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第141話「ひととき」

 ――金貨三十枚。


 それが一日ぶっ通しでの狩りで得た今回の報酬となる。

 現在六百個もの中くらいの魔石を換金中で時間が掛かっている。

 風の迷宮第三階層までの道程で取得した小さな魔石もあったのでいくらか小銭も得たが、これは生活費となる。


 恐ろしきはハーピーの羽のドロップ率。


 これだけ狩って、ひとつも出ていないのだ。

 いや、こればかりは運だから、その他大勢の冒険者にはドロップしていてもおかしくはない。

 この低ドロップ率の素材アイテムと、長年の勘でわかるらしい武具の空きスロット――それらが噛み合って初めて追加効果付きの装備が作れるというのだから、いつかの炎のロングソードが馬鹿高かったのも頷ける。




 それにしても、受付嬢というのは綺麗所かと思っていたが、塔の街と比べると事務には男も多く見える。


「グレイディアから聞いていましたが、しかしこれは……異様な量ですね」


 そう呟いたのは、接客を担当した獣人の受付嬢だ。

 猫に近いヴァリスタと比べると、耳やふわりと大きな尻尾の形状から犬に近いか。

 茶色い毛並みの彼女は、一見穏やかそうに隠しているがその目つきは鋭い。


 どうもグレイディアの知人らしい。


 あらかじめ大量の魔石の換金に訪れると話を通してくれていたのだろう。

 それよりも気になる点がある。

 塔の街と風の街の冒険者ギルドの違いだ。


 内装自体は塔の街の物とほぼほぼ同様だ。

 此処でパーティを集めようとする者も居るし、椅子に腰掛け休んでいる者も居る。

 相変わらず冒険者ギルドに入った瞬間に視線が一瞬突き刺さるが、それも慣れたものだ。


 ここまでは塔の街と変わりはない。


 しかし酒場としての機能は無く、あくまで魔石の換金や仕事の斡旋がメインと見える。

 あれは恐らく塔の街が比較的穏やかな環境だったのと、出血するだけで死に至らしめるグレイディアの存在が大きかったのではないだろうか。

 塔の街では暴動でも起こそうものならグレイディアに鎮圧される――どころか怪我をしただけで死ぬ危険があるので、暴力沙汰が起きにくい環境が出来上がっていたのではないかと思える。


 それに塔の街では受付嬢も人族ばかりだったが、風の街には獣人受付嬢も散見される。

 こういった所でも環境の違いが伺える。

 風の街はその外壁の外側にスラム街――とは厳密には違うが、それに近い作りが出来上がっているから、肉体的に荒事に向く獣人も重用されるのだろう。




 その後、しばらくして無事に金貨三十枚を入手した。

 寄り道はせずに早々に宿へと引き返す。

 オークションへ向けての金稼ぎも一日目が終わり、明日の昼がリミットだ。


 とはいえ明日もやる事は変わらない。


 なので今日はゆっくりと休んで疲れを取るのが最優先だ。

 皆平気そうに歩いてはいるが、何せ一日中戦闘を繰り返していたのだから見た目以上に疲労が溜まっていると考えた方がいい。

 宿へとついて、俺の部屋で夕食となる。




 食事が終わるとヴァリスタを膝に乗せて、その紺藍の髪を撫でまわす。

 やはり大きくなっている。

 とはいえ俺と比べればまだまだ小さいが、そのうちに「お父さん臭い」みたいな事を言い出して反抗期になったりしないだろうか。


 いや、あれは遺伝子が近い間柄のフェロモン的なものなのではないだろうか。

 だとすれば俺とヴァリスタは遺伝子的に全く遠くの存在だから、むしろ「お父さん良い匂い」と円満で終わる可能性が高い。

 自己解決してヴァリスタのその猫耳を揉み込んでやると、いやいやとしながら身を捩って頭を擦り付けて来た。


 隣に座っていたオルガがヴァリスタの尻尾を触って引っ叩かれつつ、俺とヴァリスタのスキンシップを眺めて呟く。


「本当にご主人様が好きだよね、ヴァリスタは」


 白緑の髪が揺れて、深緑の瞳がちらと俺を見た。

 相変わらず何を考えているのかは知れないオルガは飄々としているが、見る限りヴァリスタとも上手くやってくれている。

 むしろシュウなどは獣人を怖がるから、仲介役としてオルガが機能しているのではないだろうか。


「一番長い付き合いだからな。なあ、ヴァリー」

「うん!」


 ばっと顔を上げて応えた口元は、涎を垂らしそうな程緩んでいる。

 普段は子供らしからぬ不愛想っぷりだが、こうしているとやはり子供だ。

 可愛い奴め。


 猫被りという言葉があるが、ヴァリスタの場合はどちらが猫を被っている状態なのだろう。

 そんな馬鹿な事を考えつつ撫でていると、オルガの向こう側に座ったシュウが、やや遠方から疑問をぶつけて来た。


「ライ様は……獣人がお好きなんですか?」

「特定の種族が好きという事はないですね」


 何せ俺の一番はシュウである。


 祖父譲りなのだろう日本人らしい緑の黒髪を持ちながら、その下には透き通った青い瞳を湛えている。

 その神秘的な様を持ちながら、元村娘らしい健康的な肉付きをも持ち合わせている。

 体格も悪くなく、むっちり太股に長い脚を持ち、更に安産型と来たものだ。


 遺伝子と言えば、父親が日本人で母親が外国人の場合に強力なハーフパターンを獲得すると聞いた事がある。

 これがこの世界でも適応されているのだとしたら、シュウはクォーターとして見事にそれが隔世遺伝した例なのではないだろうか。

 シュウのおじいちゃんありがとう。


「良い……」

「どうしました?」

「いえ、何でもありません」


 こうした会話の中、グレイディアはゆったりとそれを眺めている。

 金糸の髪に血色の瞳、鋭い牙と、その様は実に吸血鬼だが、その実冒険好きの一面も持っている。

 グレイディアの生きた年月からすれば実に短い付き合いになるだろうが、冒険者として共に行動する強力な仲間だ。


 ヴァリスタが右腕で、オルガが左腕と来たら、グレイディアはブレーンとでもすればそれらしいか。

 その知識も吸血鬼という境遇から又聞きが多く万能ではないが、それでもこのメンバーでは唯一地下の常識人といってもいい。

 そういった戦闘以外の面でも役立ってくれる事だろう。




 塔の街からの旅路に、続けざまに風の迷宮攻略――まだオークションまでは気が抜けないが、久々に穏やかな時間といった感じだった。




 そうして今日一日の用事も済み解散とした後、部屋にはグレイディアが残っていた。

 カーテンは開けたままで、街灯に照らされた部屋は暗くは無い。

 しかしただ二人、静かになった部屋の中。


 机を挟んで対面に座ったグレイディアが小さな両手にコップを持ち、一口水を含んで――そこでようやく口を開いた。


「ライよ、少し付き合って欲しいのだが」

「デートですか?」


 むっとしたグレイディア。

 真面目な話だったのだろう。

 俺にからかわれた事を理解したのか、後からついて来る様に頬が微かに赤みを帯びた。


「逢引はまた今度だ」

「楽しみにしておきます」


 同じく返したグレイディアだが、自分の発言で更に赤くなるのはどうなのだろう。

 対抗して必死に考えた言葉だと思うとたまらない。

 吸血スキルが無くなったせいか、最近態度が軟化していてロリババアという事を忘れそうになる。


「それで、何でしょうか」

「人の情報は視えるらしいが、物の情報はどうなのだ?」

「名前と概要程度なら視れますが」

「重畳」


 何か知りたい情報があるという事だろう。


 グレイディアが知りたがるというのは少し普通ではなさそうだが、散々世話になっているのだから無碍には出来ない。

 それに物を視るだけなら一瞬で済むので、特別断る理由も無い。


 明日へ備えて時間が掛かりそうな事なら後に回すつもりだったが、この程度なら付き合っても罰は当たらないだろう。

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