第143話「風の迷宮、乱獲者」
朝、目覚めの後はカーテンを開いて街灯を部屋へ取り込む。
乱獲の二日目、オークションの当日。
正念場だ。
俺の予想が正しければ、オークションに向けての資金は残念ながら潤沢とは言えない。
だからこそ限界まで稼いでおく必要がある。
昨日は一日中の戦闘だったから皆の疲労は抜け切っていないだろうが、今日の昼までは頑張ってもらう。
しかし無理は禁物だ。
ここの匙加減を間違えると金稼ぎどころか損失に繋がるので注意が必要だ。
乱獲であれば尚更、俺が舵を取らなければならない。
しばらく体を解して整えていると、別室の女性陣が到着する。
シュウを筆頭にヴァリスタとオルガ――グレイディアも居る。
朝食を摂って準備を整えたら、風の迷宮へと向かう。
相変わらず迷宮からの息吹の様な風を正面から浴びて、入場料を支払って迷宮を囲む壁を抜ける。
風の迷宮、第一階層に降り立つ。
シュウを先頭に、俺が真後ろにつく。
その左右にはヴァリスタとグレイディア、最後尾がオルガの安定の陣だ。
爪盾パンツァーを持つ左腕の構えを緩めたシュウがちらとこちらを伺って、控えめに言葉を口にする。
青い瞳は揺らいで、何処か不安げだ。
「あの、お昼まで戦うんですよね?」
「その後は休んでもらって構いませんので、昼までは――」
「いえ、そうではなくて。何かご予定があるんですか?」
そういえば、オークション関連の話は皆に語るのもどうかと思い、グレイディアとばかり話していたな。
実際オークションに参加するというのは汚点ともなるから、あまり知られたくない部分ではある。
とはいえ今後の予定を明確に知らせていなかったのは俺のミスだ。
「奴隷を購入しようと思っています」
「ど、奴隷ですか」
「ご主人様、ボクだけじゃ満足出来ないの?」
最近大人しくしていたと思ったオルガだが、単に変態発言をする機会が無かっただけらしい。
振り返るとオルガは自身を抱いてわざとらしくもじもじとしていた。
油断も隙も無い。
「あくまで戦力の増強だ」
ヴァリスタは首を傾げるばかりだが、グレイディアに白い目で見られ、シュウは耳を赤くして前方に向き直り――見事にパーティの状態がおかしくなった。
「今回は急な予定だったから詰めているが、さすがに連日こんな無理な乱獲をするつもりはないから安心してほしい。まずは肩慣らしにモンスターを倒しながら三階層まで向かおう」
どうにか持ち直した所で先へ進む。
第一階層、第二階層のモンスターはもはや敵ではない。
しかし手は抜かない。
モンスターを見つけるとまずはオルガの弓矢による先制攻撃で確実に数を減らしつつ、敵が少数であればそのままオルガに始末させる。
敵の数が多ければオルガは回復に備え、残りのメンバーで攻撃を仕掛けるといったひとつの流れが出来ている。
エレメントはオルガに確実に始末してもらう。
バットに関しても昨日の連戦のおかげか、一対一ならば危なげなく処理出来る様になった。
そんなモンスター相手の準備運動をしつつ第三階層へと到着する。
ここからが本番だ。
第三階層ではエレメント、バットのみならず、ハーピーが出現する。
ハーピーの羽のドロップはもう諦めるとして、第三階層からは中くらいの魔石が手に入るから、やはり狩場としては調度良い。
とはいえハーピーには物理魔法の二種類が存在し、エレメントとバットを含めて計四種類のモンスターが出現するのは前日の通りだ。
対応が複雑化してくるので、安全に狩るならば第一階層や第二階層の様に単純な個人戦ではままならない。
なのでここからはあくまでシュウの盾受けを機転として戦闘を構築していく事になる。
俺達のパーティは火力に偏重しているので、一度好機が到来すれば一気に押し切れるのが強みだ。
泥沼の殴り合いになる前に削り切る事が出来るので、結果としてジリ貧になりづらく、突破力がある。
これまでずっとシュウを前衛で戦わせ、明確なタンク役を任せたのもこの為だ。
平均的な能力を持つシュウを盾とし、その隙を突いて攻撃を叩き込む。
そしてオルガがダメージを受けた瞬間に回復をしてくれるので、滅多な事では危機に陥らない。
斬り込めさえすれば攻撃力で圧倒出来るパーティだ。
乱獲にはもってこいで、戦略と戦力とが実に上手く噛み合っていた。
第三階層では昨日と同様、冒険者は左方に集中している様だった。
俺達としては右方で気兼ねなく乱獲出来るので、悠々とそちらへ向かって動き出す。
滑り出しは良く順調にモンスターは倒せている。
むしろ前日に慣れたからか、最初から高効率で撃破出来ているだろう。
しばらくモンスターを狩っていて、異変に気付く。
「モンスターの数が少ないな」
「昨日は最初の頃は移動すればすぐに戦いになりましたよね」
「後から出現はしているみたいだがな」
前日の様に大量に残留はしていないという事か。
誰かが右方でモンスターを倒しているのかもしれない。
「オルガ、モンスターじゃなく近くの人を探知してもらえるか」
しばらくして、オルガが返答する。
「ボクら以外にも一組、こっちでモンスターを倒している人が居るみたいだね」
「参ったな」
「でもそんな広範囲を移動している訳じゃないみたいだから、ぶつからない様に動いてみる?」
それが賢明か。
ここで下手に下って第四階層にでも行ってしまうと、逆に効率が悪くなる恐れがある。
他の冒険者は俺達の様に片っ端から狩っている訳ではなさそうだから――というより敵の能力を見て勝利を確信した上で仕掛けられる俺がおかしいのだが――あまり心配しても意味が無い。
今はとにかく動いて狩るを繰り返すのみだ。
「他の冒険者の事は二の次で良い。あくまでモンスターの探知が最優先だ」
「わかったよ」
精霊魔法のMP消費はそこまで安くはないから、今回は他の冒険者を気にし過ぎると乱獲に支障をきたす恐れがある。
行き当ってしまったら離れればいいだけだし、ここはモンスターの探知にMPを回すのが利口だろう。
それに仮にもハーフだがエルフのオルガを連れているのだから、並の冒険者なら関わり合いになるのは避けようとするはずだ。
もしモンスターの取り合いにでもなりそうなら手柄を譲ってしまえば引き下がってくれるだろう。
少し想定外の事態にはなってしまったが、そもそもとして右方ががら空きで独占状態だったのがおかしいのだから、この状態が自然と言えるだろう。
いや、この状態でさえ右方には俺達ともう一組のふたつのパーティしか居ないのだから、決して稼ぎはまずくない。
指示を出して再び動き出すと、それから昼まで延々と乱獲を続けた。
その後、予定通り昼には乱獲を終了し、第三階層の入り口へ向かおうという時だった。
「ご主人様、誰か来るよ」
オルガの言葉で振り返りその視線の先を辿ると、通路からは軽鎧を纏った金髪碧眼の優男――クライムが姿を見せた所だった。




