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第144話「風の迷宮、邂逅」

 クライムとの再会は予想外のものだった。

 出来れば――極力接触したくなかった相手だ。

 何せ貴族、それもこの腐った風の街を治める領主の子息。


 とはいえ出会ってしまったものは仕方が無い。


 槍を携え、その周囲には俺と同様に仲間を引き連れている。

 クライムを先頭に騎士が二名、その後方に奴隷が三名。

 その数はクライム含め六名と、丁度一組のパーティ編成だ。


 後方の三名はどれもが火魔法を習得しており、風属性モンスターに対しての特効で固めている。

 物理でゴリ押す俺達と違い、堅実で強力な構成と言える。


 魔法が使える者は総じて高価で、国の傘下に入る者が多いだろうから手に入りにくい。

 だからこそ奴隷商でもやたらめったら勧められたのだろう。

 更に騎士の一人は炎のロングソードを持っている。

 クライムともう一人の騎士は普通の槍を持っている辺り、その炎のロングソードは城下町で一本のみ販売されていた馬鹿高いあれだろうか。


 さすがは貴族といった所か。




 クライムは貴族でありながら風の街の冒険者として名を馳せる男だ。

 この第三階層の一角が貸し切り状態なのは、もしかすればクライムに関わり合いにならない為なのかもしれない。

 だとすれば、この一帯はクライム一派の猟場という事か。


 肩肘が張りそうになるのを抑え、至極平静を装って会釈する。


「お久しぶりです、クライムさん」

「どうも、ライ君」


 俺とクライムの挨拶を聞き、グレイディアがピクリと反応した。

 グレイディアはクライムという存在を知識としては持っているが、実物を見たのは初めてなのだろう。


「彼女が他の冒険者が付近に居ると言っていたが、まさか君だとはね」


 そう言ってクライムが微かに目を向けたのは、その後方に控えていた奴隷の一人、耳の長い――エルフの女だ。

 あのバーでクライムの酒に付き合っていた女ではないだろうか。

 間違いない、そもそもエルフの奴隷なんて彼女とオルガ以外に見た事が無いのだから。


 そのエルフの精霊魔法で、あちらも俺達の存在に気付いていたという事か。

 お咎めが無かったという事は、何かしらタブーを犯した訳ではないらしい。

 単純に一般冒険者がクライムを避けていたのだろう。


「時間も時間だし、君達も出る所だろう。一緒に行こうか」

「そうですね」


 先を行くクライムパーティの背をついて歩く。




 歩行音だけの中、隣を歩くグレイディアが呟く様に話す。


「奴がクライムで間違いないのだな」


 グレイディアの小声は俺の耳にしっかりと入った。

 戦闘指揮の効果はこういった密談にも有効だ。

 頷いて肯定を返すと、グレイディアもまた頷き返した。


 何かと思った矢先、その小さな歩幅を広めて数歩先に向かっていた。


「時にクライム殿――」


 グレイディアがおもむろに話し出した。

 クライムは先頭を歩いたまま、微かに視線で応える。

 小柄なグレイディアを見て、首を傾げて見せた。


「――失礼、私冒険者ギルド職員のグレイディアと申します」

「そうですか……貴女が塔の街のグレイディアさんですね。私はヘカトル家が次期当主、クライム・ヘカトルです」


 グレイディアの珍しく敬いのある言動に対し、クライムは足を止めた。

 それに合わせて全体が動きを止めて、グレイディアとクライムが向き合う形となると一帯が静寂に落ちる。

 クライムは俺との会話で見せるあの優男を体現した様な印象とはまるで異なる、貴族然とした口調と態度でもってグレイディアに自己紹介をして見せた。


 悲しいかな、成り立ての冒険者ライよりも、古くの受付嬢グレイディアの方が名は上らしい。


 そんな微妙な心境の俺の横で、恐らく昼間からたっぷり寝ようと考えていたのだろうヴァリスタは帰還の路で立ち往生となった事で不機嫌そうに尻尾を振り回していた。

 シュウはどうにも相手がお偉いさんだと気付いたらしく、いつの間にか俺の後方、オルガの隣まで後退していた。

 この様子ならシュウとオルガは下手な真似はしないだろう。


 対してヴァリスタはクライム相手でも直球を投げる可能性があるので、口を出さない様にその紺藍の髪を軽く撫でつけて沈静させておく。

 つまらなそうに尻尾を俺の脚に絡めて来たヴァリスタは、しかし多少は落ち着いた様で、安心して事態を見守る。




「しかし何故貴女がライ君と共に……それもどうして冒険者の真似事をしているのですか?」


 皮肉めいて聞こえる言葉は冷然として――淡々と問いを掛けた。

 だがそれは決して俺を貶める様子ではなかった。

 グレイディアが俺と共に居る事が心底不思議に思えたのだろう。


「現在魔族に関する調査を行っていまして、冒険者ライとは協力関係にあります」

「なるほど、それでライ君の力を借りているという事ですか。それは羨ましい限りですね」

「まさに」


 そこで一拍置いたグレイディアはしかとクライムと目を合わせ、歴然として――迷いなく続けた。


「このライは非常に有能な男です。クライム殿も何か困り事があれば頼られるとよろしいかと」

「生憎ですが、今はライ君に頼るつもりはありません」

「それは結構」


 裏で俺の活躍を支えてくれていたこれまでと違い、直接的に俺を持ち上げてみせたのだ。

 迂闊ではないだろうか。

 そう思い一瞬口を挟もうと思ってしまったが、冷静に保つ。


 グレイディアは俺が塔の攻略を目指して行動している事を知っているし、グレイディア自身俺が冒険者らしい冒険者である事を望んでいる。

 だから貴族であるクライムに能力を買われたとしても、その傘下に入りお抱え冒険者として風の街に縛られるのはうまくない。

 それはグレイディアも理解しているはずだ。


 目を付けられるのは不本意だが、元より貴族連中は当然の様に俺が勇者であるという前提で考えているはずだ。

 どれだけ冒険者として取り繕ってもそのカモフラージュが表面的にしか発揮しないというのは理解している。

 それはこの世界の勇者像による固定観念の様なものだろうから仕方ない。


 とはいえ冒険者である事――それも塔の街の冒険者ギルドにおいて認められた事は、勇者として縛られないだけの理由となる。

 それにグレイディアの事だ、何かしら考えがあるのだろう。




 グレイディアとクライム――互いに腹を探ろうとする様で気が気ではないが、俺よりグレイディアの方が口が上手いのは確かだ。

 それに俺はグレイディア相手に散々口をすっ転ばせた悪い実績がある。

 胃が痛くなりそうだが、適材適所というしここは大人しく静観する事にする。




「しかし魔族の調査とは穏やかではありませんね。前回の征伐戦では勇者――騎士団の危機にライ君が駆け付け、見事に魔族を征伐したと聞いていますが」

「その通りですね。まことライは見事な活躍を見せてくれました」


 クライムの言う魔族とはゾンヴィーフの事だろう。


「そして先頃、ライは塔の街に出現した魔族をも征伐しています」

「塔の街に……?」

「ライが迅速に対処し事なきを得ましたが、これは通常の魔族ではありませんでした」

「それは、一体……」

「じきに国から正式な通達が来るでしょうからそちらで確認して頂ければと。すみません長々と。ライも何やら用事があるらしくこの後は別行動となっております故、この話はここまでとしましょう」

「なるほど、それならば仕方ありませんね」


 やはり未だ風の街にはアイドル魔族や魔族パラディソの情報は届いていないらしい。

 話を終えるとクライムはちらと俺を見た。

 オークションに関しての情報を冒険者ギルド職員のグレイディアに漏らしていたと知れたら危険だったかもしれない。


 グレイディアが話を切り上げてくれたのは良かった。

 溜め息をぐっと堪えて、ヴァリスタをひと撫でする。

 それを見たクライムが、確かめる様に問い掛けて来た。


「その子に随分と懐かれている様だね」

「長い付き合いですから」

「普通そこまで懐かないんだけどね」


 確かにヴァリスタは俺以外の者にはつんけんしているツンデレどころかツンツンだが、そういった獣人の性質だったのか。

 ともあれどうにかクライムとの遭遇も切り抜けて、迷宮から退出すると解散と相成った。

 変な緊張感に生きた心地がしなかった。




 クライム達から完全に離れた所でようやくとグレイディアへと疑問をぶつける。


「一体どうして突然俺の事を話したんですか」

「気になる事があってな」

「というと?」

「お前への執着が妙に薄い。以前会った時も特別何も言われなかったそうだな」


 執着とは――。

 いや、勿論色恋のそれではなく、俺の能力に関するものだろうが。

 塔の街でも高級宿に泊まっていて貴族に絡まれた事は無いし、ましてやクライムは風の街を治める領主の子息。

 冒険者としての名もあり、次期当主とまで言うくらいだ。

 地位としては既に相当なものだろうし、果たして俺一人にそこまで執着するだろうか。

 その気があるのなら王ボレアスや姫フローラの様にアクションを起こしそうなものだが。


「しかし何かしら利用するつもりであればもう少し行動を起こすのでは?」

「尚の事おかしいとは思わないか。お前のスキル? という謎の能力――クライムであればもっと食いつくはずだ」

「そうですか?」


 これまでも疑問に思われた事はあったが、そこまで食いつかれた事は無かった。

 むしろ何かおかしな奴だと思われるのではないだろうか。


「考えても見ろ。あの小娘……レイゼイだったか。あれが目を付けられてお前が放置されると思うか?」

「確かに……」


 クライムはレイゼイには多くを語り、俺には探る様な会話のみに留めた。

 ただの女好き……というには少し違和感がある。

 レイゼイはあれでいて香水の匂いを嫌ったり視線を察知していたりと意外に敏感らしいから、クライムが変に下心を持っていれば勇者イケメンよろしく悪感情を抱いていただろう。




 悪感情と言えば、オルガの精霊魔法はそういった善悪を捉えるのも可能だったはずだ。


「オルガ、クライムに何か悪い予感はしたか?」

「ううん……ボクに対する善悪なら多少は読めると思うけど……」


 そうか、オルガの感じる悪意というのはあくまで自身に向けられたものだけだったか。

 これまでの俺に対するオルガの態度を見るに、恐らく自分にとっての善悪――利用出来るか、出来ないか――そんな妙に現実的で自己中心的な善悪基準に思える。

 だとすればクライムの俺に対しての意思はわからないだろう。


 それを聞いてグレイディアもまた一瞬悩む様子を見せたが、すぐに切り返す。


「まぁ、何も無ければそれでいい。お前は自分の事を考えて動け」


 まさしくその通りだ。


 グレイディアの言葉に頷いて返す。

 実際あちらから悪意ある干渉を受けた事は無い。

 こちらが気を張っているだけで思い過ごしの可能性もあるし、それが一番だろう。


 邪魔立てするなら容赦はしない。


 そのスタンスは地下におとされたあの日から変わらないのだから。




 少々不穏な気配はあったものの、オークションに向けて準備を整える。

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