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第142話「切欠の東風」

 グレイディアと共に街へ繰り出す。

 グレイディアは暗いブラウンの帽子を目深に被っていた。

 キャスケットという奴か、色合い的にはその金髪に良く似合っているが、目つきが鋭くなった辺り、どうもファッション的な意味合いではないらしい。


「何をする気なんですか?」

「調べものさ」


 体格差から、こうしていると俺が保護者の様だが、もしかすればそれこそが狙いだったりするのだろうか。

 何故なら今も、グレイディアはその小さな右手を差し出している。

 見上げるその赤い瞳はキャスケットのブラウンに中和されて、なるほど誤魔化しは効きそうだ。


「手は繋いだ方が良いんですか?」

「そうだ、たぶん」


 たぶんって何だ。

 言われるがままに手を繋ぐと、一瞬間を置いて握り返された。

 本当に小さな手で、吸血鬼という種族の特性なのか少し体温は低めに感じる。


「ライの手は暖かいな」

「それは良かった」


 こちらとしては冷やりとして気持ち良い。

 それからグレイディア主導で歩き出す。

 何というかヴァリスタがまだ十分に心を開いていなかった頃、主体性が無かった為に手を繋いで歩いていた事を思い出す。


 あの頃と比べると、戦力は十分に整って来ている。

 だからこそ焦りは禁物だ。

 こうして再確認出来ただけでも、グレイディアと外出した意味はあったかもしれない。


「な、何だ怪しげな笑みを浮かべて」

「何か懐かしさを感じまして」

「元の世界の事か?」

「どうですかね」

「煮え切らないな……」




 そんな他愛もない会話をしていると、リザードマンが二人並んで歩いて来た。

 それぞれ首に一枚の鱗を提げ、鎧を身に纏っただけの大柄な二人組だ。

 その厳ついトカゲ男の姿から思わず気を張ったが、何事もなく横を素通りして行った。


「間違っていたら悪いが、ライがリザードマンと会ったのは――魔族征伐戦の時だけか?」

「そうですね。地下におとされてからは塔の街に居ましたから」

「ふむ……」


 グレイディアに歩調を合わせて歩みを止めず、会話は続けられた。

 魔族ゾンヴィーフとの闘いでは、リザードマンを斬った。

 どれもが死霊と化していたせいか、ほとんど出血も無く命を奪った実感は無かった。

 今にして思えば、斬る事に戸惑いを持たずに済んだのは不幸中の幸いだったのだろう。


「リザードマンの美的観点はあの鱗にあるという」

「ほう」

「鱗が美しい者ほどつがいになり易いという事だ」

「なるほど」


 俺もあのトカゲ男の顔では優劣は付けられないが、なるほど、あの鱗が判定基準らしい。

 美形が有利になるという点はヒトと似たようなものか。

 鱗の無い俺がリザードマンに求愛される危険は無いらしいというのは良かった。

 しかし社会性や資産を基準としないとは、リザードマンは動物に近いのだろうか。


「ちなみにあれも恐らくつがいだ」

「うへえ」


 グレイディアはちらと後方を見やってそう続けた。

 俺はきゅっと尻を締めて見返す。

 あれはどちらもオスじゃないのか。

 いや、俺にはわからないだけで片方がメスなのかもしれない。


「つがいとなると、互いの鱗を交換するという習慣がある。元は古く地方の習慣だが、現代に至る間にわかりやすい指標となったのだろうな」

「指輪みたいなものですかね」


 だから首に鱗を提げていたのか。

 あれは互いの鱗で、それこそが親愛の証という事か。


「リザードマンは好戦的で死にやすいから、己の分身としてつがいにその鱗を渡すというのは……なかなかに悪くない文化に思える」

「婚姻の文化自体はヒトと変わらない気はしますね」


 グレイディアはロマンチストの気があるのだろうか。


 むしろその身を守る鱗を捧げるというのは、愛よりも覚悟に満ちている気さえする。

 ヒト基準で言えばあれだ、髪を贈るとか、そういったレベルだろう。

 元の世界でそこまでしたら通報ものだ。




 それからしばらく、街を吹き抜ける風から逃れる様に路地を歩いて辿り着いたのはひとつの店――道具屋だった。

 道具屋と言っても、街は広いので店舗はいくつかある。

 俺はオークション関連で立ち寄った中継地点と言えるあの道具屋しか知らないから、今回来た店は初めての店舗だ。


「探し物はこの店に?」

「いや」


 グレイディアは小さく首を振った。

 ちらと見上げて、小声で答えた。


「魔力水を探す」


 忘れ掛けていたが、グレイディアのギルド職員としての任務はあくまで憑依型魔族の調査だ。

 これを放棄……する事も可能なのだろうが、グレイディアはその性格上出来る事なら遂行したいのだろう。

 それの手伝いに関しての協力ならやぶさかではない。


 何せ魔族の余計な出現を抑えられるという事は、今後の活動も楽になる。

 しかし此処に来てそれの調査と出るのは――いや、可能性はある。


「オークション、ですか?」

「それは切っ掛けに過ぎない」


 この街でオークションが行われているというのは異常だ。

 風の迷宮を中心として発展し、風の迷宮を中心として資金が動いている。

 風に涼やかそうな街でありながら、それは暗く染まっていた。


 しかしそれはグレイディアがこの街に目を付ける事になった切っ掛けに過ぎないという。

 腐った風の街で何が蠢いているのか、気にならない訳ではない。

 悩む俺を見て、グレイディアは目深のキャスケットを更に深く被り伏せて呟いた。


「人の世の為に」


 考えてみれば、魔法陣による魔族の発生も通常の発生と同様に予測不能だ。

 いくら迅速に駆けつけたとしても出現直後に叩くなんて真似はいつだって出来る訳じゃない。

 魔族パラディソの時は運よく同じ街の中で出現したから間に合っただけで、魔力水の流通が完全に断ち切れるまでは安心出来ないという事だ。

 俺も無残に人が殺されるのを見たい訳ではない。


 何より――


「頼む、ライ」


 ――他ならぬグレイディアの頼みだ。


 ここまで身を粉にして俺を持ち上げて来てくれた彼女だ、その信頼には応えたい。

 考えるまでもなかった。

 だから答えはひとつだ。


「任せてください、グレイディアさん」




 恩返しとも言えるが、それ以上に魔力水の出所を発見出来るのは俺にとってもマイナスにはならない。

 個人での商人への干渉であれば危険だが、一応ギルド主導の任務という体だ。

 むしろこれはグレイディア、そして冒険者ギルドを介して国に報告される案件だろうから、冒険者ライとしての手柄となるのではないだろうか。


 未だ見ぬ水の街は血の気の多い獣人の国という事で、俺という男が絡まれる可能性が極めて高いという。

 力を示せば獣人は手を出して来ないらしいが、一介の冒険者でしかない俺が名を上げるにはそれ相応の活躍が必要だ。

 土の迷宮を制覇したのは大きな功績と言えるだろうが、恐らくまだ足りない。


 例えば運が良かっただけだとか、そもそも他の奴が土の迷宮第二階層の迷信に踊らされていただけだとか、そういった難癖が付けられる可能性がある。

 だが短期間にもうひとつ成果を上げればそれは確かな実績となり、下手に絡んで来る輩はぐっと減るはずだ。

 何より傍観していた場合、国から発令されたとしてもそれで実際に魔力水の流通が止まるのは――いつになるかは知れない。


 それを今発見、報告し、魔力水の流通を潰す事が出来れば、突然何処かの街で魔族が発生するという危険な事態は抑えられるだろう。

 以前は早急に駆けつける事が出来たが、いくらオルガの精霊魔法で探知出来ても移動には時間が掛かる。

 それは今回の旅路で体感した。


 それにただ我武者羅に攻撃を行うモンスターと違い、思考して行動する魔族は相手取るには無駄にリスクばかりが高い。

 迷宮と違ってレベルも不安定なのが怖い所だ。

 その脅威をあらかじめ潰しておけるに越した事はない。




 それからは地道な作業が続いた。

 道具屋に入って片っ端から商品を見て、魔力水が見つからなければ適当に安い薬品でも買って出る。

 そうしてひとつの、少し大きめの商店に来ていた。


「あの奥はどうだ?」


 グレイディアの小さな声を聞いてカウンターの向こう側に目をやる。

 店主の背にある棚――それがあった。

 店主と目が合ってしまい、咄嗟に手元にあった薬品をひとつカウンターに持って行く。


 店主が薬品を確認している隙に棚の魔力水をしかと確認した。

 無色透明でほぼ水と変わらないから、遠方からその見た目で判断するのは難しいだろう。

 視線を戻すと、店主もまた確認を終えてその薬品の価格を短く告げる。


「銀貨十枚です」


 高い。

 高いが、今怪しまれるのはうまくない。

 代金を支払って店から出ると、周囲を確認して薬品を収納する。


「ありました、魔力水」

「さすがだな」

「俺というより、このよくわからない力のおかげですね」

「それはお前の力なのではないか」

「こっちの世界に連れて来られた時に持たされた、せめてもの情けじゃないですか」

「神の力という奴か……」


 俺は神なんて信じていないが、この世界なら居てもおかしくはない。

 何せレベルがあり、スキルがあり――そんな滅茶苦茶な世界だ。

 一息ついて、確認する。


「ギルドに報告するんですよね」


 グレイディアは腕を組んでしばし黙り込んだ。

 キャスケットでその表情は見えないが、浮かない様子だ。

 証拠が足りないだとか、そういう事だろうか。

 だとしても、冒険者ギルドが主体となって調査すれば問題は無いだろう。


「そうだな……悪いが後は私に任せてくれるか?」

「わかりました」


 元より俺個人で干渉するつもりはない。

 どんな手痛いしっぺ返しが来るかわからないから、確実性にしても、安全性にしても、組織を通せるのならその方が良いだろう。

 その点冒険者ギルドの職員であるグレイディアが居たのは良かった。




 おもむろにグレイディアは俺の手を取った。

 見ると申し訳なさそうに見上げていて、呟く様に口にした。


「ライ、私はまたギルドに顔を出すが……」

「無理はしないでくださいね」

「ああ、お前もな」


 頼りにしているが、体調は大丈夫だろうか。

 そんな心配が出来る様になったのも、多少の余裕が生まれて来たからだろう。

 地下におとされた当初の俺ならばここぞとばかりにグレイディアを扱き使っていただろうから、そう考えるとぞっとしない。


 ともあれこの件で俺の出る幕はもう無い。

 後はグレイディアと冒険者ギルドに任せ、明日に備えて休ませて貰う事にした。

 明日はオークション当日、そして乱獲の二日目だ。

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