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第139話「風の迷宮、暗黒帰還」

 十二の白銀甲冑と、その先頭を悠然と闊歩する暗黒の甲冑――総勢十三の騎士達が冒険者を散らして現れた。

 十三騎士と、それを従える暗黒の騎士。

 冒険者に避けられて登場するというあまりにも見覚えがあるその光景の先陣を切っているのは――


「レイゼイさんか」


 ――勇者レイゼイ。

 感動の再会という訳でもないが、レイゼイが何故此処に居るのか。

 遠方で気付いていなさそうなので手を振ってみせると、その暗黒ヘルムが俺を捉えた。


「あっ! 清掃員さー……こほん。私は少し用事が出来た。皆、周辺の警戒に当たれ」

「はっ!」


 俺を見つけたレイゼイは、暗黒ヘルムにくぐもった声で大きく俺を呼ぼうとした。

 それを咄嗟に押し留めて白銀騎士達に命令を出したのは、騎士団の長としての立場からか。

 レイゼイらしくないが、そういえば初めて会った時もキャラを作っていた。


 公然では厳格な騎士団長勇者レイゼイであるらしい。

 そのおかげか白銀騎士達にも慕われている様で何よりだ。

 勇者としても頑張ってくれているようである。


 白銀騎士達が各通路の警戒に散開し、一角が俺達だけの空間と相成る。




 白銀騎士達が大きく離れ、そこまできてようやくレイゼイは動き出した。

 つかつかと足早に近寄って来て相変わらず暗黒ヘルムを被ったままに話し出す。


「お久しぶりです清掃員さん!」

「ああ、頑張っているみたいだな」

「はい! 先日頂いた戦闘役割の解説を復習しながら実戦経験を積んでいたんです」


 なるほど。


 レイゼイには騎士団の育成という大役を任せているが、十分にやってくれているらしい。

 初めて会った時と変わらないレベルだが、今重要なのはレベルや能力値なんかより戦略の勉強だ。

 実戦経験でそれを練習するのは間違っていない。


 この騎士団を育成して、そこから各騎士を指導役に他の騎士達も鍛えていける様になれば、国がレイゼイを囲う必要も無くなる。

 そうなればミクトラン勇者を円満退職し、レイゼイと行動を共に出来るのではないかという算段だ。

 この地下で足りていないものは戦略だ。


 戦略というのは人類が魔族という脅威との間にある圧倒的な力の差を補う武器となる。

 この地下では能力値という可視化された絶対の要素があるが、だからこそ、皮肉にもその武器が廃れていったものだと考えている。

 戦争があったらしい過去であればそれも存在していたのだろうが、今には見る影もない。


 それを復刻、定着させる事が出来れば、地下の者だけでも犠牲を抑えて魔族に対抗出来るはずだ。

 もう勇者は必要無いのではないだろうか。

 そう思わせる事こそが、レイゼイの仕事だ。




 俺が真面目に考えていた時だった。

 レイゼイがその暗黒ヘルムにくぐもった声を猫撫でに変貌させる。


「あっ、ヴァリスタにゃんも元気だったにゃーん?」

「そうね……」

「にゃあああん!?」


 レイゼイは目ざとく小さなヴァリスタを見つけて、小さく手を振ってみせた。

 それに対してヴァリスタが溜め息交じりに返答し、その予想外にまともな返答にレイゼイは仰天していた。

 他人に――特に無意味に話し掛けられる事を嫌うヴァリスタだが、少しは大人になったらしい。


 それにしても、以前レイゼイと会った時と比べると、オルガ、シュウ、グレイディアと三人も仲間が増えているのだが、その点ではなく真っ先にヴァリスタに反応する辺り、恐らくレイゼイは猫耳という属性しか見ていない。


 ようやく俺のパーティメンバーを確認したレイゼイの表情は――見えないが、シュウ、オルガと見て次第に動きが怪しくなる。

 その暗黒ヘルムがグレイディアを見た所で、うろつきながら俺に戻って来る。

 睨まれた。


「あの、レイゼイさん?」

「やっぱりロリコンじゃないですかー!」

「いやいや、この方は――」

「ヴァリスタにゃんのみならず金髪幼女なんて」

「――俺達よりよっぽど年上なんだよなあ……」

「ライよ……」


 不機嫌そうに眉を顰めて見せたグレイディア。

 その赤い瞳を妖しく光らせて俺を睨みつけた所で、口をすっ転ばせた事に気付いた。

 慌ててレイゼイに受け流す。


「彼女のステータスを見てくれ」

「ええ? 吸血鬼の……あっ、レベル77?」

「わかっただろう。普通ここまでのレベルにはならない」

「どういう事ですか? こんなに可愛い女の子なのに……」

「あっちの世界とは違うって事だよ」


 レイゼイにはメニューを取得させているから、俺と同様に他者の能力値を覗き見る事が出来る。

 とはいえメニューは危険な能力だ。

 ステータスの覗き見のみならず、詳細な時間の確認やマップ、道具の収納と普通には得られない要素が多すぎる。


「その能力、他人には――」

「大丈夫です。バレない様に使ってますから」

「――ならいいんだ」




 会話を聞いて、グレイディアが疑問を投げかけて来る。


「その娘も使えるのか? お前と同じ能力が」

「大体同じ様なものが使えますね」

「お前だけのものではなかったのだな」

「取得させる事が出来ますからね、色々と」

「……なるほどな。時にその娘は勇者だよな。知り合いなのか?」

「ええ、同じ世界の出身ですよ」

「それは……すまんな」

「グレイディアさんが謝る事ではないですよ」


 グレイディアには俺以上に情報がある。

 この状況と騎士団を従える暗黒甲冑という存在――勇者だと気付くのも不思議ではない。

 グレイディアは謝罪を述べるが、それは見当違いだ。


 俺達を一方的に召喚したのは地上の連中だ。

 俺はこの世界自体を嫌ってはいるが、これに関して地下の者に責任転嫁するつもりはない。

 会話が途切れた所で、レイゼイが暗黒ヘルムにくぐもった声で疑問を口にする。


「それにしても、どうして清掃員さんが此処に?」

「俺達は塔の攻略に向けて戦力増強中だ。冒険者としての行動だけど、やってる事はレイゼイさんと同じだな」

「なるほどー」

「まだまだ戦力が足りていないからな。個人の力だけじゃなく、集団の力が」

「戦力……まだ増やすつもりなんですね」


 厳つい暗黒ヘルムでその表情は見えないが、何処か不機嫌に聞こえる。

 いや、わかっている。

 何故なら俺のパーティは女だらけだ。


 人道的じゃない。


 シュウとグレイディアはまだしも、奴隷のヴァリスタとオルガが女というのがまずい。

 対外的には完全に女目当てのパーティ編成だ。

 やましい事はない……とはもう言えないが、そういった目的で購入している訳ではないのだから勘弁してもらいたい。




 この話題は仲間達に要らぬ誤解を生みそうなので、切り替える。


「そういえば左の方から出て来たけど、もしかして下の階層まで行っていたのか?」

「そうですよ。こっちの世界に来てすぐにも一度来ていましたから、練習にはもってこいだったんです」


 俺達が地上で訓練を積んでいた時には、レイゼイはこの風の迷宮でレベルを上げていたという事か。

 レイゼイの能力値は敏捷と幸運が極めて低いが、他の能力はバランス良く成長し、基本の戦闘能力はかなり高い。


 思ったのだが、バットの吸血が危険なこの風の迷宮で問題無くレベル上げに励めるのは、その全身甲冑のおかげなのではないだろうか。


 いくら鋭利な牙や爪でも、全身甲冑の前では歯が立たない。

 ヴァリスタの頭に付けた鉢金や、俺とオルガのハードジレ等、軽装備にも硬質化で補強は出来るが、これでは局所的な防御に留まり十全ではない。

 事実バットとの初戦闘では出血してしまった。


 その点全身甲冑は出血の心配はない。

 鈍重となる重装備の利点を考えていなかったが、なるほど、全身甲冑も決して悪い装備ではない様だ。




 間が空いた時、白銀騎士の一人が話しかけて来た。


「勇者様、そろそろ……」

「あっ……そうだな、皆を纏めてくれ」

「はっ!」


 白銀騎士が他の騎士を呼びに去った後、レイゼイは申し訳なさそうに話す。


「すみません、昼から迷宮に入っていたので私達は引き上げる所だったんです」


 昼からこの時間までとは、かなり頑張っていたらしい。

 このまま別れるのは構わないが、色々忠告はしておくべきだろう。

 それに風の街についても――何せあのクライムがキナ臭い。


「レイゼイさん、まず魔の法というスキルには気を付けてくれ。魔族が人を乗っ取るスキルだ」

「魔の法……ですか。聞いた事ないですね」

「見つけたら……逃げるのが賢明だろう」


 あれは上手い事やらなければ対象者を殺める事になる危険なスキルだ。

 だからといって放っておけば被害が出るし、表向き魔族ではない者をその正体を明かさず手に掛ければ犯罪者扱いされてもおかしくない。


 最悪のスキルだ。


 レイゼイには申し訳ないが、少し荷が重いだろう。

 何より人を殺める経験だけはさせたくない。




「それと、一応だけどこの街のクライムという男には気を付けてくれ」

「クライムさんですか?」

「知っているのか?」

「ええ、以前この街に来た時に会いましたけど」


 接触済みだったか。


 レイゼイは国の下で正式に勇者として活動しているのだから、貴族諸侯に挨拶されるのは不思議ではない。

 むしろ強力な能力を保有しているのだから、お近づきになりたいだろう。

 とはいえ外道に足を踏み入れた俺と違って、レイゼイが下手に手を出される事は無いはずだ。


 少し悩んだレイゼイは、そのまま言葉を続けた。


「娘さん想いの良いお父さんだと思いますけど」

「待て、娘が居るのか? それは本人が言っていたのか?」

「え、うん。そうだよ」


 グレイディアが口を挟み、レイゼイは砕けた口調で返す。


 クライムに娘が居た事は公にはされていないのだろうか。

 貴族の子供となればお世継ぎやら何やらの話題で一大ニュースだと思うが。

 いや、男児ならともかく、女児なら公表するまでもないという事だろうか。


 しかし若く見えたが、娘の居る歳だったのか。

 確かにこの死の近い世界では早くに子供を作っていてもおかしくはないが、ましてや貴族なら年齢は問題では無いか。

 そんなクライムがわざわざレイゼイに話し掛けたのは、勇者であるレイゼイに何かしらの力を期待したからではないだろうか。


 この世界には天然で特殊なスキルを保有している者は居るが、俺を除き、勇者は召喚されたその時点で複数のスキルを持っているのだから。


 クライム――女を侍らせる優男という印象ばかり強かったが、あれでいて意外と苦労しているのかもしれない。

 奴隷商の地下に隔離されている奴隷達の様に、病気に掛かっていたり、四肢欠損になってしまったり、この世界でも色々とある。

 ともあれ貴族のお家事情に関わるつもりはない。




 そんな事よりレイゼイが砕けた口調でグレイディアに接している事に戦々恐々なのだが、大丈夫だろうか。

 何か見た目からまだ子供扱いが抜けきっていなさそうだ。


「何はともあれ他人を外面で判断しちゃ駄目だ。気を付けるに越した事はない」

「わかりました。清掃員さんと一緒に元の世界に戻るまでは死ねませんからね。迂闊な事はしませんよ」


 腕を組んで沈黙したグレイディアと、それを見て冷や汗ものの俺を置いて、レイゼイは騎士達を集めた。


「では私達はこれで失礼します。明日には城に帰還しますので、またしばらく会えなくなると思いますが……」

「ああ、気を付けて」


 そういえば魔族パラディソの事が話題に上がらないという事は、未だ此処まで伝わっていないと見える。

 それにあの様子だとレイゼイ達は少し前にこの風の街に来て訓練していたという事だろう。

 基本国に縛られているから、城に戻って報告を入れる必要がある訳だ。


 やはり国の勇者となると奴隷の確保や仲間の育成に割ける時間は無くなる。

 パラディソとの闘いでは一時は僧侶達が敵対し、俺が勇者宣言していなかったが為に苦労したが、冒険者として行動するという選択は間違っていなかった様だ。

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