間に早変わりした。




 これから奴隷の譲渡が行われる。

 出品された順に再度舞台上に奴隷が連れ出され、落札者と共に舞台袖で契約する様だ。

 舞台上に出て目立ちたくない者も居るだろうから、舞台の照明を落としたのもその為の配慮だろう。


 竜人ディアナの競売は中盤だったから、契約まではまだ時間が掛かりそうだ。

 ようやく気を抜けると思った時、隣のクライムから声を掛けられる。


「ライ君は最後まで競りには参加しないのかと思ったよ」


 このオークションという場で何を言っているのか。

 いや、確かにあれ以外の競りには一切参加していないが、それはクライムも同様だ。


「私は一介の冒険者に過ぎませんので。資金は多くありませんから、最初は様子見していたのです」

「実際に目の前で人が値を付けられて売り買いされているのを見て、何か想う所があるかと思ってね」

「良い気分ではありませんが、こればかりは仕方ないでしょう」


 クライムは表情を変えず、ただ視線をずらした。


 言いたい事はわかる。

 だが俺が競り落とさなくとも誰かの手に渡る。

 その先の環境がどうとかそういった問題ではなく、このオークションという場において商品として連れ込まれた時点で真っ当な人権は無い。


 俺達は等しく外道に足を踏み入れている。


 クライムの視線の先には稲妻模様の刻まれた幕。

 此処は地下、国の目に留まらぬアンダーグラウンド。

 俺達はそんな、暗い闇に身をおとした、同じ穴の狢なのだから。


「では、俺は一足先に帰らせてもらうよ」

「はい、お疲れ様でした」


 クライムが立ち去った後、噛み殺した息をようやくと吐き出し、オークションの終了に脱力した。

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