第138話「風の迷宮、殲滅期間」
乱獲に際しての陣形はごくシンプルなものだった。
前衛のシュウ。
中衛のヴァリスタ、俺、グレイディア。
後衛のオルガ。
俺を中心に十字の配置。
地上での陣形を思い出す。
ただ今はもう俺を守護する陣形ではなく、シュウを盾に敵の隙を作り全員で叩き潰す為の攻撃の陣形だ。
村人レベル1だったあの頃と比べると、俺も大分強くなった。
そんな感慨に浸るのも一瞬で、今はその地上に戻る為の重要なファクター。
レベル上げと金稼ぎの両立、その最たるものである乱獲の一歩目だ。
今後も仲間が増える度に乱獲を行い、レベルを引き上げながら金を貯めていく事になるだろう。
「昼になったので休憩しよう」
周囲にモンスターが居ない事を確認し、部屋の隅の壁際に布を敷いた。
「さ、さすがに疲れました……」
その言葉と共に真っ先にへたりこんだのはシュウだった。
最前線で盾受けをし続けたのだから、疲労は大きいだろう。
ともあれそのハードな実戦経験のおかげか、急速に成長して反撃するだけの余裕は出来ていた。
「水、どうぞ」
「ありがとうございます」
大きな桶を取り出し、そこに入った水を一杯コップに注いでやると、美味しそうに飲んで一息ついた。
ようやくと落ち着けたシュウは脚を手で揉み解し始めた。
俺が揉んであげましょうかとか言いつつセクハラしたい所だが、迷宮内でおふざけする度胸はないので、ここはぐっと堪える。
変な事をして気を逸らしている内にモンスターに襲われでもしたら事だ。
「かなり、やった」
「ふう……」
シュウに続いてヴァリスタとグレイディアも座り込み、俺以外の近接は結構疲労が蓄積していた様だ。
俺も彼女らと同様に近接戦闘を繰り返していたが、やはり筋トレしたり、そもそも男女の肉体の差だったりと、少なからず体力に差が見られる。
こういった様子を垣間見ると、レベルや能力値だけでは判断出来ないものだと痛感する。
そもそもとして能力値とは何なのだろう。
そんな無意味な考えも抱いてしまうが、これは今考える事ではない。
何より迷宮やモンスター、魔法に魔族にと、未知の存在が多数あるこの世界で理解の及ばない物は少なくない。
「オルガも休んでおけ」
「ご主人様は大丈夫?」
「俺は監視に回るよ。いつモンスターが湧くかもわからないしな」
「でも後ろをついて歩くボクと違って、ずっと戦ってたよね」
「休まないつもりじゃない。しばらく休んだら交代な」
「わかったよ」
狭い範囲ながら詳細に敵の位置が把握出来るマップを持つ俺と、精霊魔法で広範囲を探知出来るオルガ。
俺達二人が監視役には適している。
それにシュウがレベル20に到達してからはブレードハーピーの攻撃も二発を耐えられる様になり、安定感も増したのでオルガも攻撃に参加させていた。
俺はまだまだ余裕があるので、休むのは後で良い。
昼食にはまたあの保存食――ジャーキーの様な物を食べて、軽く補給と休息を済ませたら乱獲を再開する。
とにかく今はスピード勝負だ。
第三階層は広大だが、何故か下層への階段のある左方に人が集中している。
右方はがら空きで、これによりモンスターとの遭遇率を高く保つことが出来ていた。
それから延々狩り続け――
時刻は十九時を過ぎた頃。
中くらいの魔石の総数が六百個に到達したところで中断する。
乱獲と言っても実際にやってみるとそう簡単なものではなくて、例えばモンスターのリポップも目の前で発生するなんて事はなかったし、結局あらかじめ発生していたモンスターを殲滅してからは次のモンスターを探す為にうろつく場面もあった。
それでも精霊魔法で方角を突き止めてほぼ迷わずに戦闘に持ち込めていたから、効率自体は悪くなかった様に思う。
後半は移動、戦闘を繰り返す中でルーチンワークにも慣れて来ていたし、もう少し時間があれば稼ぎは伸びただろう。
ただし迷宮から出るだけでも三十分は掛かるので、これ以上の滞在は小さなヴァリスタの貴重な睡眠時間を削る事になってしまう。
俺がもし一人で行動していたなら目標金額まで延々狩っていただろうが、これは集団戦だ。
俺は奴隷の主人だし、風の街の治安にも若干の不安があるから極力行動は共にするべきだと考えている。
それに仲間の体調管理は戦闘を共にする上で切っても切り離せない重要な要素だから、ここら辺のスケジュール管理はしっかりとしなければならない。
睡眠不足で不覚を取って死亡など、何のネタにもならない。
この分だと目標金額の金貨百枚到達は厳しいだろうが、だからといって仲間を酷使して使い潰す真似はしたくない。
最悪今回のオークションでは奴隷の質を確認するだけに留め、次回の参加に備えるという手もあるのだから。
新たな仲間を迎える為に、今の優秀な仲間を壊してしまっては本末転倒だ。
実際乱獲に入って、そうなりそうな兆候は見られた。
いくら戦い慣れても命のやり取りは精神を磨り減らすから、疲労の蓄積は大きい。
相手は殺意を持って攻撃して来るモンスターなのだから。
その上で睡眠時間まで削れば精神的に参ってしまうだろう。
肉体の疲労だけならば数日休めば済む話だが、メンタルケアとなると厄介だ。
膨大な時間を要するのは必至で、ならば普段からよく休ませるのが吉だ。
この娯楽の少ない世界において、睡眠は数少ない心の休息と言える。
冒険者の魔石集めも急がば回れだ。
これにて今日の乱獲は終了として、休息している冒険者も居る階段付近まで引き返した。
相変わらず遠巻きに見られるが、絡んで来ないのならば問題無い。
いざ上の階層へと戻ろうとした時だった。
周囲がざわついたかと思うと冒険者達は次々と通路へ抜けて行き、休憩中だったグループさえも去って行った。
何事かと思って見渡すと、全身甲冑にマントを羽織った集団が左方の通路から出て来た所だった。
冒険者が逃げ出すという事は、貴族に連なる者に違いない。
嫌な予感を胸に、しかしどうにも既視感を覚えつつ、甲冑集団を見た。




